月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「……」
みんなで海に行ってから数日後、ツクヨミへログインした私はいつものようにヤチヨと使っているミーティングルームへ向かう。ヤチヨカップ中は他のライバーの活動を邪魔しないようにヤチヨは普段よりも配信ペースを下げているため、今日のアシスタント業はお休み。ヤチヨと会う約束はしていない。だが、何となくそこにいるような気がしたのだ。
「あ、白野。奇遇だね」
そして、そこに電子の歌姫が当たり前のようにいた。アシスタントとして配信をしている時は顔を合わせているがかぐやの手伝いもあったため、こうやってプライベートで会うのは久しぶりかもしれない。
「うん、奇遇だね」
「ふっふっふ~、見てるよ~? かぐや、調子いいね」
「みんなのおかげでね」
やはり、かぐやの動向は把握しているようでヤチヨはニコニコと笑って労った。私はやったことはあくまで裏方の仕事ばかり。かぐや本人に魅力がなければここまで伸びなかっただろう。
「でも、現在の順位は二百位くらい。残り日数が半分を切った今、果たしてかぐやはヤチヨカップを優勝できるのか~」
「するよ。そのために私がいるんだから」
「ッ……」
どこか茶化したような言い方だが、あえて真面目に返答した。それに何かを感じ取ったのか、彼女は驚いたように息を呑んだ。
正直な話、様子のおかしいヤチヨの傍にいたい気持ちはある。ヤチヨカップの宣伝をしたあのミニライブの日に彼女の身に何かが起こったことぐらいすぐにわかった。
だが、その原因は間違いなく私だ。実際、ネットの反応を見るとザビ子不在のヤチヨカップに不満を持っている人が多い。だから、私はかぐやと彩葉の手伝いをすることに決めた。私のせいで荒れているヤチヨカップを私の手で制する。余計なことかもしれないが動かない理由にはならなかった。
しかし、思った以上にライバー活動は大変だった。配信や動画を撮るだけじゃない。動画の編集をしたり、ネタを考えたり、荒らしコメントをBANしたり、許可を取ったり、規約を確認したり、とやることは山積みだった。本当は彩葉の体調を考えて私一人で何とかするつもりだったが手が回らず、彩葉の負担は増えていく一方だ。
そして、そんな活動を一人で行っているヤチヨの凄さに改めて気づいた。また、残り日数とファン獲得数の遷移傾向から予測してこのままだとかぐやは優勝できないこともわかった。
「ザビ子のせいなのか、前回と同じような展開なのか……それはわからないけど、かぐやはこのままなら優勝はできない」
「……」
「でも、さっきのヤチヨの感じだと……何かあるんでしょ? 逆転の一手、もしくはそのチャンスが」
「……ふふっ、さすが白野。何でもお見通しってことかな」
私の問いかけに彼女は小さく笑った。違う、私はそんな優秀な人ではない。彩葉のように何でもできるわけじゃないのだ。
「うん、その通りだよ。詳細は省くけど前回は逆転のチャンスに恵まれた。多分、今回も同じようなことは起こると思う」
「それは突然、来る?」
「ううん、ちゃんとした企画だよ。だから、かぐやに連絡が行く。対策を立てるのならその後でも間に合うよ」
ヤチヨの言葉に私は小さく安堵のため息を吐いた。逆転のチャンスがあること。そして、対策を立てる時間があるということは――今はヤチヨに向き合う時間があるということだから。
(さて……)
すでにヤチヨのSGは何度か見えている。しかし、まだ足りない。今、彼女が何を考えているのか。何を想っているのか。何をしようとしているのか。その全てが見えなければ意味がない。だから、今日は偵察。彼女の最後のSGを確認するだけだ。
だからこそ、最初から直球勝負。ヤチヨ、あなたの全てを私に教えて。
「ヤチヨは何を考えてるの?」
「……え?」
「だって、ヤチヨカップを発表した後から様子が変だったから」
「もー、考えすぎだって。ヤッチョは何も変わってないよ?」
「誤魔化さなくてもいいよ。バレバレだから」
やはりというべきか、私の質問にヤチヨはあっけらかんとした態度で首を振る。だが、そもそも彼女は誤魔化すという行為に慣れていない。皮肉な話だが八千年間、ただ見守ることしかできなかったヤチヨに誤魔化す必要のある相手がいなかったからだ。
「……何のことかにゃあ?」
「だって、あの日から【soul_touch();】を強請って来なかったでしょ」
「へ? あ、それは……ほら、かぐやのお手伝いがあるから魔力を消費させたくなくて」
「それにリスナーたちも気づいてる。ほら、これ」
あらかじめ用意していたとある掲示板を表示したウィンドウを可視化させてヤチヨに投げるように渡す。
547:名無しの神々 ID:4+wc3cjWj
最近、ヤチヨ元気ないよね
549:名無しの神々 ID:uPk0sWZqt
元気がないというかザビ子に対する態度があからさまに変わってる
555:名無しの神々 ID:LVPKoOsF5
ザビ子の前だとテンション高かったのに今だと普段と変わらない
562:名無しの神々 ID:jRz8MgMZW
普段と変わらないのがおかしいって草
いや、草生えないのよ。ヤチヨ、大丈夫かな
565:名無しの神々 ID:0dqZmUUhR
ザビ子もヤチヨに気を使ってる感あるよね
570:名無しの神々 ID:kpcFtK/Xk
前よりもヤチヨに話しかける回数が明らかに増えてるもんね
575:名無しの神々 ID:bNdjKfHNN
このまま解散とかないよね?
