月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第7話 Encounter

 ヤチヨの犬(着ぐるみ)になった私は少しだけ今後の打ち合わせをした後、ツクヨミをログアウトした。外はすっかり暗く、色々ありすぎたせいでお腹も空いていない。今日は買い置きのカップラーメンにしよう。

 

「……」

 

 ケトルに水を入れ、スイッチオン。お湯が沸くのを待っている間につけっぱなしにしていたスマコンをARモードに変更した。さて、とりあえず、簡単にだがヤチヨからもらったアシスタント権限でツクヨミのシステムを閲覧してみよう。まぁ、正直、プログラムとか全く勉強していないのでよくわからない単語が並んでいるだけ――。

 

「ん?」

 

 お? おお? なんだ、これ。確かに細部まではわからない。でも、何となく理解できる。どの部分が何を司っているのか、脳が勝手に解釈している。

 

「……」

 

 それからお湯が沸いたことにも気づかず、私はひたすらにツクヨミのシステムを流し読みした。そのおかげでわかったことがいくつかある。

 

 まず、私はプログラムを見て理解できる何かを持っている。半年前以前の私がプログラムの勉強をしていたのか。月の聖杯戦争の経験のおかげか。それは不明だが、少なくともプログラムを見ればおおよその内容を把握することができた。

 

 そして、魔術(コードキャスト)がプログラムに酷似していること。こちらも何となくだが、理解できた。これなら少し時間をかければ解析可能であり、自分で編み出すこともできるかもしれない。ヤチヨには『痛い』とか『温かい』以外の触覚も経験してほしいので時間を見てやってみよう。

 

 最後に月の聖杯戦争に関する情報は今のところなかったこと。これに関しては流し読みなのでもっと時間をかければ出てくるかもしれない。逆説的に月との関連性はぱっと見なかったということでもある。

 

「……」

 

 そこまで思考を巡らせて目の前に置いてあるケトルがとっくの昔に仕事を終えていることに気づいた。小さくため息を吐いた後、それを手に取ってカップラーメンへお湯を注ぐ。

 

 とにかく、ヤチヨのおかげでやることができた。お金も稼げて、情報を探せる環境。まさに私が求めていた職場と言っても過言ではない。

 

 しかし、不安な点もある。アシスタントの仕事がどんなものなのか、未だによくわかっていないことだ。配信の手伝いやシステムのテスターをすると言っていたが彼女のことだ。何かと無茶ぶりをしてくるだろう。

 

「……」

 

 早まったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は四月の入学に向けて準備をするため、家を出た。ヤチヨのアシスタントは高校が落ち着いてからでもいいと言っていたので今のところ、やることはない。記憶のない私に気遣ってくれたのだろう。とりあえず、入学準備以外にもプログラム関係の本も欲しいところだ。

 

「ん?」

 

 相変わらず、趣のあるアパートの階段を下りていると近くに引っ越し業者のトラックが停まっていることに気づいた。近所に引っ越してくる人がいるのかもしれない。

 

「すみませーん!」

 

 そんなことを考えながら階段を下りきったところでそのトラックからガタイのいいお兄さんが私に声をかけてきた。なんだろう、と首を傾げながらお兄さんへ近づく。

 

「今日、こちらのアパートに荷物を届ける予定なんですが、依頼主の方がいなくてですね……お知り合いだったりしますか?」

 

 おや、引っ越し先は私が住んでいるアパートだったらしい。しかし、残念ながら私は未だに知り合いと呼べる人はヤチヨのみ。彼らの力にはなれなさそうだ。

 

「そうですか、君ぐらいの若い女の子だと聞いてたから知り合いかと思ったんですけど……困ったな」

 

 知らないと伝えると明らかに困った表情を浮かべるお兄さん。どうやら、約束の時間を過ぎているのに依頼主の女の子が姿を現さないらしい。ふむ、どうしたものか。私から大家さんに電話を掛けることは可能だが、勝手に荷物を運び始めるわけにもいかないだろう。いや、大家さん経由でその女の子に連絡を取ってもらうのはありか?

 

「す、すみません!」

 

 いざ、大家さんに電話を、とスマホを取り出したところで少し離れたところから慌てた様子の女の子の声が響く。そちらへ視線を向けると駆け足、にしては妙に速いスピードで私たちの傍に辿り着いた。

 

「はぁ、はぁ……すみません、道に迷ってしまって……」

 

 急いで来たのだろう。息も絶え絶えといった様子で事情を説明する女の子。綺麗な黒髪も乱れており、それも相まって必死さが伝わってくる。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ! 一応、お名前と事前のお伝えしたお客様番号をいただいてもいいでしょうか?」

 

 さて、無事に解決したようだし、私はここで退散しよう。同じアパートに住むよしみとはいえ、引っ越し当日に交流することもない。向こうも荷物の整理があるだろうし、落ち着いたところで改めて挨拶に――。

 

 

 

 

 

「――はい、酒寄彩葉です。こちらがお客様番号です」

 

 

 

 

 

 ん? イロハ?

