彩葉たちの新居にほとんど住むことになった私だが、やることはあまり変わらない。ヤチヨの配信に出て、かぐやの手伝いをして、彩葉の愚痴を聞き、月人の対策を立てる。そんな日々を過ごしているうちにいつの間にかコラボライブ前日になっていた。
「……」
かぐやが用意してくれたパジャマを着て仮想ウィンドウを眺める。運命の日まで残り二週間を切った。準備する時間も考慮すればそろそろ本格的に対策を立てなければ間に合わなくなる。
(でも、やっぱり戦力差をどうにかしないと意味がない)
覚悟を決める時なのかもしれない。寝る前なのでグローブは外しており、一画も減っていない令呪が部屋の電気に照らされている。英霊召喚のやり方は不明だが、頑張って呼べば来てくれるだろう。
「白野ー、起きてるー?」
「ッ……」
「あ、起きてた! あれ、その左手のタトゥーまだあるんだ?」
その時、ノックもなしにかぐやが部屋に入ってきて肩を震わせた。そして、咄嗟に左手を隠そうとしたが間に合わず、彼女に見られてしまう。サッとかぐやの後ろに視線を向けて彩葉がいないことを確認する。
「うん、なんか外国のシールだったからなかなか取れなくて」
「え!? それ一か月前にもなかった!? どんだけ頑固なの」
「だから、グローブで隠してるんだよ。彩葉たちには内緒にしててね」
「わかった! あ、今って大丈夫? ちょっとお願いしたいことがあってさー」
「あとは寝るだけだけど……」
嘘をすんなり信じてくれたことにホッとしながら立ち上がった。もちろん、家の中を歩いている途中で彩葉に見られてもいいようにグローブもちゃんと付けておく。
「なら、こっち来てー」
そう言ってかぐやは私の右手を掴んで引っ張る。素直についていくとそこは普段、かぐやが配信する時に使っている部屋、いわゆる配信部屋だった。
「今から配信するの?」
「ううん、しないよー。はいこれ」
配信もしないのに配信部屋に連れて来られた理由がわからず、首を傾げていると彼女に手渡されたのはヘッドホンだった。戸惑いながらもそれを頭に付けてみる。
「じゃあ、そこの前に立って」
「マイクの前?」
「そうそう」
なにやらノートパソコンを操作しながら指示され、言われたとおりの場所に立つ。明日のコラボライブの時に使う機材の確認だろうか。
「機材の確認?」
「え? あー、うん、そうそう! 今のうちに確認したくってさー。音源流すから『星降る海』歌ってー。あ、もちろん、本気でね? あのカラオケの時みたいにお願い!」
「……まぁ、いいけど」
時刻は深夜だが、高級タワマンなおかげで防音は完璧。少し前に彩葉が『かぐやが配信してても寝られる!』と喜んでいたのを覚えている。
「じゃあ、合図出すよー」
「少し待って」
かぐやが音源を流そうとしたところを止めた。カラオケの時みたいに、と言われたがさすがにすぐには気持ちを入れられない。深呼吸をして声を出して喉の調子を確かめる。
「……うん、大丈夫」
「オッケー。じゃあ、改めて……3、2、1!」
かぐやのカウントに合わせて私は息を吸い、歌い始めた。ただ機材の調子を確かめるだけだとしても歌うなら届いて欲しい。ここにいるかぐやしか聞いていないとしても心を込めて歌いたかった。だって、この歌はそれだけの価値があるのだから。
四分ほどの短い時間。しかし、いつもよりも長く感じたそれも終わりは来る。私は最後まで歌いきり、いつの間にか閉じていた目を開けた。
「……」
目の前にはパソコンの前で茫然とするかぐや。その目からはカラオケの時のように涙が零れていた。感動、してくれたのだろうか。
「かぐや、終わったよ」
「え? あ、やば!」
私の声にハッとした彼女は慌ててパソコンを操作し始める。そして、パタンと天板を閉じて立ち上がった。
「いやぁ、やっぱ白野の歌はすごい! 本当に歌わないのがもったいない!」
「そう言われてもコラボライブには出ないからね。今からじゃ間に合わないけど」
「ぶー……掲示板でもコラボライブに出てほしいって言われてるよ」
「それでも出ないよ。これだけは譲れない」
証拠を見せようとしたのか、スマホを取り出すかぐやだったが私はヘッドホンを外して意図的に彼女から視線を外す。コラボライブの本番は明日だ。今から私が参加すると色々な人に迷惑がかかってしまう上、自分の言葉を覆したということで炎上待ったなしだ。
なにより、私は見てみたい。ヤチヨがずっと思い焦がれていた彩葉とかぐやとのコラボライブを。そこに『
「……」
はっきりと断った私を見てかぐやは何を考えているのだろう。どこか真剣な表情で私を見つめている。しかし、それも長くは続かず、気が抜けたようにそっとため息を吐いた。
「白野ってさー……意外と頑固だよね。普段はぼーっとしてて流されやすいのに譲れないものだけは絶対に譲らない、みたいな?」
「そう?」
「そうだよー、だってこんなにみんなからコラボライブしてほしいって言われてるのに頑なに断るんだもん」
そう言ってかぐやは聞き分けの悪い子供を見守るような目で私を見る。その視線はどこか柔らかく『仕方ないなー』という呆れの色も見て取れた。