577:名無しの神々 ID:6OBU9WfFI
ザビ子解雇?まっさかー!
え、ないよね?
579:名無しの神々 ID:4440BjQj7
頼む、もうコラボライブしてほしいなんて言わないから解散だけは止めてくれ!!
580:名無しの神々 ID:JKzetMxMR
ただのアシスタントって感じだったのに今じゃヤチヨの相棒だもんね、ザビ子
もう、ザビ子のいないヤチヨは考えられないや
582:名無しの神々 ID:K1lusenDB
本当に楽しそうだったもんね、最近のヤチヨ
585:名無しの神々 ID:hXnIqKFYo
ザビ子、お前がなんとかしろ!
アシスタントだろ!
「……」
「ヤチヨが思ってる以上に神々のみんなはヤチヨのことが好きなんだよ。だから、教えて」
「なんで、そこまで……」
「
「ッ……」
八千年間、この未来に辿り着くために生き続けたヤチヨ。
多くの人々が心を通わせる場所を作りたいと
何年もの間、神々のみんなを楽しませるために配信やライブをやり続けたヤチヨ。
正直、すごいなと思った。彼女と同じことができるかと問われればできないと断言してしまうほどに。
ああ、そうだ。私は『岸波白野』で彼女は『月見ヤチヨ』だ。同じことができるわけがない。私にできないことはヤチヨができる。ヤチヨができないことは私がやればいい。足りないところを補い合う。それが
「……私にその資格はないよ」
しかし、ヤチヨは目を伏せて私の言葉を否定した。これは、自責? まるで、私の傍にいることにすら罪悪感を覚えているような言い方。何故、彼女はそこまで自分を責めて――。
「じゃあ、私は行くね。かぐやのお手伝い、頑張って」
「ヤチヨ!」
その正体を確かめる前に彼女は私に背を向けて消えてしまった。どうやら、私が思っている以上に今のヤチヨは精神的に危うい状態のようだ。だが、原因が私にある以上、下手に踏み込めば彼女を追い詰めてしまう可能性がある。
「……白野」
「ッ……FUSHI?」
どうしたものか、と奥歯を噛み締めているとずっと避けられていたFUSHIに話しかけられて驚いてしまう。ミーティングルームのテーブルの影に隠れて私とヤチヨの会話を聞いていたようだ。
「珍しいね、話しかけてくるの」
「……ごめん」
「責めてるわけじゃないよ。よかったらどうぞ」
申し訳なさそうに謝るFUSHIに片膝を付いてから手を差し伸べる。彼は一瞬、ビクッと体を震わせたが慎重に私の手に乗った。
「こうやって話すのは初めてだね。『岸波白野』です」
「……よろしくな、白野」
「うん、よろしく」
ずっと嫌われていると思っていたが意外にもFUSHIは素直に応じてくれた。しかし、どうして彼はこの場にいたのだろう。
「……ヤチヨのこと、なんだけど」
「っ……教えてくれるの?」
「僕にはもう止められない。だから、ヤチヨを止めて欲しいんだ」
「……わかった。詳しく教えて」
どうやら、FUSHIも今のヤチヨの危うさを知っているらしい。彼の願いは私と同じもの。その言葉を断る理由はなかった。
それから一時間ほどかけてFUSHIからヤチヨの思いと彼女の計画を聞くことができた。しかし、やはり事態は私の予想以上に深刻だったようでそこまでヤチヨが思い詰められているとは思わなかった。
「ごめん、もう少し早くヤチヨのフォローに入るべきだった」
「白野はかぐやの手伝いをしてたんだ。あの頃のかぐやはすごかったからな。ヤチヨまで手が回らなくても仕方ない」
FUSHIの言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。やはり、彼の中でも今のかぐやの破天荒っぷりは災害レベルのものらしい。
だが、それでも私はヤチヨの傍にいるべきだった。かぐやには彩葉がいる。最悪、私がいなくてもどうにかなっていたはずだ。
しかし、ヤチヨは違う。彼女はいつも一人で抱えていた。彼女たちの事情を知る第三者はいなかった。そう、私を除いて。
私だけが彼女の話を聞けた。彼女の思いに手を伸ばすことができた。でも、ヤチヨが目指した未来に辿り着くためにそちらを優先した。本当にやるべきことから目を逸らして。
(きっと、ヤチヨもこんな気持ちだったんだろうな)
