呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける   作:ハネケン

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1-11 グラン・マルキノの影

 

 第三防衛ラインを粉砕した解放軍の咆哮が、荒野を震わせる。

 グラウド国軍の本陣は、死の直前の生物のように慌ただしかった。傷ついた兵士たちが焦燥を顔に張り付かせ、最後の防衛ラインを構築している。

 

 その陣営の深奥に、巨大な異物が鎮座していた。

 国軍の切り札、移動要塞『グラン・マルキノ』。十メートルを超える漆黒の砲身が天を突き、鋼鉄の鎧を纏った巨躯は、さながら地を這う鉄の墓標だ。車輪が地面を軋ませ、二本の煙突が黒煙を吐き出している。

 

 その威容の前に、一人の男が立っていた。

 ファウンド大佐。四十代半ばの、整えられた黒髭と鋭利な眼光を持つ男だ。彼が放つ静謐な重圧に、周囲の喧騒すら遠ざかっていく。

 そこへ、生真面目そうな青年将校、ロウレイブ大尉が駆け寄った。

 

「事態は深刻です、ファウンド大佐」

「ロウレイブか」

 ファウンドは視線を動かさず、戦場の惨状を眺めたまま応じる。

「第三防衛ラインが奪い返された今、敵は、まもなくここまで到達します」

「やれやれ。各基地からの援軍を以てしても、押し切られるか」

「セウスノール側の……異常な戦力、あるいは『援軍』の仕業です」

「策も練ったが、あっさりと踏み抜かれたな」

 

 ロウレイブの細い目が、悔恨に歪む。

「……あの百門の砲撃を、たった一人の人間が強行突破するなどと。常軌を逸しています」

「起きてしまった事実は消えん。……だが、その代償は彼らに払ってもらう」

 

 ファウンドは冷徹な眼光をロウレイブに向けた。

「例の援軍は遅れている。……となれば、ロウレイブ大尉、君に出撃してもらおう」

 

 ロウレイブは狂気じみた笑みを浮かべ、細い目を鋭く光らせた。

「ようやく、その言葉が聞けました。やつらの首を、この手で仕留めます」

「肩に力を入れすぎだ。だが、期待はしているぞ」

 

 ファウンドが薄く微笑む。それは慈悲ではなく、獲物を追い込む捕食者の笑みだった。

 ロウレイブは力強く敬礼を返す。その足元で、グラン・マルキノが地響きのような唸りを上げ、主砲が不気味に空を向いた。

 

 

 荒野の岩石が、怒涛の行軍に削られていく。

 敵陣営の気配が濃密になる。前方に展開するグラウド国軍は、迎撃の布陣を敷いていた。

「チッ、対応が早すぎるな」

 クレイドの吐き捨てた言葉を皮切りに、国軍の剣兵と銃兵が一斉に雪崩れ込む。

 

「一気にケリをつけるぞ!」

 クロコとフロウが先陣を切り、岩石帯の回廊で二つの軍勢が激突した。

 クロコが振るう剣は、もはや銀の残像でしかない。フロウの華麗な剣技と合わせ、敵陣の中心が瞬く間に切り裂かれていく。

「ひるむな! 陣形を組んで囲め!」

 国軍の隊長が叫び、兵たちがクロコたちを包囲せんと殺到する。だが、

「俺たちを忘れるな!」

 側面からクレイドとブレッドが強襲し、包囲網を紙屑のように粉砕した。

 

 無敵の四人による蹂躙。クロコは戦場を切り開きながら、前へ前へと食い込む。

「調子に乗るなよ、小娘!」

 怒号と共に、一人の男がクロコの行く手を塞いだ。ロウレイブ大尉。手にした長槍が、冷徹な光を放っている。

 

「貴様か。砲兵隊を壊滅させたのは」

「だから何だ!」

「我が誇りに懸けて、ここで始末する!」

 

 クロコの姿が、陽炎のように消えた。

 ――瞬歩。次の瞬間、ロウレイブの死角に現れたクロコが鋭利な一閃を放つ。

 ヒュンッ!

 だが、刃は空を切る。ロウレイブは驚異的な反射神経で横へ跳び、難なく回避した。

 

「……ッ!」

 驚く隙も与えず、ロウレイブの槍が蛇のようにうねり、クロコを襲う。

 ヒュゥンッ!

