月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「白野~! カメラおねがーい!」
「白野! 次はね、耐久ゲーム配信するから付き合って!」
「はくのーん、これ辛すぎて食べきれないー! 食べてー!」
「白野っていい声してるじゃん? 一緒に歌わない?」
「白野!! これ、面白そうじゃない!? 一緒にやろ!」
「ふぅー」
「お疲れー、白野、珍しく疲れてんじゃん?」
この数日で聞いた数々の我儘姫ボイスを振り返りながらファーストフード店の席で背もたれに寄りかかる。小さくため息を吐くとたまたま予定が合って会うことにした芦花が私の前にドリンクを置いて声をかけてきた。疲れている私の代わりにハンバーガーとドリンクを注文してくれたのだ。因みに私は席確保係。窓際の席しかなかったのは仕方ない。
「ありがと……ちょっとね」
「ふーん、彩葉は相変わらずバイトと勉強?」
「それと作曲作業かな。前に言ったかぐやのオリジナル曲作ってる」
「は? 彩葉、曲も作れんの? はー、やばすぎ」
驚いた様子で目を見開いた彼女は私の正面に座ってハンバーガーを一口。美味しかったのか、僅かに口元が緩んだ。
「それで? 白野が疲れてるのはかぐやちゃん?」
「まぁね。これ」
そう言ってスマホでかぐやのチャンネルを表示して芦花に見せる。髪を耳にかけながら画面を覗き込む姿は妙に艶っぽく、近くに座っていた若い男が芦花を横目でチラ見していた。さすが美容系インフルエンサー。所作がまさに女の子している。
「おー……え?」
画面を見た芦花はキョトンとした顔をして私のスマホを手に取ってスイスイと操作。そして、驚愕した様子で私の顔を見た。
「この短期間で?」
「そう」
「はぁ……これは、すごいわ」
ほぼ毎日、動画を上げまくっているかぐやだが、やはり彼女には才能があったのだろう。その多くがバズった。もちろん、完全に事故ったものもあるがそれでも初めて一週間足らずとは思えないほどの登録者を獲得している。
「確か、ヤチヨカップに参加してるんだよね?」
「うん、私と彩葉も手伝ってる」
「そっか。でも、随分と振り回されてるっぽいね」
「まぁ、うん」
バイトと勉強、作曲作業のある彩葉はそこまで動画そのものの手伝いはできない。そのため、かぐやと一緒に動画を撮っているのは基本的に私だ。そのほとんどがカメラ役。たまに企画倒れになりそうになった時の救済処置として登場している。
「ちょっと動画見てもいい?」
「いいよ」
「じゃあ、失礼して」
芦花は自分のスマホで改めてかぐやのチャンネルを検索し、イヤホンを付けて動画を視聴する。その間、私はもそもそとハンバーガーを食べ、束の間の休息を取った。
「ぷっ……あー、ずるいなぁ。これ、面白くないわけないじゃん」
「どれ?」
「激辛大食いチャレンジ。白野のオチまで完璧」
「ああ、あれか」
かぐやが突然、『激辛大食いチャレンジだ!』と叫んでスーパーで買ってきた食材を使い、激辛料理を自らの手で作った後、動画を回して食べ始めたのだ。食べるだけなのでカメラ役も必要なく、自室で調べ物をしていたのだが、早々にギブアップしたかぐやが助けを求めてきたのである。
『おー、さっすがはくのん! 激辛料理はへっちゃら……って、なんでそんなスルスル行けるの? かぐや、分量間違えて激辛超えて地獄作っちゃったのに』
『え、怖い怖い怖い! なんで平気な顔で食べてるの!? ねぇ、白野! 無理してない? かぐや、人殺しにはなりたくないよぉ!』
『わー、全部食べちゃったー。白野、すごーい……あの、本当に無理してない? 大丈夫? え、美味しかった? それなら、よかったけど……うん』
「なぜ、ドン引きされたのか意味がわからない」
「いや、あれを無言で食べ続けたら誰でも引くって……でも、かぐやちゃんもそうだけど白野のこと、推してる人いるね」
「え?」
『ほらこれ』と言われて見せられたのは激辛大食いチャレンジのコメント欄。そのほとんどがかぐやに対するコメントだが、その中に『はくのんマジやばい!』、『ここにもおもしれー女がいたか』、『激辛を無言で食うの草』など私に対するものもあった。
「やっぱ、白野って感じ」
「私?」
「あ、やっぱり自覚ない? 白野って結構、人気あるんだよ。主に女子から」
「?」
