月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第6話 Super Darling

「ヨヨヨ、お見苦しいところを……」

 

 それからほどなくしてヤチヨは泣き止んだ。しかし、ほぼ初対面の私に見られたのが恥ずかしいのか、誤魔化すように茶化す。別にこちらは気にしていない。むしろ、どこかミステリアスな雰囲気を持つ彼女の知らない一面を見られて親近感が湧いたほどだ。

 

「……ねぇ、白野」

 

 そんな彼女だったが、いきなり真面目な表情を浮かべて私の名前を呼ぶ。どこか覚悟を決めたような姿に思わず背筋を伸ばした。

 

「突拍子もない話だけど、聞いてくれる?」

「もちろん」

 

 ヤチヨの言葉に私は頷く。彼女の縋るような目を見て断れるわけがなかった。いいや、違う。私は彼女のことを知りたかったのだ。有益な情報を得られるから、ではない。聖杯戦争の記憶を取り戻すまでのこの半年、私は彼女の歌で救われた。その恩を少しでも返したかったのである。

 

 それからヤチヨは静かに語った。今から約一年後、2030年7月にとある少女の元に月から女の子が落ちてくること。その二人はツクヨミでライバーとして活躍し、人気を得ること。そして、落ちてきた女の子に迎えが来て月へ帰ってしまうこと。

 

 そう、それはまさに『かぐや姫』。最古の物語として有名な話。しかし、その話には続きがあった。

 

 月へ帰った女の子は地球から届いた少女の歌を聞いて全てを思い出し、何十年という年月を費やして役割を引き継いだ。その過程で時間遡行可能な乗り物――タイムマシンを作成して少女の元へ向かう。だが、途中で大岩にぶつかってしまい、地球へ不時着。そこは八千年前の縄文時代だった。そして、タイムマシンはその衝撃でそのほとんどの機能を失い、女の子は魂だけの存在となってしまったのである。

 

「――と、いうことでその後はなんやかんやあってこの仮想空間『ツクヨミ』を作ったってわけ!」

 

 そう言ったヤチヨはニコニコと笑い、おどけてみせる。しかし、話を聞いた身としてはその笑顔を素直に受け取ることはできなかった。

 

 一体、その八千年の間に何があったのだろう。どんな思いをして独りで過ごしていたのだろう。記憶喪失となって過ごした半年と月の聖杯戦争に参加していた事実しか持ちえない私には想像すらできない。それでも――。

 

「白野?」

 

 気づけば私はヤチヨを抱きしめていた。魔術(コードキャスト)とは違い、アバター同士の接触のため、温もりは感じられない。でも、彼女に私はここにいると実感してほしかった。

 

「私は記憶喪失だし、月の聖杯戦争に参加する前のことも覚えてない。だから、長い時を独りで過ごす絶望はわからない」

「白野……」

 

 ああ、そうだ。私は彼女の気持ちを理解できない。いや、理解したと思えるほど私は私を知らない。これまで『岸波白野』がどのような人生を歩んできたのか覚えていないから。

 

「でも、自分のことを誰も知らない中、生きていく辛さは少しだけわかるつもり」

「ッ……」

 

 私の言葉にヤチヨが息を呑んだ。この半年間、必死に生きてきた。

 

 少しずつ減っていく貯金を見ながら受験勉強をした。

 

 焦燥感と孤独感で胸が締め付けられる夜もあった。

 

 そんな時、私は決まって『月見ヤチヨ』の曲を聞いていた。彼女の歌声は不思議なほどスッと心の中に空いた隙間を埋めてくれたから。

 

「ありがとう、ヤチヨ。貴女がいてくれたおかげで私はこの半年間、頑張って来られた。生きててくれて、ありがとう」

 

 私に抱かれたヤチヨは震える声で笑い、静かに顔を私の肩に埋めた。きっと、彼女を本当の意味で救えるのは件の少女だけだろう。

 

 それでも、彼女には知っていてほしかった。ヤチヨに救われた人がいることを。一年にも満たない人間初心者みたいな私だが、この気持ちをほんの少しでもいいから伝えたかった。だって、たった半年しか生きていない私ですら彼女に何度も救われたのだから。

 

「も、もう……それは、ずるいよぉ」

 

 私の言葉を受け取ったヤチヨは呆れたような声を出しつつ、そっとその顔を肩に埋めた。届いただろうか。それは彼女本人にしかわからないが僅かに肩を震わせるその姿を見て私は少しだけここにいてよかったと思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、すっきりした! ヤッチョ、復活!」

 

