最後の試練が終わった。結果は私の予想どおり、私たちの負け。これで前回と同様、彩葉とかぐやがヤチヨとコラボライブをする。これでいい。そう、思っていたのだが――。
「はぁ……」
「……」
「ちらちら……あーあ」
「……なに?」
「何ってなんか冷たくなーい?」
いつものミーティングルームで不貞腐れたように横になっているヤチヨ。そんな彼女の傍に立ち、どうしたものかと小さくため息を吐いた。
「コラボライブの準備はいいの?」
「曲はできてるから大丈夫。もう彩葉たちにも渡してあるし、練習はずっとしてきたからヤッチョパートは完璧だよー」
「それならいいんだけど……なんでそんな落ち込んでるの?」
「……ばーか」
私の問いかけにチラリとこちらを見た彼女だったがプイッと顔を逸らしてしまった。最後の試練から数日。ヤチヨはずっとこの調子で対応に困っている。一緒に配信する時は普通に戻るのだが、配信が終わった途端、不機嫌になってしまうのだ。
(最後の試練のこと、まだ気にしてるのかな)
私たちは彩葉とかぐやに負けた。その原因はほんの僅かにズレた私たちの呼吸。きっと、少し前までなら起こらなかった致命的な隙だった。私は戦いが始まった直後にこのズレに気づいたのだが、肝心のヤチヨ本人は全くの無自覚だったらしく、私たちが負けた原因に気づいていないらしい。
(これは想像以上にマズイか)
私たちの呼吸がズレたのは彼女がかぐやの代わりに月に行こうとしているせいだ。私に黙って暗躍している罪悪感か、私に対する不信感か。その具体的な感情はわからないが確実に言えるのは今のまま放置しておけば私たちのためにならないこと。
(じゃあ、どうするかって話だけど……うーん)
私がFUSHIと協力してヤチヨの暗躍を止めようとしていることはバレてはならない。下手にフォローすると尻尾を出しかねないため、ここは慎重に行動したいところ。まずはヤチヨが不機嫌な理由を聞いた方がいいだろう。
「最後の試練に負けたのが悔しかったとか?」
「はぁ?」
素直に聞いたところ、ありえないと言わんばかりにこちらを見上げて声を漏らした。しまった、どうやら特大の地雷を踏んづけてしまったらしい。
「……わかんないならいいよ。ヤッチョも好きなようにやるから」
「好きなように?」
「べー! ヤッチョを怒らせたこと、後悔してよ! 寝る時間だから寝る!」
ヤチヨはそう言ってどこかへ消えてしまった。彼女との溝が更に大きくなってしまったのかもしれない。さて、彼女は何を企むのか。
「大丈夫か?」
「あ、FUSHI、いたんだ」
「あれからヤチヨ、ずっと不機嫌で……あまり刺激しないでほしい」
「うん、ごめん」
FUSHIは基本的にヤチヨと一緒にいる。つまり、不機嫌な彼女の相手をしなければならないのだ。あの様子では私がフォローしようとすれば更に怒らせてしまいそうなので少しの間、そっとしておこう。
「そっちの計画はどんな調子?」
「オークションの準備はだいたい終わった。コラボライブの前後で秘密裏に行われる予定だ」
「そっか……あとは任せるしかないね」
彼の話ではしっかりオークションの参加権を手に入れる算段をつけたらしい。私にできることは全てやった。あとは彼に任せる。
「あ、ごめん。この後、用事があってそろそろ行かないと」
「何かあるのか?」
「うん、パスポート取りに行く」
「パスポート? 海外か?」
「ちょっとね。この件が落ち着いてからになるだろうけど」
月の聖杯戦争の記憶を取り戻してから密かに手続きを進めて先日、パスポートの発行準備ができたと連絡が来たのである。最後の試練も終わり、やっと手が空いたため、パスポート発行の手続きをしてくる予定だ。
「そうか。気を付けてな」
「うん、行ってきます」
FUSHIに見送られながら私はツクヨミをログアウト。手早く準備を済ませて予定通りにパスポートの発行手続きへ向かった。
「白野! 引っ越ししよ!」
「は?」
無事にパスポートを手に入れ、色々と買い物をしてきた私を部屋で出迎えたのは満面の笑みを浮かべるかぐやだった。その両手にはダンボールが抱えられており、彼女が買った小物たちが大量に入れられている。
「引っ越し?」
