呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける   作:ハネケン

13 / 15
1-13 襲来

 

 岩壁に抱かれた荒野に、鉄の怪物グラン・マルキノが鈍い光を放って佇んでいる。その影の下で、ファウンド大佐は、目の前の眼鏡の少年に不審の視線を向けた。

 

「君が、スコア・フィードウッドか」

「はっ! 遅れて申し訳ありません。途中で崖崩れに巻き込まれまして……」

(あと、大事な落とし物を探してて……)

「ん? 何か言ったか」

「い、いえ! 何でもありません!」

 

 ファウンドは少年のダボついた私服を一瞥し、眉をひそめた。

「軍人たる者が、その格好は何だ」

「あ、えと……軍服を着て街を歩くのが苦手で。上官の許可を得て、長旅の時だけは私服を許されているんです」

 

 言い訳を並べるスコアの様子は、どこまでも頼りない。ファウンドは苛立ちを隠さず、核心を突く。

「……いい。それより、戦えるのか」

「もちろんです」

「なら、早く準備を済ませろ」

 

 スコアが駆け出した背中に、ファウンドは短く言葉を投げた。

「戦局は我らに不利だ。君の活躍に期待しているぞ」

 立ち止まり、振り返ったスコア。その眼鏡の奥で、瞳が鋭く火花を散らした。

「ええ。そのために、ここへ来たのですから」

 

 ファウンドは立ち去る少年を見送りながら、胸中で毒づく。

(戦況は風前の灯火。逆転の芽は、この得体の知れない小僧にかかっているというのか)

 

 本陣の片隅。スコアは大きなバッグから軍服を取り出し、慣れた手つきで身を包んだ。ダボついた私服を脱ぎ捨てた瞬間、彼の纏う空気が一変する。

 白い鞘の剣を腰に帯び、彼はゆっくりと眼鏡を外した。

 

 顔を上げた時、そこにあったのはオドオドとした少年の面影ではない。

 深い青色の瞳は、冬の夜空のように冷徹で、獲物を逃さない鋭利な殺気を宿している。氷のごとき威圧感が周囲の空気を凍てつかせ、少年は静かに、しかし恐ろしいほどの速さで戦場へと走り出した。

 

 赤色の岩壁が閉塞する戦場。解放軍は敵陣を分断し、優勢に戦いを進めていた。

 フロウは鋭い眼光で敵陣を切り裂きながら、戦況を冷静に分析する。

(分断は成功した。だが、敵の個の能力は侮れない。対応される前に、一気に畳み掛けるしかない……!)

 

 その時だった。フロウの視界に、異質な存在が紛れ込む。白銀の髪を揺らす少年兵――スコアだ。

 認識した直後、スコアの姿が陽炎のように掻き消えた。

「……ッ!?」

 次の瞬間、死神がフロウの目前に顕現する。

 ヒュンッ!!

 閃光のような一撃。フロウは間一髪で体を反らしたが、脇腹が赤く裂け、鮮血が舞った。

「……がっ!」

 激痛に地面を這うフロウ。その惨状に、クレイドが咆哮と共に駆け寄る。

「この野郎ッ!」

 クレイドの巨躯がうねり、愛剣がスコアの頭上を叩き割らんと振り下ろされた。

 ギィィンッ!!

 だが、スコアは片手の剣一本でその重圧を支え切る。石のように微動だにしない立ち姿に、クレイドの眼が驚愕で見開かれた。

 隙だらけの懐へ、スコアの蹴りが深く食い込む。

 ズンッ!!

 鈍い音とともに、巨漢のクレイドが紙細工のように宙を舞い、泥の中へ叩きつけられた。

 

 戦場の喧騒から切り離された外周。ブレッドは剣を振るいながら、異様な重圧を感じて足を止めた。

(フロウとクレイドの場所が、一気に沈黙した……どうなってやがる)

 視線を上げた先、白い髪の少年と目が合う。背筋を氷の槍が貫くような戦慄。次の瞬間、スコアは視界から消失した。

(速い……クロコやフロウの域を超えている!)

 ブレッドは全神経を研ぎ澄まし、敵の気配を追う。だが、その視覚はスコアの残像すら捉えきれない。

 

「いくら速くても、目を凝らせば……ッ!」

 ブレッドは相手の動きに集中するが、スコアはすでに懐に入り込んでいた。

「クソッ……!!」

 ブレッドは後ろへ跳んだ。だが、空中で身体を掠めた白銀の刃が、無慈悲に腹部を切り裂く。

「ぐっ……!」

 ブレッドは深紅の飛沫を散らしながら、地に膝をついた。戦場に、静かな絶望が侵食していく。

 

 ブレッドは血の滲む腹を抱え、膝をついた。それでも、死に体で剣を握り締め、荒い息を吐きながらスコアを睨みつける。

 スコアは、そんな男をただ無機質な眼差しで見下ろしていた。感情の欠落した死神が、止めの一撃を振りかぶった――その刹那。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 クロコの咆哮と共に、横合いから銀の閃光が突き抜けた。

 ギィンッ!!

 スコアは微塵の迷いもなく剣を振るい、クロコの剣を弾き飛ばす。宙を舞う愛剣。クロコは戦慄した。人生で一度も経験したことのない、完璧なまでの「格」の差。自分の剣が木切れのようにあしらわれた事実に、思考が凍りつく。

 

 無防備なクロコに、スコアの刃が振り下ろされる。

「クロコーッ!!!」

 ブレッドの絶叫でクロコは現実に引き戻されたが、時すでに遅し。頭上に迫る死の軌道。

 

(あ……ダメだ、終わる)

 

 だが、刃は止まった。

 振り下ろされるはずの剣が、中空でピタリと停止した。スコアの手が、目に見えて震えている。

「なんで……きみが……!」

 氷のように冷たかった少年の瞳に、初めて亀裂が入る。そこには驚愕と、言いようのない混濁した感情が渦巻いていた。

 

 その時、戦場に乾いた銃声が連打される。

 パンッ、パンッ、パンッ!

「撤退だーッ! 一時撤退するぞォォォッ!!」

 

 ブロズドの怒号が響く。スコア一人によって組織の基盤を崩された解放軍は、国軍の猛攻に抗う術を失っていた。

 

「くっ!」

 クロコは反射的に転がった剣を拾い上げ、呆然と立ち尽くす少年の死角へ弾丸のように駆け出す。腹を押さえたブレッドも、残された力を振り絞って戦線を離脱した。

 少し離れた場所では、クレイドが重傷のフロウを肩に担ぎ、死に物狂いで退却を急いでいる。

 

 スコアはただ、剣を下げたまま立ち尽くしていた。

 泥を跳ねて遠ざかる解放軍の背中を、その深い青色の瞳が、困惑を湛えてただ見つめ続けていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。