月の王とかぐや姫   作:ホッシー@VTuber

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第94話 Self Hatred

 今思えば最初から色々とおかしかった。

 

 年単位で意識が戻らなかった少女を体に異常がないからといって医者が数日で退院させたこと。

 

 私の両親名義の家を複雑な手続きをして売ってまでお金を工面して私のお世話をしてくれた後見人の親戚が目を覚ました途端、私を突き放したこと。

 

 入学予定だった高校の先生が電話一本で私の話した内容をすぐに信用したこと。

 

 他にも細かいことはたくさんあるがそれでもこの三つはあまりにも私に――一人で行動するのに都合が良すぎた。

 

 そして、それはかぐやの輪廻を破壊するために最も障害となるヤチヨのプロテクト――『パラドックスが起こりえる行動』を制限するプロテクトにも適用された。なにより、魂に刻まれている制限を忘れることはない。私を受け入れ、後悔したからと言って『月へ行く』など自らパラドックスを起こすようなことはしない。

 

 でも、ヤチヨは私を受け入れた。プロテクトの存在を忘れていた。そのことに疑問すら抱くこともなく、今の今まで月に行こうとしていた。

 

 その原因は――私をここに送ったムーンセルが掛けた暗示。記憶を失った状態の私を手助けするための魔術。『岸波白野が輪廻を破壊する』という目的を達成するため、障害となりえるものの考え方を歪め、都合のいい方へ誘導するというもの。

 

 だから、自由に行動できるように医者は私を退院させ、親戚は私を邪険に扱った。

 

 だから、彩葉が通う高校は電話だけで私の話を信頼し、手続きを進めた。

 

 だから、ヤチヨはプロテクトの存在を忘れ、私を受け入れやすくなった。

 

「ヤチヨはプロテクトを忘れてたのはこの暗示のせいだよ」

「……それ以外は?」

「ん?」

「暗示って……ほかに何か影響与えたり、した?」

「どうなんだろ……記憶を全部取り戻したおかげで暗示の効果が切れたからヤチヨもプロテクトのことを思い出したんだし……今思えば変だな、とか。なんであの時、ああしたんだっけ、みたいなことは影響を受けてるかも?」

 

 正直、これはムーンセルが勝手にやったことだから私もあまり暗示の仕組みを理解しているわけではない。そもそも、暗示のことを教えてくれたのはあの子(・・・)だ。彼女に言われなかったら最後まで気づかなかった自信がある。

 

「……」

 

 私の言葉を聞いたヤチヨは目を閉じて考え事を始めた。もしかしたら暗示の影響を受けていることは他にないか確認しているのかもしれない。

 

(特にかぐやとヤチヨは影響受けやすいもんね)

 

 ムーンセルお手製の暗示だったせいで月人である二人は特に影響を受けるらしい。かぐやが私の言葉にピシリとしていたのもそのせいだ。

 

 更にこの暗示は記憶を取り戻す度に効果が薄れていく。つまり、ヤチヨと初めて対面した時は何も思い出せていない状態だったので暗示の効果が最大限に発揮してしまったのである。

 

「……はぁ、よかった」

 

 確認作業が終わったのか、ヤチヨはホッと安堵のため息を吐く。これまで普通に考えて行動していたことが暗示によってコントロールされていた、となれば怖くなるのも仕方ない。とりあえず、他に影響を受けていることはなさそうで私も一安心だ。

 

「暗示、か……えっと、ムーンセルだっけ。そんなに恐ろしいものだったなんて思わなかった」

この世界にはないからね(・・・・・・・・・・・)。私が特例なだけだよ」

 

 さて、ヤチヨも落ち着いたことだし、話を戻そう。今は犯行動機(ホワイダニット)を明らかにするフェーズだ。彼女には申し訳ないがその点を明らかにさせてもらう。

 

「話の続きだけど……ヤチヨは誰かが月に行かないと駄目だって考えてるんだよね?」

「そう……私って結構、重要な立場だったから私がいないと仕事が成り立たないことが多いと思う。だから、月人たちは何としてでもかぐやか私を月に連れていくはずだよ」

「じゃあ、仕事が成り立てばいいんだ」

「そうだけど……前の時に作った仕事BOTは地上じゃ作れない。仮に作れたとしても八千年も前のことだから細かいところまでは覚えてないから完成まで時間がかかる」

 

 ヤチヨが月に行くことを決意したのはかぐやが地上に落ちてきてから二か月ほど前。その期間では仕事BOTの作成は難しかったらしい。

 

「……」

 

 一応、その件に関しても目途が立っている。しかし、これは確定したわけではないので口には出さない。今のヤチヨに憶測を話したところで信じてくれないからだ。

 

(そもそも、仕事BOTは犯行動機(ホワイダニット)じゃない)

 

 仕事BOTはあくまで手段。今、やらなければならないことはヤチヨが月に行かなければならないと――責任を取らなければならないと考えた原因を突き止めることだ。

 

「月に行くのは彩葉たちをハッピーエンドにするためなんだよね?」

「うん、そうだよ。だから、私が月に行くの」

 

 そこだ。ヤチヨは自分が月に行くことで彩葉たちがハッピーエンドになると信じている。かぐやの代わりになることこそ、最善の手だと考えている。

 

