月の王とかぐや姫   作:ホッシー@VTuber

90 / 91
先日、やっと配信の方で『Fate/EXTRA』をプレイできました。
リメイク前に全ルート終わらせたいですね。
小説を書く配信ではコメントで質問もできますのでぜひ、気軽に。


第89話 覚悟の炎

 進学校の始業式は極々簡素に執り行われ、授業が始まった。夏休み中、かぐやのお転婆に巻き込まれ、予定よりも勉強はできなかったが今のところ、どうにかなっている。

 

「……」

 

 黒板の前で英語の先生が英文の訳を解説している間、チラリと斜め前の席を見た。その席の主はロンドンにいる。先生曰く、『短期留学』という扱いになっており、二週間ほどを予定しているらしい。

 

(白野、かぐや月に帰っちゃうよ)

 

 その用事はかぐやよりも大切なことなの? 早く帰ってきてよ。早くヤチヨの話をしたいの。きっと、あなたの戦術眼と先読みが必要になる。だから、一緒にかぐやを守ってよ。ねぇ、白野ってば。

 

 無意識にポケットに入れているスマホに触れる。授業中なので電源を切っているがきっと、新しいメッセージは受信していないだろう。

 

「――では、ここの訳を……酒寄さん」

「はい」

 

 不意打ち気味に先生に当てられた私は立ち上がり、黒板をチラ見する。そして、先生が指定した英文を予測し、何食わぬ顔で訳を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終われば次はアルバイト。どうやら、みおちゃんがカボチャを四百個、頼んでしまったらしい。店長とみおちゃんに泣きつかれ、カボチャフェアを開くことを提案する。うん、大丈夫。私は大丈夫。ヤチヨのおかげで前を向けている。まだ、諦めるには早い。

 

「……」

 

 いつもの時間にアルバイトを終え、いつもの道をいつものように歩いて帰る。そして、ついこの間、かぐやと浴衣を着付けてもらったレンタル着物屋さんの前で立ち止まった。二人並んで浴衣姿を見せ合った大鏡には目つきを鋭くした私の姿が映っている。余裕が全くなく、今にも暴れ出してしまいそうな――凶暴な目。

 

「……酷い顔」

 

 鏡に映る私はまるで、親がいない間に外敵に襲われた子狐のようだった。守ってくれる存在がおらず、ただ震えながら威嚇するだけの矮小な獣。心の支えになっていたかぐやが月に帰りそうになり、いつも一緒に歩いてくれた白野がいない私はこんなにも弱い。そんな自分があまりに情けなく、自虐的な笑みを浮かべると大鏡に映った虚像もニタリと口元を歪めた。

 

(……私がやるんだ)

 

 ねぇ、白野。私、あなたが思うほど強くなかったみたい。今にも逃げ出したいよ。ヤチヨに全部任せて布団の中で丸まっていたいよ。自分のせいでかぐやが帰ってしまった、と責める未来の私を想像して胸が締め付けられるの。怖くて、怖くて怖くてたまらないの。

 

 でも、それはきっと駄目だ。きっと、後悔する。白野も言っていただろう。自分にできることを全力でやる、と。かぐやに月に帰ってほしくないのも、かぐやが好きなのも私だ。だから、逃げるな、彩葉。あなたがやるのだ。この責任を誰かに押し付けるな。失敗して一人になっても、成功したのにかぐやは喜ばず、泣き出したとしてもその結果を受け入れろ。だって、かぐやに月に帰ってほしくないのはあくまで私の我儘なのだから。

 

(ああ、自分の我儘を突き通すのってこんなに怖いことだったんだ)

 

 やっぱり、白野はすごいね。ザビ子という仮面を隠してかぐやに協力してチャンネルを支えた。私たちがヤチヨカップを優勝した後も全ての責任を負い、コラボライブには出ないと断言した。どんなに望まれても首を縦に振らず、ヤチヨがあそこまでしてやっと頷くほど徹底していた。なにより、炎上すると最初からわかっていたのに恐れずに私たちの背中を押してくれた。その恐怖を押し切って私たちの傍にいてくれた。

 

「……」

 

 鏡に映った彩葉が唇を噛む。苦しそうに顔を歪めた後、苦しむ資格すらないことを思い出してそっと目を逸らした。切り替えろ、こんな体たらくじゃかぐやを守れない。

 

 そう言い聞かせて私はかぐやが待つ高級タワーマンションへ向かう。その足取りはあまりにも重たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかー」

 

 マンションに帰ると気の抜けた声に迎えられた。リビングルームを覗くとかぐやは洗面器を持ち出して、手をかざしたり引っ込めたりしている。

 

「何してるの?」

「蟹ビビらせてる。おらー、グーだぞー。恐れおののけー」

 

 昨日はあんなに大人っぽく見えたのにすっかりいつもの調子に戻ったかぐやに小さくため息を吐く。そして、絨毯に寝そべりながら蟹と遊ぶかぐやの周りがぐっしょりと濡れていることに気づいた。多分、乱暴に水を汲んだのだろう。

 

「……ねぇ、かぐや」

「んー? 今度はチョキー」

「卒業ライブ、するんだよね?」

 

 念のための確認。心の中で『あ、やっぱあれなし』と言ってくれることを願っている自分を自覚しながら彼女の返答を待った。

 

