月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「じゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
バタン、という音と同時に階段を駆け下りる音が扉越しに聞こえる。今日、かぐやは芦花と真実と動画撮影兼遊びに出かけた。芦花には化粧を教えてもらい、その後に真実おすすめのお店に行ってご飯を食べるそうだ。
そういうこともあり、今日の私はフリー。いくつか調べたいことがあったのでそれに集中する予定、なのだが。
「……大丈夫?」
「へへ、寝てる時に傍で配信されたことある? あの中で寝れるかっての」
振り返るとそこにはテーブルに伏せて死んでいる彩葉がいた。確か、昨日はヤチヨのアシスタント業があったのでかぐやの活動は手伝っていない。そのため、一人でできる配信をしていたのだろう。そして、その時間帯は深夜。寝る間も惜しんで勉強している彩葉でも寝ている時間にぎゃあぎゃあ騒いでいる姿が目に浮かぶ。
「少し寝る?」
「うーん、昼からバイトだから二度寝すると起きれなさそう」
「そっか」
いつもなら少しでも時間ができれば勉強している彩葉だが、寝不足で動くに動けなさそうだ。どうにか気分を紛らわせてあげたい。さて――。
「――一緒にツクヨミで遊ぶ?」
「……遊ぶ」
夏休み前に約束していたのだが、お互いに忙しかったため、これまでツクヨミで会ったことはなかった。そう思って誘ったのだが、テーブルに伏せたまま、彩葉が頷いたので一緒にツクヨミに行くことになったのである。
「あれかな」
ツクヨミにログインした私は彩葉を探すためにいつもの正門前に来た。しかし、彩葉の準備がまだ終わっていなかったため、少し待つことになるだろう。
「さて」
ツクヨミで彩葉と会うのは初めてなのでアバターの外見はわからない。ツクヨミネームは『iro』。マップの
(こっちに向かってるっぽいかな)
マップに表示された彩葉のアイコンは正門前へと向かっていた。それも速度強化の
「あ、はくのん?」
「うん、そうだよ。iro」
正門前に到着したのは青を基調としたストリート風の衣装を着た狐っ娘だった。色見といい、狐といい、少しだけキャスターを彷彿とさせるアバターに自然と笑みを浮かべる。
「へぇ……はくのん、ミリタリーとか好きだったんだ?」
「え? あー、うん。かっこいいでしょ?」
そう言ってその場で一回転。ミリタリーが特別好きというわけではないんがややこしくなるので頷いておく。
「うん、いい感じ。バイザーもクールだし……それ、初期アバターにあった? あ、そのグローブもか。私、見たことないんだけど」
アカウントロックされているとバレないためのバイザーと令呪を隠す目的で付けているグローブ。その両方とも、ヤチヨが作ったものだ。彩葉が見たことないのは当たり前である。本当ならどこかのクリエイターが作ったものを気に入って買ったと言いたいところだが、私はツクヨミにログインしたての初心者。クリエイター製の装飾品を持っているのはさすがに不自然だ。
「えっと……最初にログインした時、適当にツクヨミを見て回ったんだけどたまたま隠しクエストに遭遇して」
「はぁ!? 隠しクエスト!?」
誤魔化すために嘘を吐いたのだが、予想以上に彩葉が食いついてきた。ツクヨミにはたまに隠しクエストが発生する。それをクリアするとレアなアイテムなどが貰えるのだが、『隠し』と付いているため、その発生条件がわからないものが多いのだ。
「へぇ……さすがはくのん、持ってるね」
「運がよかったのは認めるけど……なんでさすがなの?」
「いや、はくのんってそういうの引きそうじゃん?」
そう、なのだろうか。稀有な人生を送っている自覚はあるがそういった幸運というより厄介事が向こうから手を振ってやってくるイメージだったのであまり実感はない。
「じゃあ、どうする? かぐやに案内してもらったとはいえまだツクヨミに慣れてないよね?」
「そうだけど……あ、そうだ。iroって『KASSEN』得意だよね? かぐやにいつか誘われそうだから今のうちに武器を選んでおきたくて」
本当はヤチヨに頼むはずだったのだが、最近の彼女は少し私によそよそしい。SGのこともあるから下手に触れることもできず、まだ武器のことを言えていなかった。
「はくのん、『KASSEN』興味あるの?」
「まぁ、ツクヨミで活動するなら避けて通れないかなって。武器を使うっていうのもやってみたいかも」
その言葉に嘘はない。一部を除いて私に力を貸してくれたサーヴァントたちは武器を持っている。彼らが巧みに武器を扱う姿を見て使ってみたいと思ったことだってあるのだ。
「確かに……じゃあ、『SETSUNA』のカスタムモードで練習しようか。私のバイトの時間までだからそんなに余裕ないかもだけど」
「それでも十分。ありがとう」
「ううん、私も体を動かす……っていうのは変か。気分転換もしたかったし」
