呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける   作:ハネケン

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1-2 入軍試験

 灰色の摩天楼が林立する中にあって、そこだけが異様な存在感を放っていた。

 四方を分厚い外壁で封鎖された横長の巨大構造物――『セウスノール解放軍・フルスロック基地』。建物の外縁には無骨な大口径砲が幾重にも牙を剥き、街全体を威圧するように沈黙を守っている。

 その影を縫うように、幾つもの兵影が蠢いていた。

 

「全班、合流完了」

「了解。これより作戦を開始する」

 

 

 

 無機質なコンクリートの回廊を、二人の男が足音を響かせながら歩いていた。

 一人はガルディア司令官。二十代後半、逆立った黒髪と猛獣のような眼光を持つ、熱を孕んだ巨躯。

 もう一人はアールスロウ副司令。二十代半ば、冷徹な静寂を纏う長身の美丈夫で、結った銀髪が歩調に合わせて揺れる。

 

「戦況が芳しくないようです」

 

 アールスロウが落ち着いた口調で言った

 

「ああ。敗色が濃厚だ。特に国軍に現れた『瞬神の騎士の再来』とかいう怪物、あれの勢いが止まらない」

 

「ここ一、二年、我々の方からは期待できるルーキーが出ていない。結成十年を迎え、志願兵の質も底をつきつつあります」

 

 ガルディアが大きく肩をすくめる。

 

「その尻拭いで、俺が各地の訓練官を押し付けられているんだ。笑えないな」

 

「司令官であるあなたが不在では、私も楽ではありませんよ」

 

「まったくだ。この膠着状態、どうにかならんものか」

 

 アールスロウは冷ややかな瞳を伏せ、微かな焦燥を隠すように歩調を速めた。

 

「軍全体を覚醒させるような『英雄』が一人でもいれば……。だが、今の状況ではそれも望み薄ですね」

 

 その時だった。廊下の先が異様な熱気を帯びていることに二人は気づいた。

 四人の兵士が狼狽え、声を荒らげている。アールスロウが眉を寄せ、歩み寄った。

 

「騒がしいな。何があった」

「あ、アールスロウ副司令! それにガルディア司令官!」

 

 兵士の一人が血相を変えて敬礼する。

 

「いえ、その……変な女が押しかけてきまして。入軍試験を受けさせろと騒いでいるんです」

「女?」

 

 ガルディアが面白そうに鼻を鳴らす。

 

「それで、いざこざが起きたんだが……なんと、その女がベイトム隊長を拳一つで殴り倒して……気絶させてしまったんです!」

 

 空気が凍りついた。ベイトムといえば、軍でもかなりの武闘派だ。それを名の知れぬ女が?

 

「……正気か?」

「はい。ベイトム隊長は、追い払うつもりで『俺を認めさせれば、特別に入軍を掛け合ってやる』と調子に乗ったようで……」

 

 沈黙の後、ガルディアが腹を抱えて豪快に笑った。

 

「ハッハッハ! 面白い! 上等だ」

「司令官、真面目に取り合うおつもりですか?」

 

 アールスロウが冷ややかな視線を向けるが、ガルディアの眼光は少年のように爛々と輝いていた。

 

「面白いじゃないか。叩き込んでやれ、入軍試験を」

「いいんですか? グレイさん……」

「ああ、今決めた!」

 

 

 

 

 基地の広間は、吹き抜けの冷たい空気が渦巻いていた。

 二階の回廊からも好奇の視線が突き刺さる中、クロコは仁王立ちで兵士たちを威圧していた。背後では、親友のブレッドが溜息を吐いている。

 

「だから! 話が通じないんだよ、お前らは。気絶したあのオッサンよりマシな奴を出せと言ってるんだ!」

「い、いや、だから上層部に掛け合っている最中でして……」

 

 クロコの声は少女のものだが、放たれる殺気は歴戦の兵士をも凌駕していた。

 

