月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「んー、まとめると願いを叶えるために
場所を変えてここはツクヨミ内のMTGルーム。誰にも聞かれない場所で話がしたいと言ったらヤチヨに案内された。そこで私は彼女に『月の聖杯戦争』と『
「その願いを叶える聖杯――ムーンセル・オートマトンを手に入れるために戦ってたはずなのに気づいたら記憶を失って地上にいた、と」
ヤチヨの言葉にコクリと頷く。確かに私は月にいた。そして、こんな私の呼びかけに応えてくれたサーヴァントと共に戦いに挑んでいた。その、はずだ。
だが、わかるのはそこまで。私たちはどこまで勝ち進んでいたのか。共に戦ってくれたサーヴァントがどんな英霊だったのか。そもそも、私は生きているのか。それすらもわからず、気づけばあの病室で目を覚ました。
「ツクヨミにログインして私に触れたら少しだけ思い出した、かー。うーん、ごめんねー。ヤッチョ、聖杯戦争のこととかその使い魔のこととかさっぱりなんだー」
私の説明を聞いて自分なりに理解してくれた彼女だったが、やはり聖杯戦争やサーヴァントのことは知らなかったようだ。それに関しては先ほどの問答でわかっていたことなので特に気にしていない。でも、困ったな。ツクヨミは聖杯戦争が行われていた電脳空間『SE.RA.PH』に似ている。だから、ヤチヨに話を聞けば何かしらの情報は得られると思ったのだが。
「でも、魔術かー。少し違うかもだけど昔の友達に呪術を使う子はいたよ!」
そう考えていたところに思わぬ朗報。魔術と呪術はプロセスの違いはあるが似ているものだ。つまり、この世界にも神秘は存在する、もしくはしていた。そう考えるのが妥当だろう。
「平安ぐらいの頃かなー。すっごい美人さんでね、偉い人に仕えてたんだって! 色々あって追われる身になっちゃったらしくてね。危ないからってすぐに別れちゃったんだ」
『あの後、大丈夫だったのかな』と古い友人のその後を憂うヤチヨ。しかし、平安は千年前の話だ。普通であれば世迷言だと鼻で笑ってしまうようなことだが、その口ぶりは嘘を吐いているようには見えない。彼女の年齢は八千歳(設定)だが、それは嘘ではなく――。
「ねぇねぇ!」
――そんな思考を遮るようにヤチヨは私の傍に顔を近づけながら声をかけてくる。目をキラキラさせており、期待を込めたようなまなざしでこちらを見ていた
「白野って魔術師なんでしょ! 何かできる? 炎出したり、空を飛んだり!」
おっと、そうきたか。いや、当たり前か。普通であれば簡単に信じてもらえないようなことなので初めから考えていなかったが確かに魔術師である証拠は見せた方がいいだろう。
「……」
うん、無理。だって、■■や■■のような優秀な
「――」
そこまで考えて私は息を呑んだ。違う、すでに私は手にしている。いや、身に着けている。そう、月海原学園の制服だ。
「え? この制服があった場所? ちょっと待ってねー」
慌ててヤチヨのこの制服を見つけた経緯を聞くとすぐにアバターデータを見つけた場所のパスを教えてくれた。急いで中身を確認すると見覚えのある礼装がいくつも格納されている。その中からわかりやすいものをピックアップして装備した。
「お、いけそう?」
彼女の言葉に頷いて目を閉じた。この世界は月の電脳世界と酷似している。きっと、
――【view_map();】
魔術回路に魔力を注ぎ、目を開けて
「え、嘘。管理者権限を持ってないと閲覧できない情報も表示されてる……」
「ッ!?」
横からマップを覗いたヤチヨの言葉に驚いて慌ててそれを閉じた。今の言葉が本当であれば私はツクヨミに対してハッキングをしてしまったことになる。それを管理者であるヤチヨに見られてしまった。これはBANどころか、通報されてもおかしくない事案。
「これが魔術かー! 他には!?」
