「ッ――」
一瞬でアバターを消し炭にしてしまいそうな光線を紙一重で回避する。その光は私の背後の山を貫き、大量のポリゴンを撒き散らして崩れた。
リアルの体がその光に恐怖を覚え、冷や汗を流す。痛みはないはずなのにあれに当たったら死んでしまうと私の小さな心臓が悲鳴を上げた。
(それ、でもッ!!)
それでも、前に進む。両手に持った双剣を振るい、白い月人たちを切り裂いていく。
「彩葉!」
傍で戦っていた帝の声が聞こえると同時に右へ跳ぶ。その直後、私がいた場所に巨大な剣が振り下ろされた。ギリギリ回避できたが剣が穿った地面の破片がアバターを叩き、僅かにHPバーが削れる。
(あと、どれくらい!?)
かぐやの歌声は聞こえる。だから、ライブは終わっていない。でも、他の仲間たちは次々にやられている。どんどん残機を減らしていく。戦況は悪くなる一方だ。
「おらッ!!」
そんな絶望の中でも帝は――お兄ちゃんは諦めず、剣を振るっている。雷と乃依も残機を減らしながらも月人たちと戦い続けていた。
「ま、だまだ!」
「おりゃー!」
それは芦花、真実だって同じ。ゲームの腕は人並みなのに月人たちの猛撃に必死に食らいついていた。
そうだ。誰も諦めていない。誰もかぐやを諦めていない。勝つ。勝つ。勝つ。勝つ!
(ヤチヨはまだなの!?)
しかし、今回の作戦の要であるヤチヨは一向に姿を現さない。ヤチヨは今、何をしている? もしかして、私たちは騙された? ううん、ヤチヨに限ってそれはありえない。そんなことをする人じゃない。
(つまり、ヤチヨの方も何かがあった)
ヤチヨは無事なのだろうか。一体、何があったのだろうか。わからない。わからないから不安になる。でも、確かめようがない。私たちはただ彼女を信じて戦い続けるしかなかった。
「ッ――雷、乃依! 使うぞ!」
「……御意」
「はーい」
そして、最初に切り札を使ったのは当たり前のようにこちら側だった。
幹部クラスなのだろうか。他の月人とは比べ物にならないほどの大きさと技量を持つ個体の巨剣を受け止めた帝は雷と乃依に声をかける。そして、それと同時に空間が歪むほどのエネルギーを全身から噴出させた。
「おらあああああ!」
そのまま力任せに腕を振り抜き、月人の巨体を空高くかっ飛ばした。まるで月に送り返すように。
(あれは、なに?)
『チートモードだぁ! たった今、『Black onyX』の帝アキラ、雷、乃依の三名にチートモードの使用が確認されました!』
私の予想を証明するように忠犬オタ公の絶叫が耳に届く。そして、観客席のどよめきも。
(お兄ちゃん……)
チートモード。ゲームをプログラム側から弄って強制的に全ての攻撃ステータスをぶっ壊れレベルにまで引き上げる行為。もちろん、禁止技。使用すればツクヨミ側から自動的にBANされて全てを失ってしまう。きっと、彼らはこれまでに築き上げた何もかもを捨てるつもりでここに来たのだ。その想いに思わず胸が熱くなる。
「まだまだ行くぞ!」
限界を突破した『Black onyX』の勢いが月人たちを押し返す。押し返して、押し返して――それでも足りない。月人たちは無限の湧き水のように何度も顕現し、数の力でこちらを圧倒する。
「ここはいい! 走れ、彩葉!」
そして、素人である私でも気づいたのだ。プロゲーマーである帝もいずれ限界が来ることは予想していた。彼は幹部クラスの月人の相手をしながら私に向かって叫ぶ。どうにかしたい。でも、私が加勢したところで焼け石に水。いや、むしろ、足を引っ張って確実に迷惑をかけるだろう。
「ッ……」
結局、私にできたのはかぐやのところへ走ることだった。月人たちを斬り、頭を踏みつけて――走る。走って、走って、走って。かぐやが歌っている城の階段を駆け上がり――。
「……」
――その中腹で月人たちが幾重にも取り囲んだ。これ以上は無駄だ、と言うように。
そして、それと同時にかぐやの歌が終わった。
アウトロがフェードアウトし、踊りが止まる。
「……はは、デタラメすぎる」
歌と踊りが終わり、それを待っていたように空の色が変わった。それを見上げると空を月人の大群が覆い尽くしていることに気づく。こんな規模の人数をいつでも転送できたのか。もしくは彼らは本当にただかぐやの歌が終わるのを待っていた。戦いではなく、儀式のようなものと認識していたのかもしれない。
「……」
歌い終わり、空を見上げたかぐやは全てを悟ったような笑みを浮かべた。その表情は少しだけヤチヨに似ている。
「かぐや……」
月人に囲まれているせいか。私自身も心が折れてしまったのか。両手に握っていたはずの双剣は手から滑り落ちて床に転がる。それでも、足だけは一歩だけ前に出た。
(かぐや……帰っちゃうの?)