「ったく、これじゃ話にならねぇな」

「お前が隊長を殴り飛ばしたからだろ。せめて足か腹にしとけば、門前払いなんて事にはならなかったんだ」

 

 ブレッドの呆れ混じりのツッコミに、クロコは顔をかきながら苦笑する。

 

「はは、つい熱くなっちまってな。……ま、済んだことはどうでもいいだろ」

 

 その時、一人の兵士が荒い息を吐きながら駆け寄ってきた。

 

「おい! 二人とも許可が出たぞ! すぐに試験を行う、ついて来い!」

「おいおい、マジかよ……」

 

 ブレッドが目を丸くする。クロコはニヤリと口角を上げた。

 

「結果オーライってな」

 

 二時間後。基地東端の演習場。

 無機質な木床が広がるその空間に、ガルディア司令官とアールスロウ副司令の姿があった。

 

「面接も終わりの頃か」

「ええ。最後がこの実技試験です」

 

 アールスロウが冷徹な視線を演習場の入り口へ向ける。ガルディアは楽しげに腕を組んだ。

 

「どんな化け物か、見物といこうじゃないか」

 

 そこへ担当の兵士が現れ、二人を見つけて駆け寄る。

 

「ガルディア司令官、アールスロウ副司令! お二人ともこちらへ」

「報告を」

 

 兵士は書類を差し出し、引きつった笑みを浮かべた。

 

「素性・身体検査ともに異常なし。ただ、面接官曰く……態度が『ふてぶてしい』と」

「ハッハッハ! いい度胸だ。それで、身元は?」

 

 ガルディアが書類に目を落とす。

 

「クロコ……随分と珍しい名前だな。……ん、誤字の修正跡があるのか」

「本人の書き癖のようでして」

 

 ガルディアの指が、履歴書の特定の行で止まった。出身地――スロンヴィア。

 

 空気が、一瞬にして冷える。

 アールスロウが眉間に深い皺を刻んだ。

 

「スロンヴィア……あの虐殺事件の生き残りですか」

「国軍が村ごと焼き払った、あの地獄か」

 

 ガルディアは何も言わず、ただ書類を握りしめる。その瞳の奥には重苦しい影が揺らめいていた。

 

「入軍理由はおそらくは国軍への復讐でしょうね」

「復讐、か……」

 

 

 

 ガルディアが書類を兵士へ返したその直後、重厚な扉が開かれた。クロコとブレッドが、数人の兵士に囲まれて実技場へと入ってくる。

 

「……ここが試験会場か。随分と立派な箱だな」

「無駄に広いだけだろ」

 

 クロコは兵士たちの牽制を鼻で笑うと、場の中央へとズカズカと歩を進めた。その不敵な背中を見つめ、ガルディアは口角を歪める。

 

「噂通りのふてぶてしさだな」

 

 場の中央に立ったクロコは、隅で見守るガルディアに鋭い視線を向けた。彼女の視線の先には、先ほどまで彼女を連行していた若い兵士がいる。

 

「なあ、あそこで偉そうに腕組んでるオッサンは誰だ?」

「お、おい……。あれはガルディア司令官だぞ。この基地のトップに決まってるだろ」

「へぇ。わざわざそんな偉い奴が、俺みたいなルーキーの試験を見物に来るのか?」

「知るかよ。どうせお前が騒ぎすぎて、司令官の耳にまで届いちまったんだろ」

 

 その時、号令が場内に響いた。

 

「試験を開始する!」

 

 試験官が歩み寄り、冷淡に宣告する。

 

「ルールは単純だ。我々が用意した兵士と戦い、その実力を示せ。それで判定を下す」

「分かりやすいな」

 

 クロコは木剣を掴み、凶暴な笑みを浮かべた。

 

「要するに、その野郎をぶっ飛ばせばいいんだな?」

 

 対峙したのは、黄色の短髪を逆立てた、いかにも叩き上げといった面構えの兵士――ロブソンだった。

 