彩葉と芦花がモテるのは知っている。片や、何でも完璧にこなす優等生美少女女子高校生。片や、常にキラキラ輝くオシャレ美少女女子高校生。前までは真実もその中にいたのだが、彼氏ができてから噂が少なくなった。だが、私のことは特に聞いた覚えがない。
「いやいや、本人に噂話する人なんていないよ。ほら、白野ってよく人助けしてるでしょ?」
「ちょっと手伝ってるだけだよ」
「白野にとってそれは当たり前かもしれないけど、やっぱり困ってる時に助けてくれたら色々思うところがあるわけですよ」
「そうなの?」
よくわからない。あのドンファンと違って私は乙女心がわかっているつもりだ。いや、そもそもなぜ、女子人気があるのだろうか。特別なことはしていないのに。
「そうそう……ねぇ、白野」
「なに?」
「そろそろ、反応していいと思う?」
「うーん、どうだろ」
『白野ー! おーい、白野ってばー!』
芦花に促され、少し前から窓に張り付いている我儘姫、かぐやを見る。彼女は頬をべったりと窓にくっつけて必死に私にアピールしていた。今日は彩葉からオリジナル曲を貰う日だったはず。だから、動画撮影をお休みして練習すると言っていたはずだ。そのおかげで時間ができたから芦花とこうやって会っているのだが。
とりあえず、炎天下の中、いつまでも放置するわけにもいかず、手招きする。すると、かぐやは目を輝かせてものすごい速度でファーストフード店に入ってきた。
「白野ー! 偶然だね! あ、少し前にパンケーキくれた人!」
「どもー、今日も可愛いね、かぐやちゃん」
「えへへ、そうかもー? あ、座っていい?」
「どぞどぞ」
今日も元気いっぱいなかぐやは私の隣に座って正面に座る芦花を見つめる。その顔はとても楽しそうであり、芦花もにこやかに微笑んでいた。
「かぐやちゃん、動画見たよ。面白かった」
「ホント!? どれ?」
「激辛のやつ」
「あー……」
「あれ、なんかマズイこと言った?」
「なんかあの動画にトラウマ持ってて」
アシスタントが出しゃばるのも良くないかなと思い、無言で激辛料理を食べたのがよくなかったらしい。動画撮影後、涙目になったかぐやが私のお腹を撫で回したのは少し驚いた。
「他にも踊ってみたもキレッキレだし、料理動画も美味しそうだったよ」
「でっしょー? あ、名前!」
「『綾紬芦花』。芦花って呼んでね」
「オッケー、よろしくね、芦花!」
「かぐやはなんで外に? 彩葉は?」
外を見ても彩葉の姿はない。バイトはないし、曲も完成していなかったため、最後の調整をすると言っていた。
「彩葉の曲待ちながら作業してたらうるさいって怒られたの!」
「あー」
かぐやは動画編集している時もぎゅーんとかバーンとか擬音語を口にする癖がある。つまり、喋らない時が寝ている時以外ないのだ。普段ならまだしも作曲作業している時にそれをされたら集中できないだろう。つまり、かぐやは追い出されたのだ。
「当てもなく歩いてたんだけど白野と芦花を見つけたってわけ!」
「おー、ナイスタイミングだったね。ねぇ、かぐやちゃんもこの後、一緒に遊ぶ?」
「遊ぶ! 何するの!?」
「んー、特に決めてなかったかなぁ。白野、どうしたい?」
元々、芦花から夏休みをどんな風に過ごしているの、的なメッセージが来たのがきっかけだ。私も出かけるというより、芦花と会う方を目的としていたので行き先に希望はない。
「特にないかな。芦花とかぐやが一緒ならどこでも楽しいし」
「……かぐやちゃん、普段、大丈夫? ほぼ毎日、会ってるんだよね?」
「へへ、かぐや、もう慣れちゃった」
「かぐやちゃん……」
何故か空虚な笑みを浮かべるかぐやに憐みの目を向ける芦花。そして、二人同時に私の方をキッと睨みつけた。何故、そのような目を向けられなければならないのだろうか。腹いせにウインクしてあげた。
「くっそおおおおお! 芦花、なんか発散できるとこない!?」
「なら、スポッチャかなぁ。運動もできるし、カラオケもあるし」
「よし、そこだ! 白野、勝負だよ!」
「うん、いいよ」
それから三人でたくさん遊んだ。なお、かぐやはスポッチャにあるゲームのほとんどを知らず、勝負することなく、楽しそうにきゃっきゃと遊ぶ彼女を私と芦花は微笑ましく見守ることが多かった。
かぐや「(腹立つのに顔がいいからウインクめっちゃ決まってて)くっそおおおお!」