 でも、『ハッピーエンドにしたいから』というのも犯行動機(ホワイダニット)ではない。それはあくまで責任の取り方だ。彼女が自分の行いを悔い、自らの手で自分を罰しようとしているだけ。

 

 じゃあ、その彼女の罰とは何か? 彼女が悔いたことは何か? 私はすでにその答えを得ている。

 

 

 

「私を受け入れたことを悔いてしまったから?」

 

 

 

「ッ!?」

 

 彼女の罪を私が口にするとヤチヨはバレていないと思っていたのか、目を大きく見開いた。

 

 ヤチヨの様子が変わったのはヤチヨカップ開催の宣言後、本格的に彼女が目指した未来と乖離し始めた頃だ。あの時、彼女は私に対して強い後悔と罪悪感を抱いていた。彼女の心を覗いたわけではないが何となく察することができる。

 

「あなたは変わってしまった未来を見て怖くなった。そして、私を受け入れたことを後悔した。自分の意志で私を受け入れたのに私のせいにした。なにより、そんなことを考えた自分が許せなかった」

 

 そう、それが犯行動機(ホワイダニット)。あくまで月に行って彩葉たちをハッピーエンドにするのは手段であり、本当の目的はそれによって自分の罪を償うこと。つまり、彼女はハッピーエンドにするために月へ行くのではなく、罪滅ぼしとして自分を犠牲にしようとしているのだ。自己嫌悪から来る自殺願望。それが二つ目のSG。偽りのSGだ(・・・・・・)

 

「そんなこと――」

「――ないとは言わせない。私の目は誤魔化せない。ヤチヨの場合、罪を償いたいから何か方法はないかと考え、月に行くという方法を思いついた。それをかぐやを救う方法に紐づけただけ」

「うっ……」

 

 図星だったのだろう。私の言葉に彼女は気まずそうに目を逸らした。だが、すぐに私の方へ向き直る。まだ心は折れていないのだろう。

 

「確かに最初は罪滅ぼしのつもりだった……でも、私が月に行けば彩葉も、かぐやも、白野もハッピーエンドになれる! だから、私が行くべきなの!」

「じゃあ、まずはその罪をなくそうか」

「え?」

「だって、ヤチヨが月に行く理由って自分を責めてるからでしょ? なら、大本の罪をなくす。まぁ、すでに答えは出てるんだけど」

 

 彼女は罪の意識に囚われすぎて視野が狭くなっている。だから、広げてあげよう。自己嫌悪などする必要はないと教えてあげよう。それができるのは私しかいないから。

 

 

 

「ヤチヨが私を受け入れたのはムーンセルの暗示が原因だよ。だから、ヤチヨは悪くない(・・・・・・・・)

 

 

 

「……ぁ」

 

 ヤチヨにはパラドックスが起こらないように魂にプロテクトが掛けられている。だが、ムーンセルの暗示がそのプロテクトを無効化し、ヤチヨに選択肢を与える結果となった。つまり、暗示がなければヤチヨはそもそも私を受け入れなかったのである。

 

「でも……選んだのは私だから……」

「暗示がなければ選ぶことすらなかった。ヤチヨが選ぶことになったのは全部、私がいたからだよ」

「え、いや、でも……」

「じゃあ、こうしよう――私もヤチヨも悪かった。だから、これでおあいこ(・・・・)ね」

「ッ――」

 

 おあいこ。罪の帳消し。そう、今この瞬間、ヤチヨの罪はなくなった。罪がなくなったことにより、彼女が月に行く意味はない。

 

「ぇ、あ……嘘。なんで、だって……悪いのは全部、私、だから……」

 

 まさか罪そのものを消されるとは思ってもいなかったようで彼女は呆然とした様子で言葉を零す。しかし、まだ足りない。彼女の本心はまだ隠れている。

 

「そ、れでも……ハッピーエンドにしなきゃ。かぐやが月に行ったらまた輪廻を繰り返しちゃう」

 

 その証拠にヤチヨは震える声で自分に言い聞かせるように呟いた。一度、月に行くと覚悟を決めたせいで強迫観念に囚われてしまっているのだろう。

 

(引きずり出すしかないか)

 

 彼女を傷つけることになるのであまりやりたくなかったがそれぐらい強烈なことがなければヤチヨを救えない。あなたを救うために私は酷いことをする。

 

「かぐやが月に行かなきゃいいんだよ」

「でも、月人は諦めない。誰かは犠牲になっちゃう」

「私が何とかする」

「ッ――それは駄目ッ!! 白野は何もしなくていい!!」

 

 反射的だろうか、ヤチヨは私を拒絶するように声を荒げた。よし、狙い通りに引き出せた。

 

「ぁ、いや、これは……白野、待って……止めて……」

 

 自分の失態に気づいたのだろう。ヤチヨは顔を青ざめさせながら懇願する。これまでのやり取りで彼女自身、気づいていない事実や本心を暴かれているのだ。同じことをされるとわかったのだろう。

 

 もちろん、止めるつもりはない。完膚なきまでに――暴き晒す。彼女の心を丸裸にする。

 

 さぁ、これが最後の問答だ。ヤチヨ、覚悟しろ。

 

 

 

「私のことを気にかけてくれてたんだね」

 

 

 

 そして、私は蹂躙の始まりとなる言葉を口にした。

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