やっぱり、皆で掛け声を上げるのは気持ちがいいですね。
これからも感想、お待ちしておりますので気軽に書いてくださいね!
2030年8月30日。彩葉、かぐや、ヤチヨのコラボライブ当日。
「……」
ツクヨミをログアウトした私はボロアパートに敷かれた布団へと倒れ込む。私もヤチヨと一緒にあの場を取り直すべきだったのだろう。だが、色々と限界だったので我慢できずに逃げてしまった。
――記憶の修復、完了。おはようございます、先輩。ご気分はどうですか?
「……あまり良くないよ」
思い出した。全て、思い出したのだ。すっぽりと抜け落ちていた私がここにいる理由。私の存在理由。私がここでやるべきこと。その全てを思い出した。
ああ、そうだ。そんな美味しい話などなかったのだ。月の王となり、様々な厄介事を解決した私。そう、私は『岸波白野』。その在り方はどう足掻いても変えられない。だから、『地上に生まれ直した』などという夢物語は絶対にありえないのだ。
でも、どこか納得している自分もいる。地上で
「……」
私は体を起こして机の上に置いてあるタブレットを手に取って電源を落とす。スマホも、ノートパソコンも、テレビも、あらゆる電子機器を使えないようにした。
布団を退かして部屋の中心に立つ。そして、魔術回路を起動させた。彩葉が熱中症で倒れた時とは違い、その流れに淀みはない。
夢物語は今日でおしまい。さぁ、始めよう。ここからは――この世界を救う物語だ。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を」
詠唱を開始するとバチリと私の周囲で閃光が弾ける。思い浮かべるのはただ一人。この世界を救うためにずっと傍で寄り添ってくれたあの子。ずっと、私のバイタルを観測し、記憶の修復を手伝ってくれた人類の友。
「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
でも、彼女は普通の英霊ではない。普通の召喚ではまず呼べない。でも、私は違う。この私だけは違う。だって、すでに彼女の基となるプログラムはこの胸の中にあるのだから。
「
閃光が弾ける。触媒もなければ魔法陣もないぶっつけ本番の召喚。その反動で私の目からドロリとした何かが垂れる。構わない。だって、今すぐにでもあの子に会いたいから。
「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
口からゴボリと何かが零れた。バチャリと液体が落ちる音が鼓膜を震わせる。構わない。あの子に会えるのなら多少の無茶は許容範囲内だ。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
詠唱が完了した。魔力の奔流によってめちゃくちゃになった部屋を見なかったことにして彼女の姿を探して――探して?
「……?」
あれ、召喚した感覚はあった。パスも繋がっているし、確実に呼べたと思ったのに。
――もう一声! もう一声です! ほら、誰の、誰を呼ぶんですかぁ?
「……」
――ついでに令呪もくれると嬉しいなぁ、なんて! やっぱり愛されてるって実感する時って色々ありますよね? 例えば、素敵なプレゼントをくれた時とか!
そんな悪戯っ子のようなテンションで令呪を求めてくる声に思わず苦笑を浮かべる。本当にこの子は――仕方ない子だ。
なら、遠慮なく持っていくといい。令呪一画で愛を伝えられるのならこちらとしても本望だ。左手を上に掲げるとパキン、と甲高い音を立てて令呪が行使される。
「来て、
声高らかに彼女を呼ぶと部屋の中が真っ赤に染まり、再び魔力の奔流。バサバサとプログラミングに関する本が飛ばされ、天井に叩きつけられた。
「そんなにわたしに会いたかったなんて! これはもう全身全霊で応えるしかありませんよね! まさかまさかの高性能AIが現世に降り立っちゃいますよ! わたしが何かやらかしたら責任取ってくださいね、せ・ん・ぱ・い?」
とても嬉しそうな声と共に私の前に降り立ったのは――かつて私を救うために悪役となり、月の裏側へ閉じ込めた高性能AI、BB。黒いコートと眩しい紫色の髪、そして、真っ赤なリボン。ああ、あの頃と同じ、BB、が目の前、に。
「と、いうわけで召喚に応じました、ムーンキャンサー改めBBちゃんです☆ 先輩、一緒にこの世界を……あれ、先輩? もしかしてめちゃくちゃ無茶した感じですか? え、ちょ、待って! なんでそんなに血が――」
可愛らしくウインクした途端、血だらけの私を見て慌てふためくBBの顔を見ながらそっと意識を手放した。
「はーい、ツクヨミのみなさーん。こんばんはー。かぐやさんの卒業ライブ中ですがBBチャンネル、はっじまりまーす!」
視界に映るのはピンクを基調としたスタジオと黒いコートに身を包んだ長い紫髪の女の子。その女の子は満面の笑みを浮かべ、教鞭片手に私に向かって手を振っている。
(な、にこれ!?)
