「ふふーん♪」
2030年9月12日。かぐやの卒業ライブ当日はあっさりとやってきた。午後0時を迎えた瞬間にお迎えが来たらどうしよう。そんなことを考えていたのは私だけだったらしく、かぐやはご機嫌な様子でお昼ご飯を作っている。まぁ、無理もない。実は――。
「白野が~帰ってくる~♪」
――白野が帰国する。ギリギリになってしまうそうだが、卒業ライブには間に合うとかぐやに連絡が来たらしい。私? 何もなかったけど? 一応、ヤチヨの作戦はメッセージで送ってあるが特に返信はなかった。戦友とはなんだったのだろうか。帰ってきたら小一時間ほど問いただしたい。
「はーい、彩葉~。お昼ご飯だよ~」
「ありがと」
「もー、まだ拗ねてるの~? 白野からメッセージが来たのがかぐやだけだったから!!!」
「声でか」
何故、勝ち誇った顔をする。別に勝ち負けじゃないし。悔しくなんてないし。あー、あのクソボケ。マジで覚えておけよ。
それから適当に時間を過ごしてライブが始まる少し前。配信部屋で私たちはライブの準備を始めた。
「久しぶりに~会える~♪」
相変わらず、かぐやはご機嫌だ。またしても白野からメッセージが届いたらしく、帰国したらしいけど渋滞に捕まってしまったらしく、急遽、近くのネカフェからツクヨミにログインするらしい。私が送ったメッセージに返信は!? 一緒にかぐや、守ろうよ!
(駄目だ、緊張で変なテンションになってる)
多分、コラボライブ以上に緊張している。だって、この一戦でかぐやが月に帰るか決まってしまうのだ。失敗は許されない。たった一度きりの大勝負。小心者な私の心臓はすでに悲鳴を上げていた。
(それでもやるしかない)
絶対にかぐやを守る。そう改めて決意して視線を前に戻し――先ほどまでマイクの角度を調整していたかぐやの姿がなくなっていた。え、あれ。なんで。まさか。
「かぐや!」
「何?」
顔から血の気が引いていくのを感じながら彼女の名前を叫ぶとひょこっと机の下から金色の竹が伸びた。いや、いるんかい。
「何してるの、そんなとこで」
「ん? これが落ちたから拾ってた」
そう言って彼女が見せてきたのはいつも着けているブレスレット。なんだ、それか。驚かせやがって。安心したせいで足がガクガクし始めてしまう。
「驚かさないでよ」
「彩葉は心配性だなー。はい、これあげる」
呆れつつもどこか嬉しそうに笑ったかぐやは拾ったばかりのそれを私に差し出した。いきなりの展開に私は戸惑ってかぐやとブレスレットを交互に見てしまう。
「これ、大事なものなんじゃないの?」
「ヤチヨが言ってたんだ。こういうのは大切な人にあげなさいって。だから、彩葉!」
「……白野にはいいの?」
夏祭りの時、かぐやは私も白野も好きだと言っていた。だから、このブレスレットを受け取る資格は白野にもあるはず。
「そりゃ、白野にもあげたいけどさー。一個しかないし、この二週間、帰ってこなかったし。それに彩葉には名前も貰ったから! そのお返し!」
「名前……」
名前は人生最初のプレゼント。成り行きとはいえ、私が付けた名前。月から落ちてきたお姫様。『かぐや』。
「……」
私は何も言えないまま、ブレスレットを受け取る。ついさっきまで彼女が握っていたからだろうか。金属特有の冷たさはなく、その温もりが逃げないようにそれを右腕に付けた。
「行こっか、彩葉」
そう言って笑って私の手を掴むかぐや。雲のない夜空のような、足跡一つない雪原のような澄んだ笑顔。太陽のようなそれを浮かべてきた彼女からは考えられないような儚い微笑みに私は言葉を失ってしまう。
それに込められたのは覚悟と決意。そして、それを燃料として燃え盛る静かな炎が彼女の瞳の中に見えたような気がした。
(かぐやだっていつも通りではいられないんだ)