 それから幾ばくかの時が過ぎ、私から離れたヤチヨはどこか晴れ晴れとした顔で笑った。うん、やっぱり、ヤチヨはその笑顔が似合うね。そう思っていると何故か彼女は急に目を見開き、おろおろし始めた。

 

「も、もー、白野ってばストレートに言いすぎだよ~」

 

 おっと、どうやら声に出ていたらしい。しかし、こればっかりは事実なので特に否定せずに笑って誤魔化しておいた。すると、それも彼女の何かに触れたようで眉間にしわを寄せて唸り始める。

 

「むむむ、ヤッチョなんとなくわかった。君、面倒臭い人に好かれるタイプでしょ。それも無自覚に落とす厄介なヤツ! そう、それはまさに無自覚スパダリ主人公!」

「?」

 

 えっと、どういうことだろうか。私はただ本当のことを言っているだけだ。それの何が問題なのだろう。そう思っていると彼女はいきなり頭を抱えてしまった。

 

「ヤッチョも気を付けないと……よし! メンタルガード完了! どんとこい!」

 

 いや、何が? 彼女の配信は何度か見たことあるがここまではっちゃけているのは珍しい。一体、この数分で何があったのだろうか。

 

「あ、そうだ! 白野、ヤッチョにできることはない? 月の聖杯戦争のことも途中までしか思い出してないんだよね?」

 

 彼女の言うとおり、私の記憶は完全に戻っていない。月の聖杯戦争がどうなったのか。何故、地上にいるのか。半年前以前はどのような生活を送っていたのか。そもそも、ヤチヨに触れて聖杯戦争のことを思い出した理由も不明。

 

「そうなんだよね~。ツクヨミ(ここ)が月に似てるっていうのは何となくわかるんだけど、月にいた頃に聖杯なんて聞いたことないんだよねー」

 

 そう言いながらもうんうんと唸りながら必死に思い出そうとするヤチヨ。彼女が月を離れて八千年の時を過ごしている。そのせいで月にいた頃の記憶が朧げになっているのだろう。

 

 しかし、それでも月について教えてほしい。魔術のことを触り程度だが、知っている私だからこそ気づけることがあるかもしれない。

 

「なるほどー、確かにそうかも。じゃあ、少し長くなるかもだけど大丈夫?」

 

 ヤチヨにそう問われて時刻を確認する。思いのほか時間が経っていたがそれでも構わない。今は少しでも情報が欲しいのだ。

 

「りょりょりょ! えっとねー、とりあえず、大事なことから! 月はね、すっごくつまんない場所なんだ!」

 

 それから始まったのは彼女がまだ『月見ヤチヨ』になる前の話。月ではただひたすら仕事をするだけの日々。娯楽はなく、会話もない。そもそも、そういった思考に至らない。月に住む人――月人は機械のように働くようにしか作られていないから。

 

 そんな中、ヤチヨだけはその世界をつまらないと認識していた。そう感じとる何かを持っていた。バグなのか、それとも意図的にそう製造されたのか。それは不明だが、少なくとも彼女は他の月人とは違う在り方で生まれた。

 

「だから、一年後の私は『もうやだー、つまんなーい!』って我慢の限界が来て月を飛び出すの! そして、彩葉と出会うんだー」

 

 そう語る彼女の顔は待ち遠しくてたまらないといった様子。運命の少女――『イロハ』と過去の自分が出会うのが本当に嬉しいらしい。

 

 しかし、今の話で気になったことがある。彼女は月で仕事をしていたらしい。だが、その内容はよくわからなかった。月人は機械のような存在だ。与えられた仕事をこなし、何の感情も抱かず、ただ動くだけ。では、その仕事を与えているのは誰だ? 何の仕事をさせている? 月の電子空間で一体、何をしようとしていた?

 

「え? あー、うん? 確かに今まで気にもしなかったかも? とにかく、仕事が来て、片付けて、また仕事が来ての繰り返しだったから」

 

 『これでもそれなりの立場だったんだけどねー』と他人事のように話すヤチヨ。きっと、これ以上の問答は意味がない。だって、ここは地上。月の事情がどうであれ、私たちに確かめる方法はないのだから。

 

「……」

 

 少し整理しよう。

 

 現段階で判明したのはヤチヨが元月人であること。魂だけの存在であること。ツクヨミ内で魔術(コードキャスト)が使用できること。一年後に過去の彼女が地上に落ちてくること。

 

 そして、私に関する情報はほぼなかったこと。期待外れ、と言わなかったら嘘になる。少なくとも何かしら進展はあると思っていた。しかし、結局、私が地上にいることと記憶が曖昧になっている原因は不明のまま。うーん、どうしたものか。

 

「……ねぇ、白野」

 

 腕を組んで今後の方針を考えている最中、少し遠慮がちにヤチヨが声をかけてきた。なんだろう、と彼女を見るともじもじとしている。なんというか、嫌な予感が――。

 

 

 

 

 

 

 

「――白野、私のアシスタントやらない?」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思考を遮るようにヤチヨはそう提案した。アシスタント。アシスタント? アシスタント!?

