月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「ひゃあああああ!?」
「うおっ!? なに、彩葉、また死んだの?」
次の日、2030年7月18日。いつものように彩葉の家で朝食の準備をしていると突然、彼女がその場でひっくり返った。私と一緒に台所に立っていたかぐやが驚いた様子で振り返る。
「ざ、ざざざザビ子が! ザビ子がぁ!!」
しかし、かぐやの声が届いていないのか、彩葉はタブレットを片手に必死にこちらへアピールしてきた。どうやら、ヤチヨがザビ子に関する情報を告知したらしい。
「ザビ子、ヤチヨカップ不参加だってぇ……あぁ、ヤチザビがぁ……」
「ヤチザビ?」
「えええええ!? あの流れ、絶対参加する感じだったじゃん! くっそう、打倒ザビ子目指してたのに!」
謎の単語が聞こえたような気がしたものの、かぐやの大声で吹っ飛んでしまった。かぐやもザビ子参加を望んでいたようだ。だが、彼女の言葉は彩葉の琴線に触れたらしく、キッと目を鋭くして立ち上がってしまう。
「はぁ!? あんた、ザビ子倒すつもりだったの!? 無理無理! ザビ子の人気舐めすぎだって!」
「可能性はゼロじゃないじゃん! かぐや、ライバーになるために準備進めてんだからね! 因みにアシスタントも確保済み! ねー、白野!」
「ねー」
「ッ!? 白野まで巻き込んだの!? こっちは曲作りで必死になってるのに!?」
「顔出しさえしなければいいよって言った。バイトもあるからずっとは手伝えないけど」
どうやら、彩葉は順調にプロデューサーとして活動しているようだ。かぐや曰く、過去に作った曲があるのでそれを調整する予定とのこと。今は通常の配信で使えそうなジングルやBGMを作っているらしい。
「かぐや、白野に何させるつもりなの?」
「んー、動画のお手伝い、とか? カメラ持ってもらったりー、一緒にわちゃわちゃしたり!」
「はぁ……かぐやの無茶ぶり、断っていいんだからね」
色々と計画しているのか、かぐやはわくわくした様子で再び、台所へと戻る。そんな彼女の背中を見てため息を吐いた後、心配そうに私へと声をかけた。記憶を取り戻した私を心配しているらしい。
「ううん、大丈夫。彩葉も頑張ってね」
「え? なんで? 私、曲とか作るだけだけど」
「かぐやがそれで満足すると思う? なんだかんだ彩葉も巻き込まれるよ」
「やめて! これ以上、時間がなくなったら私、終わっちゃう!」
ただでさえ、勉強、バイト、かぐやのお世話、作曲、と時間が削られまくっているのにそこに配信の手伝いが加わったらとんでもないことになってしまう。
「あ、かぐや。スマコンのことだけど」
「ん? おー、そうだった。どしたん?」
「バイト先の人にお願いしたら個人的にも使っていいって。昨日のうちにアカウント作っておいたからいつでもツクヨミに入れるよ」
「え? マ――」
「――白野、本当!?」
何故か、かぐやより彩葉の方が飛びつくようにこちらへ近づいてきた。その勢いに思わず、一歩だけ後ろに下がってしまう。
「う、うん……かぐやの配信を手伝うからツクヨミにログイン出来た方がいいと思って……」
「そっか、確かにそうだ。あ、よかったらなんだけど今度、一緒にツクヨミで遊ばない? 芦花と真実もずっと白野がツクヨミやるの待ってて」
「え、そうだったの?」
確かに何度かツクヨミで遊ぼう、と誘われたがスマコン関係でプレイできないと断っていた。その時はさらっとした様子だったのであまり本気ではないと思っていたのだが、私に気を遣ってくれていたようだ。
「えー! かぐやも! かぐやも一緒に遊びたい!」
もちろん、そんな面白そうな話に乗らないかぐやではなく、フライパンを持ったまま、その場で振り返り、猛烈にアピールしてくる。こらこら、フライパンは危ないから元に戻して。
「おっとっと……えへへ、やっちゃった」
「少し落ち着こうね」
「はーい……で、いつ遊ぶ!? 今から!?」
「今から学校だっつーの。白野、今日は登校するんでしょ?」
「うん、記憶の整理も終わったから」
本当は一昨日の時点である程度は終わっていたのだが、昨日はかぐやの案内やヤチヨカップの件を考えたかったのでズル休みした。しかし、その辺りはとりあえず落ち着いたので今日は学校に行くつもりである。令呪を隠すための包帯のこと、芦花と真実に何と言われるだろうか。それが少しだけ憂鬱である。
「白野、学校行くの? せっかく、配信の準備、手伝ってもらおうと思ったのにぃ」
「はいはい、私の作業が終わったらやりなさい。今日の夜には完成するから」
「マジ? ひゃっほーい!」
「かぐや」
「あ、はい。ごめんなさい。落ち着いてご飯を作ります」
またピシっとなったかぐやは今度こそ、朝食作りに集中する。さすがに火を使っている状態でふざけさせるわけにはいかない。
「……白野、今後もかぐやの教育よろしくね」
「彩葉と一緒にいる時間の方が長いからそっちもちゃんとやってね」
「あ、はい。頑張ります」
かぐやほどではないが佇まいを直した彩葉も静かに朝食の準備を始めた。
「おー、とうとう白野もツクヨミデビューかー」
「私の家にご招待しちゃおー」
