呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける   作:ハネケン

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1-10 駆け抜ける一陣の風

 

 沈んだ太陽が再び昇り、巨大な岩柱が無数に並ぶ赤い大地を、容赦のない朝日が焼き尽くしていく。

 早朝の冷徹な風が吹き荒れる中、ブロズド副指令の怒号が響いた。

 

「戦局は今、我らに傾いている! これより第三防衛ラインを強襲し、奪還する! 皆、その命の火を戦火に捧げろ!!」

「おおおおーっ!!」

 

 セウスノール解放軍が咆哮と共に前進を開始した。

 三千の軍勢が岩の隙間を埋め尽くし、砂塵を上げて行進する。その列の只中に、クロコの姿があった。かつて宿していた迷いは消え、その真紅の瞳には獲物を狙う獣のような鋭い光が戻っている。

 

 前方、第三防衛ライン。

 崩されたはずの石壁が、悪意あるパズルのように積み直され、即席の防壁となっていた。その背後には無数の剣兵がひしめき、側面には銃兵と砲兵が牙を剥いている。

 

 解放軍は防衛ラインの数百メートル手前で足を止め、対峙した。

 静寂。心臓の鼓動すらうるさく感じるほど、濃密な空気が流れる。

 

「……一度壊した壁を、わざわざ積み直したのか?」

 クレイドの疑問に、フロウが冷静に分析を加える。

「『グラン・マルキノ』を通過させるには、防壁が邪魔だからね。彼らも進軍のたびに防壁を崩す必要があるんだ。……恐らく、我々の進撃を受けて、急造の防衛陣を敷いたんだろう」

 

 ブレッドが目を細め、遠くの砂塵を見やる。

「ってことは、敵の本陣も目と鼻の先か」

「確認はできねぇが、決着は間近だな」

 クレイドが不敵に笑う。それに対し、ブレッドは肩をすくめた。

「決着よりも、あのバカでかい砲弾が一発飛んでくる方が怖いね」

「まずはこの防壁を突破しねぇと始まらねぇ」

 

 クレイドは視線を横に移し、隣で剣を握りしめるクロコを射抜いた。

「おいクロコ。昨日の誓いを忘れるなよ。もしまた昨日みたいな戦いをしたら、その時は……俺の手で、てめぇを斬る」

 殺気に満ちた威嚇。だが、クロコはそれを受けて不敵に笑った。

「てめぇこそボーッとしてんじゃねぇぞ。隙だらけの背中を見せりゃ、間違えて俺が斬っちまうかもしれねぇ」

「フン、上等だ」

 

 クレイドがニヤリと唇を歪めた、その瞬間だった。

「全軍、突撃ッ!!」

 

 ブロズドの号令が戦場を切り裂く。咆哮と共に解放軍が雪崩のように地を蹴った。

 先陣を切ったのはフロウだ。風よりも速く大地を駆け抜け、背後をクロコ、ブレッド、クレイドが続く。

 

 防衛ラインが急速に近づく。だが、違和感がフロウの背筋を冷やした。

(おかしい。敵が……動かない?)

 砲撃もない。剣兵も動かない。まるでこちらの突撃を待っていたかのような、静寂。

 

 その直後だった。

 乾いた銃声が一つ。それが合図だった。

 防壁をなしていた石材が、まるで生き物のように崩落する。露わになったその背後には、地獄が整列していた。

 百門に近い大砲。重苦しい砲身が、一斉に解放軍を射抜く。

 

「ッ……全軍、停止!!」

 

 響き渡る轟音。

 ドンドンドンドンッ!!

 空気が爆ぜ、大地の呼吸が止まる。砲弾が嵐となって解放軍を飲み込み、赤い炎の華が次々と戦場に咲き乱れた。悲鳴は爆音にかき消され、視界は土煙と鉄の臭いに支配される。

 

「クソッ……! 隠し玉にしては巨大すぎるだろうが!」

 クレイドが歪む視界の中で毒づき、身を翻して距離をとる。フロウも爆風を紙一重で回避していた。

 

(この弾幕……近づけばミンチだ。僕でさえ……!)