「するよー」

 

 しかし、かぐやの答えは何も変わっていなかった。すでに彼女の気持ちは決まっている。ここにはいられないと運命を受け入れている。あんなに――ハッピーエンドに連れて行くと言っておきながら。

 

(違う。私が望んだんだ、普通がいいって)

 

「……新しい曲、作る?」

 

 気づけばそんな言葉を口にしていた。罪滅ぼし? 違う。少しでもここにいたいと思ってくれるように餌を用意しただけ。

 

「……え? え!? いいの!?」

 

 もちろん、かぐやはその餌に簡単に食いついた。がばりと体を起こして信じられないと言った様子で私を見上げてくる。そんなに予想外だっただろうか。

 

「マジ? 本当にいいの? 新曲作ってくれるの?」

「うん、いいよ」

「やひゃふー! やほやほっ、ひゅー!!」

 

 防音の利いたマンションでなければ絶対にクレームが来ていたと確信できるほどの声量でかぐやが立ち上がって躍り出した。因みに彼女の手の形は『パー』。彼女を見上げる蟹の勝ちだ。

 

「上手くできるかわかんないけど。どんなのがいい?」

「あの途中で終わってた曲」

「え?」

 

 イメージを聞いたつもりだったのに具体的に曲を指定されるとは思わず、キョトンとしてしまった。コラボライブ前日、眠れなかった私のところへやってきたかぐやが見せてきたノートパソコンの奥底に眠っていた曲たち。今は亡きお父さんとの共作の残骸。彼女はあの曲の続きを作ってほしいと言ったのである。

 

「……わかった」

 

 せっかく餌に食いついたのだ。この曲でかぐやの考えが変わるのならそれでよし。私は顔を引きつらせながらもなんとか自分に言い聞かせて深く頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ちょっと……集中して作るから」

 

 かぐやにそう宣言して自室に籠る。これまでかぐやのオリジナル曲は昔に作った曲をアレンジしただけ。こうやって、本格的に作曲作業をするのはいつ以来だろう。

 

「……」

 

 鍵盤に指を乗せて思うままに走らせる。心地良い高音が躍り出る。引っ越しの時、とりあえず持ってきたキーボード。白野に言われ、少しだけ触るようになった頃は月から落ちてきたお姫様のために曲を作ることになるとは考えもしなかった。

 

 

 

 ――形無しで成功するのはホンマに一握りや。楽しんでる場合やあらへん。

 

 

 

 久しぶりに母親の言葉を思い出した。確かにこの言葉で私はピアノを封印した。でも、本当にこの言葉だけが理由だっただろうか。

 

 

 

 ――彩葉。

 

 

 

 ふと懐かしい声が聞こえた。鍵盤に触れるといつもお父さんのことを思い出す。ピアノの音はお父さんの声だ。まだお父さんが生きていた頃、ピアノを弾く私の隣でたくさんお話を聞いてくれた。

 

(ねぇ、お父さん)

 

 あれから色々なことがあったよ。お母さんと上手くいかなくなって、仲の良かった兄も離れてしまって……何度も救ってくれた電子の歌姫と頼れる戦友とキラキラ輝くお姫様と出会って。たくさん、たっくさん話したいことがあるの。

 

 

 

 ――白野のこと、好き?

 

 

 

 かぐやの質問が頭に浮かび、鍵盤を叩く指が止まった。お父さんならこの気持ちに名前を付けてくれたのだろうか。

 

「……」

 

 白野のことは好きだ。でも、かぐやのことも好き。この感情に違いはない。二人とも同じくらい好きだ。どっちかを選べと言われても決められない。それぐらい、私は二人のことを大切に思っている。

 

 多分、この感情に名前を付けることが大事ではない。この感情が私にどうして欲しいのかきちんと理解すること。後悔しないように、ちゃんと考えて行動すること。

 

 お父さん、私はどうすればいいと思う? どうすればいいのかな。

 

 

 

 ――そんなこと言って、本当はわかってるんでしょ?

 

 

 

「……うん、わかってるよ。白野」

 

 ここにはいない白野が言いそうな言葉に思わず苦笑を浮かべてしまう。きっと、彼女ならわかっていながら私が答えを出すのを待つ。そういえば、お父さんもそうやって私の答えを笑いながら待ってくれていた。

 

 うん、そうだよ。そうだよね。この気持ちに素直になろう。やりたいことをやろう。だって、私たちは自由なんだから。

 

(私はもう大事な人を失いたくない)

 

 さぁ、答えは得た。あとはそのために何ができるか、考えよう。全てをヤチヨに任せるのではなく、私自身が決めるのだ。だって、これは私の問題なのだから。

 

 頼れる戦友はここにはいない。だから、今度は私の番。親のいなくなった小狐の巣立ちだ。

 

 いつの間にか外は暗くなっていた。鍵盤から指を離してスマホを握る。メールの宛先は芦花、真実……あとお兄ちゃん。そして、ヤチヨ。

 

『助けて』

 

 詳細を省いたそんな短いメッセージと集合場所を記載して一斉送信。かぐや、絶対に月に行かせないからね。

 

 真っ暗になったスマホに映る私の目に小さな炎が見えたような気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。