私たちは負けた。そうだ、負けたのだ。完膚なきまでの敗戦。潔く負けを認め、かぐやを見送る。それが私にできる唯一のこと。
「はるばるようこそ」
かぐやの前に一人の月人が進み出て恭しく跪いてみせた。そんな彼、もしくは彼女を見てかぐやはまるで旧知の友人を迎えるような顔で屈託なくそう言った。
「……違う」
違う。そう、これは違う。絶対に間違っている。
だって、かぐやは言っていた。やりたいことがたくさんある、と。
私は言った。かぐやと一緒にいたい、と。
やることはない? もうお終い? ふざけるな。まだ私はここに立っている。まだ、私の心は叫んでいる。かぐや。かぐや! 私のかぐや!!
――【move_speed();】
「ッ――」
無意識に速度強化の
だって、このままかぐやを見送ったら絶対に後悔する。もっと、やれることはなかったか、と自分を責める。もっと、もっと色々なことをしてあげればよかったと一生、苦しむことになる!
なにより、私はかぐやが好き。大好き。だから、絶対に――。
「彩葉ッ!」
――そして、武器すら持たずに階段を上がった先で待っていたのは儀式が終わったのに邪魔しようとする私を殺そうと待ち構える月人の巨大な剣だった。その向こうでかぐやが今にも泣きそうな顔でこちらに手を伸ばしている。
(もう、大げさだなぁ)
別に剣で体を真っ二つにされたからといって実際に死ぬわけじゃない。HPバーが全損してアバターが花びらとなり、リスポーン地点に戻されるだけ。
(あぁ……悔しいなぁ)
それだけなはずなのに、私は悔しくて奥歯を噛み締める。それでも、と私はかぐやへ手を伸ばす。私たちの間には数人の月人がいる。届くはずのないのに――必死になって――。
「簡易召喚、『アルテラ』!」
「そこですね?」
そんなどこか抜けた声と共に私に迫っていた巨剣が何かに弾かれる。視界の端に見えたのは――弾いた剣以上に巨大なそれだった。
「『シャルル』!」
「任せな!」
「うぇっ!?」
その次の瞬間、私の横を誰かが通り抜ける。その誰かは月人たちすらも無視してその向こうにいたかぐやの体を攫った。
(待って、この声……)
何が起こっているのか、全くわからない。でも、この声は知っている。ずっと、ずっと聞きたかった声。頼りになる、私たちには必要不可欠なあの子の、声! その子の名前は――。
「――白野!」
床に着地して声がした方を――かぐやを攫った誰かが向かった先を見る。かぐやが躍っていたステージの左端。いつの間にかそこに彼女が……ロンドンに行っていた『岸波白野』が白いワンピースを着て立っていた。バイザーもグローブも付けておらず、こんな時なのに身バレを少し心配してしまう。
「まずは態勢を立て直そうか」
そんな私を見て小さく微笑んだ後、彼女の左手の甲を前に立つ月人たちへ見せつけるように握りこぶしを作った。そして、その甲に刻まれている淡く輝く赤いタトゥー。一部だけ掠れているがそれを見た瞬間、何故かゾクリと悪寒が走る。あれは――何かが違う。ただのタトゥーではない。あれは、私の知らない得体の知れない何かを内包している。
「月の王が『かぐや』を除く、全月人へ命ずる。『リスポーン地点に戻って少し待ってて』」
そんな静かな声と共にパキン、と何かが砕ける音が響く。すると、かぐやを取り返そうと白野へ向かっていた月人たちの姿が――消えた。まるで、瞬間移動でもしたように。