月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「……」
ザビ子――白野に雷と乃依を任せ、自陣に戻った私たちはジャンプ台を使い、トップの櫓――そこで待つ帝の元へ。その間、先ほど彼女に言われたことを思い出していた。
――行ってきてよ。私、こんなに強くなったよって見せてきてよ。大丈夫、彩葉ならできる。この一年、ずっと傍で見てきた私が保障する。
「ホント、私って単純かも」
「彩葉?」
「何でもない」
思わず呟いてしまった独り言に首を傾げるかぐや。彼女には申し訳ないが少しだけ付き合ってほしい。それが私の我儘だとしても。
確かに私は白野に出会ってやっと視野が広がった。ずっと、自分の首を絞めていた手を離すことができた。
しかし、白野にしてもらったのはそれまでだった。彼女はただ私の傍にいるだけだった。子供の成長を見守る親のように、ただ寄り添ってくれた。多分、それが私の望みだったから。
それでも私はその場から動けずにいた。母親という背中を追わなくなった途端、足を踏み出せなくなった。だから、進路も決められず、ただ何の目的もなく、勉強とバイトをこなす日々。その毎日は前みたいに息苦しくなかったが真っ暗な闇の中を進むようで少しだけ不安だった。
そんな私のところにかぐやが来た。人の話を聞かないで、自分勝手に振り回して、怒ると嬉しそうに『ごめん』と謝って、その次の瞬間にはケロッとした様子でまた楽しそうなことを言い出す。そんな彼女に私はあーだこーだ言いながらも振り回され続けた。
(うん、そうだ……そうだった……)
振り回され続けて私はいつの間にか一歩、足を踏み出していた。白野に見守られながら、かぐやに引っ張られながら、無意識に色々なことに挑戦するようになった。
勉強も、バイトも今まで以上に頑張った。作曲活動を再開した。かぐやの隣で伴奏した。配信や動画に出演した。こうやって、大勢が見ている中で着ぐるみを脱ぎ捨て、自分にできることをした。
一か月前の私では考えられないこと。日々を生きるだけで精一杯だった私ならやらなかったこと。
(きっと、それはかぐやがいたから――)
だからこそ、お兄ちゃんの前に立つ時、隣にいるべきなのは白野ではなく、かぐやだ。きっと、白野もそう考えたから私たちを送り出してくれたのだろう。
だから、帝をぶっ飛ばす。それが私にできること。もちろん、かぐやと一緒に。
「遅かったな」
ミニマップに表示されたアイコンを頼りに帝のところへ到着すると金棒を持った彼がニヒルに笑って待っていた。
「ボトムから天守閣に行けば勝ちだったんじゃない?」
「『Black onyX』はな。みんなに夢を見せなきゃいけねーんだよ」
そう言って帝が何の合図もなしにこちらへ突っ込んでくる。私とかぐやは一瞬だけ目を合わせた後、ほぼ同時に左右に分かれて駆け出した。私たちは一戦目よりずっと連携が取れるようになっている。あとは彼にどれだけ追いすがれるか。どれだけ私たちの力が彼に通用するか、だ。
「ぐっ」
帝が追ってきたのは私だった。咄嗟に剣で金棒を受け止め、鍔迫り合いになる。ギリギリと金属が擦れる嫌な音が耳に届く中、至近距離で帝の顔を見上げた。
(似ても似つかんわ)
現実のお兄ちゃんはお父さん似だった。こんなオラオラ系の容姿ではない。
でも、やっぱりお兄ちゃんだ。お母さんには程遠いけど少しだけアドバイスっぽい小言を言うところも、ゲームで年下の妹を容赦なくボコボコにするところも、肝心なことは教えてくれないところも。
「彩葉!」
鍔迫り合いになっている私を助けるためにかぐやがハンマーを帝に向かって振り下ろす。もちろん、そんなわかりやすい攻撃は帝には通用せず、私のお腹を蹴飛ばしてフリーになった金棒で受け止めた。
「さっきも同じことしたよな?」
「げっ」
そのまま金棒をズラしてハンマーの軌道を強制的に変える。かぐやのハンマーは地面を叩いてしまい、大きな隙ができてしまった。
「かぐや!」
咄嗟に武器に仕込まれたクナイを飛ばして帝を牽制。だが、それは体を屈められて回避された。その間にかぐやはその場から離脱しようと後ろへ飛ぶが帝はその後を追いかけて追撃を試みる。
(避けられるのは想定済み!)