しかし、冷や汗を流す私に気づいていないのか、彼女はわくわくした様子で続きを催促してくる。特に非難する様子のない彼女にホッとすると同時に無邪気に笑っている姿を見ると少し心配になってしまう。もう少し警戒してもいいのではないだろうか。
「んー? なんでだろうね。なんというか、君はそんなことをしない……ううん、できないっていうのかな。何となくそう思うんだ。これでもヤッチョ、人を見る目はあるんだよ☆」
そう言ってウインクするヤチヨに苦笑を浮かべてしまう。彼女と話していると気合を入れた自分が馬鹿みたいに思える。結局、彼女と月の関係は聞けていない。だが、聖杯戦争のことを知らないとなれば有益な情報はほぼ得られないだろう。そのため、無理に聞き出す必要もない。彼女もはぐらかそうとしていたし、聞かれたくないはずだ。
(
話を戻そう。彼女は
「……」
【move_speed();】で自身の速度を上げてその辺を走る? うーん、地味だな。ヤチヨがそれで満足するとは思えない。
それともヤチヨに向かって【view_status();】を使って彼女の情報を抜き出す? いやいや、それこそ通報案件。さすがにそれは止めておこう。
「あれ、もしかして困らせちゃった?」
あれでもない、これでもない、と
「どんなものがあるの?」
実物を見られないのであれば話を聞こうと思ったのか、うずうずした様子で質問してきた。あるのは
「攻撃! やっぱり、炎をバーンとかするのかな!」
いや、そんな派手なものではない。ちょっと小突いて相手を痺れさせる程度のちょっかいだ。いや、一秒ほどだとはいえサーヴァントの動きを止めるのはすごいことなのだが。
「あ、なら、
一通り説明すると何故か一番試してはならない
「んー、まぁ、大丈夫だと思うよ! 一応、プロテクト付けておくね!」
そう言ってポチポチとウィンドウを操作する。すると、彼女の体に何かしらの保護が施された。なるほど、これならサーヴァントの攻撃を防ぐのは無理だが、
――【gain_con(32);】
「およ?」
追加で耐久力を上げる
「さぁ、一思いに来ーい!」
いや、そこまで気合を入れるほどのものではない。そう思いながらも魔力を回す。そして、気持ち弱めに
――【shock(32);】
「きゃっ!?」
私の手から光弾が放たれる。そして、彼女の体に直撃。やはり、どんなに守っても多少の衝撃はあったらしく、彼女の華奢な体は後ろへ吹き飛んだ。
「大丈夫?」
「……」
ドサリと床に落ちた彼女へ駆け寄り、声をかける。しかし、
「……痛い」
「え?」
「痛かった……ほんの少しだけど痛かった」
茫然とした様子で言葉を零すヤチヨ。しまった、予想以上に【shock(32);】の威力が高かったのだろう。慌てて
――【heal(32);】
「……痛くなくなった。むしろ、温かい」
「温かい?」
ヤチヨの言葉に首を傾げて――ハッとする。待て、仮想空間『ツクヨミ』は視覚と聴覚以外の五感は実装されていなかったはずだ。味覚、嗅覚、触覚……そう、触覚だ。痛みや温もりはそれに該当する。それを彼女は感じた。感じられた。何故か、この実感のない電脳空間で。
(いや、違う。
「ぁ、ああ……ははっ」
「ヤチヨ?」
「痛かった。温かかった……それ、だけでも……こんなに、嬉しい。嬉しいの」
「……」
ヤチヨは仰向けになったまま、ポロポロと涙を零す。口元は緩んでいるのに目から壊れたダムのように次から次へと雫が落ちていく。そんな彼女を見て私は何も言えなかった。
(ヤチヨ……)
何かあると思っていた。人には言えない何かを抱えているのはわかっていた。しかし、これほどのこと――触覚を僅かに感じられただけで感涙を流すほどのことだとは思っていなかった。
だからだろうか、私はその場で跪き、彼女の頭に右手を乗せる。大丈夫、私はここにいるよ、と。そう語り掛けるように。
よろしければ高評価、感想よろしくお願いいたします。