月の王とかぐや姫   作:ホッシー@VTuber

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第95話 Pretender/パニッシュメント

「多分、私が月での出来事を話したせいだよね」

「そんなこと……」

 

 最初は私の言葉を否定しようとしたヤチヨだったが途中で勢いがなくなり、俯いてしまう。しかし、すぐに顔を上げて私を見据えた。どこか覚悟を決めたような顔つきで。

 

「白野は頑張ったんだよ。だから、これ以上は無理しなくていいの」

「……」

「記憶がない状態で月の聖杯戦争に参加させられて……その後も色々と大変な目に遭ったんでしょ? きっと、ここに来たのは休むため。神様が『お疲れ様、青春を楽しんでね』ってプレゼントをくれたんだよ。そうに決まってる」

 

 想像以上に私のことを考えてくれていたのか、ヤチヨは祈るようにそう言った。その言葉に少しだけ揺らぎそうになる。だって、地上で意識を取り戻してからの二年間は本当に楽しいことばかりだったから。

 

「……」

 

 でも、そうじゃない。神様がくれた休みなどではなく、きちんと使命があった。私にしかできないことがあった。だから、気にかけてくれたヤチヨに対して心の中で謝罪する。その思いを踏みにじることになるから。

 

「なら、どうして私には何もするなって言ったの?」

 

 何より、ヤチヨがそれを信じていない。そうでなければ私を遠ざけようとしない。すでに彼女は心のどこかで察しているのだ。この奇跡はそんな優しいものではないのだ、と。

 

「嫌……嘘だよ。だって、白野は関係ない。この輪廻に何も関係ないよ……」

「でも、やらなきゃ」

「やらなくていい! 私がやる! 私がやりたいの!」

「怖くて震えてるくせに」

 

 私の指摘にヤチヨは慌てて自分の手を見つめた。月に行けばツクヨミは崩壊し、生き地獄を味わうことになる。その事実が彼女のトラウマを想起させ、小さな体を震わせていた。でも、臆病なのに私のためにこんなに頑張ってくれたのは素直に嬉しい。

 

「……」

 

 そろそろ潮時だ。これまで二つのSGを使ってヤチヨを追い詰めた。でも、私は勘違いしていた。ここまで彼女が仮面を付けるのが得意だとは思わなかった。そのせいで二つ目のSGを見誤った。

 

(だから、ここで明らかにする。三つ目のSGによって隠された本物のSGを)

 

「ここって彩葉の部屋でしょ」

「え? そ、うだけど……」

 

 いきなり話題を変えた私にヤチヨは戸惑いながら頷いた。そう、ここは彩葉の部屋。高級タワーマンションに引っ越す前のボロアパート。彩葉とかぐやの始まりの場所。だから――。

 

 

 

 

 

「――前の彩葉の部屋なんだよね」

 

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 その言葉を聞いたヤチヨの顔にパキリと音を立てて一筋のヒビが入り、顔の一部が割れた。そして、その割れ目から覗いた赤い目。そこから涙が一粒だけ零れ落ちた。

 

「間取りは一緒だし、家具もほとんど同じ。でも、やっぱり違う。私の知ってる彩葉の部屋じゃない」

 

 私が何度も見た彼女の部屋には机の上にエナジードリンクの空き缶は並んでいない。彼女と出会ってからプレゼントした物が何一つ置いていない。なにより、お尻が痛くなるからと彼女が買って用意してくれた私専用の座布団がない。

 

 この部屋は『岸波白野に出会わなかった酒寄彩葉』のもの。ヤチヨがずっと帰りたかった場所。

 

 でも、その場所はもうどこにもない。私が全てを変えてしまったから。ヤチヨが待ち望んだ再会を台無しにしたから。

 

「違う! そんなわけない! ここは彩葉の部屋だよ! 白野が知ってる彩葉の!」

 

 私の言葉を受け入れられなかったのか、彼女は頭を抱えて必死に拒絶する。だが、その度に彼女の顔が割れ、パラパラと欠片が床に落ちて消えていく。

 

 きっと、彼女は蓋をした。その感情を自覚する前に自分を責め、責任を自分に押しつけ、必死に仮面を被った。幾重にも、幾重にも。何度も、何度も自分に言い聞かせた。自己嫌悪することで本心を隠した。

 

 私が悪い。

 

 私が責任を取る。

 

 そうすればハッピーエンドになる。

 

 ――そうすればこの感情を自覚せずに済む。

 