 空気を裂く鋭い音。クロコは身をかがめて回避するが、切っ先が髪を微かに掠め、黒い房が宙に舞う。

 だが、恐るべきはその先だ。ロウレイブの槍は、通り過ぎたはずの軌道を無視し、鞭のようにしなってクロコの喉元へ戻ってきた。

 

「なっ……!?」

 予期せぬ変幻自在の軌道。反応が一瞬遅れる。

 ギィンッ!!

 火花が散り、剣と槍が交差する。金属音の余韻が戦場に響く中、ロウレイブは不敵に笑みを浮かべた。

 

「ほう……。さすがにやるな」

 

(……強い。こいつ、格が違う!)

 クロコは剣越しに伝わる強烈な振動を感じ取り、戦慄と同時に昂揚を覚えていた。

 

 クロコは体を反転させ、重心を低く保ったまま敵の懐へ飛び込む。回転の遠心力を乗せた渾身の斬撃。

 ヒュンッ!

 だがロウレイブは、まるで風を透かすように背後へ跳び退く。

 

「チッ……!」

 距離を取った瞬間、ロウレイブの長槍が火を噴く。間合いの外から放たれる高速の突き。それは刺突の速度を超え、視界を塗りつぶす銀の閃光と化した。

 

 クロコは紙一重で身をそらし、死線を避ける。しかし、ロウレイブの攻撃は止まらない。突きと斬撃が複雑に絡み合い、逃げ場を塞ぐ波状攻撃となってクロコを追い詰める。

(クソ……防ぐだけで精一杯だ!)

 距離を取ろうと後方に飛んだ瞬間、裂帛の気合とともに槍が唸った。

 ヒュゥンッ!

 鋭い切っ先がクロコの肩を掠め、深紅の飛沫が宙を舞う。

 

「フッ、この間合いに慣れぬ者に勝ち目はない。……ここで消えろ、女!」

「……! 誰が女だッ!!」

 

 怒りで瞳を赤く燃やし、クロコが踏み込む。

 ギィンッ!!

 渾身の力で槍の穂先を叩き折るように弾いた。ロウレイブの重心がわずかに浮く。その刹那、クロコは地を這うような速さで懐へ滑り込んだ。

 

「ここだッ!」

 大振りの一撃がロウレイブの脇腹を裂く。朱色がシャツを染め、ロウレイブが苦悶の表情で跳ね退く。

 

 二人の間に再び距離が生まれる。ロウレイブが脇腹を押さえ、苛立ちを露わにしたその時だった。横合いから銀色の閃光が走り、ロウレイブの死角を突く。

「くっ……!」

 ロウレイブは槍の柄で何とか致命傷を防いだ。

 

「大丈夫!? クロコ君」

「フロウ!」

「チッ、面倒な奴らだ」

 

 ロウレイブが舌打ちをする間も与えず、フロウの剣舞が襲いかかる。

 ヒュヒュヒュンッ!

 流れるような連撃。ロウレイブが後ろへ下がりながら紙一重でかわすと、今度は反対側からクロコの凶刃が腹部を切り裂く。

 

(……新手も手強い。二対一では、さすがに分が悪すぎる)

 ロウレイブの表情に焦燥が走る。彼は状況を瞬時に判断し、隙を見て大きく後方へ跳んだ。

 

「逃がすかッ!」

 クロコが地を蹴ろうとしたその時、フロウがその肩を掴んだ。

「待って!! クロコ君!」

 

「なんだ……!?」

 不意に国軍兵たちが、潮が引くように後方へ退いた。

 戦況を見ていたフロウが、血の気を失った顔で前方を指さす。クロコが視線を走らせると、敵軍は一定の距離を保ったまま、不気味なほど整然と足を止めていた。

 

「不気味だ……撤退の合図もなく、ただ距離を置くなんて」

 フロウの脳裏に、最悪の可能性がよぎる。なぜ下がった? なぜ陣形を固める?

