『何という急展開! 突如としてツクヨミに現れたフリーダム、超新星のかぐやの卒業ライブ! 泣いている場合じゃないぞ、最後のファンサだ! 目に焼き付けろ!』
かぐや推しを公言するツクヨミ公式実況の忠犬オタ公のMCがライブ会場に轟く。泣くなと言った張本人が明らかに涙交じりの怒鳴り声をマイクに叩き込んだ。そんな彼女に負けじとライブ会場に集まった観客たちも歓声を上げた。
「みんな、ありがとー!」
そんな声と共にステージに現れたのは本日の主役、かぐや。スポットライトを浴びた彼女はいつもの笑顔を浮かべながら観客たちへ手を振っている。
「今日でお別れみたいなんだけど悲しくはしたくないんだ! みんなでお見送りしてハッピーに卒業させて!」
ステージの上で笑うかぐや。観客たちも彼女の願いを聞き、一層大きなコールを返す。
「……」
かぐやの事情を知らない観客たちに何も思わないわけじゃない。でも、素直に事情を言うわけにもいかないのでグッと我慢する。
そんなことを考えていると空に数百の花が咲いた。誰もがライブの演出だと思ったことだろう。だが、違う。あれは演出などではない。かぐやを月に連れて帰ろうとする敵だ。
勝てるだろうか。いや、そうじゃない。勝つ。ヤチヨの交渉が成功するように私たちは全力で戦うだけ。
月人に立ちはだかるように落下する六つの桃。それらは自陣に落ちてぱかーんと割れた。
「さぁ、盛り上げて行こうぜ!」
「……勝つだけだ」
「けっこー面白そうじゃん」
「かぐやちゃん、いえーい!」
「かぐや、見て見て~!」
中から出てきたのは『Black onyX』の三人。そして、残りの桃からは私たち――美容インフルエンサーROKAとグルメインフルエンサーのまみまみ。もちろん、私も彼女たちの隣に立っている。スペシャルゲストの登場に観客たちも大いに盛り上がった。
「かぐや」
盛り上がる歓声のせいで芦花や真実はかぐやの耳に届いていないだろう。だが、リアルで隣にいる私の声だけは別。目を開けて彼女の肩に手を乗せて声をかけた。
「ライブの余興だと思ってよ。私たちは私たちで精一杯やるからさ。まぁ、万が一勝っちゃったら一緒にドンキで買い出しして全部乗せのパンケーキつくろ」
「彩葉……」
私の言葉にかぐやも目を開けてこちらを見た。暗い配信部屋で彼女の目がオレンジ色に輝く。そして、彼女は私の手に自分の手を重ねた。
「……白野は?」
「……まだ来てない」
「そっか……うん、でも、それもそれでいっか。だってみんな自由なんだもん」
そう言って彼女はどこか寂しげに微笑む。ねぇ、白野。どこにいるの? もう少しでかぐやが帰っちゃうよ? いいの? ねぇってば。
「……彩葉」
かぐやが再び目を閉じた後、私の耳に帝の声が届く。急いでツクヨミに意識を戻して彼の方を見るとどこか落ち着かない様子でこちらを見ていた。
「ヤチヨちゃんは?」
「わかんない。控室で準備を済ませたら来るって言ってたけど……」
「……仕方ねぇ。俺たちでやるしかない。勝つぞ」
「……うん」
そして、ここにいない人物はもう一人。『月見ヤチヨ』。ツクヨミの管理人兼人気AIライバーであり、月人の彼女は一向に姿を現さなかった。
(ヤチヨ、どうしたの?)
