月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
今日はかぐやのソロライブの日。いつもの歌配信ではなく、ツクヨミ内のライブハウスを予約し、宣伝を打って、スタッフを雇い、お客さんを入れる正真正銘のコンサート。
「FUSHI」
「おう、いるぞ」
そんな大切な日に私はいつものミーティングルームとは違う部屋を訪れていた。呼び出したのは協力者のFUSHI。彼にはヤチヨの傍で彼女の動向を見ていてもらっている。
「悪いな、こんな大事な日に呼び出しちゃって」
「ううん、大丈夫。私はそんなに必要ないから」
『かぐいろはくチャンネル』はライバーのかぐや、作曲兼伴奏担当の彩葉、動画担当の私と役割が固定化されている。そのため、今日のソロライブで私にできるのは他のスタッフのお手伝いぐらいしかなかった。なお、本当に手伝おうと思ったのだが、スタッフのリーダーに『はくのんさんに手伝ってもらったら自分たちの立つ瀬がなくなる』と言われて断られてしまい、暇になってしまったのである。
「……あんまそういうのヤチヨたちの前で言わない方がいいぞ」
「そういうの?」
「自分は必要ない人間だって言い方。言われた方は傷つくかもしれない」
「……うん」
思わぬところでお説教されてしまった。しかし、彼の言うとおりだ。月の聖杯戦争の記憶を取り戻したからか、未だに自分が自我を持ったNPCだと認識している部分がある。私としても自分は必要のない存在だと思っているわけではないがふとした時に言葉に出てしまう。
――そうだぞ、奏者よ。そなたはもう必要のない人ではない。れっきとした一存在だ。それは月でわかったであろう?
うん、大丈夫。わかっているよ、セイバー。私は『岸波白野』。この地上に生まれ、人間として育った女の子だ。
「それで用事って?」
「……ヤチヨが着々と準備を進めてる。今はツクヨミの所有権を誰に渡すか吟味してるところだ」
「っ……それって」
「ヤチヨが月に行ったらツクヨミを管理する人がいなくなる。だから、この場所を無くさないように動いてるんだ」
FUSHIの言葉に思わず奥歯を噛み締める。ツクヨミはヤチヨーーかぐやが寂しい思いをする人が少しでもいなくなるように、と願いを込めて作られた。八千年もの間、孤独に心を削られ、ボロボロになっていたはずなのに彼女はそれでも自分のような人のことを考えた。
そんな思いを込めて作ったツクヨミを手放す。それはどれだけ覚悟がいることだろう。そう思うと胸が締め付けられると同時になんとしてでもヤチヨが月へ行くことを阻止しなければ、と改めて心に誓った。
「所有権を渡す方法って?」
「……オークションになるだろうな。仮想世界を管理している会社を募るかもしれない。条件はあるだろうが今のツクヨミはユーザー登録者数一億を超える大きな仮想世界。多少、無茶をしても手に入れる会社はある」
「それを止めることは?」
「……」
私の問いに対し、FUSHIは首を振る。止められない、か。なら、他の方法を探すしかない。そして、私には適任者の心当たりがあった。
「FUSHI、しばらくヤチヨにアシスタント業はできないって伝えてくれる?」
「それは、いいけど……何をする気なんだ?」
「知り合いに連絡を取る。ツクヨミの所有権だけを落札しておいてもらって騒動が終わった後に権利を買い直す。多分、お願いすればいけるはず」
「おいおい、どんな知り合いなんだ? 相手は大企業を含めたたくさんの会社になるんだぞ」
「ちょっとした御曹司だよ」
存在だけ確認して連絡は取っていない。向こうは私を知らないし、こちらの話を聞いてくれないかもしれないが彼の人となりは知っている。多分、面白がって協力してくれるだろう。それに加えて向こうに利益があると訴えたら断らないはずだ。