「そういえば、なんで『星降る海』なの?」
「え?」
「ヤチヨの曲っていっぱいあるじゃん? なんでそれを選んだのかなーって」
「……なんでだろ」
かぐやの質問に思わず首を傾げてしまう。私がヤチヨの曲で最初に聞いたのは『Remember』だった。でも、最初に練習する曲は『星降る海』を選んだ。特に悩むことなく、私はその曲に決めた。その理由は――わからない。
「もー、自分のことに興味なさすぎー……そろそろ寝るかー。あ、白野も明日、配信するんでしょ?」
「え? 何のこと?」
「ヤチヨが白野に『コラボライブ同時視聴配信』してもらうって言ってたよ」
「……は?」
『聞いてないの?』と首を傾げるかぐやを見て私は思わず頭を抱えてしまう。確かにコラボライブは現地に行けなかった人に向けて有料で配信することになっている。もちろん、私もすでにチケットは取っており、個人的に配信で見る予定だった。本当は現地に行きたかったがアカウントロックのせいでアバターを変えられないため、周囲の人にバレてしまうだろう。おそらく、パニックが起きてしまうので仕方なく断念したのだ。
(それにしたって……)
そういう大事なことは早めに言ってほしい。ため息を吐きながら『にょほほ~』と笑うヤチヨの悪い顔が思い浮かんだ。
「……後でヤチヨに確認してみる」
「オッケー! じゃあ、明日、楽しみにしててね。色々と」
「ん? うん、ライブ、頑張ってね」
何やら含みのある言い方だったが歌の他にダンスやMCもあるそうなので特に気にすることなく、素直に頷いた。
『同時視聴配信をやるって話、本当?』
「あ、かぐやたちから伝わったのかな?」
白野からメッセージが届き、思わず言葉を零してしまう。今日の昼間に配信した後、伝えようとしたが私が不機嫌そうにしているのに平気な顔で話しかけてきたので意地悪してしまった。
「そうだよー、よろしくねーっと」
そんなメッセージを送って仮想ウィンドウを閉じる。ついでにSNSで『はくのんがコラボライブを同時視聴!? 見逃すな!』と宣伝しておく。おー、神々のみんなが騒ぎ出したぞー。こんな騒ぎになるとは思っていない白野がこれを見ればさぞ驚くことだろう。
「ホントに……自分のことは無頓着なんだから」
ヤチヨカップ優勝者発表前にあの景色を見せたのに未だに白野は自分の人気を軽視している。世紀の竹取合戦もあんなに活躍したのにアーカイブを見返してすらいない。わたしやかぐやの配信の手伝いや他にも色々と動いているため、時間がないのはわかるがもう少し自分にも興味を持ってほしいものだ。
「……」
夢にまで見た彩葉とかぐやとのコラボライブ。そう、やっとここまで来た。ここまで来られた。そのはずなのに、どうして私の心はこんなにざわついているのだろう。
(わかってる)
わかっている。白野のせいだ。彼女がコラボライブに参加しない。やっと、一緒に歌えると思ったのにあろうことか白野自身が断った。淡々と、さぞ当たり前のように理屈を述べて参加を辞退した。『私はいない方がいいよ』と言わんばかりに。
「……」
そんなわけがないだろう。そう彼女の目の前で言えたらどんなによかったか。
私はかぐやの代わりに月に行く。そのために色々と一人で動いている。ツクヨミの運営管理権をオークションにかけ、海外の御曹司が目が飛び出るほどの金額で落札された。色々と調べたら白野と同じくらいの年齢なのにやり手らしく、様々な事業で成功しているようだ。きっと、彼ならツクヨミを悪いことに使わないだろうと判断し、引継ぎ作業を進めている段階である。
月に行く準備は確実に進んでいる。思い残すことがないように。私に残された時間は半月。覚悟は決めているとはいえ、最後に最高の思い出を作りたいと思うのはいけないだろうか。
そのために動いていた。前回とは違う、コラボライブ。彩葉とかぐやと白野と私だけのライブ。それはきっと前回以上にいいものになるという確信はあったし、そのために白野用の振り付けや歌詞割も準備していた。
それなのに蓋を開けてみれば白野は自らコラボライブを辞退した。もちろん、彩葉たちとコラボライブできることは嬉しい。でも、白野がいてくれた方がもっと嬉しかった。
「……」
確かに一部のファンたちは白野がコラボライブに参加することをいいとは思わないかもしれない。だが、私と彼女が一緒に歌うところを見たいという意見の方が圧倒的に多いだろう。
(少人数の意見を尊重するところは白野っぽいけど……うん、やっぱり、やだ)
悪いのは白野だ。全部、あの子のせいだ。だから、私は色々と動いても文句は言わせない。彩葉とかぐやも同意見だったし、明日は楽しくなりそうだ。
「ん?」
明日の動きを頭の中でシミュレートしていると再び、通知音。送り主は白野だった。
『なんかすごいことになってるけどやってみる。明日のコラボライブ、楽しみにしてるね』
「……白野のばーか」
何も知らない呑気なメッセージに私は苦笑を浮かべ、ツンと指で仮想ウィンドウを弾き飛ばした。
なお、この後のかぐやは原作どおり、彩葉の部屋に行って例の曲のことを聞きに行っています。