かつて、ヤチヨは言った。この未来に辿り着くことを優先して彩葉を救わなかった、と。私も同じだ。助けるべきだったヤチヨを放置して未来に目を向けてしまった。私もヤチヨも今をおざなりにしてしまった。
「……」
そうだ、私は間違えた。ヤチヨたちはよく私をすごいと褒めるがそんなことはない。これまで何度も間違えて来た。その度に転んで、反省して、立ち上がって。何千何万何億回。それを繰り返してもなお、最後には立っていればいい。心が折れなければいい。結局、私がしてきたことはたったそれだけ。それだけのことだった。
だから、まだ間に合う。FUSHIの話ではヤチヨがかぐやの代わりに月に行くのは9月12日。一ヶ月ほどの猶予がある。それにその頃にはヤチヨカップはもちろん、コラボライブも終わっているはずだ。まだ、対策を立てる時間はある。まだ諦めるには早すぎる。
「……なぁ、白野」
「何?」
「今までごめん。僕、ずっと白野のこと。無視して」
「仕方ないよ。私はイレギュラーだったんだし」
ヤチヨと出会ってから一年以上が経過している。その間、FUSHIは私を避けていた。私がいることで未来が変わってしまう。それが気に食わないからだと思っていた。
「違う……違うんだ。そんな立派な理由じゃない」
しかし、私の言葉をFUSHIは可愛らしい体を捻って否定する。そして、ポロポロと涙を流し始めた。
「僕、怖かったんだ。白野がいなくなることが」
「私が、いなくなる?」
「白野の目は……これまで見てきた英雄たちに似てるんだ。彼らのほとんどは必ず偉業を成し遂げた後、その命を散らした」
「っ……私は、そんな大層な人じゃないよ」
「それでも! それでも、どうしても考えちゃうんだ。白野も彼らと同じようにふっと消えるみたいにいなくなっちゃうんじゃないかって。僕はそれが怖くて……いなくなっちゃった時、傷つくことが嫌でずっと仲良くしないようにしてた」
彼はそう言ってブンブンと頭を振って涙を振り払う。そして、私の顔を真剣な眼差しで見上げた。
「でも、それも今日までだ! 今度こそ、ヤチヨを守るために僕、頑張るって決めたんだ! だから、白野、頼む。ヤチヨの前からいなくならないでくれ。もう、ヤチヨは白野を他人だとは思っていない。むしろ、自分のことすら投げ打ってでも守りたいって思ってるぐらい大切な存在になったんだ」
「……」
「そんな白野がいなくなったら……今度こそ、ヤチヨは壊れちゃう。だから、お願い。ずっとヤチヨの傍にいてあげてくれ」
縋るような目をこちらに向けるFUSHI。絶対、とは約束できない。この世界の理不尽さを私は知っているつもりだ。きっと、彼もそれはわかっている。しかし、それでも約束してほしいと無理を承知で頼み込んでいるのだ。
「……わかった。約束するよ」
「っ……ごめんな。僕にできることがあったらいつでも言ってくれ! 何でも協力するぞ!」
「頼もしい協力者ができて嬉しいな。一緒にヤチヨを助けようね、FUSHI」
「おう、任せろ!」
こうして、私とFUSHIは協力関係となった。
そして、案の定、この約束は破られることになる。他ならない私自らの手で。
月見ヤチヨのSGが解明されました
【
勝手に悲観的になっていることも。
自分を責め続けていることも。
誰にも相談しないことも。
頼れる相棒すら突き放すことも。
結局は自分が楽になりたいから。
自分を罰することで気持ちを軽くしたいから。
それってずいぶん、自分勝手だね。
だって、そうでしょう?
本当に反省しているのなら、本当に罪だと思っているのなら。
罪状はその相手が決めるべきだ。
己の罪を述べ、相手の気持ちを真正面から受け止め、許しを請い、その代償として相手から指定された罰を受けるべきだ。
自分で自分を罰するのはただの逃げ。責任逃れでしかない。
また逃げるんだ、意気地なし。
また見なかったことにするんだ、弱虫。
また言い訳するんだ、腰抜け。
それっぽいことを言って、それっぽい感傷に浸って、それっぽい罪を背負って、それっぽいエンドを作ろうとする。
それってただ自分が楽になりたいからだよね?
他人のためって言っておいて、これが最善の策だと盲目的になって、自分のことしか考えていない上辺だけの罪滅ぼし。
それをなんて言うと思う?
偽善者って言うんだよ、月見ヤチヨ。