「剣を預けろ。訓練用の木剣でやる」

「おいおい、俺の剣をそんな見ず知らずに預けろってのかよ」

「クロ、文句は言うな」

 

 遠くで見守るブレッドが制止する。

 

「試験に合格すりゃ、基地の全員と命を預け合う仲になるんだ。まずは大人しく従え」

 

 クロコはしぶしぶ愛剣を預け、鈍い音を立てて木剣を受け取った。

 

 演習場の隅では、ガルディアが静かに戦況を見守っていた。

 

「相手はロブソンか。ベイトムより強いのか?」

「ベイトムは老練ですが、全盛期を過ぎています。純粋な武力なら、今やロブソンの方が上でしょう」

「ほう。じゃあ、これでこの『女』の器が本物かどうかが分かるわけだ」

 

 アールスロウはなおも難色を示す。

 

「司令官、仮に合格したとして、女の兵士を採用するというのはどうでしょうか。 居住区の問題、その他諸々の――」

 

「細かいことは後で考えろ」

 

 ガルディアは視線を演習場から外さない。

 

「ようは、そんな些細な難癖を黙らせるほどの力があるかどうかだ。お前も言っただろ、今、我々には圧倒的な『英雄』が必要だってな」

「……ええ」

「なら、見届けてやろうじゃないか。始まるぞ」

 

 

 クロコとロブソン、二人の木剣が空間を切り裂くように交差する。

 演習場を囲むのは、噂を聞きつけた野次馬の兵士たち。その嘲笑に近い視線を背中で受けながら、ブレッドは深く息を吐いた。

 

(入る前から厄介な注目を集めやがって……)

 

「試験を開始する。準備はいいか?」

 

 審判の合図に、クロコは獲物を狙う肉食獣のような眼光でロブソンを射抜く。

 静寂が張り詰めた瞬間――審判が腕を振り下ろした。

 

「始めッ!」

 

その刹那だった。

 ――ブシュッ!

 鈍い音と共に、ロブソンの首から鮮血が噴水のように舞った。ロブソンは声もなく、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 

 ざわり、と空気が粟立った直後。

 ――グシャァァァン!!

 演習場上部の木窓が、何十枚もの破片となって爆散した。

 降り注ぐ破片の雨の中、黒い影が無数に舞い降りる。黒覆面の暗殺者たち――国軍直属の『アサシン隊』だった。

 

「なんだ、一体……ッ!」

 

 クロコが叫ぶ間にも、冷徹な死の刃が振るわれる。

 訓練用の木剣しか持たない兵士たちは、抵抗する間もなく、紙切れのように切り裂かれていく。その身のこなしは人間離れしており、まるで影が意志を持って踊っているかのようだった。

 

「アサシン隊……国軍の奇襲か!」

 

 アールスロウが血相を変える。

 

「敵襲だ! 態勢を立て直せ!」

 

 ガルディアの怒号が響くが、無防備な兵士たちは次々と赤黒い花を散らして沈んでいく。

 混乱の渦中、ブレッドが倒れた兵士の腰からクロコの愛剣を奪い取った。

 

「クロ、受け取れッ!」

 

 弧を描いて飛んできた剣を空中で掴み、クロコは迷いなく抜刀した。抜身の鋼が冷たい光を放ち、アサシンの一人へ疾風の如く肉薄する。

 

ヒュンッ!

