呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける 作:ハネケン
岩壁に抱かれた荒野に、鉄の怪物グラン・マルキノが鈍い光を放って佇んでいる。その影の下で、ファウンド大佐は、目の前の眼鏡の少年に不審の視線を向けた。
「君が、スコア・フィードウッドか」
「はっ! 遅れて申し訳ありません。途中で崖崩れに巻き込まれまして……」
(あと、大事な落とし物を探してて……)
「ん? 何か言ったか」
「い、いえ! 何でもありません!」
ファウンドは少年のダボついた私服を一瞥し、眉をひそめた。
「軍人たる者が、その格好は何だ」
「あ、えと……軍服を着て街を歩くのが苦手で。上官の許可を得て、長旅の時だけは私服を許されているんです」
言い訳を並べるスコアの様子は、どこまでも頼りない。ファウンドは苛立ちを隠さず、核心を突く。
「……いい。それより、戦えるのか」
「もちろんです」
「なら、早く準備を済ませろ」
スコアが駆け出した背中に、ファウンドは短く言葉を投げた。
「戦局は我らに不利だ。君の活躍に期待しているぞ」
立ち止まり、振り返ったスコア。その眼鏡の奥で、瞳が鋭く火花を散らした。
「ええ。そのために、ここへ来たのですから」
ファウンドは立ち去る少年を見送りながら、胸中で毒づく。
(戦況は風前の灯火。逆転の芽は、この得体の知れない小僧にかかっているというのか)
本陣の片隅。スコアは大きなバッグから軍服を取り出し、慣れた手つきで身を包んだ。ダボついた私服を脱ぎ捨てた瞬間、彼の纏う空気が一変する。
白い鞘の剣を腰に帯び、彼はゆっくりと眼鏡を外した。
顔を上げた時、そこにあったのはオドオドとした少年の面影ではない。
深い青色の瞳は、冬の夜空のように冷徹で、獲物を逃さない鋭利な殺気を宿している。氷のごとき威圧感が周囲の空気を凍てつかせ、少年は静かに、しかし恐ろしいほどの速さで戦場へと走り出した。
赤色の岩壁が閉塞する戦場。解放軍は敵陣を分断し、優勢に戦いを進めていた。
フロウは鋭い眼光で敵陣を切り裂きながら、戦況を冷静に分析する。
(分断は成功した。だが、敵の個の能力は侮れない。対応される前に、一気に畳み掛けるしかない……!)
その時だった。フロウの視界に、異質な存在が紛れ込む。白銀の髪を揺らす少年兵――スコアだ。
認識した直後、スコアの姿が陽炎のように掻き消えた。
「……ッ!?」
次の瞬間、死神がフロウの目前に顕現する。
ヒュンッ!!
閃光のような一撃。フロウは間一髪で体を反らしたが、脇腹が赤く裂け、鮮血が舞った。
「……がっ!」
激痛に地面を這うフロウ。その惨状に、クレイドが咆哮と共に駆け寄る。
「この野郎ッ!」
クレイドの巨躯がうねり、愛剣がスコアの頭上を叩き割らんと振り下ろされた。
ギィィンッ!!
だが、スコアは片手の剣一本でその重圧を支え切る。石のように微動だにしない立ち姿に、クレイドの眼が驚愕で見開かれた。
隙だらけの懐へ、スコアの蹴りが深く食い込む。
ズンッ!!
鈍い音とともに、巨漢のクレイドが紙細工のように宙を舞い、泥の中へ叩きつけられた。
戦場の喧騒から切り離された外周。ブレッドは剣を振るいながら、異様な重圧を感じて足を止めた。
(フロウとクレイドの場所が、一気に沈黙した……どうなってやがる)
視線を上げた先、白い髪の少年と目が合う。背筋を氷の槍が貫くような戦慄。次の瞬間、スコアは視界から消失した。
(速い……クロコやフロウの域を超えている!)
ブレッドは全神経を研ぎ澄まし、敵の気配を追う。だが、その視覚はスコアの残像すら捉えきれない。
「いくら速くても、目を凝らせば……ッ!」
ブレッドは相手の動きに集中するが、スコアはすでに懐に入り込んでいた。
「クソッ……!!」
ブレッドは後ろへ跳んだ。だが、空中で身体を掠めた白銀の刃が、無慈悲に腹部を切り裂く。
「ぐっ……!」
ブレッドは深紅の飛沫を散らしながら、地に膝をついた。戦場に、静かな絶望が侵食していく。
ブレッドは血の滲む腹を抱え、膝をついた。それでも、死に体で剣を握り締め、荒い息を吐きながらスコアを睨みつける。
スコアは、そんな男をただ無機質な眼差しで見下ろしていた。感情の欠落した死神が、止めの一撃を振りかぶった――その刹那。
「うおおおおおおおっ!!」
クロコの咆哮と共に、横合いから銀の閃光が突き抜けた。
ギィンッ!!
スコアは微塵の迷いもなく剣を振るい、クロコの剣を弾き飛ばす。宙を舞う愛剣。クロコは戦慄した。人生で一度も経験したことのない、完璧なまでの「格」の差。自分の剣が木切れのようにあしらわれた事実に、思考が凍りつく。
無防備なクロコに、スコアの刃が振り下ろされる。
「クロコーッ!!!」
ブレッドの絶叫でクロコは現実に引き戻されたが、時すでに遅し。頭上に迫る死の軌道。
(あ……ダメだ、終わる)
だが、刃は止まった。
振り下ろされるはずの剣が、中空でピタリと停止した。スコアの手が、目に見えて震えている。
「なんで……きみが……!」
氷のように冷たかった少年の瞳に、初めて亀裂が入る。そこには驚愕と、言いようのない混濁した感情が渦巻いていた。
その時、戦場に乾いた銃声が連打される。
パンッ、パンッ、パンッ!
「撤退だーッ! 一時撤退するぞォォォッ!!」
ブロズドの怒号が響く。スコア一人によって組織の基盤を崩された解放軍は、国軍の猛攻に抗う術を失っていた。
「くっ!」
クロコは反射的に転がった剣を拾い上げ、呆然と立ち尽くす少年の死角へ弾丸のように駆け出す。腹を押さえたブレッドも、残された力を振り絞って戦線を離脱した。
少し離れた場所では、クレイドが重傷のフロウを肩に担ぎ、死に物狂いで退却を急いでいる。
スコアはただ、剣を下げたまま立ち尽くしていた。
泥を跳ねて遠ざかる解放軍の背中を、その深い青色の瞳が、困惑を湛えてただ見つめ続けていた。