呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける 作:ハネケン
赤き岩の大地。ウォーズレイ基地の喉元、『第五防衛ライン』に冷酷なまでの静寂が降りていた。
作戦開始から二十分。地平線の彼方から、青い軍服の濁流――グラウド国軍が姿を現した。
国軍の中央で、白銀の髪をなびかせる少年、スコア・フィードウッドが瞳を細める。
(あの中に、クロコが……。いや、今は……戦いに集中しろ)
少年は自身の迷いを断ち切るように、深く青い瞳から感情を消し去った。
最終防衛ラインの中央、アストリア司令官の面構えが変わる。柔和な面影は消え、百戦錬磨の将の鋭気がその身を覆う。
「さて、いよいよか。アレを指揮するのも久しぶりだ」
パンッ!
信号弾が火蓋を切る。
「突撃ッ!!」
国軍の絶叫が地を揺らし、スコアを先頭に青い波が防衛ラインへと殺到した。
「やはり貴様が楔か。だが、計算済みだ」
アストリアが右手を振り下ろす。
「砲撃開始!!」
ドドドドドドンッ!!
轟音と共に放たれた六門の弾丸が、スコアの足元を爆炎で染める。少年は軽やかなステップで回避するが、休む暇は与えられない。
「第二、一斉砲撃!」
着弾の爆煙を突くように、次なる砲弾がスコアの逃げ道を完全に塞ぐ。
「くっ……!」
縦横無尽の爆破の連鎖。絶え間なく続く砲弾の雨。アストリアの指示は、まるでチェス盤の上で駒を操るかのように、スコアの未来を先読みして放たれる。
「第一、砲撃準備! 第二、C3へ! 第三、A4へ! 第四、一斉砲撃!!」
完璧な連携。幾重にも折り重なる砲撃の網が、戦場の『瞬神』を泥の中に釘付けにする。
「……クソッ!」
スコアは身を翻し、爆風をかいくぐるのが精一杯だ。一歩も前へ進めない。
(先の戦いで砲兵を失った敵に対し、こちらは数で圧倒している。この圧倒的な火力の暴風でアイツを抑え込む……! あとは、クロコたちが怪物に辿り着く時間さえ稼げれば――!)
国軍の指揮官は、戦場を支配する砲火の網に歯噛みした。
「……クッ! 砲兵隊の主力がすべて『瞬神』に釘付けだと? 陣形を左右に割れ! 両翼から防衛ラインを抉じ開けるんだ!」
国軍が中央を避け、北と南の二手に分かれて猛進する。だが、その先で待っていたのは死の壁だった。
北の進路に、ブレッド率いる部隊が立ち塞がる。
「がッ!」
先陣を切った兵士が鮮血を散らして崩れ落ちる。南側でも同じだ。クレイドが咆哮と共に巨大な剣を振るい、防衛線を突き破ろうとする国軍の兵士を玩具のように弾き飛ばした。
「本命よりはよっぽど御しやすいな」
ブレッドが冷笑を浮かべる。南側ではクレイドが溜息混じりに剣を構えた。
「あっちの化け物とリベンジしたかったんだがな……まあ、今は目の前の雑魚を掃除するだけか」
ブレッドの背後では、サキが懸命に隊列を維持していた。
(僕も、みんなの力になるんだ!)
北ではブレッドの旋風が陣形を切り裂き、南ではクレイドの豪腕が肉の壁を粉砕していく。アストリアの絶妙な砲撃指揮と、二人の猛攻。国軍の陣形は、まるで茹で上がったかのように無様に崩壊していった。
「おのれ……どうなっているんだ!」
指揮官の絶望をよそに、アストリアは無慈悲な正確さで戦場をコントロールし続ける。
(砲弾が尽きるまでが勝負だ。あとは……頼んだぞ、二人とも)
戦場の喧騒から遠く離れた荒野。クロコとフロウは、死を急ぐ旅人のように駆けていた。
地図に示されたCルートは、呪われたかのように足場が悪かった。剥き出しの岩肌が足を苛み、狭隘な岩壁が二人の呼吸を奪う。
「はっ……はっ……」
フロウの顔色から血の気が引いていく。脇腹の傷が痛むのだろう、手でそれを押さえながらも、彼は足を止めない。
「……おい、無理するなよ」
クロコが振り返る。だが、フロウは荒い息の下で笑みを強いた。
「心配無用だよ。……グラン・マルキノまであと少しだ。ここで気を抜いたら、全てが水の泡だからね」
二人は加速する。背後に響く遠い爆音を、勝利の鐘の音だと信じて。
防衛ラインの南北では、ブレッドとクレイドが国軍の攻勢を完全に封じ込めていた。しかし、戦場の心臓部――中央の砲火地帯で、悪夢が現実味を帯びていた。
ドドドドドドンッ!