 

 予想外の提案に目を見開いてしまう。いやいや、待ってほしい。月の聖杯戦争に関する記憶は一部だけ取り戻したが記憶喪失なのは変わっていない。それにこの半年でわかったことだが、『岸波白野』には特質した取り柄がなかった。そんなつまらない人間に『月見ヤチヨ』のアシスタントが務まるとは思えない。

 

「えー? そうかなー、ヤッチョの直感スキルがビンビン反応してるんだよねー。白野ってアシスタントに向いてるって!」

 

 ブンブンと首を横に振って拒否したのだが、予想以上にヤチヨは乗り気らしい。ニマニマと笑って私に顔を近づけてきた。これは何かを企んでいる顔。この半年、ほとんど人とかかわって来なかったはずなのにどこか既視感を覚えるその表情に嫌な予感が警鐘を鳴らした。

 

「アシスタントって言っても簡単なお仕事だよ? 配信を手伝ったり、新しいシステムのテスターになったり……あ、できれば魔術(コードキャスト)の解析もお願いしたいにゃ~」

 

 魔術(コードキャスト)? いや、そうか。彼女は八千年もの間、実体がなかった。そんな彼女が唯一、実感を得られるのが魔術(コードキャスト)。その解析、開発をすれば彼女だけでなく、ツクヨミそのものに五感を実装できるかもしれない。きっと、彼女はそう考えているのだろう。

 

「え? あー、うん! そんな感じ! やっぱり、仮想空間でも五感は感じたいよね☆」

 

 素直に褒めたらどこか気まずそうに眼を逸らした後、取り繕うように言葉を並べる。思わず、ジト目を向けてしまったがそんな私を無視してヤチヨは話を進めた。

 

「なにより、アシスタント権限を付けてあげる! そうすれば一般ユーザーよりもツクヨミの内部システムを調べられるから何かわかるかも!」

 

 おっと、それは確かに魅力的だ。今のところ、わかっているのは仮想空間『ツクヨミ』と電脳空間『SE.RA.PH』が似ていることだけ。ツクヨミを調べたら何か進展があるかもしれない。

 

 しかし、問題はある。それは身バレだ。私のアバターは現実のものとあまり変わらない。そんな状態でヤチヨの配信に出たら一発でアウト。アバターネームも『岸波白野』のままなので誤魔化しようがなく、私の日常は一気に崩れるだろう。

 

「それならお任せあれー☆」

 

 懸念点を伝えると最初からわかっていたように彼女は笑みを浮かべ、ウィンドウを操作する。すると、彼女の手に何かが現れた。これは、着ぐるみ?

 

「これは仮装用の着ぐるみアバター! 今のアバターの上からでも着られるやつ! アバターネームも管理者権限でパパっと変えられるから大丈夫!」

 

 なるほど、これを着れば確かに身バレはしないだろう。そう思っていると視界の端に映っているUIの一部に変化があった。名前が『岸波白野』から『はくのん』になっている。

 

「これで身バレ対策は完璧!」

 

 そう言いながら着ぐるみを手渡してくる。顔の部分を見ると『てへぺろ☆』と舌をペロリとしている犬だった。うん、ダサい。だが、私としては妙に惹かれるものがある。こう……芸人的な意味で。

 

「更にプッシュ! お賃金も出まーす!」

「ッ!?」

 

 お、お賃金!? 親戚はおろか、両親もおらず、記憶喪失のせいで世間の常識すら危うい私にとって最も難易度の高いミッションだったアルバイト。それをツクヨミや魔術(コードキャスト)の解析をしながらできる、ということか!

 

「ぽちぽちぽち、っと。ほい、これぐらい」

「よろしくお願いします」

「契約成立~☆ これからよろしくね、はくのん!」

 

 

 目の前に展開された金額を見て考える間もなく頷いた私にヤチヨはニコニコと笑って手を差し伸べる。この先、どうなるかわからないけど、それでも彼女と一緒ならなんとかなるかもしれない。不思議とそう思えてしまった。

 

 こうして、今日から岸波白野はヤチヨの(アシスタント)になります。









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