「白野ー! 今日は一緒に配信に出てー! ザビ子のこと、気になるって人が多くってさー!」
「白野、この前言ってたコラボライブの練習なんだけど今日って空いてる?」
「白野! 今日はね、リスナーからもらった高級食材を使ったお鍋だよ! 配信もするから一緒に食べよ!」
「ねぇ、白野。ヤチヨが用意した歌、めっちゃ難しくてさー。一緒に練習してくれなーい?」
「ごめん、白野! 急なんだけど配信でかぐやと一緒に戦ってぇ!」
「……」
「ね、言ったでしょ?」
彩葉の家にあるソファの上でうつ伏せになって死んでいると彩葉がアイスを食べながら声をかけてきた。もう、何も答えられない。それぐらい、今の私は疲れ果てていた。
(これは、マズイ)
彩葉とかぐやが新居に引っ越して一週間。その内、私がこの家に泊ったのは六日。つまり、一日を除いて私はかぐやに捕まっていた。配信、動画、練習など。何かと理由を付けて私をこの家に拘束し、『あ、外暗いね! 女の子一人で出歩くのは危ないから泊って!』とすでに三人分の料理を用意して笑うのである。
いや、これは確実にわざとだ。何が何でもこの家に住まわせようという鋼の意志。ヤチヨも何か吹き込まれたのか、最近のアシスタント業は基本的に昼間に行われるため、午後以降はぽっかりと予定が空いており、そこをかぐやが埋めるのである。
「白野ー! コラボライブの練習なんだけどー!」
「……」
「白野?」
「さすがに振り回しすぎ。白野、死んじゃったでしょ」
ソファで死んでいる私を見て不思議そうな声を漏らすかぐやに彩葉はため息混じりに注意した。私としてはもう少し早めに止めてほしかった。
「でも、彩葉みたいに勉強とかバイトとかしてないよ?」
「昼間はヤチヨのアシスタント、午後から夜はあんたの手伝い。深夜は自分の作業って感じで結構、無理してるの」
「ええ!? そうだったの!? ごめん、白野……全然、気づかなかった」
「……大丈夫だよ」
確かにかぐやに振り回されたのは事実だ。でも、それを断らなかったのは私の選択であり、結局は自分のせいである。それにかぐやの行動は全て私と一緒にいたい、という気持ちから来るものだ。その気持ちそのものは嬉しいし、私も可能な限り、叶えてあげたいと思ってしまった。ただ、それだけのことである。
「……かぐや」
「な、なに? 無理しなくていいよ? 白野が倒れちゃったら嫌だから……」
「そうじゃなくて……私の負け」
「え?」
「用事がある時だけ向こうに帰る。それ以外はこの家に泊まる。それでいい?」
正直、私がかぐやを舐めていた。いや、かぐやがどれだけ私と一緒にいたかったのかと思い知らされた。多分、彼女も不安だったのだろう。その気持ちが暴走してこのような事態になってしまった。
「……いいの?」
「いいよ」
「……そっかぁ。そっか!」
私が頷くとかぐやは心底ホッとしたような声を漏らす。そして、『今日はお祝いだー!』と財布を手に取って食材を買いに行ってしまった。
「さすがに白野もかぐやには勝てなかったか」
「あれは誰だって無理だよ。彩葉もでしょ」
「まぁ……そうかも」
そう言いながら体を起こすと苦笑を浮かべる彩葉と目が合い、小さく笑い声を漏らす。しかし、一点だけ懸念点があった。そう、令呪である。これまではツクヨミと同じようにグローブで隠していたが一緒に暮らすことになればふとした瞬間に見られてしまうかもしれない。今のうちに言い訳を考えておいた方がいいだろう。
「彩葉の方はコラボライブの準備、どうなの?」
「え? 急にどうしたの?」
「かぐやが何かとコラボライブの手伝いを頼んでくるから大変なのかなって」
「あー……私は伴奏するだけだし、かぐやよりかは大変じゃないよ」
そう言いつつも彩葉はどこか不安そうにしていた。そうなるのも当たり前だ。かぐやのワンマンライブで観客の前に立ったことはあるがヤチヨとのコラボライブともなれば規模が段違いだ。それにヤチヨという最推しとの共演。緊張しない方が無理という話である。
「私にできることがあれば手伝うけど……」
「……」
「なんでもいいから言ってよ。話すだけでも違うと思うから」