今回の作戦の要はヤチヨだ。私たちは言ってしまえばただの捨て駒。彼女の交渉がなければ作戦そのものが無駄になる。
「……」
もう一分と経たずにライブが始まる。そうなれば月人たちも一斉に私たちへ襲いかかってくるはずだ。とにかく今はヤチヨが来るまで戦うしかない。
私は心を蝕む不安を誤魔化すように双剣の柄を握りしめ、みんなと一緒にスポーン地点から飛び降りた。
落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。
私の体は粒子となり、ヤチヨの魂へと落ちていく。どこまでも落ちていく。そんな浮遊感に身を任せているとどこからか彼女の声が聞こえた。
――私のせいだ。
これはヤチヨの心の声。私は今、彼女の深層領域に向かっている。その過程で彼女の想いを知覚しているのだ。
――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
心の中のヤチヨはただひたすら自分を責めていた。許しを請うように謝罪の言葉を口にしていた。
――私が責任を取るから。私に行かせて。逝かせてよ。お願いだから。
「……」
今にも砕けてしまいそうな心を抱え、ヤチヨは一人で頑張っていたのだろう。その結果がかぐやの代わりに月へ行くことに繋がった。
(絶対に止めてみせる)
さぁ、そろそろ深層領域に辿り着く。ここからが本番だぞ、『岸波白野』。気合を入れろ。情けをかけるな。全力で――ヤチヨの心を暴け。
気合を入れ直したところで目の前が明るくなり、私は体を取り戻して深層領域に着地した。周囲を見渡せばそこは何の変哲もないボロアパートの一室。間取りや配置されている家具が彩葉の部屋に
「ここがヤチヨの……」
「……白野?」
まさかこんな狭い場所に出るとは思わず部屋の中を観察していると目の前にかぐやがよく着ている黒いTシャツを身に纏ったヤチヨがいた。髪を下ろしており、完全にオフな姿である。そして、何故か彼女の肩にFUSHIがいた。ここはヤチヨの心の中。私たちしか入れないはずなのにどうして彼の姿があるのだろう。
「ッ……」
いや、そんなことよりも私はツクヨミで何度も見た
「ここは? 私、さっきまでプライベートルームにいたのに」
「ここは……ヤチヨの心の中だよ」
「心の、中?」
私の言葉を聞いても理解できなかったのか、戸惑うヤチヨ。その姿は迷子の子供のようでどこか愛くるしい。今から私はこの子に対して酷いことをする。ごめんね。
「……もしかして、白野。私の計画、全部知ってる?」
「知ってるよ。月には行かせない」
「あー……FUSHIか。うわぁ、まさかあんなに嫌ってた白野に助けを求めるとは思わなかったなぁ。これは完全にヤッチョの計算ミスだね」
やっといつもの調子を取り戻したのか、ヤチヨは苦笑を浮かべた。しかし、名前を呼ばれたはずのFUSHIは何も反応を示さない。いや、反応はしているようだが話をする機能がないように見える。
「あ、FUSHIのこと、気になる? ここが心の中ってことは魂の中だよね? 私とFUSHIは魂が混ざり合ってた時期が長かったからねー。その影響かなー」
「……そっか」
つまり、あのFUSHIは魂のカケラのようなものか。話せるのなら加勢してもらおうかと思ったが期待はしない方がいいらしい。
(でも、作戦は成功した)
FUSHIが誰も来ないプライベートルームへヤチヨを転送し、私が彼女の中へ入る。不安要素はいくつかあるがここまで順調。すでに彼女の全てを暴く
「じゃあ、始めようか」
「え? 始まるって?」
「んー、言葉の殴り合いかな」
私の説明に再び首を傾げるヤチヨ。とりあえず、今は理解してなくてもいい。どうせ、すぐに思い知ることになる。さぁ、覚悟しろ、
「ねぇ、ヤチヨ」
「う、うん……えっと、もしかして時間かかる? それなら後にしてほしいなーなんて。ほら、もうかぐやの卒業ライブが始まっちゃうでしょ? 白野も一緒に――」
「――本当にそれでいいの?」
彼女の言葉を遮るようにして声をかける。ただ確認するように問われたそれを聞いた彼女はそれだけでピクリと肩を振るわせた。
「……これでいいんだよ」
「かぐやの代わりに月に行くことが?」
「そう、私のせいでめちゃくちゃになった未来を……よりいいものにするため、私は月に行く」
ヤチヨの決意は固い。生半可な言葉では彼女には届かないだろう。でも、問題ない。彼女の心を守るファイヤーウォールにはすでにいくつかの穴が開いているのだから。まずは少しずつその穴を広げる!
「ヤチヨが月に行くことが最善だってこと?」
「そうだよ」
「そっか。でも、それじゃハッピーエンドにはならないよ」
「え?」
「だって、ヤチヨがいなくなったらツクヨミが崩壊するからね」
きっと、彼女は私の説得に対していくつかのカウンターを用意しているだろう。だから、最初にヤチヨが予想していない部分から攻める。そのために私も色々と準備をしてきたのだから。