「ッ――」
(なら、私が――やるしかない!)
そんな思考を認識する前にかぐやの上から飛び出した私は両手の剣を体の前でクロスして衝撃に備える。そして、ヤチヨの傘が私の剣とぶつかった。
「ぐっ」
ただでさえ空中にいる状態なため、踏ん張りが効かない私はヤチヨの傘に押され、吹き飛ばされそうになる。だが、その寸前に全力で剣を上に振り上げて強引に傘の軌道をほんの少しだけ変えた。それでも被弾ゼロとはいかず、私は脇腹を抉られてしまい、HPバーがゴリッと削れる。残り二割。
「ひゃあああああ!」
私のHPは減ってしまったがそのおかげで傘はかぐやの右頬を掠めるだけに終わった。よし、何とかやり過ごしたぞ。あの状況でよく持ちこたえた、私。
(――ッ! 油断、するなっての!)
自画自賛しそうになった私はすぐに意識を前に向け――すぐそこまで迫っていた鏡に気づく。本当に抜け目のない戦友だ。
「こ、のおおおおおお!」
だが、私だって負けていない。空中に投げ出されている状態のまま、根性でアバターを動かして鏡を蹴り飛ばした。直撃しなかったとはいえ、武器を蹴ったせいで私のHPがまた少しだけ減る。
(ま、だ、終わってない!)
鏡を蹴り飛ばしたせいで背中から地面に落ちてしまった私は急いで体を起こそうとするがすでに目の前には掌底を放とうとする白野の姿。あまりに早い追撃。彼女は最初からヤチヨの傘で終わるとは思っておらず、次の手を用意していたのだ。
「彩葉ぁ!!」
そこへやっと
残り時間は三十秒。私たちがわたわたしている間に白野は自分に
「かぐや、行くよ!」
「おっしゃあああああ!」
予定より早いがかぐやに合図を出す。すると、彼女は雄叫びを上げてハンマーを振る速度を上げた。
「ここからはヤッチョが相手するよー」
「来なくていいよ! あっちいけ!」
「そんな寂しいこと言わずに遊びましょ☆」
かぐやの猛撃をヤチヨは器用に傘でいなしていく。いつの間にか耐久強化をかけ直していたのか、削りダメージはゼロ。傘を振るうスピードも普段より速いため、速度強化も同じだ。なるほど、それで白野は効果の短い
(それならやりようはある)
かぐやとヤチヨの攻防を見ながら改めて状況を整理する。
私たちが勝つために考えられる問題は三つ。
一つは残り三十秒弱で私たちがやられてしまうこと。覚悟はしていたがかぐやのHPは三割、私は二割弱しかない。隙を突かれて一撃を受けた時点で撃破されてしまうラインだ。
二つ目は試合時間ギリギリにダメージを与えられたとしても白野の
最後に――ヤチヨの
(――でも、やるしかない)
すでにかぐやに合図を出してしまった。今更、迷うわけにはいかない。それに――。
――彩葉、よく聞け。はくのんちゃんは強い。多分、どんなに完璧な作戦を考えたとしてもあの子にダメージを与えるのは無理だ。いや、ダメージを残すのは、か。戦況によっては
かぐやの動きをよく見ながら帝の言葉を思い出す。
だからこそ、私たちは下手にダメージを与えるわけにはいかなかった。そのための時間稼ぎ。
――まぁ、はくのんちゃんもそうだけどヤチヨちゃんも強い。時間稼ぎしようとして撃破されるなんてことは普通に考えられる。なにより、ヤチヨちゃんとはくのんちゃんのコンビネーションは桁違いだ。ほぼ会話なく意思疎通するとかテレパシー使ってんじゃないのってレベル。
帝の言うとおりだ。さっきもヤチヨが飛ばしたガラス玉を白野はノールックで叩き割った。それに白野が下がった途端、ヤチヨが前に出た時も同じ。
――でも、それは完全じゃない。彼女たちはエスパーじゃない。言葉を必要とする連携は必ずあるはずだ。例えば、はくのんちゃんですら予想外の奇策が出てきた時とか。
「ぎゃあああああ!」
私の思考を遮るようにかぐやの絶叫が大気を振るわせる。ヤチヨの傘を腹に受けて後ろへ吹き飛ばされてしまったようだ。しかし、吹っ飛び具合に比べて受けたダメージは少ない。それに気づいたヤチヨは少しだけ目を細め、残りHP一割となったかぐやを撃破するために前に出た。
「――なーんちゃって?」
「ヤチヨ、止まって」
その直後、ヤチヨの攻撃をわざと受けて飛ばされたかぐやは空中でハンマーを変形させてランチャーモードにする。しかし、白野には見破られていたらしく、彼女の指示によってヤチヨはピタリと足を止めた。せっかくの不意打ちは失敗に終わった、とでも?
