月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「あのさー、みんな、かぐやと会ったことないでしょ? 我儘で、すぐ暴れるし、面倒臭いよ?」
(いや、自覚あったんかい)
私の部屋でいつものように雑談配信をしていたかぐやとそれを見守る私だったが、いきなりコメントで結婚してほしいというリスナーが急増し、その対応に追われていた。なんで急に……本人も少し困惑している様子だが、悪い気はしていないようで照れ臭そうに笑っている。きっぱり断ってくれよ。
「キュートな悪童なんだよね~」
そんな私のジト目に気づくわけもなく、バーサーカーかぐやは自分の頬に手を当ててため息を吐く。そんな些細な仕草なのに顔がいいせいで妙に様になっていた。
「うおっ」
だが、かぐやの言葉も虚しく、リスナーたちはそれでも構わない。むしろ、いい、とコメントを打ちまくってきた。くそ、コメBANの速度が追いつかない。こんな時、プログラムに強い白野がいてくれたらパパッとコマンドを作って自動コメBANツールを作ってくれるのに。
因みに白野はバイトで緊急の案件があるらしく、ここ数日は手伝えないと事前に私たちに謝っていた。その時はそこまで気にしていなかったがかぐやの暴走を止められるのは彼女しかおらず、たった数日で私の体力はすでに限界。助けてくれ、白野。バーサーカーを止められるのは君しかいない。
「よし、じゃあ、いろPに勝ったら結婚な。名付けてかぐや争奪KASSEN選手権」
「おいおいおい! 何言ってんの!?」
「てへっ、つい! いろP~、かぐやを守って~」
そして、またしても思いつきでとんでもない発言をしたかぐや。もちろん、ノリのいいリスナーたちがそれに乗らないはずもなく、私は流されるまま、かぐやを守るためにKASSENの一つである『SETSUNA』で戦う羽目になったのだった。
『かわす! 避ける! まさに神業!』
『あのスキンのヒットボックスで!? マジでやばすぎ!』
『その姿はかのザビ子を彷彿とさせる! まさにかぐやを守るアシスタント、ではなくプロデューサー!』
『ぜひ、今度は『RENKEI』ではくのんと一緒に戦ってほしいものです!』
そんなMCを聞きながら何人目かの挑戦者をぶっ飛ばした。あれから私はかぐやと結婚する権利を得るために突撃してくるリスナーたちの相手をしている。まさかMCまで用意するほどの大きな企画になるとは思わず、着ぐるみの下で小さくため息を吐いた。
「おー、彩葉、やっぱ強いね~。芦花と真実が言ってたとおりだー」
「あんた、ほんとに他人事みたいに……」
そんな私を見て小さく拍手するかぐや。彼女が配信であんなことを言わなければこんなことにはなっていない。私がジト目を向けてしまうのも無理はないだろう。
「まぁまぁ、挑戦者はあと一人なんだし~。最後まで頑張って、彩葉!」
「調子いいんだから……名前、プライベート通話だからいいけど配信に乗ってる時は絶対に言わないでよね」
「は~い、気をつけま~す」
わかっているのか、わかっていないのか。かぐやの呑気な返事にため息を吐いてしまう。動画ではかぐやが私の名前を言っても白野が頑張って編集して誤魔化してくれている。しかし、配信でもお構いなしに私の本名を口にするせいで白野の努力はほぼ無意味になっていた。そういえば、白野は最初から諦めていたような気がする。
『さぁ、最後の挑戦者……おおおおおおおっと! これはぁ!』
『まさかの挑戦者です。面白くなってきたー!』
MCを担当している乙事照琴さんと忠犬オタ公の絶叫が耳に届き、目をぱちくりさせてしまう。彼らが興奮する相手、つまり、リスナーではなく、有名な人?
『では、登場……え? 口上があるからやらせてほしい? もちろんです、では、改めてどうぞー!』
それと同時にSETSUNAのフィールドに立つ私とかぐやの前で凄まじい爆発が起きる。いや、爆発ではなく、煙幕。そして、その煙の向こうに一つの人影が現れた。
「はーっはっはっは! かぐやと結婚したいだって? そんな寝言、寝てる時に言いなさい! だって、かぐやと結婚するのはこの私なのだから!」
「この声、まさか」
妙に演技じみた口上だが、その声に聞き覚えがあった。嫌な予感がする中、煙が晴れて見慣れたミリタリーアバターが姿を現す。
「ええええええ!? 白野!?」
そう、驚いたかぐやの言うとおり、煙が晴れた先で変なポーズを決めて立つ私たちの仲間、かぐやのアシスタントを務める『はくのん』がいたのである。
「なんで、ここに……バイトは?」
「キリがいいところだったからその休憩。それにこんな面白そうなこと、私抜きでやるのは許せない。かぐやと結婚するのは私だ!」
「え、えー……白野もかぐやと結婚したいの? わぁ、ちょっと困っちゃうなー」
「いや、なんで満更でもない感じなの。あれ、ただのパフォーマンスだよ」
両頬に手を当ててイヤンイヤンと体をもじもじさせていたかぐやだが、私は知っている。あれは芸人魂に火がついた悪ノリ白野だ。普段はクールな彼女だが、たまに変なノリを発揮することがあり、そのギャップで風邪を引きそうになる。あの変なポーズといい、物言いといい、完全におふざけモードだ。
「な、何ぃ!? 白野、かぐやを弄んだの!? くっそおおおおおお! 彩葉、あんな奴、ぶっ飛ばしちゃって!」