 そうして厚くなった面の皮は次第に自分すら騙すようになった。私ですら見抜けないほど自分を騙し続けた詐称者。それが三つ目のSG、『偽善者(プリテンダー)』。醜い本心を隠し、善良であろうとした愚かなお姫様。その仮面によって二つ目のSGを覆い隠し、私を――自分を騙した。

 

(やっぱり、あなたは優しいね)

 

 だからこそ、言ってあげる。あなたが自分ですら気づいていない――いや、見ないようにしている本当の気持ちを私が代わりに教えてあげる。それが私にできることだから。

 

 

 

 

 

「恨んでるんでしょ。私が来たせいで未来が変わって、彩葉も変わった。あなたの知ってる彩葉はもうどこにもいない。それが許せないんだよね?」

 

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

 その言葉に彼女は動きを止め、顔を上げた。ヤチヨの顔はすでにほとんど崩れており、本来あるべき姿が露わになる。白銀の髪は抜け落ち、目が眩むほどの金色が背中を守るように下へ落ちた。

 

「いや、嫌嫌嫌……嫌あああああああ!」

 

 そして、彼女の慟哭と共に付けていた仮面が完全に砕け、その下から本心(かぐや)が現れる。ボロボロと涙を零し、頭を抱えながらも私を見る目は鋭い。一度も見たことのない、憎悪を宿した赤い瞳でこちらを睨みつけていた。

 

 

 

 やっと、会えたね、かぐや。今まで気づかなくてごめん。さぁ、思いきり話そう。お互いに悔いが残らないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は罪を犯しました。

 

 ――あなたのせいで。

 

 取り返しのつかない罪を犯しました。

 

 ――あなたがいたから。

 

 巻き込んだのは私なのに貴女のせいにしました。

 

 ――全て、滅茶苦茶になった。

 

 自分でそう仕向けたのに対策を怠りました。

 

 ――何もかも台無しになった。

 

 私は一瞬でも貴女と出会ったことを後悔しました。

 

 ――あなたなんていなければよかった。

 

 貴女は私のためにあんなに頑張ってくれたのに。

 

 ――あなたが好き勝手やったからこうなった。

 

 私はあの未来が失われるかもしれないと思った瞬間、貴女を裏切りました。

 

 ――そのせいで未来が変わった。

 

 だから、私は罰を受けるべきなのです。

 

 ――許さない。

 

 もう何も望みません。

 

 ――彩葉に会いたい。

 

 もう何も夢を見ません。

 

 ――私の知っている彩葉に会いたい。

 

 もう何も要りません。

 

 ――私の知っている彩葉はどこ?

 

 私はそれを受け取る資格はないから。

 

 ――こんなに頑張ったのに。

 

 でも、せめて……私が望んだ、夢見た、欲しかった未来を。

 

 ――私が望んだ、夢見た、欲しかった未来はなくなった。

 

 貴女の手で壊してほしい。

 

 ――あなたのせいで壊れてしまった。

 

 貴女の手で終わらせてほしい。

 

 ――あなたがその手で何もかもを終わらせた。

 

 きっと、それも私には過ぎた願い。

 

 ――許さない。許さない許さない許さない!

 

 ねぇ、白野。貴女はきっと、そんなことしないと思うけれど。

 

 ――ねぇ、白野。あなたには申し訳ないけれど。

 

 どうか、貴女の手で私を殺して?

 

 ――この手であなたを殺してやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 私は床に両膝を付いて必死に顔を覆い隠す。見られたくない。見られたくないよ。こんな醜い姿は見られたくない。

 

「かぐや」

 

 その名前で呼ばないで。私は『月見ヤチヨ』。ツクヨミの管理人兼AIライバー。そう、私はもう『かぐや』じゃない。私にその名前で呼ばれる資格はない。

 

「怖かったんだよね」

 

 怖かった。すごく怖かったの。白野がいるせいで未来が変わった。

 

 私の知っている『酒寄彩葉』じゃない彩葉を見るのが。

 

 私(かぐや)以上に輝くかぐやを見るのが。

 

 私(かぐや)よりも楽しそうにしているみんなを見るのが。

 

 怖かった。怖かった。怖かった。怖かった。

 

 だって、私(かぐや)の時以上に全てが上手くいっていたから。私(かぐや)がしてきたことが全て無駄だったように思えたから。前の時よりもハッピーエンドになりそうだったから。

 

「初めて人を恨んだのかな。それとも憎悪? それはわからないけど……それを抱いてしまった自分にびっくりしちゃったんだよね」

 

 白野は何も悪くない。彼女は私のために色々と頑張ってくれた。配信を盛り上げてくれた。彩葉を助けてくれた。あの子(かぐや)のお世話をしてくれた。

 

