月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
調子が出てきたのか、それとも何かのきっかけで爆発したのか、カラオケに行った日の夜からかぐやの快進撃が始まった。
動画はほぼ毎日のように投稿し、内容も一貫性はなく、とにかくかぐやが気になったもの、面白そうだと感じたものを片っ端から試した。流行がすでに過ぎているもの、二番煎じと言わざるを得ないようなものでもお構いなし。
「うおー、このダンスいい感じ! 練習して動画にするぞ!」
「あ、この料理、美味しそー。配信で料理、作ったら盛り上がるかも!」
「作業動画っていうのもあるのかー。なら、動画編集してるところを動画にして、その動画を編集してるところを更に動画にするとかどう!? 動画作業動画動画作業動画ってね!」
「今日はツクヨミでライブしちゃお! 振付とかまだ最後まで考えてないけどその場のノリでどうにかなるっしょ!」
その勢いはまさにバーサーカー。さすがに、と思うものでもかぐやは気にせず、自分のコンテンツにしていく。綺麗なものだけでなく、失敗したものでも面白かったら意気揚々とチャンネルの一部にした。
「ふぅ……」
しかし、その分、アシスタントの作業も増えるわけで。日付が変わった時計をチラ見した私は小さく息を吐く。かぐやがライバーになって一週間以上が経過し、暦は八月へ。そろそろ夏休みも中盤に差し掛かったところだ。
(やっぱ、すごいなぁ)
『えー!? ロケットってそんな簡単に作れるの!? 誰でも宇宙飛行士じゃん!』
『これはおもちゃのロケット。宇宙に行く方はもっと構造がすごい』
『すごいのか! でも、おもちゃでも少しぐらい宇宙飛行士の気分が味わえるかも! 早速、作ってみよー!』
『おー』
PCの画面の中で目を見開いて驚くかぐやを見ながら私は思わず微笑んでしまう。この後、作ったペットボトルは発射と同時に地面に墜落する。原因はかぐやが『大きければ大きい方がいい!』と予定していたサイズよりも大きいペットボトルを使ったことだ。その時のことを思い出してしまい、口元が緩んでしまったのである。
『やー、駄目だったかぁ。でも、一瞬! 一瞬、飛んだよね!?』
抱えるほど大きいペットボトルロケットを抱いたかぐやが私の持つカメラに向かって満面の笑みを浮かべる。この笑顔を見れば大抵のことは許してしまいそうだ。
「……」
動画編集は大変だ。視聴者が見やすいように字幕を入れたり、尺が長すぎた時はカットしなければならない。だが、いい意味でも悪い意味でもかぐやが大暴れするので取れ高しかないため、カットする場所に迷う贅沢な悩み。あ、今度、未公開集のようなカットした部分を集めた動画を出すのもいいかもしれない。
「……よし」
いつもならもう寝る時間だが、この動画だけでも完成させてしまおう。私は小さく言葉を吐き、編集作業に戻った。
「ツクヨミ路上ライブだー!」
ツクヨミにログインした後、合流した私たちだったが、その途端、相変わらずのハイテンションでかぐやが声高らかに叫ぶ。ランキングは順調に伸びている。最初は数人しかいなかった路上ライブも今では人垣ができるほど。デビューして二週間足らずでここまで伸びたライバーは稀だろう。
「なんで私まで……」
そんな彼女の隣に立つ狐の着ぐるみ――彩葉は肩を落としながらも伴奏に使うキーボードをストレージから取り出した。やはりというべきか、当初は作曲だけ行うと言っていた彼女だったが結局、ライブの伴奏だけでなく、動画の方も少しずつ出演回数が増えている。すでにかぐやファンの人たちからは『お転婆悪童かぐや』、『救済処置兼アシスタントはくのん』、『楽曲提供兼苦労人プロデューサーいろP』と認識されており、私か彩葉がいないと『あれ、一人足りなくね?』と言われるようになった。仲良し三人組、ということなのだろう。
「そう言いながらもちゃんと来るのはいろPらしいね」
「そっちだって夜遅くまで動画編集してるんでしょ。体調は大丈夫?」
「うん、昼間に少しだけ寝てるから平気。彩葉の方こそ、少し疲れてるみたいだけどいいの?」
「よくはないけど……なんかかぐやの手伝いを理由に勉強とかバイトはサボりたくない」
踊るようにステップを踏みながら路上ライブを行う予定の場所に向かって歩くかぐやの後を追いながら彩葉と会話する。出会った頃に比べ、母親を意識することは少なくなったがそれでも真面目な部分は変わっていない。
一応、彩葉の負担が減るように動画の手伝いは率先してやっているが編集していない動画が溜まってきている上、ヤチヨのアシスタント業もある。かぐやにも彩葉の体調のことは伝えておこう。
「あ、そういえば真実から連絡があって海に行かないかって」
「海?」