絶え間ない轟音と爆煙の向こう側。本来なら粉微塵に吹き飛んでいるはずの少年、スコアがそこにいた。
彼は砲弾の嵐を、まるで春の陽光を避けるかのような軽やかなステップで躱し、防衛ラインへとその距離を詰めていた。
「こ、こんなことが……」
「化け物だ……」
砲兵たちの間に凍りつくような戦慄が走る。完璧な連携で放たれるはずの砲撃を、少年はすべて「予見」しているかのようだった。アストリアの額からも、冷や汗がしたたり落ちる。
(『瞬神の騎士の再来』……まさか、ここまでとは)
アストリアは自身を叱咤するように目つきを鋭くした。
「動じるな! 距離を詰めれば逃げ場はなくなる。第一砲兵隊、A7へ集中!!」
だが、事実は残酷だった。理論上、標的が近づけば回避は困難になるはずだ。しかし、スコアの進撃速度は砲撃の密度が増すたびに加速しているようにさえ見えた。まるで砲撃を足場にして駆け上がってくるかのような、神速の踏み込み。
「なんなんだよ、あいつは……!」
「クソッ、当たらないのか!」
兵士たちの動揺が砲撃の精度を狂わせ始める。恐怖が目に見えない重力となって、陣地を圧迫していた。
「第一、一斉砲撃だ! 落ち着け、照準だけに集中しろ!」
アストリアは叫ぶが、その内側で冷徹な計算が警鐘を鳴らす。
(まずい。これ以上近づかれれば、北側の友軍を巻き込む――。あと少しだ。地獄の淵で、あと少しだけ踏みとどまらせるんだ)
白銀の髪をなびかせ、スコアの青い瞳がただ一点、防衛ラインの向こう側を射抜いていた。
スコアが距離を詰めるたび、砲兵たちの空気は死の予感で凍りついていった。特に、最前列で引き金を握る一人の兵士は、極限の恐怖に支配されていた。
震える指先でスコアを追う。ふと、スコアと視線が交差した。氷の刃で心臓を刺し貫かれたかのような戦慄。兵士の全身から血の気が失せ、思考が停止する。
「第二、一斉砲撃!」
アストリアの号令が雷のように響く。兵士は我に返り、慌てて砲身を動かした。
「お、おい! 照準が狂ってるぞ!」
隣の兵士の叫びも届かない。狂った照準の先、そこには味方の部隊がいた。
「あ……」
放たれた砲弾は、運命を嘲笑うように北側の解放軍兵士たちへ吸い込まれていく。
ドンッ!
自陣の中央で爆炎の花が咲き、断末魔が響き渡った。爆風に翻弄され、小さな身体が宙を舞う。サキだった。
その惨状を、スコアは冷ややかな瞳で捉えた。だが、少年の視線はすぐに別の「ある状況」へ注がれる。彼は瞬時に砲火の嵐を離れ、横へと駆け出した。
戦場に困惑が広がる。アストリアは瞬時に最悪の事態を察知し、声を振り絞った。
「撃ち方やめぇぇっ! 即座に中止だ!!」
静寂が戦場を支配した。味方同士の誤射という愚行に、ブレッドとクレイドも呆然とそちらを見る。
土煙の向こう側。信じがたい光景が露わになった。
あろうことか、吹き飛ばされたサキが、敵であるスコアの目と鼻の先の地点に無防備に倒れ伏していたのだ。
スコアは剣を下げたまま、その小さな犠牲者を見下ろしていた。少年兵と少年の距離は、戦場のすべてが固唾をのんで見守るほどに、残酷なまでに近かった。