月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「うわぁ……」
「……」
いくつかの掲示板を覗いたがそのどれもがあまりに酷いものだった。あのかぐやでさえ、顔を引きつらせてドン引きしている。
「ザビ子やばぁ……え、この子を普通だって言ったの? これが普通ならかぐや、マネキンレベルの無個性なんだけど」
かぐやの視線に耐え切れず、私はそっと目を逸らした。まさかここまで言われているとは思わなかったのである。おかしいな、そこそこ普通にしていたはずなのだが。
「こりゃ人気も出ますわぁ。ゲームが上手くて、ヤチヨとの絡みも面白くて、相談も的確に乗れて、なにより言動がおもしれー。うーん、最大のライバル現るって感じ」
「ライバル?」
「え? だって、ザビ子、ヤチヨカップ出るんでしょ? なら、かぐやたちのライバル! 一緒にザビ子を倒そうぜ!」
おそらく、ザビ子がヤチヨカップに参加した場合、優勝は絶望的だとかぐやもわかっている。それでも、彼女は戦うことを選んだ。その目に一切の曇りなく、勝てると信じている綺麗な瞳。
「……ねぇ、かぐや」
「んー?」
「私、ツクヨミでは活動できないけどよろしくね」
「あ、そうだった! 今から白野のスマコン、買いに行こ! そうすればツクヨミに入れるし!」
おっと、藪蛇だった。新しいスマコンを買ったところでアカウントは一つしかないから意味はない。結局、アカウントロックされているアバターでログインするしかないのだ。
(いや、もしかすると……)
「買うのは今度ね。今、そんなにお金持ってないし、多分、彩葉に先に言っておかないと色々言われそう」
確かめたいことができたのでかぐやの提案を保留にする。もし、上手くいけば『岸波白野』としてツクヨミにログインできるかもしれない。しかし、それでも不満だったのか、彼女は拗ねたように口を尖らせた。
「え~、待てないよぉ。買い物が終わったら私がツクヨミを案内してあげようと思ったのに!」
「まだログインして一日でしょ。迷子になるよ」
「あ、そうですね、すみません」
何気なく注意しただけでまた体をピシっとしたかぐや。それが何だかおかしくて私たちはほぼ同時に声を出して笑う。
「もー、これどうにかしたい!」
「慣れるしかないかもね。私も協力するから」
「え、それ、慣れるまで何度もピシってなるやつじゃん」
「練習あるのみ。じゃあ、行くよ」
「今から!? あ、いえ、やらせていただきます」
「あー、つっかれたぁ」
休憩目的で入った喫茶店だったが、かぐやは何度もピシっとしたため、疲れてしまったらしい。食材を買って彩葉の家に入った途端、かぐやは床に倒れ込んだ。
「だらけるのは食材を冷蔵庫に入れてからね」
「はーい」
しかし、特訓の成果が出ているようで私が何か言っても今までよりはピシっとなる頻度が減った。のそのそと買い物袋代わりのエコバッグから食材を取り出し、冷蔵庫へと入れていく。
「そういえば、どんな風に配信するか決めてる?」
「んえ? 何のこと?」
「配信者にも色んなジャンルがあるからどれにするのかなって」
芦花は美容系インフルエンサー。真実はグルメ系など自分の興味があるもの、得意なものを中心に活動していることが多い。その方がそのジャンルに興味のある人を呼び込みやすいからだ。
「んー、決めてない!」
「じゃあ、これから決めるの?」
「ううん、違うよ! 決めずにやる! 興味のあること全部やる! そっちの方が楽しそうじゃん?」
冷蔵庫に卵を入れた後、かぐやはこちらを見上げてニシシと笑った。なるほど、それはまたかぐやらしい。今の彼女は生まれたての赤ん坊。知らないことばかりであり、その全てに興味を持っている状態だ。それなら片っ端から試していって本当に興味のあるものを見つけた方がいい。そして、その過程を動画にしない手はなかった。
「因みに私って何をするの?」
「考えてない! とりあえず、手伝って!」
「……じゃあ、彩葉は?」
「ふふーん、曲作ってもらう! プロデューサーなの!」
どうやら、私が差し向けた後、かぐやに陥落されていたらしい。しかし、曲、か。まだきちんと聞いたわけではないが、かぐやは歌が上手い。きっと、彩葉の曲を彼女が歌えば人気が出るだろう。