確認するように言葉を繰り返した私に彩葉は大きな狐の頭を頷かせた。海、か。もちろん、行ったことはない。興味はあるが――。
「――水着がない」
「え? あ、そっか。じゃあ、買わないと」
「うーん、どうしよ」
水着、ということは体を覆う布面積が少ないということ。別に肌の露出が気になる、というわけではないが問題はこの左手に宿る令呪だ。今は少しオシャレな手袋をして隠しているのだが、海で手袋は明らかに浮く。しかし、化粧道具で隠そうにも濡れて落ちる可能性がある。そうなったらもう隠すのは無理だろう。
(彩葉たちには言う? でも……)
令呪は可能な限り、見られない方がいい。彩葉たちが魔術師ではないのは明らかだが、海は不特定多数の人がいる。その中に令呪の存在を知っている人がいないとも限らない。
「白野、あまり気が進まない? 真実が言った日ってちょうど、バイトがなくて……」
難しい顔をしてどうしたものかと考えていると彩葉が不安そうにそう言った。狐の着ぐるみのせいで顔は見えないが明らかに私に来てほしそうにしている。散々鈍感だと言われる私だがそれぐらいはわかった。
「……わかった。いいよ」
「ッ……じゃあ、真実に言っておくね」
「お願い」
「二人ともー! 遅ーい!」
話に夢中になっていたからか、歩くスピードが遅くなっていたらしく、遠いところからかぐやが大声で叫んだ。路上ライブが始まるまで時間がない。私と彩葉は小さく笑い合った後、かぐやに追いつくために駆け出した。
「きゃー! かぐやちゃーん!」
「アンコール! アンコール!」
路上ライブは大成功。今日もたくさんのユーザーがかぐやのライブを見に来てくれた。そして、セットリストを全て歌い終わった時、観客たちが一斉にかぐやに声援を送る。その様子を私は観客たちが他のユーザーたちの通行の邪魔にならないように見張りながら眺めていた。
「うぅ、尊い」
そんな中、有名な人がいる。ヤチヨのライブなどでMCを務めることが多いライバー、忠犬オタ公だ。ザビ子として何度か共演したことがあり、その時は『ヤチザビありがとうございます!!』と両手を握りしめられて泣かれた。
(オタ公さんが注目してるってことはやっぱりかぐやは有望株なのか)
手伝っている身としてはやはりかぐやがどのように見られているか気になるもの。ネットでの評判は良好だが、こうやって実際にユーザーたちの反応を見ると少しだけ安心してしまう。
「ん? あ、ああ!」
「?」
そんなことを考えているとオタ公さんが私に気づき、わなわなと体を震わせた。どうしたのだろう、急に具合が悪くなったのだろう。
「もしかして、はくのんさんですか!?」
「あ、はい」
しかし、私の心配は杞憂だったらしく、オタ公さんが人をかき分けて私の方へ突撃してきた。動画での声の出演が多い私だが、ツクヨミはその逆。伴奏を担当する彩葉がかぐやの近くにいることが多い。そのため。私を『はくのん』だと認識している観客はいないだろうと思っていたので驚いてしまう。
「動画いつも見てます! かぐやの魅力を最大限に引き出すような編集をしててすごいなーって思ってて! 握手、いいですか!?」
「ど、どうぞ」
どこか感動した様子で私を褒めてくれるオタ公さんのお願いに頷き、右手を差し出す。彼女は目をキラキラさせてその手を掴み、嬉しそうに尻尾を振った。
「よく私がはくのんってわかりましたね」
「そりゃわかりますよ! 路上ライブの最初からいましたし、かぐやのライブじゃなくて交通整理を担当してましたから!」
そういえば、オタ公さんは数少ないかぐやの路上ライブ皆勤賞の持ち主だ。今はともかく数人しかいなかった頃に私を見かけており、観客ではなく交通整理をしていたことを覚えていたらしい。
「そうですか……もし、よかったらこれからもかぐやの応援、よろしくお願いします」
「もちろん! かぐやだけじゃなく、はくのんさんもいろPも応援してます!」
「……なんで私だけさん付けなんですか?」
「そりゃ、はくのんさんですから!」
「?」
『それじゃあ、お仕事のお邪魔になるのでこの辺で!』と首を傾げる私を置いてオタ公さんは元の位置に戻ってしまった。私は一体、どんな人だと思われているのだろう。
「よっしゃー! アンコール、行っくよー! 彩葉、新曲お願い!」
「はぁ!? 今度発表するやつ、今やんの!? あといろP!」
「こういうのはノリが大事! よーし、野郎ども! 盛り上がる準備はできてるかー!」
「うおおおおお! 新曲だああああ!」
「かぐやさいこー!!」
「……はは、もうどうにでもなれ」
(彩葉、頑張って……)
動画はともかくライブは私の管轄外なのでお任せします。
こうして、今日の路上ライブも新曲発表というサプライズもあり、これまで以上の盛り上がりを見せた。