 フロウが悔しげに唇を噛んだその時、一つの影が彼を追い抜いた。

 

「はあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 死の雨を突っ切る疾風。クロコだ。

 

「クロコ君、無茶だ!」

「あの馬鹿野郎が……ッ!!」

 

 クレイドの怒号も空しく、クロコは戦場を独走する。

 無数の砲口が、ただ一人の男を追尾する。避けるのではない。弾道を読み、重力と爆風を足場にして躍動する。それはもはや剣舞を超え、死神とのダンスだった。

 

「クロコー! 下がれッ!!」

 

 届かない。クロコの瞳は前方の敵陣だけを射抜いている。

 次の瞬間、クロコの足元が火の海に変わった。

 

 ドォォォォォンッ!!

 

 凄まじい衝撃波が土煙の壁を作る。クロコの姿が、真っ赤な爆炎の中に消えた。

 

「クロコ君……っ」

 フロウが息を呑み、クレイドが喉を鳴らして沈黙する。

 戦場に一瞬の静寂が訪れた。だが、その静寂を破る声があった。

 

「いや」

 ブレッドが静かに、だが確信を持って呟く。彼の視線は、まだ晴れぬ土煙の奥を貫いていた。

 

 次の瞬間。

 土煙を真っ二つに裂き、一人の影が咆哮と共に飛び出した。

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

 土埃にまみれ、死線から生還した男が、その切っ先を迷いなく敵陣へと突き立てた。

「なにっ……!?」

 

 敵兵が息を呑む。爆炎の中から現れたクロコに、砲手たちは呆然と砲身を向けた。だが、その一瞬の躊躇が、彼らの命運を決定づけた。

 

 クロコはすでに眼前にいた。

 ヒュンッ!

 影よりも速い斬撃。砲兵の脇腹が裂け、血飛沫が上がる。急所は外した。だが、崩れ落ちる兵士を横目に、クロコは次なる獲物へと舞い込む。

 

 無数の砲撃が、クロコを避けるように止んだ。戦場の均衡が、たった一人の男によって崩れる。

 

「今だ、突撃ィィィッ!!」

 

 解放軍が呼応し、砲撃の空白地帯を一気に突き抜ける。

 クロコを取り囲む剣兵たちの壁が、押し寄せる解放軍の猛攻にさらされ、陣形が瓦解していく。

 

「退け! 一時撤退だ!!」

 

 指揮官の絶叫と共に信号銃が火を噴く。国軍が逃走の足取りを早める中、最後の一人が背後からクロコに襲いかかった。

 クロコは反射的に身体を捻り、流れるような動作で剣を振るう。

 

 ヒュンッ!

 

 断末魔すら響かない。容赦なく切り裂かれた剣兵の身体から、鮮やかな朱が大地を濡らす。

 倒れた兵士を見つめ、クロコは一度だけ静かに瞼を閉じた。

 すぐに開かれた真紅の瞳に、もう迷いはない。遠ざかる敵の背中を見据え、彼は静かに剣を納めた。

 

 敵影が砂塵の向こうへ消えると、背中を容赦なく叩く衝撃があった。

 

「よくやったぞ、クロ!」

 ブレッドが破顔一笑する。

「ブレッド……」

 強張っていたクロコの表情が、少しだけ解ける。

 

「まさか、あの弾幕を切り抜けるなんてね」

 フロウが感心したように近づき、クレイドも続いて肩を並べる。

「まったくだ。たいしたモンだよ」

 クレイドが珍しく柔らかい笑みを浮かべる。

「当たり前だろ」

 クロコも短く笑い返した。

 

 その周囲を、生き残った兵士たちが歓喜とともに取り囲む。

「すげえぞ、なんだおまえは!?」

「とんでもない怪物だな!」

「……というか、おまえホントに女か? 実は男だろ!」

 

 その野次にだけ、クロコは鋭く反応した。

「バカヤロー! ホントも何も、俺は男だよッ!!」

 

 フロウが苦笑しながら肩をすくめる。

「……とはいえ、あんな無茶はもう止めてよね」

 

 だが、安息は長くは続かなかった。

 

「気を抜くなッ!!」

 

 戦場を圧するブロズドの怒号が、兵士たちの高揚を切り裂く。

「敵の本陣は目の前だ! このまま一気に畳み掛けるぞ!!」

 

 その言葉に、兵士たちは再び雄叫びを上げる。クロコもまた、戦場を見据えて剣を握り直した。

 

 

 

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