月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「よーし! 今日はツクヨミで遊ぶぞー!」
彩葉とたくさん『SETSUNA』した数日後、私、彩葉、かぐや、芦花、真実の予定が合ったため、改めてツクヨミで遊ぶことにした。
「おー、ミリタリーかー。いいセンスしてるねー」
「うんうん、白野ピッタリ!」
「あ、ありがと」
ツクヨミで初めて会った真実に褒められた後、何故か少し興奮した様子で芦花がぐいっと近づいてくる。多分、オシャレな彼女だからこそわかる何かが私のアバターにあったのだろう。その勢いに戸惑ってしまった。
「これで全員揃ったね。えへへ、これからツクヨミでの活動も本格化させちゃうぞー!」
そんな私たちを見てかぐやはニヤニヤと笑って今後の活動計画を立てていた。私と彩葉はともかく芦花と真実はすでに名の知れたインフルエンサーだ。彼女たちとコラボする時はきちんと許可を取らなければならない。まぁ、数日前に遊んだ時、化粧を教えてもらったり、食レポのコツを聞いたと言っていたのでそれも時間の問題だろう。
「今日は何する? とりあえず、私の家に行く?」
「真実の家!? 気になるぅ!」
「すっごいよ、大豪邸。釣りもできちゃう」
「へぇ、それはすごそう」
私も真実の家に行ったことはないため、楽しみだ。だが、いきなり家に行ってしまったらそのままダラダラと過ごしてしまいそうである。
「とりあえず、どこかで遊んだ後、真実の家に行くのは?」
彩葉も同じことを思ったのだろう。少し難しい顔をしながらそう提案した。家で過ごすのも有りだが、せっかく五人で集まったのだ。色々と見て回りたい。他のみんなも特に反対意見はなく、彩葉の言葉に頷いた。
「じゃあ、かぐや戦うやつやりたい!」
じゃあ、何をするか、という話になったのだが、やはりかぐやがいの一番に手を挙げて叫んだ。戦うやつ――おそらく『KASSEN』のことだろう。
「あー……」
しかし、数日前に私と遊んだ時のことを思い出しているのか、彩葉はどこか気まずそうな顔を浮かべてこちらへ視線を向ける。多分、私と同じことを考えているだろう。今日は止めておこうと小さく首を振った。
「え、なになに? なにかあったの?」
「実は数日前に白野と一緒に『SETSUNA』をやってみたんだよね」
「えー!? 二人だけでズルい! かぐやもやりたかった!」
それを目聡く見つけた真実が首を傾げて問いかけてくる。それに対し、彩葉が説明しようとしたのだが、さすがに見過ごせなかったかぐやが頬を膨らせて文句を言う。
「白野はあんたの配信活動に必要だと思ってあらかじめ武器を選びたいって言ったの! 感謝はしても文句は駄目!」
「え、白野、かぐやのために……ありがと~!」
「いいけど……ちょっと問題っていうか。かぐやの方に問題が起きちゃって」
「?」
感激したのか、私に抱き着いてきたかぐやだったが彩葉と私が戦ったのに何故、かぐやの方に問題が起きたのか、と不思議そうな顔をする。
「実は……白野の動きがすでに上級者以上だったからかぐやと遊ぶと一方的にボコボコにしちゃうと思う」
「え? 上級者? 白野って少し前にツクヨミにログインしたばかりだよね?」
「うん、本気を出してなかったとはいえ私、普通に負けちゃったし、あの後、本気を出しても三割くらい負ける」
彩葉の言葉に疑問を持った芦花だが、その後に続いた説明に芦花と真実は顔を見合わせた後、やっとその言葉を飲み込んだのか、目を見開いた。
「本気の彩葉に三割!?」
「私たちも普通に戦ったらほとんど勝てないのに……確かにかぐやちゃんが白野と戦ったら一方的になっちゃうかも」
「あと単純な相性の問題。私は白野に有利なスタイルだったから勝ち越してるけど相手によっては完封されると思う。特にかぐやみたいな何も考えずに突っ込んじゃうタイプとかね」
「えー、その言い方なんかやだー。攻め攻めな感じって言ってー!」