「……まぁ、当てがあるならそれに越したことはないか。でも、問題はそれだけじゃない」
「次は何?」
「月人だ。ヤチヨの説得に成功したとしても結局、月人をどうにかしないとかぐやかヤチヨ、どちらかが月へ連れて行かれる。前と同じようにかぐやを諦める、なんて気はないんだよな?」
「もちろん」
FUSHIの問いに私は頷く。当たり前だ。今回でこの輪廻を壊す。ヤチヨもかぐやも月へは行かせない。
「月人はどんな風に攻めてくるの?」
「軍勢だ。数で押してくる」
「一番やって欲しくない方法か」
「ツクヨミで戦うことになる。一応、KASSENのルールに合わせて戦ってくれるけど……作戦はあるか?」
「……今のところ、思いつかないかな」
数は暴力。一騎当千が可能な人がいればその限りではないがツクヨミでそれは難しいだろう。それこそサーヴァントレベルの実力者がいなければ私たちは月人を追い返せない。
「……」
私はそっと自分の左手の甲へ視線を落とす。見慣れた令呪。これがあればサーヴァントを召喚できる。しかし、この令呪は特殊だ。リアルでもツクヨミでも反映されるのはやはりおかしい。はたして、本当にサーヴァントを召喚していいのか。そもそも、何故、私に令呪が宿ったのだろう。それがわからない限り、英霊召喚は試さない方がいい。
「まだ時間に余裕はある。私の方でも考えてみる」
「わかった。僕はこれからもヤチヨの動向を探る。何かあったらすぐに連絡する」
「お願い」
それを最後に私とFUSHIの密会は終わった。ツクヨミをログアウトして時刻を見るとかぐやのソロライブはとっくに始まっており、中盤に差し掛かっている頃だ。
『えー! 白野、来てくれないの!?』
彼女にはバイトがあるから見に行けないと謝ったがものすごく拗ねられたのを思い出した。思いの外、早く終わったことだ。今からでも見に行こう。
再び、ツクヨミへログインして『はくのん』のアバターを身に纏い、急いでライブ会場へ向かった。そのまま、受付担当のスタッフへ事情を説明してこっそりと会場の中へと入り込む。
「〜〜〜〜♪」
ステージの上ではかぐやがぴょんぴょんと跳ねながら歌い、そんな彼女を支えるように伴奏する彩葉。息の合った二人のライブは観客たちを魅了し、大いに盛り上がっていた。
(かぐや、彩葉……)
そんな二人を見ながら私はそっと息を吐く。私が月人を追い返す方法を思いつかなければかぐやかヤチヨが月へ連れて行かれてしまう。私が、なんとかする。なんとかしてみせる。なんとなく、それこそ私がここにいる理由だと思うから。
「っ!!! 白野だー!!!」
その時、観客の後ろにいたはずなのに目敏く私を見つけたかぐや。そして、そのままステージから飛び降りて観客たちをかき分けて私の前に来てしまう。主役が歌うのを止めるのは大事故間違いなしなのだが、観客たちはそんな自由なかぐやを見て逆に嬉しそうに笑っていた。
「来てくれたんだね! ほら、行こ!」
そう言って私の手を取ったかぐやは太陽のような笑顔を浮かべて駆け出す。私のアバターはその動きに合わせて勝手に走り出し、彩葉の待つステージへと向かう。
「一緒に歌おうよ! きっと、楽しいから!」
「……タンバリンでも叩いておくよ」
あくまでこのステージの主役はかぐや。私が一緒に歌うのは違うだろう。そう思いながら私はストレージからタンバリンを取り出して小さく笑った。
二兎追うものは一兎も得ず。
かぐやを優先したからヤチヨのフォローが遅れた。
じゃあ、ヤチヨの方を優先したら?
きっと、ここがターニングポイントだったのだろう。
例え、結末が決まっていたとしてもその結末へ至った彼女たちの心の傷の深さは変わる。
あーあ、先輩ったらとっても大事なイベントを回収し忘れちゃいましたね。