 クロコの鋭い一撃。しかしアサシンは不気味なほど軽やかに後方へ跳躍し、それを無傷でかわした。

 

 わずか数十秒。演習場には、クロコ、ブレッド、ガルディア、アールスロウの四人以外、動く者は残されていなかった。

 アールスロウは顔を歪ませて剣を抜く。

 

「くそ……! こんなことが」

「待て、ファイフ!」

 

 ガルディアがその腕を強引に制止した。

 

「なぜ止めるんです……! 奴らは並みの兵士とは格が違う。このままでは全滅だ!」

「確かめるんだ。奴らの強さを、そして――」

 

 ガルディアは冷や汗を流しながら、剣を構えてアサシンと対峙するクロコの背中を凝視した。

 

「あいつらが、本当に『本物』なのかをな」

 

 

 クロコとブレッドは演習場の中央、死地へと踏み込んだ。

 クロコは瞬時に戦場を俯瞰する。左右に分かれた敵の配置、殺気の密度。

 

「ちょうど左右にばらけてるな……」

 

 クロコはアサシン達の配置を冷静に分析する。

 背中を合わせる。肌越しに伝わる親友の震えに、クロコは力強く剣を握り直した。

 

「右に十二人、左に八人だ。右は俺が引き受ける」

「わかったよ……、りょーかいだ」

 

 ブレッドの返事を背中で受け、二人は弾けるように散った。

 

 クロコが突進する。標的のアサシンが迎え撃つ構えを見せたその瞬間、クロコの姿が陽炎のように掻き消えた。

 ――瞬歩。

 アサシンが危機を察して逆方向へ跳躍する。だが、その背後にクロコの気配が重なった。

 

「避けたつもりか?」

 

 冷徹な宣告と共に、鋼の斬撃が空を裂く。

 ヒュンッ!!

 肉を断つ音を立て、アサシンの体が泥人形のように弾け飛んだ。

 

「まず一人」

 

 圧倒的な殺意に、アサシンたちの動きが一瞬硬直する。しかし直後、三人の影が猛獣のようにクロコへ肉薄した。

 

「陣形も組まずに突進してきやがって、なめられたもんだな」

 

 放たれた三本のナイフが空気を切り裂く。クロコはそれを空中で捻るような跳躍で紙一重にかわした。着地点を狙い澄ました別の一人が剣を振り下ろすが、クロコは流れるような動作で懐へ潜り込み、背後から強烈な一撃を叩き込む。

 叩きつけられる体。同時に襲いかかる残る二人の斬撃を、クロコは最小限の動きでいなし、空いた隙に風を切り裂くような神速の連撃を返した。

 鮮血が舞い、二つの影が床を転がる。クロコは勢いを殺さず、残る群れへ向けて牙を剥く暴風のように突撃した。

 

 一方のブレッドもまた、静かなる死神と化していた。

 

(女になっても、相変わらずめちゃくちゃだな……)

 

 冷や汗を流しながらも、ブレッドは背後から襲いかかってきたアサシンの喉元を、最短距離の突きで貫く。

 ヒュンッ!

 ブレッドの剣は、クロコのような派手さはない。しかし、無駄な動きを徹底的に削ぎ落とした、職人の手業のように洗練されていた。一歩踏み込むごとに、確実に敵の息の根を止めていく。

 

 演習場の隅で、アールスロウは息を呑んだ。

 

「……これは、凄まじい。予測の域を超えています」

 

 ガルディアは戦場の中心で踊る二人を眺め、満足げに目を細めた。

 

「どうやら、本物だったな」

 

 彼の瞳には、滅びゆく戦場に現れた「救世主」の姿が確かに焼き付けられていた。

 

 

ヒュンッ!

 風を切り裂くような一撃で、最後のアサシンが宙を舞い、床に叩きつけられた。

 

「……これで全員、掃除完了だな」

 

 クロコが荒い息を吐きながら周囲を見回す。ブレッドが苦笑交じりに歩み寄った。

 

「やれやれ、派手にやったもんだ。これで終わりか?」

「いや……数が合わない」

 

 クロコの殺気立つ視線が、演習場の隅で固まっていたガルディア司令官へと向けられる。

 ――その頭上。天井の梁(はり)から、黒い影が毒蜘蛛のように音もなく降下していた。

 

「……ッ、上だ!!」

 

 アールスロウの絶叫が響く。だが、あまりに距離がある。

 

「くそッ、間に合わん!」

 

 ブレッドの叫びも虚しく、暗殺者のナイフがガルディアの心臓目掛けて突き立てられようとしていた。

 

 その瞬間、クロコが地を蹴った。

 視界が歪むほどの超加速。クロコの身体は、まるで獲物を追う紅蓮の流星となって二人の間へ滑り込んだ。

 

「てめぇーはおとなしくやられてろ!!」

 

 キンッ!