「とにかく! そういうわけでツクヨミに慣れてないかぐやが白野と戦っても面白くないと思うからもう少しアバター操作に慣れてからの方がいいってこと!」
不満そうなかぐやに彩葉は目を吊り上げて言い聞かせる。芦花も真実も賛成なのか、うんうんと頷いていた。私としては一年以上ツクヨミにログインしているため、アバター操作には慣れているからズルしている気分になるので少し気まずく感じてしまう。
「そっかー、ならしょうがないかー。白野、少し待っててね! かぐや、すぐにアバター操作めっちゃ上手くなるから!」
「わかった、待ってるね」
「なら、私たちも白野がどんな風に戦うのかその時まで楽しみにしてよーっと」
「かぐやちゃん、頑張ってね」
「うん、頑張る!」
元気に頷いたかぐやを最後に話はまとまった。そして、振り出しに戻った。結局、何をするか決めていないのである。
五人で遊べて、かぐやが満足して、彩葉の疲労が溜まらないもので、芦花や真実も楽しめるもので、ライバー活動の糧になりそうなもの。
「……カラオケ、行く?」
「行くぅー!!」
私の提案に目を輝かせたかぐやが全力で乗ったことにより、私たちはツクヨミ内でカラオケをすることになった。
「~♪」
ツクヨミでは『KASSEN』以外にも遊ぶものがたくさんある。その中に『カラオケ』があり、ツクヨミユーザーたちはいつでもカラオケ屋と同じような環境で歌うことを楽しむことができるのだ。
「おー、かぐやちゃん、歌上手ーい」
「よっ、未来の歌姫!」
「えへへ~、どうもどうもー」
芦花が小さく拍手した後、真実もそれに乗る形でかぐやをおだてる。マイクをテーブルに置いたかぐやは照れくさそうに笑いながら彩葉の隣にドカリと座った。
「あんたいつの間に覚えたの?」
「動画編集してる時とかー、トイレ行ってる時とか!」
「あ、だから、あんなにトイレ長いの!? 私、時間がない時、仕方なく白野の家のトイレ借りてるんだからね!?」
「やべ、藪蛇だ!」
胸を張ってドヤ顔を披露するかぐやに対し、彩葉は怒りを露にする。なるほど、たまに彩葉が申し訳なさそうにトイレを貸してほしいと言っていたのはこれが原因だったのか。トイレを借りるということは話す時間もないほど急いでいるということであり、彼女も説明する暇がなく、こちらも特に気にするようなことではなかったので理由を聞いていなかった。
「あ、次、私だ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ彩葉たちを放置して真実がマイペースにマイクを手に取る。この短時間で二人のやり取りにすっかり慣れてしまったのだろう。
「ねぇ、白野は歌わないの?」
シャカシャカと歌に合わせてマラカスを鳴らしていると不意に芦花が話しかけてきた。そういえば、前回のカラオケでは知っている歌がなくて賑やかし担当になったのだ。一応、あれから約一年。地上での暮らしに慣れ、何かと歌を耳にすることはあるが歌えるほどかと言われると――。
「……」
「お? マジ? 白野、歌っちゃう?」
私が無言でデンモクを手に取ったのを見て芦花の目が僅かに瞬く。そうだ、ヤチヨの曲を少しだけ練習したのを忘れていた。ここでみんなに聞いてもらってアドバイスを貰おう。
「お、『星降る海』じゃん。白野ってヤチヨ好きだったっけ?」
「ヤチヨの曲はよく聴いてるから。上手く歌えないと思うけど」
それにヤチヨの曲は――彼女の全てが込められている。メロディや歌詞から彼女の想いが伝わってくる。だから、こんなにも人の心を揺らすのだろう。
「え、白野、ヤチヨの曲、歌うの!? こりゃ、彩葉号泣待ったなしだね!」
「いや、泣かないし。でも、白野の歌、気になる」
「ねー、私の歌も聞いてほしいんだけどー!」
芦花との会話にかぐやと彩葉も合流したところで真実の歌が終わった。話しながらちゃんと聞いていたから大丈夫。
「じゃあ、歌ってみるね」
「きゃー! はくのーん!」