「……ヤチヨに、お願いされたの」
話を促すと彩葉は我慢できずにボソッと呟いた。しかし、言葉が途切れており、上手く聞こえかったため、首を傾げてしまう。
「ごめん、もう一回言って」
「ヤチヨに、お願いされたの」
「何を?」
「……『ヘイベイビー』担当してって」
「は?」
言っている意味がわからず、思わず声を漏らしてしまった。ヘイベイビー担当とは何の話だろうか。
「だから! 歌詞に『ヘイベイビー』ってある曲で私がそこを担当することになったの! 一言も! 声を! 発する! つもりはなかったのに!!」
「そ、そうなんだ……」
「どうしてこんなことに……私はただヤチザビが見たかっただけなのに……」
シクシクと両手で顔を覆い、泣き出してしまう彩葉。前から思っていたが何故、この子はそんなに『ヤチザビ』にこだわるのだろうか。普通にヤチヨと一緒に配信していただけなのに。
「……ねぇ、白野」
「やらないよ」
「何も言ってないじゃん!」
「自分の代わりに出ない、とか言うんでしょ? 出ないよ」
「うぐっ……さすがザビ子、先読みがすごい」
今のは私じゃなくても何を言うかわかっていたと思う。ヤチヨにあまり彩葉をイジメないように言っておこう。
「とりあえず、お風呂に入ってきたら? 多分、今日の晩ご飯遅くなるだろうし」
かぐやの気合の入り方から今日の晩ご飯は豪勢なものになるはずだ。そして、その分、時間がかかる。今のうちにお風呂に入ってリラックスしてもらおう。
「……そうする」
私の提案に素直に頷いた彩葉はとぼとぼとリビングを出ていった。精神的にまいっているようだが、あの様子なら時間が経てば解決してくれるだろう。
(じゃあ、少し調べ物をやろうかな)
かぐやが帰ってくるまでもう少しかかるはずだ。その間に月人対策を立てよう。そう思ってポケットの中に入れていたスマコンケースを取り出してそのまま目にスマコンを装着する。
「……」
仮想キーボードを操作してヤチヨから聞いた月人のデータを精査していくが読めば読むほど彼らの性能は規格外すぎた。前にも考えたが英霊を召喚しない限り、勝ち目はない。
(英霊、か)
かつて私と一緒に戦ってくれた彼らを思い出しながら左手の甲に視線を落とす。グローブで見えないがそこにはマスターの証である令呪が刻まれている。
おそらく、私が望めば誰かは応えてくれるだろう。でも、一騎では足りない。しかし、複数の英霊を召喚しても私の魔力が足りず、彼らは本気で戦えなくなる。
(そもそも誰を呼ぶか)
月人戦に最も適しているのは英雄王――ギルガメッシュだ。高い殲滅力と飽和攻撃により、リョウサン型を一掃しつつ、幹部クラスの月人にもダメージを与えられる。
しかし、彼は多分、来ない。『これぐらいの試練ぐらい己の力で何とかしろ』と座で腕を組んで笑うはずだ。いや、召喚には応じるけどワイン片手に私があたふたしているのを見てニヤニヤするかもしれない。どちらにせよ、彼には期待しない方がいいだろう。
だが、他の英霊たちではどうしても手数や突破力が足りなくなる。今からマスター適性を持っている人を探す? それも駄目。そもそも、私に令呪が宿っている理由もわからない今、マスター適性を持つ人を見つけたとしても令呪が現れるとは限らない。
「たっだいまー!」
思いのほか長い時間、考えごとをしていたようでかぐやの元気な声が玄関から聞こえた。時間切れ。今日も対策は思いつかずに終わってしまった。
「おかえり」
「うん、ただいまー。あれ、彩葉は?」
「お風呂。料理するなら私も手伝うけど」
「ありゃ、なんかやってんじゃないの?」
私がスマコンを付けていることに気づいたのか、不思議そうな顔をするかぐや。私を振り回した自覚はあるらしく、どこか申し訳なさそうにしていたのですぐにスマコンを外して立ち上がった。
「終わったから大丈夫。ほら、一緒に作ろ」
「っ……うん!」
パッと向日葵のような笑みを浮かべて頷くかぐや。それから私たちはまだ真新しいキッチンで一緒に晩ご飯を作った。
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