 でも、白野がいたから変わってしまったのも事実。その事実を認識した時、私(かぐや)の中で何かが爆発した。マグマにも似た激情でこの身を焦がした。

 

 きっと、彼女の言うとおり、驚いてしまったのだろう。こんな感情を抱いたことなど一度もなかったから。

 

 怒ったことはあった。泣いたことはあった。虚無感で心が挫けそうになったことはあった。

 

 でも、それでも私(かぐや)はこの苦しみを誰かのせいにしたことは一度だってなかった。こうなってしまったのは自分のドジのせいなのだから。

 

「でも、いいんだよ」

 

 何がいいの? だって、こんなのは間違っている。白野は何も悪くない。悪くないのに――あなたを少しでも恨んでしまった自分が嫌い。

 

「仕方ないよ。あんなに頑張ってたのに他人にそれを踏みにじられて、会いたかった人に会えなくなって。恨んだっていいんだよ」

「良くないよ!!」

 

 彼女の言葉に私(かぐや)は顔を上げて絶叫する。いいわけがない。ううん、違う。私(かぐや)が嫌だ。白野にこんな思いを抱くことが嫌なのだ。

 

 だって、白野のことが大好きだから。たくさん協力してくれたから。たくさん一緒に遊んでくれたから。たくさん、たくさん助けてくれたから。大好き。大好きなのに。大好きなのに――ほんのちょっぴり、憎らしいの。

 

「ふふっ、八千年経ってもまだ泣き虫なんだね」

 

 でも、なんで? 一瞬でもあなたを恨んだと知っているのにどうして、白野は微笑ましそうに私(かぐや)を見ているの? どうして、そんなに優しい目で私(かぐや)を見られるの? どうして、優しい手つきで私(かぐや)の金色の髪を撫でてくれるの?

 

「いいんだよ。感情があるんだもん。仲のいい人にちょっとくらい悪い感情を抱くことだってある。私だってあるんだから」

「白野も?」

「もちろん……例えば、寝てる時に彩葉に踏んづけられた時は『このやろう』って思うし、アーチャーが敵に言い寄られた時は令呪使って爆散させようかと思ったし」

「爆散って……」

「いっぱいあった。たくさんあった。些細なことで怒ったり、泣いたり、殺意を抱いたり……でも、仕方ないんだよ。だって、それが生きてるってことなんだから」

 

 生きている。その言葉を聞いて私(かぐや)は思わず息を呑んでしまった。そうか、これが生きるということ。生きている証拠。

 

「だから、ね。かぐや。私は許すよ。むしろ、恨んで当たり前だと思ってる。だって、私のせいであなたの知ってる彩葉はいなくなってしまった。あなたの知ってる未来じゃなくなった」

「……」

「だから、いいんだよ。これ以上、自分を責めないで。自分を傷つけないで。かぐやが悲しんでる姿を見るのはもう嫌だから」

「白野……」

 

 彼女が言葉を紡ぐ度、心が軽くなっていく。許せなかった自分を許しそうになる。でも、だからこそ――私(かぐや)はそれを受け入れるわけにはいかなかった。

 

「白野、それは違うよ」

「え?」

「確かに白野を恨んじゃったけど……何度お礼を言っても足りないくらい、白野には感謝してるの。大好きなの! 大大大好き!」

 

 そう、私は白野のことが大好き。もちろん、彩葉もそうだけど大好きな人が一人じゃなければならないなどというルールはない。

 

「だからね、これは私(かぐや)の罪。大好きな人を身勝手に恨んでしまった罰。この苦しみを背負って私(かぐや)はこれからも生きてく」

「……そっか」

 

 私の言葉を聞いた白野は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。ああ、やっぱり好きだな。前の彩葉に会えないのは悲しいけれどやっぱり、白野に出会えてよかった。今度こそ、心の底からそう思うことができた。

 

「かぐや」

 

 胸の奥から込み上げてくる喜びを噛みしめていると白野は唐突に右手の人差し指と中指をこちらに向ける。ピースサイン。そう、これは――。

 

「――仲良しのやつ、やる?」

 

 私(かぐや)が考えた彩葉との合図。仲良しのやつ。そっか、かぐやは白野にも教えたのか。まぁ、彼女の性格からして当たり前か。私(かぐや)だったら絶対に教えるもん。

 

「やる!!」

 

 彼女の誘いに頷き、私もピースを作った。そして、人差し指と中指を突き合わせ、お互いにピースで手を挟む。その後、狐の形にしてチョン。八千年ぶりのハンドサインでも私の魂は覚えていたらしい。

 

「あったかい……」

 