帝を通り過ぎたクナイは奥の鳥居へ刺さり、クナイと武器を繋ぐワイヤーを回収すると私の体は前へ引っ張られて一気に帝の傍へ。その勢いを利用して彼へ斬りかかった。
「いい線いってるけど一歩足りないな」
しかし、かぐやへ向かっていたはずの彼は私の動きを予期していたようにその場で反転して金棒を振り上げる。マズイ、このままだとクリティカルヒットに――。
「せいやっ!」
だが、その動きを読んでいたのはかぐやも一緒だった。逃げるために後ろへ下がった彼女だったが地面に着地した瞬間に前へ飛び出す。それと同時に彼女の持つハンマーに紫電が走った。
「っと」
私へ振り下ろそうとした金棒を引き、彼は咄嗟にその場から離脱。かぐやのハンマーは彼のアバターを掠め、地面を殴りつけて盛大に爆破した。ハンマー職特有の周囲を巻き込む広範囲攻撃型の
(でも、空中に逃げられたせいで範囲攻撃が当たってない!)
「避けんなー!」
「逃がすかよ」
「嘘っ!?」
しかし、彼は離脱する私を追いかけてきた。空中で私のアバターを掴み、ブンブンと振り回して別の足場の方へと投げつける。視界がグルグルと回転してアバター操作が覚束なくなった私はどうすることもできず、岩に叩きつけられた。
「くっ」
ガリガリと削れるHPバーを見て思わず奥歯を噛み締めた。あと一撃でも受けたら私は撃破され、復活できなくなる。そうすれば戦況は一気に不利になり、押し切られて負けてしまう。
――【heal(32);】
「回復の
帝の言葉に思わず言葉を詰まらせた。
(ホント、上手だな……)
幼い頃のお兄ちゃんはゲームよりもサッカーが好きだった。でも、お父さんが死んでからずっと続けていたサッカーを止めて本を読むかゲームをするか、とにかく家にいることが多くなった。
それから私がお母さんと揉めているとすぐにやってきて矢面に立ってくれた。性格もずっと生意気で向こうみずな悪ガキだったのにいつからか静かで穏やかになった。まるで、お父さんみたいに。
お父さんの死は家族の何かを変えた。お母さんはこれまで以上に厳しくなった。お兄ちゃんは趣味や性格が変わった。私は、私は――?
わからない。昔の私と今の私。何か変わったのだろうか。それとも私だけ何も変わっていないのだろうか。変わっていないからお母さんからも、お兄ちゃんからも置いていかれたのだろうか。
「……」
でも、これだけは言える。昔の私はどうであれ、白野とかぐやに出会った私は変わった。お母さんに小言を言われ、お兄ちゃんに見捨てられたとベッドの上でただ膝を抱えるだけだった私ではなくなった。
「ちっくしょー! だが、勝つ!」
ぐっ、と拳を握りしめた時、私の近くまで吹き飛ばされたかぐやは悔しそうに悪態を吐きながらもすぐにキラキラと、思わず目を庇いたくなるほど眩しい笑顔を浮かべた。楽しくて、楽しくて、楽しくて仕方ないと言わんばかりの笑みに思わず苦笑いをしてしまった。少しだけいつかの『キョーダイ会議』を思い出したのだ。
『ザビ子、雷と乃依のコンビネーションを前に一歩も引きません。むしろ、隙あらば毒を入れている! このアシスタント、どれだけ化け物なんだー!』
更に実況の声で向こうの戦況もわかった。まだ白野も諦めていない。自分にできることを全力でやる。それがよく彼女が口にしていた言葉。なら、私も――自分にできることを全力でやろう。
「もしうちらが勝ったらそっちもお願い、聞いてくれんだよね?」