 ふと、フロウは味方の陣形を見渡した。中央に密集しすぎた友軍。その時、後方の敵陣の背後に蠢く「巨大な影」が目に入った。背筋を氷の槍が貫くような戦慄。

 

「みんなっ!! グラン・マルキノだーッ!! 岩壁に寄って伏せろーッ!!!」

 

 フロウの絶叫は、戦場の喧騒を切り裂いた。

 クロコたちは反射的に地を蹴った。クレイドも、ブレッドも、兵士たちも、本能のままに岩壁の陰へと飛び込む。

 

 ドォン――。

 遠くから響いたのは、死のファンファーレだった。

 直後、空を切り裂く風音が急速に膨れ上がる。

 ヒュゥゥウウ、と高音を上げる死神の鎌の音が頭上を掠め、次の瞬間――。

 

 ドオオオオオオォォォォォォォンッ!!!

 

 視界が塗りつぶされた。狂ったような閃光が辺りを白銀に染め上げ、爆音という名の槌が鼓膜を叩き割る。

 遅れて襲いくる熱風。巻き上げられた砂塵が赤茶色のカーテンとなり、すべてを隠蔽した。クロコは見た。数十の兵士が紙切れのように宙を舞い、砕けた岩片が弾丸となって肉を切り裂く様を。悲鳴さえ爆音に飲まれ、戦場は一瞬で「理解の外にある地獄」へと変貌した。

 

 やがて、狂乱の余韻だけが残る静寂が訪れた。

 

「うっ……」

 クロコが泥を啜りながら身を起こす。

 キイィィィン……と、脳を直接かき回すような激しい耳鳴りが居座る。口の中にはジャリとした土の感触と、鼻腔を突く濃密な火薬の臭い。

 視界が開けるにつれ、惨状が残酷なほど鮮明に浮かび上がった。通路の中央、無残に折り重なる兵士の骸。

 

「これが……こんなものが……」

 クロコは立ち尽くした。あまりの現実感のなさに、思考が凍りつく。

 だが、その硬直を破るように、新たな怒号が空気を震わせた。

 

「敵だーッ! 敵が来るぞ!!」

 クレイドの声だった。クロコは反射的に剣を握りしめ、泥を拭う。地獄の火はまだ、消えてはいなかった。

 

 クロコは反射的に大地を蹴り、立ち上がる。その視界の先、硝煙を突き抜けて国軍の猛追が迫っていた。

 

 クロコ、フロウ、ブレッド、クレイドの四人が最前線へ躍り出る。後に続く兵士たちは百名余り。先ほどの爆撃で判断力を失い、魂が抜けたような表情で震えている。

 

 フロウの顔が苦痛に歪む。

(クソッ……! これでは撤退の形すら作れない……!)

「みんなが立て直すまで、ここは僕たちが死守する!」

 フロウの絶叫に、クレイドが獣のような咆哮で応える。

「当たり前だッ!!」

 

 殺到する敵軍を、四人の剣技が切り裂く。泥と硝煙の中、乱戦が幕を開けた。

 その混戦の只中、異質な殺気がブレッドを襲った。長槍を構えたロウレイブが、戦場の喧騒を置き去りにする速度で肉薄する。

 

 ギィンッ!!

 

 ブレッドは紙一重で槍を受け止めたが、衝撃で足元が軋む。

「クソッ、何なんだこの動きは……!」

 ロウレイブは執拗に、かつ流麗に槍を振るう。蛇のような突きがブレッドの急所を抉る。ブレッドは冷や汗を流しながらも、極限の集中力で軌道を見切り、相手の槍が死角を通り過ぎた一瞬、迷わず懐へ踏み込んだ。

 

 ヒュンッ!

 鋭利な斬撃が走る。ロウレイブは紙一重で身をかわしたが、軍服の裾が赤く裂けた。彼は舌打ちと共に後方へ跳び、距離を取る。

「……チッ、こいつも手強いやつか」

 

 その時だった。戦場に轟くブロズドの声。

「撤退だッ!! 一時撤退するぞォォォッ!!」

 

 後方の部隊がようやく再編を終えようとしていた。

 クロコたちは追撃してくる国軍の槍先を紙一重でかわしながら、死に物狂いで後退を開始する。背後で爆音と怒号が渦巻く中、彼らは泥を這うようにして戦場を脱した。

 

 

 

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