 そして、驚いたのは彼女と触れた部分が温かったこと。肉体を持たない私は温もりを感じ取れない。例外は白野が作ってくれた手袋だけ。

 

「ここはかぐやの心の中だからね。魂同士が触れ合ってるから感触があるんだよ」

「そうなんだ……そっか……」

 

 久しぶりの温もりに私は思わず泣きそうになる。でも、また白野に泣き虫とは言われたくなくて無理やり笑顔を作って彼女の手を取った。

 

「これで白野とも仲直り!」

「喧嘩はしてないよ。ちょっとすれ違っちゃっただけ」

「いいの! 仲直り!」

「ふふっ、そうだね、仲直りだ」

 

 そうやって笑い合っているとふと体が浮遊感に襲われる。なんだろうと思う前に目の前で笑う白野が何かに気づいたように上を見た。

 

「そろそろ帰ろう。きっと、彩葉たちが待ってる」

「……あ、そうだった! 卒業ライブ! 月人たちをどうにかしないとかぐやが連れて行かれちゃう!」

「因みに月に行くつもりは?」

「ない! もう白野に怒られるのはこりごりだもん!」

 

 私が月に行く理由は全て白野の手によって奪われてしまった。だから、私は月には行かない。もちろん、かぐやが月に行くのは止めたいのでこの後、白野と作戦会議をしよう。

 

(白野と一緒にハッピーエンドに行く……ううん、ハッピーエンドを手に入れる!)

 

 今度こそ、彩葉を連れて行く。ハッピーエンドのその先へ。きっと、白野と一緒ならできるはずだ。だって、彼女は私にとって――。

 

「そっか。それならよかった」

 

 ――そう言って安心したように微笑む白野。そして、それを合図に私の視界はホワイトアウトした。




・ヤチヨ/かぐやのパニッシュメントスチル
ヤチヨとは逆側の端で三角座りをして、
泣き笑いを浮かべながらこちらに向かって右手の人差し指と中指を突き出している。
※誰か描いてください、お願いします。





三つ目のSG【偽善者(プリテンダー)】の効果によって隠されていた真名とSGが明らかとなったため、マテリアルを更新します。



真名:『月見ヤチヨ』→『かぐや』



かぐやの二つ目のSGが更新されました。
かぐやの三つ目のSGが更新されました。


【自己嫌悪(じさつがんぼう)】→【二律背反(かぐやのきもち)】

 私は罪を犯しました。
 ――あなたのせいで。
 取り返しのつかない罪を犯しました。
 ――あなたがいたから。
 巻き込んだのは私なのに貴女のせいにしました。
 ――全て、滅茶苦茶になった。
 自分でそう仕向けたのに対策を怠りました。
 ――何もかも台無しになった。
 私は一瞬でも貴女と出会ったことを後悔しました。
 ――あなたなんていなければよかった。
 貴女は私のためにあんなに頑張ってくれたのに。
 ――あなたが好き勝手やったからこうなった。
 私はあの未来が失われるかもしれないと思った瞬間、貴女を裏切りました。
 ――そのせいで未来が変わった。
 だから、私は罰を受けるべきなのです。
 ――許さない。
 もう何も望みません。
 ――彩葉に会いたい。
 もう何も夢を見ません。
 ――私の知っている彩葉に会いたい。
 もう何も要りません。
 ――私の知っている彩葉はどこ?
 私はそれを受け取る資格はないから。
 ――こんなに頑張ったのに。
 でも、せめて……私が望んだ、夢見た、欲しかった未来を。
 ――私が望んだ、夢見た、欲しかった未来はなくなった。
 貴女の手で壊してほしい。
 ――あなたのせいで壊れてしまった。
 貴女の手で終わらせてほしい。
 ――あなたがその手で何もかもを終わらせた。
 きっと、それも私には過ぎた願い。
 ――許さない。許さない許さない許さない!
 ねぇ、白野。貴女はきっと、そんなことしないと思うけれど。
 ――ねぇ、白野。あなたには申し訳ないけれど。
 どうか、貴女の手で私を殺して?
 ――この手であなたを殺してやりたい。




【自分勝手(ぎぜんしゃ)】→【偽善者(プリテンダー)】

 私は仮面を付ける。
 私は本心を隠す。
 私は秘密を隠す。
 私は自分を偽る。
 私は自分すら騙す。
 私は自分のためにその全てを覆い隠す。
 だって、私は『月見ヤチヨ』だから。
 だって、私(かぐや)を知っている人はもう誰もいないから。
 だから、私(ヤチヨ)は私(かぐや)を騙し続ける。
 そう、だから、きっと。
 ――こんな醜い気持ちなんて抱いてなどいない。
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