 

 ちょっと無視できない名前が出てきたため、彼女の顔を改めて見る。綺麗な黒髪、汗をかいていても清潔感のある整った容姿、可愛らしい泣きぼくろ。そして、化粧で誤魔化しているがそれでも目立つ目の下のクマ。

 

「……」

「あ、えっと?」

 

 いや、まさかね、と思っていると彼女も私の視線に気づいたらしく、首を傾げた。あ、どうも。岸波白野といいます。同じアパートに住んでいる女子高校生になる人です。

 

「女子高校生になる? あ、もしかして、四月から高校に入学するっていうことですか? 改めまして、酒寄彩葉です。私も四月から高校生になります」

 

 そう言ってペコリと丁寧に頭を下げる女の子。どうやら、同い年だったらしい。とりあえず、彩葉と呼ぼう。可愛い女の子と仲良くなるに越したことはない。そう、決して下心などないのだ。

 

 ふむ、これも何かの縁だろう。用事もそこまで急ぎのものではないし、手伝って行った方がいいだろうご近所付き合いの一つでもやっておこうではないか。

 

「え? いえいえ、そんな大丈夫です! お気持ちだけで!」

 

 そんな提案をしたが予想の倍以上の勢いで拒否されてしまった。まぁ、無理強いするものではないし、同じ高校生ならこれからも交流する機会はあるだろう。私は潔く引いて彩葉に別れを告げた後、買い物に出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ、彩葉だよ!!』

 

 買い物がひと段落したところで私は連絡先を交換したばかりのヤチヨに確認のメッセージを送ったところ、電話がかかってきた。それに出た途端、彼女の大きな声で私の鼓膜を震わせる。あー、やっぱりか。

 

『えー! まさかまさかの同じアパート!? うわー、運命感じちゃう! お隣さん?』

 

 おそらく違う。私の隣の部屋は私が引っ越してくる前からすでに住んでいたし、引っ越した様子もない。おそらく、空き部屋だった二つ隣の部屋だろう。倒れた私を助けるために救急車を呼んでくれたが彩葉が住んでいたアパートの住所を覚えておらず、気づかなかったのかもしれない。

 

『……ん? あれ、でも――』

 

 しかし、その時、ヤチヨは何かに気づいたように呟き、黙り込んでしまった。何かに気づいたのだろうか。

 

『ねぇ、白野。確か、四月から高校生だよね? どこの高校?』

 

 彼女の質問に『東京都立武蔵川高等学校』だと答える。すると、スマホの向こうで彼女の息を呑む音が聞こえた。

 

『彩葉と同じ高校……じゃあ、やっぱり……』

 

 どうやら、私は彩葉と同じ高校に通うらしい。同じアパート、同じ学年、同じ性別、同じ高校。クラスまではわからないが、ここまでくれば関わらない方が不自然だろう。しかし、問題がある。

 

「前の時、私はいた?」

『ッ……白野ってそういうことズバッて聞くよね。ううん、いなかった。少なくともかぐやは『岸波白野』を知らない。ヤチヨにアシスタントなんていなかったし』

 

 私の質問にどこか呆れたように笑った後、彼女は素直に答えてくれた。ヤチヨ――『かぐや』という個体は輪廻を繰り返している。月から落ちてきた彼女は月へ帰り、彩葉に会うために地球に戻ってきて八千年前の地球に不時着。その後、ヤチヨとなって再び彩葉とかぐやと出会い、そのかぐやはまたヤチヨになる。その繰り返し。

 

 しかし、その繰り返しの中で私というイレギュラーが発生した、ということなのだろう。少なくともヤチヨはかぐやだった時に私とは出会っていない。『はくのん』という犬の着ぐるみを着たアシスタントも見たことがなかったという。

 

 でも、まだ間に合う。すでに彩葉と出会ってしまったがこれから関わらないようにすればいい。アシスタントだって活動する前だ。その話を白紙に戻すことだってできる。

 

 そして、これは決めるのはヤチヨだ。八千年、彩葉と再会することを夢見て――輝かしい二か月をかぐやに過ごしてもらうため、ここまで頑張ってきた彼女が決めるべきだ。

 

 前回と同じような状況を作るのか。前回と違う展開を、この八千年の孤独を抱えることになる輪廻を崩壊させる可能性に賭け、一か八か、私というイレギュラーを許容するのか。

 

『……考えさせてほしいな』

「……わかった」

 

 私がいたところで何も変わらないのかもしれない。むしろ、何度も繰り返した運命を変えることなどよほどのことがない限り、無理だろう。私はただ月の聖杯戦争に参加した記憶を持っているだけのただの魔術師(ウィザード)

 

 いや、違う。私は最弱の魔術師(ウィザード)だ。自分のことすら知らず、あの戦いに挑んだ理由(ゆめ)さえ覚えていない、へっぽこ魔術師(ウィザード)なのだから。

 

 それでも、イレギュラーはイレギュラーだ。私を受け入れるのにはそれ相応の覚悟が必要だろう。そう簡単に決められるほど彼女は長い時を過ごしていない。だって、それを許しただけで彼女の知る未来が変わってしまうのだから。

 

『じゃあ、またね。高校に入学する前には決めるから』

 

 そう言ってヤチヨは通話を切った。私にできることはない。せいぜい、ヤチヨが決断するまで彩葉に関わらないようにするだけ。

 

「……」

 

 何もできないやるせなさに思わず奥歯を噛みしめ、私はあのアパートへと帰るために一歩、足を踏み出した。







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