「そう! 彩葉がね、いいよって言ってくれたの! 帝に保証人になるようにお願いもして!」
「帝……ああ、お兄ちゃん」
そういえば竹取合戦の時、彩葉はちゃっかり帝に勝ったらお願いを聞くように交渉していた。その内容が保証人になることだったのだろう。
「そっか。じゃあ、かぐやの荷物は片付けないとね」
「え? 何言ってるの? 白野の荷物もだよ」
「……ん?」
私とかぐやはお互いに『何を言っているの?』と首を傾げた。彩葉が帝に保証人になるようにお願いした、ということはおそらく名義は彩葉だ。かぐやも一緒に住むだろうと思って引っ越しの手伝いはしようかと思っていたのだが。
「……もしかして私も一緒に引っ越すの?」
「うん、そうだよ?」
「……」
当たり前のように頷く彼女に私は少し頭を抱えてしまう。いや、かぐやの性格からしてそういうのは当たり前か。しかし、それならもう少し早く相談してほしかった。ダンボールに荷物を積めているのであればすでに引っ越し先は決まっており、引っ越し業者にも連絡しているレベルで話が進んでいる。
「ちょっと彩葉、呼んできて」
「わかった!」
すでに私も一緒に住むと決めているかぐやに何を言っても無駄だろう。とりあえず、彩葉を交えて話し合った方がいい。
「あー……えっと、できれば白野も一緒に住んでくれたら嬉しい、かな」
「……」
かぐやが彩葉を呼んで始まった緊急会議。その第一声はまさかのかぐや派の意見だった。思わず彼女にジト目を向けてしまう。
「ほ、ほら! 白野ってザビ子だけどかぐやのアシスタントでもあるでしょ!? なら、一緒に住んでた方が何かと便利だと思って!」
「……彩葉、かぐやの勢いを利用しようとしてるでしょ」
「え!? あ、いやー……」
図星だったのか、彩葉はそっと目を逸らした。別に私としては一緒に住むのは構わない。しかし、月末にはコラボライブもあるし、まだ私のことも調べ切れていない上、ヤチヨの件がある。特にヤチヨのことは彩葉たちにバレるわけにはいかないため、可能であればかぐやの卒業ライブが終わってからにしたい。
「……わかった。引っ越しはする」
「っ! じゃあ、急いで荷造りをしなきゃ! よーし、今日で全部――」
「――でも、今じゃない。ちょっと事情があって10月ぐらいまで待ってほしい」
私の言葉に立ち上がりかけたかぐやはピタリと動きを止めた。彩葉も不思議そうに首を傾げる。
「どんな事情か聞いてもいい?」
「それは……ごめん」
彩葉の質問に私は答えられなかった。そんな私をジッと見つめる彩葉だったが、少しして諦めたようにため息を吐く。
「わかった。何も聞かない。でも、10月だよ?」
「うん、大丈夫。その頃には解決してるはずだから」
そう、解決してみせる。かぐやもヤチヨも月には行かせない。私が絶対にこの輪廻を止める。止めてやる。それが私がここにいる理由だと思うから。
「えー! 白野、一緒に引っ越さないのー!?」
そんな中、声を荒げたのはかぐや。ガーン、と効果音が聞こえそうなほど大きな口を開けてショックを受けている彼女はへにょへにょとその場で座り込んでしまう。
「白野はかぐやのアシスタントだよね? 一緒に配信、出てくれるよね? 引っ越ししなきゃ活動できないよ?」
「配信とか動画撮影する時は呼べばいいよ。それに遅くなったらそのまま泊ればいいし。ね、白野」
「……まぁ、たまになら」
かぐやの言葉に何故か彩葉が答えた。思わず頷いてしまったがちょっと早まったかもしれない。確かに引っ越しはしない。だが、かぐやに呼ばれたら彼女たちの家に行ってお泊りすることになりそうだ。なし崩しにそのまま居つかされそうである。
「ぶー……それならいっか。よーし、引っ越し準備するぞー!」
「荷造りは手伝うよ。そんな家なの?」
「高級タワマン! 家賃月35万円なり!」
「……」
ピースサインして笑うかぐやを見て思わず私は彩葉に二度目のジト目を向けてしまう。確かに人気ライバーとなったかぐやの懐は温かい。温かいのだが、さすがにこれはやりすぎではないだろうか。
「……この前、内見してきたけど景色、よかったよ」
「そっか……」
どこか諦めた様子で乾いた笑い声を漏らす彼女に私は何も言えなくなってしまった。なんというか、お疲れ様です。