立ち上がった私を見て帝は無言で頷く。それを見届けた私たちは一瞬だけ見つめ合い、再び左右に分かれて駆け出す。そのまま壊れかけの鳥居を登っていき、鳥居の真ん中あたりでかぐやと合流。その時、そっとお互いの武器を渡し合って私は眼下にいる帝に向かってかぐやのハンマーを振り下ろした。
「ッ」
さすがにこれは予想外だったのか、いつもよりほんの少しだけ反応が遅れた帝は金棒でハンマーを受け止める。だが、ハンマーのジェット噴射を点火して勢いを増幅させ、強引に振り下ろした。
「武器の入れ替え! はっ!」
吹き飛ばされた帝が近くの足場に着地してニヤリと笑う。その笑みにムカッとするが、この勢いを止めるわけにはいかない。私はかぐやのハンマーを乱暴にぶん投げて彼を狙った。もちろん、クルクルと回転しながら飛ぶハンマーを彼は避けるがその軌道上にはすでにかぐやがスタンバイ。ジャンプしてハンマーを掴んだ彼女はそのまま帝とその奥にいる私に向かってブーメランを投げた。
「彩葉!」
――【gain_str(16);】
そして、続けざまに空中で右手をこちらに向けて最後の
「っと」
これまで以上の勢いで一直線に向かってくる剣を帝は半身になることで回避。そのまま剣は彼の後ろに立っていた岩場に深々と突き刺さった。そして、それを見届ける前に私へ向けられる銃口。
「ッ――」
お返しとばかりに放たれた銃弾を剣で丁寧に弾いていく。筋力強化のおかげで銃弾の勢いに負けず、態勢を崩さずに済んだ。
「うおおおおお!」
そんな私を助けるため、かぐやがハンマーを担いで帝へ接近。しかし、かぐやの行動を読んでいたように銃口を即座に彼女へ向けて発砲。だが、彼女も負けておらず、銃弾の雨をかいくぐってハンマーを振り下ろした。それを回避した帝だったが空振りしたかぐやのハンマーが地面にめり込んでいるのを見て勝機と思ったのか、引き抜く
「ぎゃんっ」
「ゲームセットだ」
蹴飛ばされ、柱に背中を強かに打ちつけたかぐやはすぐには動けない。そして、そんな彼女へ帝は銃口を向けた。
(ここっ!)
この瞬間を待っていた。私は岩に突き刺さった剣をワイヤーで引き抜く。すると、ハンマーに撃ち込んでおいたクナイが支点となり、剣はグルグルと帝を中心に回転。繋がっているワイヤーが彼の体を拘束した。
「ハンマーにワイヤー!? 囮は、かぐやちゃん!」
「彩葉!」
作戦は大雑把で戦いながら考えた部分が多かった。でも、こっちは白野と一緒にかぐやのおしめだって替えたことがある。だから――。
「――かぐやの考えることくらい、わかってるっつーの!」
感情のままに叫びながら放った私の一閃はワイヤーごと帝の体を両断。かぐやの
「……やりゃできんじゃん」
花びらと共に消えていく帝は私を見て嬉しそうに笑っていた。まるで、最初からこれを望んでいたように。
(これで少しは伝えられたかな)
お兄ちゃん、私、あの頃よりもちょっとだけ強くなったよ。かぐやと白野のおかげで。
ひらひらと風に乗ってどこかへ飛んでいく花びらを目で追いながら私は心の中でそっと呟いた。
酒寄彩葉のSGが判明しました
【
幼い頃、兄はサッカーを好んでいた。
でも、父親がなくなって彼は変わった。
それでも、母親と言い合いになった時、守ってくれたり、
落ち込んでいる時に『キョーダイ会議』といって一緒にゲームをした。
しかし、彼は何も相談せずに家を出た。
ある日突然、いなくなった。
見捨てられたと思った。
何かやらかしてしまったのかと思った。
嫌われたと思った。
でも、それでも、彼女は――彼の活動を密かに追っていた。
そして、出会った。『月見ヤチヨ』に。
つまり、今も彼女が彼女でいられるのはお兄ちゃんのおかげでもある、認めたくないけど。