月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
殴る。蹴る。避ける。かわす。振るう。防ぐ。火花が散る。
私たちの戦いはまさにそれの応酬。白野の殴打や蹴りを避けてカウンターで剣を振るう。それを彼女はかわすか鏡で防ぐ。そして、またカウンターで鏡が飛んできたり、懐へ潜り込んで殴ってくる。
(厄介すぎでしょ!?)
改めて白野のヤバさを痛感した。こちらから攻撃を仕掛けても暖簾に殴りかかるようにのらりくらりとやり過ごされ、そのお返しとばかりに繰り出される一撃は鋭く、全力で対応しなければHPバーが削られる。
『いろP選手のHPバーが半分を切りました!』
『やはり、あのアバターのヒットボックスが足を引っ張っている! 試合時間は残り僅か。逆転の一手はあるか!』
そう、普段ですらギリギリの戦いをしているのに着ぐるみアバターのヒットボックスの大きさのせいでジリジリとHPが削られている。いや、これは――。
「はくのん、わざとでしょ」
「何のことかな?」
私の双剣と鏡が激突し、火花が散って鍔迫り合いになったタイミングで声をかけるが彼女は優しく口元を緩ませて惚けた。それだけで白野は着ぐるみのヒットボックスの大きさを利用していることに気づき、顔を歪める。そう、彼女は最初から攻撃を直撃させるつもりはなく、着ぐるみアバターに掠らせて地道にHPを削っているのだ。
「かぐやは私が貰ってくね」
「っ……」
どう攻めるか頭をフル回転させているところに白野の余裕ぶった言葉が飛んでくる。きっと、ただの挑発だ。私はあくまで白野に負けたくないから戦っているだけ。そのはずなのに、少しだけムッとしてしまう。理由は、考えないようにした。
「すぅ……」
リアルで息を吸う。落ち着け。焦って動けばその隙を的確に突かれる。だから、白野の思考を読め。私にはザビ子のような先読みはできない。でも、ずっと一緒にいた戦友の考えそうなことはわかるはずだ。
「はぁ……」
息を吐くと自然と意識がクリアになった。大丈夫、私にはまだ切っていない手札がある。この勝負の分かれ目はその手札を切るタイミングだ。
「おっと」
これまでで一番鋭く振るった剣を白野は少し驚きながらもバックステップで避ける。そして、私は――剣を捨てた。武器による攻撃はどうしても予備動作がある。剣なら振り上げる。槍なら一度、引く。でも、徒手空拳ならその予備動作は可能な限り、小さくできる。
「こ、のおおおお!」
地面を蹴った勢いのまま、拳を振るう。それはどこからか飛来した鏡が受け止めた。そして、そのまま鏡の縁を鷲掴みにする。鏡は『助けて〜』と私の手から逃れようとするが死んでも離さない。よし、狙い通り!
「そう来たか」
鏡を操作してなんとか逃がそうとする白野だが、私が離す気がないとわかると諦めてこちらへ突貫してきた。それに対して私は鏡をフリスビーのように遠くへぶん投げてそれに立ち向かう。あの鏡は持ち主から一定以上離れるとコントロールができなくなって地面に落ちる仕様がある。そうしなければ本人はどこかに身を隠して永遠に鏡で殴り続けることができるからだ。
『まさかまさか終盤でお互いに武器を捨てての殴り合いだー!』
『女の子がそれでいいのか!? それでいいんです! これぞまさしく友情! きっと、戦いが終わった後、熱い握手が交わされることでしょう!』
『流石のはくのん選手も真正面からの殴り合いではダメージを抑えられない!』
「やっぱ、いろP、アバター操作上手いね」
「そっちこそ、先読み上手すぎだって! 時間切れまでの時間を計算して仕掛けてくるところとか!」
殴り合いが始まってすぐに私は白野の思惑に気づき、思わず笑ってしまった。確かに殴り合いのダメージレースは私が上だ。このまま戦い続ければ私のHPバーが全損する前に白野のHPバーがなくなるだろう。
だが、試合時間は残り僅か。何も戦況が変わらなければ時間切れとなり、HPの多い白野が勝つ。
『残り十秒!』
『HPの差は三割! このままはくのん選手が勝つのか!』
(だからこそ、この一手が逆転に繋がる!)
――【heal(32);】
試合時間が残り十秒を切ったところで手札を切る。私が装備していた礼装は回復。試合中、一度しか使えないがグン、と私のHPバーが半分ほど回復して白野のHPを上回った。
『まさかまさかのここで回復!! いろP選手、この土壇場でコードキャストを切りました!』
『使いたくなるタイミングはあったと思いますがここまで温存してたのか! はくのん選手、さすがに……って、あれは!?』
「だと思ったよ」
「え?」
しかし、白野は驚くどころがニヒルに笑った。残り数秒でこのHP差を逆転するのは不可能。そう思っていたせいで私は完全に油断していた。
「ゴッ」
後ろから奇襲。後頭部へのクリティカルヒット。何が、起きた? だって、鏡は射程外に投げて――あ。
「これぐらいかな?」
やっと白野の真の目的に気づいた。しかし、気づくのが遅すぎた。グラリと前のめりに倒れる私の顔面に迫る可愛らしい膝。それを視認すると同時にアバターは真上へとかち上げられた。
『試合終了ー!』
『いろP選手が回復で逆転しましたがはくのん選手の猛攻を許してしまいました! はたして、試合の結果はー!?』
そして、試合終了の合図。ドサリ、と地面に落ちた私は大の字になって呆然とするしかなかった。くそ、やられた。てっきり、白野は時間切れを狙って殴り合いを仕掛けてきたと思ったが本当の目的は鏡の射程範囲内まで移動すること。私は殴り合いをしながらまんまと誘導されていたのだ。
「大丈夫?」
「やったのはあんたでしょうが……あーあ、負けちゃったかー」
「ううん、負けてないよ」
「は?」
『おおおおおおっと! これはぁ!』
『ドロー! 引き分けです! ドット単位でHPが一緒! こんな奇跡があっていいのかぁ!」
上から見下ろしてくる白野とMCの言葉に思わず体を起こす。そして、頭上には『DRAW!』と表示されていた。確かに私と白野のHPバーの残量は一緒。システムもそれを認めていた。
「な、んで」
「こんなこともあるんだね。これでかぐや争奪戦は優勝者なしか」
「まさか……」
白々しく呟く白野を見上げる。あのままどちらが勝っていればネットの人たちはかぐやの嫁と騒いでいただろう。面白がる分にはいいがそれを許さない人たちがいるかもしれない。最も平和に終わる結末は誰も勝たないことなのは間違いなかった。
「かぐや、締めの挨拶」
「へ? あ、えっと……彩葉も白野もめっちゃすごかった! でも、誰も勝ってないからかぐやはまだ誰のものでもないよ! じゃあ、これにてかぐや争奪KASSEN選手権は終わり! またねー!」
白野に促されてかぐやは配信を閉じる。その後ろ姿を微笑ましそうに見つめる彼女の姿とザビ子が重なった。
(白野、あんたって一体……)
気のせいかもしれない。私の思い違いかもしれない。それでも、一度植え付けられた疑惑はどうしても拭えなかった。
そして、かぐや争奪KASSEN選手権ははくのんの乱入により、話題を呼んでネットニュースに載り、かぐやのチャンネルは更にファン数を獲得してヤチヨカップのランキングを大きく上げることとなった。