その日のお昼休み、いつもの四人で集まってお弁当を食べている時に私がツクヨミにログインできるようになったことを芦花と真実に伝えた。やはり、彩葉が言っていた通り、二人も私とツクヨミで遊びたかったらしく、どこか嬉しそうだ。
「……で? なんで、彩葉は死んでるわけ?」
「ザビ子がヤチヨカップ不参加なのにショック受けてる」
「うぅ、ヤチザビぃ」
そんな中、今まで誰も触れずにいた彩葉を見て芦花がどこか引いた様子で聞いてくる。これまでは授業を受けていたので一時的に忘れられたようだが、お昼休みになって改めてショックを受けたらしい。
「そういえばネットニュースになってたよね。ザビ子不参加、運営の判断は妥当か、みたいな」
「でも、仕方なくない? ザビ子参加したら確実に優勝しちゃうし」
真実が思い出したように呟き、芦花も頷く。表向きの発表としてはザビ子が参加するとほぼ確実に優勝してしまう上、あくまでザビ子は運営側の立場なのでヤチヨカップに参加しない、ということになっている。
私としてはそんな優勝確実と言われるほど人気があると思っていないのだが、あの掲示板のことを考えるとあながち間違いではないのかもしれない。
「あれ、でも、なんかヤチヨのSNSに追加情報来てる」
「え!? 嘘!?」
ネットニュースを見ていた真実の言葉に復活した彩葉がポチポチとスマホを操作してヤチヨのSNSを確認しにいく。私も彼女に近づいて横からスマホを覗き込んだ。
――ザビ子は運営側として動きますのでお楽しみに♪
「なにこれ?」
「運営側として動く? 集計とか?」
「不正行為を見つけたらコードキャストとか?」
しかし、ヤチヨのSNSに書かれていた情報を見てもよくわからなかったのか、三人は首を傾げる。情報の開示はヤチヨに任せていたのだが、なるほど、そういう風に宣伝するのか。
「でも、ザビ子もヤチヨカップに関わるってわかってよかったじゃん?」
「それはそうだけど……ヤチヨとのコラボライブ、見たかったな」
「わかるぅ。ザビ子、着ぐるみのせいで少しくぐもってるけどいい声してるよね~」
「あの声で歌ったらさぞ上手いんだろうなー」
「……」
残念ながら歌の練習はしたことないので多分、下手だろう。前にカラオケに行った時も歌える曲がなかったので盛り上げ担当だった。さすがに少しぐらい歌える曲は用意しておいた方がいいか? ヤチヨの曲はよく聞いているので彼女の曲で練習でもしよう。彩葉も喜びそうだし。
「あ、そうだ。白野はいつ頃、予定空いてる? ツクヨミ案内してあげる」
「あー……ごめん、ツクヨミの案内は別の人にお願いしてて」
芦花の誘いに申し訳ないと思いながら断った。実は学校に行く前にかぐやから『ツクヨミはかぐやが案内するからね! 絶対だよ!』と胸ぐらを掴まれる勢いでお願いされたのである。まだツクヨミにログインして一日も経っていないのに務まるのかはさておき、約束は約束なのでかぐやが優先だ。
「そっかー、それは仕方ない。じゃあ、今度、一緒に遊ぼ」
「その時は私も一緒ねー。彩葉もバイトのない日、予定空けておいてね」
「え? あ、うん。わかった」
ヤチヨのSNSに他の情報がないかくまなく確認しており、ほとんど話を聞いていなかった彩葉が真実の言葉に頷く。後で教えておこう。それに芦花と真実にかぐやを紹介しておきたい。確か、一昨日に少しだけ会ったらしいが改めて挨拶はしておいた方がいいだろう。
「楽しみだね~」
「やっと四人で遊べるんだー。あ、四人なら『RENKEI』で遊べるじゃん。白野は初心者だから彩葉と組めばいい感じに戦えそう」
「……」
おっと、その提案は予想外だ。そして、マズイ。非常にマズイ。私、というかザビ子はツクヨミ唯一の
(武器か……)
月では基本的にサーヴァントが戦ってくれた。私は後ろで指示を出していただけ。武器はまったく使ったことがない。思いつくとしたらセイバーたちが使っていた武器だが、うーん。
まず、英雄王は論外。蔵とか用意できない。そもそも、武器を撃ち出すとかツクヨミでやったら間違いなくクレームが入る。
次にセイバー。赤い直剣で炎が出る。うん、扱える気がしない。多分、自分で出した炎で燃える。
じゃあ、アーチャー? 弓は駄目だ。まず、剣の投影ができない。じゃあ、よく使っている双剣か? でも、あれはアーチャーが長年、使い続けていたからできる防御寄りの剣術。武器に慣れていない私には扱えないだろう。
最後にキャスター。呪術は使えないし、そもそも
いや、セイバーたちの武器だけではない。他の英雄たちの武器もそうだ。素人である私が扱える代物ではない。見本が高すぎることもあるだろうが、歴戦の戦士たちを戦う姿を近くで見ていたせいでみっともない扱い方をすると彼らに失礼な気がした。
とりあえず、今度、ヤチヨに武器の使い方を聞こう。色々と試せばきっと私にも使えるものがあるだろう。
――なにぃ!? そこは余の剣を使うところであろう、奏者よ!
――双剣の扱いはそこまで難しくない。一度、試してみればいいさ、マスター
――ご主人様~! 呪術だっていけますよ、きっと! いっちょ、派手にやってみてはいかがでしょう!?
――貴様、我が財宝では満足しないというのか! ええい、そこにいろ!
「あはは、そうだね」
そんな幻聴が聞こえたような気がしたがとりあえず、無視して芦花と真実に愛想笑いを返した。