コラボライブが始まって四十分ほど経っただろうか。三人は練習のように――いや、それ以上のパフォーマンスを発揮して観客たちを沸かせた。
(セトリだとここからちょっと長めのMCがあって残りの曲を歌って終わりか)
これは非公開情報なので口には出さない。でも、MCが来るとわかっているからか、肩から力が抜けた。
「みんな、ここまで楽しんでる?」
『イエーイ!』
『さいこーだぜー!』
『はくのんの副音声も面白かったよ』
「そう? そう思ってくれたのならよかった」
ただ思ったことを口にしていただけだが、楽しんでくれたのならやった甲斐がある。最初はどうなることかと思ったが無事に配信を終えられそうでよかった。
『じゃあ、ちょっとここでお話ししちゃおうかな。神々のみんなも座ったり、お水を飲んだりしながら聞いててね』
画面の中では予定通り、ヤチヨが話し始める。その間に彩葉たちに水分補給させるためでもある。あ、画面の端でかぐやが慌てた様子で床を拭き始めた。多分、水を零してしまったのだろう。
『みんな、コラボライブどうだった? 楽しんでくれたのならよかった。ヤッチョもね、ものすごーく楽しいの! 一人でやるライブもいいけど、こうやって他の人と歌うのもいいなって』
そう言って彼女は会場をぐるりと見渡した。そして、どこか寂しそうな顔をした後、俯く。その様子を見た観客たちはどうしたのだろうとざわざわし始める。
『ヤチヨ、どうしたの?』
『なんかあったんかな?』
「さぁ……」
数秒経っても言葉を発さないヤチヨに私たちも戸惑ってしまう。気になるのは彩葉とかぐやだ。彼女たちだけは特に困惑しておらず、床を拭く作業に没頭している。そんなに大量に水を零してしまったのだろうか。それとも――。
『――うん、やっぱり駄目。我慢できない』
そんな私を遮るようにヤチヨがボソリと呟き、顔を上げる。彼女の様子は真剣そのものであり、思わず息を呑んでしまった。いや、違う。ヤチヨの雰囲気に呑まれたわけでなく、画面越しだというのに目が合ったからだ。
『今から私はいけないことをします。ツクヨミの管理人として……どんな相手でも公平に扱わなきゃならないのに今だけはあの子を特別扱いします。あの子は悪くありません。かぐやもいろPも悪くありません。むしろ、いいよって言ってくれました』
「ヤチヨ?」
何故だろう。嫌な予感がする。月で何度も感じた悪寒。そう、これは――何かに巻き込まれる前兆!
「ッ――は?」
私は配信していることすら気にせず、ツクヨミからログアウトしようとするが『管理者権限により、ログアウトできません』と表示された仮想ウィンドウが表示され、間抜けな声を漏らしてしまった。
『ごめんね、我儘なヤッチョを許して……だって、私はどうしてもあなたと一緒に歌いたかったの』
「うわっ!?」
ヤチヨの言葉と共に私が立っていた床が抜ける。違う、いきなり穴が開いて私のアバターがそれに落ちたのだ。ログアウトもできず、アバターも空中にあるせいでどうすることもできず、通り過ぎていく景色をただ茫然と眺めるしかなかった。
でも、どうやって穴を開けた? ヤチヨからは特に配信場所の指定がなかったので適当にかぐやがいつも使っているツクヨミ内の配信ルームでやっていた。それは配信の背景を見ればわかるだろうがここまでピンポイントで穴を開けるのはヤチヨであっても不可能だ。
(もしかして、かぐやたちはこのために!?)