「どっかーん!」
そもそも最初からかぐやはヤチヨを狙っていない。楽しそうに笑いながらうなぎ形の弾丸を放ち、ヤチヨの前のフィールドを穿った。そして、それと同時にツクヨミに搭載されている高性能物理エンジンが粉塵を巻き上げてヤチヨと白野の視界を奪う。
(ここだ!!)
――【move_speed();】
試合時間は残り十秒。かぐやがギリギリまで稼いでくれた時間、絶対に無駄にはしない。私は自分に速度強化の
「ヤチヨ、来るよ」
しかし、やはり白野はそれも読んでいた。きっと、粉塵と試合の終了時間を考慮して私たちが仕掛けてくるのはここだと予想したのだろう。当たっているからこそ、腹が立つ。
(でも、この先は予想できる?)
粉塵を一気に突っ切り、ヤチヨの前に姿を現す。白野の忠告のおかげでヤチヨはすでに番傘を構えて待っていた。
――最後に教えてほしい。彩葉は最後の試練、勝つつもりはあるのか? お前、ヤチヨちゃん激推しだろ? ヤチヨちゃんとはくのんちゃんのコラボライブは見たくないのか?
意識を集中させているからか、視界に映る全てが遅く見える。そんな中、帝の――お兄ちゃんの質問が脳内に思い浮かんでいた。
そりゃ見たいよ。この一年間、ずっと二人が支え合って活動していたのを見守っていたのだから。
ヤチヨは白野と出会ってから親しみやすくなった。人間味が出た、というのだろうか。普通の人が当たり前のように浮かべる表情をするようになった。
ゲラゲラと笑ったり、素っ気ない白野に対して頬を膨らませたり、白野がいない配信ではどこか寂しそうにしたり、白野が予想外な行動をして目を丸くして驚いたり。
そう、白野と出会ったヤチヨは良くも悪くもAIライバーらしくなくなった。どこにでもいる、ただの女の子みたいな素顔を見せてくれるようになった。もしかしたら、それが嫌な人はいるかもしれない。でも、私はそんなヤチヨを見てもっと彼女のことが好きになった。
(正直、今すぐにでも剣を放り投げて降参したい。バレないように手を抜いてわざと負けたい。それぐらい、私は――ヤチザビが見たい!! 全身で浴びたい!!)
だって、ツクヨミの管理人兼AIライバーだった『月見ヤチヨ』を
でも、ここでわざと負けたらこの一か月間、ヤチヨカップを優勝するために頑張ったかぐやと白野を裏切ることになる。彼女たちの努力を否定することになる。それは駄目だ。それだけはできない。
私はかぐやが笑顔の裏でファンたちを喜ばせるために色々と企画を用意したり、歌詞や振り付けを必死に考えていたのを知っているから。
私は白野がヤチヨのアシスタント業をこなしながらかぐやの動画を編集したり、動画撮影に協力したり、配信で使えそうなツールを寝る間も惜しんで作っていたのを知っているから。
そんな彼女たちの努力を一番近くで見ていた私が――それを侮辱するような行為をできるわけがなかった。
「ぁ、ああああああああ!!」
気づけば私は歯をむき出しにして吠えながらヤチヨへと接近する。ああ、私らしくない。こんな熱くなるなんて私のキャラじゃない。
でも、それでも――ずっと太陽のように笑うかぐやの傍にいたのだ。その熱にちょっとだけ浮かされても仕方ないよね?
「ッ――」
私の気迫にヤチヨは目を見開いた。しかし、それでもその手を止めない。ここで決着をつけるために番傘を握る手に力を込めた。彼女に油断はない。生半可な攻撃では速度と耐久を強化された彼女のHPは一ドットすら削れないだろう。
「彩葉!」
その時、頭上で月のお姫様が叫んだ。上を見る余裕はない。だが、ヤチヨの視線が一瞬だけ上に向いたのはわかった。
残り七秒。私たちにできることは全てやった。途中、肩車をするなど予定になかったことは色々とあったが、最終的に帝たちと考えた形にできた。後は白野たちがどう動くか。この運命は彼女たちに委ねられた。
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