だが、問題は私の方。一応、ツクヨミにログインしてもザビ子だとばれないようなら向こうでも手伝う予定だが、基本的には現実の方で何かをする時に手を貸すことになる。でも、彩葉のような特技がない以上、あまり役に立てなさそうだ。
更に万が一のことを考えて顔出しもしたくないのでかぐやと並ぶわけにもいかない。これに関してはかぐやにも言って許可をもらっている。もらってはいるが、果たして私は役に立てるのだろうか。
「あ、そうだ!」
そう思っていたのだが、かぐやは違ったらしい。豆腐を両手に持った状態で立ち上がり、こちらを振り返った。
「白野はアシスタント! ヤチヨにもザビ子っていうアシスタントがいるんだからこっちにもいなきゃ! 顔出しはできないけど声はいいんだよね!?」
「……まぁ、そうだね」
おっと、そう来たか。奇しくも私はヤチヨとかぐやのアシスタントになるらしい。しかし、今更だがヤチヨカップのルール的に大丈夫なのだろうか。私とザビ子は同一人物。ばれる心配はほぼないとはいえ、ばれた時にかぐやたちが炎上する可能性が――。
「……」
「白野?」
――ふと、思いついた妙案に少し目を瞬かせた。それを見ていたかぐやが不思議そうにするがこれに関してはヤチヨに相談が必要になる。それに私のちょっとした覚悟も。
でも、絶対に面白くなる。それだけは確信した。話してみる価値はある。なにより、少し怖い部分もあるが試したいことが上手くいけばそれも解決するだろう。
ヤチヨは言っていた。私のやりたいようにやれ、と。
かぐやは言っていた。興味のあることをやる。その方が楽しそうだから、と。
「かぐや」
「なにー?」
「楽しみだね」
「うん、チョー楽しみ!」
かぐやはそう言って豆腐を持ったまま、両手を振り回す。踊り出してしまうほど楽しみにしているのだろう。
(じゃあ、私も準備しようかな)
なら、ちょっと本気でやってみようか。全力で楽しむという行為を。
「……」
その日の夜、ヤチヨを呼び出して私なりの答えを伝えた。因みに試したいことは無事に成功。やはり、月で起きたことを思い出したのがきっかけだったのだろう。これで私も『はくのん』としてツクヨミで活動できる。
「えーっと……確かに好きにしてって言ったけど……白野はそれでいいの?」
「うん、問題ないよ」
「でも、『はくのん』としてかぐやの配信を手伝うなら身バレとか」
「ふっふっふ、ヤチヨ、これ見て」
少し心配そうにしていたヤチヨの前でウィンドウを操作。すると、アカウントロックによって月海原学園の制服で固定されていたアバターが輝き、体操服に切り替わった。
「は?」
「月で手に入れた服なら着れるようになったの」
「は?」
手に入れた場所が月の裏側だったため、下がブルマなのは少し恥ずかしいがアバターを切り替えられるようになったのはよかった。しかし、何故だろう。ヤチヨの目が血走っているような気がする。
「あ、あれぇ? ヤッチョ、目がおかしくなったのかなぁ? 白野が履いてるのブルマに見えるんだけど」
「ブルマだよ」
「ッ!?!?!?!?」
ヤチヨは膝から崩れ落ちた。そして、震える手でこちらへと手を伸ばす。しかし、力尽きたのか、その場で倒れ伏してしまう。なにかマズかっただろうか。
「ほ、他には!? 他にはどんなのがあるの!?」
「え、セーラー服とか」
「セーラー服……」
「スクール水着とか」
「スクール水着!?」
彼女は口をわなわなさせてこちらを見上げる。そんな物欲しそうな目で見られてもさすがに着ないよ、スクール水着。
「あとはアクセサリーかな。眼鏡とかハイソックスとか」
「ほう、ほうほうほう?」
「あ、これが重要なんだけどこのアイテムのコードを引用すれば簡単な装飾品なら装備できるかも。それを使えば顔を隠せるかなって」
「へぇ? ふーん?」
「でも、さすがに装飾品は私じゃ作れないからヤチヨに作ってもらいたいなって……お願いできる?」
礼装ならまだしもただの装備品は私には無理だった。しかし、私の発言に怪しい笑みを浮かべ、コクコクと頷いていたヤチヨがピシリと硬直する。そして、立ち上がった後、何故かもじもじし始めた。
「え、えーっと……つまり、私が白野を好きにしていいってこと? 趣味全開でやっちゃっていいってこと?」