あれは床を拭いていたのではなく、床に置いたタブレットで同時視聴配信を見て私の立ち位置を割り出した? でも、そんな芸当はかぐやには――いや、彩葉だ。彼女もかぐやの配信ルームを使ったことがあり、画面に映っている背景を参考にして正確な場所を導き、ヤチヨにチャットで伝えたのだ。
「ッ……」
気づけば私は宙に投げ出されていた。眼下には先ほどまで見ていたコラボライブの会場。観客たちの驚いたような歓声がここまで聞こえてくる。
「はくのーん!!」
そして、少しずつ大きくなっていく白銀のお姫様。今にも泣きそうな顔をして私へ手を伸ばし、そっと指を鳴らす。すると、急降下していた私のアバターがふわりと浮かび、落ちる速度が極端に落ちた。咄嗟にスカートを押さえ、小さくため息を吐く。
「……」
抵抗する意味はないと判断し、私はゆっくりとステージへと降りて着地。目の前には僅かに手を震わせ、こちらをジッと見つめるヤチヨがいた。
「はくのん……あの、これは……」
「……いいよ」
「え?」
「とりあえず、言いたいこと、吐き出しちゃって」
ヤチヨはずっと私に言いたいことがあったはずだ。でも、彼女はそれを全て飲み込んだ。八千年という孤独がそうさせたのか、私には言いづらいことなのか。それはわからないけど、その何かをため込んでしまった結果、最後の試練の時に私たちはズレた。
ズレが生じていなければ私が言い終わる前にヤチヨは動かなかっただろう。私を信じてジッと我慢してくれたはずだ。
でも、ヤチヨはそれを待たずに前へ出た。その結果、彩葉の剣は彼女の腹部を切り裂き、クリティカルヒットが発生した。もちろん、私が言い終わる前に動かなくても彩葉の攻撃は受けていただろう。だが、前に出なかった分、受けるダメージは減って私の
「教えて、ヤチヨ。あなたは何を思ってるの? 何がしたいの?」
「私、は……はくのんと一緒に歌いたい」
私が催促するとヤチヨは今にも消えてしまいそうな声でそう言った。そして、今まで我慢していたからか、顔を歪めて私の手を掴んだ。
「この一年間、すっごく楽しかったの! はくのんをアシスタントにしてから……ずっと、ずっと楽しくて。もちろん、それまでも楽しかったけど……久しぶりに、あの頃に戻れた感じがして」
「……」
あの頃――彼女が『かぐや』だった頃のことだろう。『月見ヤチヨ』になる。それに気づいた時からこの未来に辿り着くため、彼女は仮面を付けた。『かぐや』を隠して『月見ヤチヨ』になった。そう、彼女はその時から
「かぐやといろPとコラボライブするって決まって嬉しかったけど……それと同時にはくのんと一緒に歌えないってわかってすごく悲しかった。辞退した理由はわかるけど……でも、理性ではわかっていても心はね、そう簡単には納得できないの」
「……ごめん」
「ううん、はくのんは間違ってない。これは私の我儘。だから、責められるのは私。かぐやもいろPも付き合ってくれただけ」
その時、ヤチヨは私の手を離してもう一度、会場を見渡す。そして、覚悟を決めたように目を閉じると彼女が着ていた衣装が輝き、別のものになった。
「そ、れは……」
「えへへ、お揃い。はくのんはアカウントロックされてるせいでお揃いの服は着れなかったけど……私の方が合わせればいいって思いついて用意してみたんだ」
そう言って彼女は照れ臭そうに笑い、その場でくるりと一回転した。白いワンピースのような礼服。ライブの雰囲気に合わせるために着ていた私と色違いの衣装。衣装のデータを渡していたのでそれを参考にして作ったのだろう。
「これのせいで炎上したら私が全力で鎮火させる。もし、未来が変わってしまったのなら私が責任を取る。はくのんには迷惑かけない。かぐやもいろPも協力してくれただけだから責めさせない。だから、ね?」
彼女は何かに怯えるように声を震わせる。そして、そのままこちらへ手を差し出して――儚げに笑った。
「どうか私と一緒に歌ってくれますか?」
彼女は今、どんな思いでこの手を差し出しているのだろうか。恐怖、孤独感、悲しみ、寂しさ。様々な負の感情が嫌でも伝わってくる。
本来、コラボライブはヤチヨ、彩葉、かぐやの三人で行われた。そこに私というイレギュラーはいなかった。きっと、私が参加すればまた未来が変わる。彼女が思い描いた未来がまた描き変わる。
でも、それでもいい、と。そんな危険を冒してもなお、私と歌いたい、と。そう想ってくれた。そう、願ってくれた。なら、私の答えは――。
「……」
小さく息を吐いた後、仮想キーボードを操作してコマンドを入力。すると、私の目を隠していたバイザーがストレージに格納された。
「ッ……はくのん、バイザー……」
「いいよ、歌おう。下手かもしれないけど……それでもいいなら」
ここまでされて断れるわけがない。いや、こんなに怖い思いをしてもなお、私と一緒に歌いたいと願ってくれた彼女の気持ちを無駄にしたくなかった。
「……もちろん、いいよ。一緒に歌おう」
頷いた私にヤチヨは嬉しそうに微笑み、二本のマイクを出現させてその内の一本をこちらに差し出す。ああ、そうか。そのための同時視聴配信。ツクヨミ内で私の声を拾うために配信させていたのか。どれだけ用意周到なのだろう。
(でも、いざ決行しようとして怖くなっちゃったのかな)
いじらしいヤチヨに思わず苦笑を浮かべ、私は彼女が差し出したマイクを受け取ろうと右手を動かす。何を歌うのだろう。今回のセトリになかった『Remenber』か『星降る海』だろうか。できれば私が知っている歌であってほしい。こんな大勢の前で歌うのは――。
――ごめんなさい、先輩。時間切れです。
「ッ――」
その時、私の心臓が何かに呼応するようにドクンと跳ねた。