「よっ、まだ誰も知らぬ原石!」
真実からマイクを受け取り、その場で立つ。それと同時にかぐやが私のマラカスを奪い取り、芦花も悪ノリしてきた。そんなみんなを見て彩葉が仕方なさそうに苦笑を浮かべる。
(ああ、楽しいなぁ)
彩葉がいて、かぐやがいて、芦花がいて、真実がいて。
月にいた頃では考えられないほど平和な日常。平凡な暮らし。本当にただの女の子になれたようで、少しだけ照れくさい。
そして、この日常を満喫できるのは全てヤチヨのおかげだ。
ヤチヨがツクヨミを作ってくれたからみんなと一緒に遊べる。
ヤチヨが私の存在を赦してくれたからここにいる。
ヤチヨが八千年、諦めずに前に進み続けてくれたおかげで私は今、ここで生きている。
だからね、
「――――」
きっと、この歌は今のあなたには届かないと思うけれど、それでも何かが届きますように。そう願いながらマイクを口に近づけて、息を吸い、私は静かに歌い始めた。
――■■■、あの歌を聞いた時、すっごく感動したんだ。ああ、■■■のことを想って歌ってくれてるんだなぁって。それがわかって、すごく、すごく……嬉しかった。
ふと脳裏に浮かぶ誰かの声。あなたは一体、誰なのだろう。わからない。わからないけれど、少しだけ安心した。そうか、この歌は届いたのだ、と。不思議とそう思うことができた。
「――――……」
気づけば歌が終わっていた。彩葉たちの様子を見ながら歌おうと思っていたのに自分でも驚くほど歌うことに集中していたらしい。さて、みんなの様子は――。
「……」
――そう思いながら彼女たちの方を見るとその誰もが驚いた様子で私を見ていた。そして、その中でもかぐやだけが茫然とした様子でポロポロと涙を零している。自分でも泣いていることに気づいていないのか、ただ私をジッと見つめていた。
「かぐや?」
「え、あ、あれ……おっかしいなぁ、感動はしたけどなんで涙が……」
あはは、と乾いた笑い声を漏らしながらぐしぐしと手で涙を拭うかぐやだが、一向に涙は止まらなかった。もしかしたら、現実の方でも泣いてしまっているのかもしれない。そんな彼女を芦花と真実は心配そうに見つめていた。
「……かぐやが号泣してんじゃん」
そんな中、彩葉だけがいつも通りの顔でかぐやをからかう。これまでの意趣返し、という体でこの空気を変えようとしてくれたのだろう。
「え、えー! いや、だって、白野の歌めっちゃやばくなかった!? なんか、こう……めっちゃ心こもってるっていうか!」
「確かに私もじーんって来ちゃった……こりゃ想像以上だわ」
「ねー、絶対、動画にするべき! この感動をみんなにも教えたい!」
その流れに一目散に乗ったのはやはりかぐやだった。更に芦花と真実もそこへ加わる。どうやら、私の歌は自分が思っている以上に良かったらしい。
「彩葉もそう思うでしょ!」
「……うん、そうだね。本当にすごかった」
すっかり涙が止まり、目を輝かせたかぐやが彩葉へと抱き着くように同意を求めると彼女も私の方を見て笑って頷く。しかし、その目には何か、感動以外の色が見えた気がした。
「よっしゃー、次かぐや歌う! 感動で白野をべちょべちょにしてやる!」
「いや、汚いな」
私の手からマイクを奪うように取り、曲を入れるかぐやに彩葉がツッコむ。その頃には先ほど見えた何かは消えてしまった。
「白野にはびっくりしたけど……かぐやちゃんも普通にやばいよね?」
「ねー。多分、ツクヨミでライブしたらバズるよ」
そんなかぐやを見ながら芦花と真実がどこか期待したような顔で話し、何故か私の方へと顔を向けた。まるで、『セッティングよろしく』と言わんばかりの表情。私が準備するのか? アシスタントだからか。
(仕方ない、調べるか)
「私の歌を聞けえええええ!」
「マイクを持って大声で叫ぶな!」
テンション爆上がりのかぐやと彼女の相手をする彩葉。きっと、ツクヨミでライブをするなら彼女たちも一緒だろう。これはまた忙しくなりそうだと私は小さく笑みを浮かべたのだった。