『じゃあ、やろうか』とiroはニヒルに笑ってカスタムモードの準備を始めた。さて、私に合う武器はどれだろう。
ツクヨミには様々な武器が実装されている。もちろん、クリエイターが作ったものや自分好みにカスタマイズできるため、やりこめばやりこむほどオリジナリティのある武器へ進化していく。
しかし、カスタマイズする前の――いわゆる、初期武器と呼ばれるものもあるため、それを使って練習してみた。してみたのだが。
「駄目だね、これは」
結果から言うと私に合う武器はなかった。剣を振ったり、弓で矢を放ったり、と基本的な動作は可能だ。これでもツクヨミでアバターを動かすのは一年以上続けている。
でも、しっくりこない。頭の中に思い描いている動きができない。もちろん、アバターなので実際に体を動かすのとは違うからコツは必要なのだが、そういう問題ではなかった。
「基本的な動きはできてると思う。私が注意したところも素直に直してくれてる。むしろ、初心者にしては上手い方。中堅ぐらいの相手なら十分に戦えるレベルだよ。それでも……納得できないんだよね?」
「うん」
彩葉の言葉に素直に頷いた。
剣を使えばセイバー。弓を使えばアーチャー。槍を使えばランサー……その武器のプロフェッショナルたちの動きがどうしても頭に浮かんでしまう。彼らの動きに比べたら私のはただのおままごと。それが、失礼に感じてしまい、少し武器を振っただけなのに罪悪感で胸が締め付けられてしまう。
「初期武器の時点でそれだとカスタマイズしてもあまり意味ないか……あとはネタ武器ぐらいしか」
「ネタ武器?」
「ヤチヨがふざけて作った武器のこと。どうやって使うかもわからないものが多くて」
「……一応、見せて」
聞き慣れない言葉に首を傾げると丁寧に説明してくれる彩葉。普通の武器が駄目ならサーヴァントたちが使わない形状のものしかない。さて、どんなものがあるか。
「えっと、私が持ってるのは……カジキマグロの槍とか鉤爪型の武器とか鏡とか」
「ッ……鏡?」
「うん、ふわっと宙に浮く鏡。遠隔操作できるけど……それだけの武器」
「それ見せて!!」
彩葉の説明に私は思わず声を荒げてしまう。私の様子に目を白黒させながら彩葉は慌ててその鏡を取り出した。
「これ……」
「ね? ただの宙に浮く鏡……白野?」
苦笑を浮かべていた彩葉だったが鏡を見て茫然とする私を見て言葉を詰まらせた。しかし、私はそれどころではなく、その鏡を凝視してしまう。
「……彩葉。この鏡の名前って『
「え、なんでわかったの?」
驚いた様子で頷く彩葉に思わず生唾を飲み込んでしまった。これは、キャスター――『玉藻の前』の宝具だ。月の聖杯戦争で使っていたもの。もちろん、細部は異なるがそれでもあまりに彼女の鏡に似ていた。
「それ、使ってみていい?」
「う、うん……そのままあげるね」
「ありがとう」
彩葉から『
――キャー☆ まさかまさかの鏡採用! お前、使えないとか言ってマジでごめんなさい! これからはきちんと毎日、磨いてあげます! よっしゃあああああ、私の勝ちいいいいいい!
それを見ているとキャスターの嬉しそうな声が聞こえてくるような気がする。きっと、彼女ならその場でピョンピョンと跳んで喜んでいただろう。
(じゃあ、少し使わせてもらうよ)
「すぅ……はぁ……」
鏡と繋がっている感覚がある。深呼吸した後に試しに右に動かしてみると意外とスムーズに鏡も動いた。それから縦振り、横薙ぎ、急上昇、急降下を繰り返し行って鏡の動きやその癖を覚えていく。
「……」
「どう?」
「うん、使えないね、これ」
一通りの動きを終えた頃、彩葉の質問に笑顔で答えた。キャスターが使えないと言っていたのがよくわかる。これはただの宙に浮く鈍器だ。サーヴァント戦ではちょっかいをかけたり、攻撃を防ぐことしかできない。
「そっか。私からしてみれば結構、いい感じだったけど」
「あ、使わないとは言ってないよ。これにする」
「え? でも、使えないんでしょ?」
「『KASSEN』なら大丈夫だよ」
「はぁ?」
私の言葉を聞いて首を傾げる彩葉。使えないのはあくまで実戦の――サーヴァント戦での話。『KASSEN』はゲーム。お互いのステータスに違いはない。それならこの鏡も使いようがある。なにより、持ち主であるキャスターが鏡の使い手、というわけではないのがポイント。これなら武器を使う時に英霊たちの戦う姿が過って体が硬直することがない。
「彩葉」
「う、うん?」
「少し、戦ってみようか」
「え? うん、わかった」
一般ユーザーと同じように礼装を一つだけ装備して彩葉を誘う。まさか初心者の私に誘われるとは思っていなかったらしく、彼女は少し戸惑いながらも頷いてくれた。
そして――。
YOU WIN!!
「は?」
数分後、フィールドに転がる彩葉を見下ろす私の頭上にそんなド派手な文字が表示された。
YOU LOSE!!
そのまた数分後、本気を出した彩葉にボコボコにされた。さすがに鏡一つで彩葉に勝つのは厳しそうである。