「顔を隠せるならね」
「い、衣装は!? 衣装は装備できそうですか?!」
「うん、ごめん。それは無理そう」
制約は軽くなったものの、相変わらずアカウントはロックされたままだ。装飾品ならともかく衣装は私が今、所持しているものだけである。
「くぅ……な、なら、今持ってる衣装を見せてほしいな。それに合わせて顔を隠せるアイテムを作るよ」
「うん、ありがと」
それからヤチヨに私が持っている衣装を見せていく。もちろん、体操服やスクール水着のような明らかなネタ衣装は省いた。
「お、これかっこいい。ミリタリーチックで!」
「これか」
確かカール大帝の騒動が起きた時に着ていた衣装だ。動きやすくて何かと助かった記憶がある。
「でもでも、こっちの白いワンピースも可愛い~……いっそ、学生服のままってのもありだし。うーん、これは悩みますなぁ」
「ふふっ、好きなの選んでいいよ」
あーでもないこーでもないとウィンドウショッピングするようにヤチヨがニヨニヨと笑って衣装が表示されたウィンドウを眺める。そして、数分ほど悩んだ結果、動きやすさからミリタリー衣装になった。
「あとはこれに合わせたアイテムかー。白野、どんなのがいい?」
「んー」
ミリタリー。つまり、戦闘時に着用するものだ。では、戦闘や戦争に因んだものがいいだろう。そう、私の答えは――。
「――ガスマスクかな」
「うん、却下です」
「ッ!?」
私の導き出した答えにヤチヨが笑顔で却下する。だって、ガスマスクなら顔の全体を隠せるし、いいと思ったのだが。
「白野、君は自分が女の子だって自覚ある?」
「え? あるけど」
「じゃあ、乙女心がわかってないのかな。こんな美人さんなのにガスマスクで全てを覆うとかありえませんから!」
女の子なのに乙女心がわかっていないとはどういうことだ。乙女心がわかっていないのはアーチャーだけで十分である。
「んー、目元はサングラスかなー。いや、バイザーか! 野戦衣装にピッタリなオシャレなバイザーを付ければいい感じかも♪ 白野、眼鏡のデータはある!?」
「あるよ……これ」
「おー、本当に眼鏡だ」
「じゃあ、かけて」
「え?」
私の手の上に眼鏡を取り出してヤチヨに見せる。そして、彼女に眼鏡をかけるように言った。まさかの言葉にヤチヨはキョトンとする。
「いいから、かけて」
「え、でも、今は白野のアイテムを――」
「――かけろ」
「あ、はい。すみません」
私の言葉にピシっとしたヤチヨはおそるおそる眼鏡を手に取り、その可愛らしい顔へ装着。ほう、ほうほうほう? これは、これはまた――。
「……」
「は、白野? これでいいの?」
「ちょっと位置を直してみて。真ん中のブリッジを人差し指で直す感じで」
「こう?」
指示通りに動くヤチヨ。戸惑った顔も素晴らしい。やはり、普段は眼鏡をかけない子に眼鏡をかけさせる瞬間は至高。特にヤチヨは小柄な女の子。私の眼鏡は少し大きいようですぐにズレそうになる。それを慌てて直す彼女の仕草が――グッド。
「じゃあ、外して」
「うん」
素直に頷いて右のテンプルを摘まんで眼鏡を外す。うんうん、いいね。すごくいい。とてもいい。だが、少し待ってほしい。外し方を変えればまた別の可能性があるのでは?
「……もう一回かけて」
「え、あ、はい」
「……今度は両手でそっとテンプルを持ち上げる感じでそっと外してみて」
「こう、かな?」
「~~~~~~!!!」
小柄な女の子が少し大きい眼鏡を両手で外す。更に私の命令を聞いているからか、こちらの様子を上目遣いでうかがう表情。これは、やってしまったかもしれない。見つけてしまった、新たなる可能性。外す時の状況や仕草だけでこれほどまでに心を揺さぶるものが違うとは。ああ、やはり、眼鏡は素晴らしい。
「うわぁ!? なんかすごい量の『ふじゅ~』が飛んできてる!? これ、絶対白野だよね!? 眼鏡フェチだったの!?」
「眼鏡を信じてるだけ。今後もたまに見せてね」
「あ、はい。もちろんです」
それからヤチヨに眼鏡を
「……」
これからヤチヨの方でザビ子の処遇に関するお知らせが告知される。果たして、ユーザーたちはどんな反応を示すのだろう。
そして――今日もヤチヨは【soul_touch();】を強請ってこなかった。