「はぁ……期待しないでね。前にも言ったけど、白野、めっちゃ強いから」
「でも、七割で勝てるんでしょ?」
「本気ならね」
ため息と共に武器をストレージから取り出すが正直な話、あまり自信はない。白野の実力は知っているし、今日の私はヒットボックスの大きい着ぐるみアバターだ。それを考慮すれば勝負は五分五分。配信をしていなければ今すぐにでも着ぐるみを脱ぎ捨てて戦っているところである。
「じゃあ、かぐや。少し待っててね、必ず君を手に入れてみせるから」
「え、あ、はい……待ってるね」
「乙女を出すな! はくのんも悪ノリで変なこと言わない!」
「なら、この勝負で勝った方がかぐやのお嫁さんになるってことで」
「はぁ!?」
意味のわからないことを言われ、思わず叫んでしまう。そして、それと同時に試合開始の合図があり、完全に出遅れてしまった。
――【move_speed();】
その一瞬の隙を突き、白野は
「ふっ」
そして、掌底。私の鳩尾へ突き刺さったそれは見た目以上の威力と重さ。私のアバターは軽々と後ろへ吹っ飛び、地面を転がされた。
『まずははくのん選手が先手! 彼女たちの声は途中から聞こえませんでしたがいろPを動揺させるような発言があったようです!』
『お姫様を取り合う騎士同士の闘いを彷彿とさせる流れ! 乙女なら一度は憧れるシチュエーションにオタ公、興奮します!』
MCのふざけた実況が聞こえるが反応している余裕はない。急いで立ち上がろうとするが速度が強化された白野はすでに目の前まで迫っていた。
白野は基本的に徒手空拳である。そのため、攻撃力はさほど高くない。先ほどの掌底でも私のHPバーは一割ほどしか削れていなかった。だが、問題はそこじゃない。
(どこから来る?)
白野の拳を避けながら視線を彷徨わせ、警戒する。だが、私が警戒している時点であれは襲ってこないだろう。今までの戦いでもそうだった。
『おっと、いろP選手。はくのん選手の攻撃をかわしておりますがどこか集中できてない様子です』
『別の何かを警戒してるようですが……って、はくのん選手、武器は!?』
「言われてるよ」
「警戒させてるのはそっちでしょ!」
ニヒルに笑って煽ってくる白野を睨みつけながら右手の剣を振るう。もちろん、勢いに任せて振られたそれは彼女に当たるはずもなく、ひょいっと避けられてしまった。そして、すかさず蹴りが放たれ、私のアバターを掠る。ほんの数ドットだけHPが削られた。
『戦況は武器を持たないはくのん選手が有利! なんで!?』
『戦況の組み立て方が圧倒的に上手すぎる! いろP選手の攻撃を常にかわせるように動いてます! 本当に初心者なのか!?』
そう、白野はアバター操作もそうだが、それ以上に戦況をコントロールするのが上手い。私があれのせいで攻めづらいことも、完全に避けきれないタイミングで仕掛けてくることも、全部、白野の思惑通りだ。まるで、黒鬼たちの動きを完全に読んでいたザビ子のように。
(そうだ、白野は似てるんだ)
普段はクールなのに妙なところでボケをかますところも、女子高生なのに戦いに慣れているところも、未来予知のような先読みも、困っている人がいたら考える前に手を差し伸べるところも、何もかも。
目の前で笑うアバターだってバイザーで目元を隠しているがそれ以外はリアルの彼女にそっくりだ。白野はキャラクリが面倒だったからほとんどリアルと同じにしたと言っていたがそれも方便かもしれない。変えたくても変えられなかった。そう、ザビ子とヤチヨが出会ったきっかけであるアカウントロックのせいで。
そして、何よりあの歌、『星降る海』を聞いた時、彼女は誰かのために歌っていた、気がする。あそこにはいない誰か。もし、彼女がザビ子だとしたら、その相手は――。
「考え事?」
「ッ――」
白野の透き通るような声で意識を強制的に戻される。その直後、左の視界の端でこちらへ飛来する何かを捉えた。だが、駄目だ。間に合わない!
「ガッ」
右側頭へ襲う衝撃。アバターなので直接的な痛みはないが視界がブレ、アバターが左へ吹き飛んだせいで思わず顔を歪めてしまう。
『いろP選手、派手に吹き飛んだー! クリティカルだったようでHPバーも三割ほど消滅!』
『何かに殴られたようですが……あ、あれは! 鏡! 鏡です! ネタ武器としてよく話題に上がる『
「酷い言われようだね、君。元々の持ち主からも酷評だったし」
なんとかアバターを起こすとそこには何故か鏡を励ますように撫でる白野が立っていた。そうだ、あれがずっと警戒していた武器、『
「いろP、考え事もいいけど……いいの? このままだと私がかぐや貰っちゃうよ?」
しかし、白野が使えばあれほど厄介な武器はない。先ほどのように意識外から飛んできて、思いきり殴られるのだ。それもほぼ確実にクリティカルが発生し、低い攻撃力を補う徹底ぶり。本当に、嫌になる。
「どうぞ、持ってってください……って言いたいけど負けるのは悔しいからもうちょっと付き合って」
「それでこそゲーマー。じゃあ、続きやろっか」
私のHPバーは残り七割。それに対して白野はまだ一ドットも減っていない。戦況は私が不利な状態で中盤戦へと入った。
はくのんの変なポーズに関して特に描写してませんが、まぁ、みなさんならわかりますよね?
もし、よろしければ感想、高評価よろしくお願いいたします。