そうだ、今日はかぐやの卒業ライブ当日。地上にいられる最後の日だ。楽しいものが大好きな彼女が何も感じないはずがない。それでいて、それすらも楽しもうとしているところがかぐやらしい。
「……」
決戦の時間までもう少し。それでも私の戦友は姿を現さなかった。
かぐやの卒業ライブまでもう少し。彼女をステージまで送った私は彩葉が待つ控え室に来た。電子の世界はこうやってワープできるおかげで移動が楽だ。
「ただいまー☆」
「おかえり。かぐやの様子は?」
「喜んでたよ。燃えるーってさ」
あと、白野がいつまで経っても来てなくて怒っていた。しかし、それを伝えても彩葉を動揺させるだけなので黙っておく。かぐやにはメッセージを送って私にはないとはどういうことなのだろう。今日で私は地上を去る。だから、最後にお話ししたかったのに。
「ヤチヨ?」
「え、あ、なんでもなーい! それより戦う準備はできてる?」
「うん、絶対にかぐやを守る」
「……うんうん、気合い十分だね☆ ヤッチョも頑張らなきゃ!」
そうだ、頑張ろう。全ては彼女たちをハッピーエンドに連れていくため。頑張ろう。それが私にできる唯一の――。
『各所、準備OKです』
――そんな思考を遮るように私たちの目の前にライブ開始のメッセージが表示された。さぁ、時間だ。ツクヨミの管理者権限譲渡に関してもう少しやることがあるので彩葉には先に行ってもらおう。
「わかった。じゃあ、また後で」
「うん、後でねー」
手を振って彩葉を見送る。じゃあ、パパッと準備を済ませて私も戦場に――。
「――あーあ、いけませんねぇ。まさに油断大敵。あなたは彼女と一緒に会場へ向かうべきでした」
「え?」
「それではFUSHIさん、お願いしまーす」
「ヤチヨ、ごめん!」
聞き覚えのない女の子の声に驚く中、足元が青白く輝き始める。これは転送の兆候。駄目、避けられない。
「……ここは」
強制転送によって飛ばされたのはツクヨミパンケーキのバター部分に建てられた城の天守閣。私がツクヨミの景色を眺めるのによく通っている私のプライベートルームだ。
「……FUSHI」
ここを知っているのは私とFUSHIだけ。白野ですら来たことのない場所。私をここに飛ばせるとした彼しかいない。そう思って肩に乗っているFUSHIに視線を向けた。
「言っただろ。僕は反対だって」
「だからって邪魔するとは思わないじゃーん! でも、強制転送だけじゃ意味がないよ。すぐに戦場に――」
「――させると思う?」
私の声を遮ったのはずっと聞きたかった懐かしい声。白いワンピースの礼服に身を包んだ声の主は物陰から現れ、真っ直ぐ私に向かってくる。ご丁寧に速度強化の
「はく――」
「
彼女の名前を呼び終わる前に白野は私へと手を伸ばし――胸に触れた。え、胸? は? え、ちょっと!?
「まさに遠慮のないボディタッチ! さすが先輩! そういうところはとっても好きですよ! さーて、仕事仕事♪」
あまりの展開に目を白黒させているとまた女の子の声が聞こえた。顔を上げて白野の後ろを見れば紫色の長い髪が特徴的な黒いコートに身を包んだ女の子が立っている。しかし、なんかこう……とても際どい服を着ていた。
「存在証明の
見知らぬ女の子が仮想キーボードを叩き、何かをしている。そして、白野に触れられた部分が桃色に輝き出した。これは――。
「数値を『月見ヤチヨ』改め『かぐや』に代入。心象空間の深部領域に到達後、疑似霊子として再構築――」
「――行ってきます」
「
紫色の女の子の声に呼応するように白野の体が輝き、その姿が粒子となって私の中に入ってきた。何が、起きて――。
「さぁ、覚悟してくださいね。電子の歌姫さん? 先輩のそれはとっても……恥ずかしいですよ?」
――混乱する私が最後に見たのはそう言ってウインクする女の子の姿だった。