しかし、私が驚いたのは視界全てがその映像に埋め尽くされていること。思わず目を開けてもいつもの配信部屋は見えない。まるで、視界をジャックされてしまったような状態だった。
「あ、もしかしていきなりこんな可愛らしい女の子が目の前に現れて驚いてます? では、まずは自己紹介を。サーヴァント、ムーンキャンサー、『BB』ちゃん! 先輩の愛に応えて馳せ参じました……と、いうかすでに色々とやっちゃってます☆」
教鞭を振り回して笑う女の子――BB。その度に頭を彩る赤いリボンが揺れていた。
「さて、現在、ツクヨミにログインしている全ユーザーの視覚と聴覚をジャックさせていただきました。あ、ログアウトもできませんよ。ふふっ、今のわたしは管理者権限を持ってますからね」
「管理者権限って……ヤチヨは!?」
そういえば月人と交渉すると言っていたヤチヨは今になっても姿を現さない。もしかして、この子になにかされた?
「お、さすがヤチヨオタクで有名ないろPさん。こんな状況なのにヤチヨさんの心配とはファンの鑑ですねー」
「ッ!?」
思わず声に出して叫んでしまった私にBBは楽しそうに笑って頷く。なんで、私の声が聞こえているの? いや、そもそも今、彼女はツクヨミにログインしている全ユーザーの視覚と聴覚をジャックしたと言っていた。もしかして、私だけでなく、かぐやたちも同じ状況?
「こらー! かぐやの卒業ライブだぞ! 割り込むなー!」
それを証明するように私の隣にいるかぐやが怒った様子で叫んだ。やっぱり、BBチャンネルを見ているのは私だけじゃない。でも、どうしてこんなことを? 今はそれどころじゃないのに。
「はーい、色々考えすぎて病んじゃったかぐやさんは黙っててくださいねー。これはあなたを救うための仕掛けなんですから」
「へ?」
「さて、時間もないことですし……本題に入りましょうか。いいですか、先輩?」
「うん、いいよ」
BBが先輩と呼んだすぐ後に白野が頷く。まさか、BBの言っていた先輩は彼女のことなのだろうか。
「では、こほん。全ツクヨミユーザーの皆様。かぐやさんの卒業ライブは楽しかったですか? あ、声に出していいですよ。やっぱり、こういうのは観客と共に盛り上げなくてはなりませんからね」
『セイッ!』とBBが合図を出した。そして、それから数秒ほど経った後、少しずつ観客たちから歓声が上がり始め――最終的にはコラボライブの時を彷彿とさせるほどの熱量になる。
「うんうん、そうですよね。こんなに人気なかぐやさんの卒業ライブ。最後のファンサ。ファンとして盛り上がらないわけがありませんよね……舐めてるんですか?」
大歓声を聞き、満足そうに腕を組んで頷くBB。しかし、その直後、目を鋭くさせて低い声で冷笑する。そのあまりの急変っぷりに思わず背中が凍りついてしまった。