 鋼と鋼が火花を散らす。クロコは刃を弾き飛ばすと同時に、強烈な蹴り上げをアサシンの顎に叩き込んだ。暗殺者は白目を剥いて吹き飛び、壁に激突して沈黙する。

 クロコは勢い余ってガルディアと衝突し、床に転がった。

 

「……おい、司令官。あんたの首はもっと大事に扱えよ」

 

 クロコが苦笑しながら身を起こすと、ガルディアは目を丸くし、やがて腹を抱えて笑い出した。

 

「ハッハッハ! こいつはとんでもない奴が迷い込んできたもんだ!」

 

 

 奇襲から数時間。黄昏の影が基地の廊下を長く引き伸ばしていた。

 壁に背を預け、クロコとブレッドは疲労を噛み締めていた。

 

「おい、いつまで待たせる気だ。これじゃ試験どころじゃないだろ」

「無理もない。基地が襲撃されたんだ。入軍試験なんて二の次だろ」

 

 ブレッドが疲れ果てたように壁を見上げる。クロコは自身の細い手を見つめ、静かに呟いた。

 

「……今日、変なことばかりだな」

「ああ、死ぬほどな」

 

 クロコがふと視線を向け、ブレッドをまっすぐに見つめる。

 

「……ブレッド。お前は何も変わらねぇな。俺がこんな女の姿になっても」

 

 ブレッドは少し驚いたように目を広げ、すぐにニヤリと笑った。

 

「意外だな。自分がどう見られているか、気にしていたのか?」

「……うるせぇ。女の体で不自由な思いをするのはコリゴリなんだよ」

「ハハハ。安心しろ。中身が今日一日でクロコから可愛い乙女に変わったわけじゃねぇだろ。俺にとってはお前はいつまで経ってもクロコだ」

 

 その時、廊下の奥から足音が近づいてきた。アールスロウ副司令だった。

 

「二人とも、待たせたな。ガルディア司令官が直々に呼んでいる。……司令室まで来い」

 

 クロコが立ち上がり、剣を直す。その瞳には、すでに迷いはなかった。

 

「へぇ。ようやくか」

 

 

 アールスロウに導かれ、重厚な扉を抜ける。司令室は、戦火の匂いと無数の資料が混ざり合う、この基地の心臓部だった。

 

「よう、待たせたな。騒がしい一日だったが、よく生きていてくれた」

 

 ガルディアが山積みになった書類の奥から顔を上げ、不敵に笑う。

 

「いえ、これも戦場の一部ですので」

 

 ブレッドが冷静に返す。

 

「で、結果はどうなんだ。入軍試験は……」

 

 クロコが食い気味に問うと、ガルディアは書類を放り出すようにして言い放った。

 

「合格だ」

「……え?」

「拍子抜けしたか? だが、お前たちの実技を見れば合否なんて明白だ。クロコ、お前に関しては『特例中の特例』だが、能力は文句なしだ。今日からお前たちは、フルスロック基地の正式な兵士だ」

 

 アールスロウが端正な顔に少しだけ笑みを浮かべ、二人に一礼する。

 

「ようこそ、解放軍へ」

「やったな、クロ!」

 

 ブレッドが弾んだ声でクロコの肩を叩く。しかし、クロコはどこか落ち着かない様子で、やがて思い詰めたように口を開いた。

 

「……おい、ブレッド。司令官たちに言っておくことがあるだろ」

 

 促されたブレッドが、クロコの「呪い」の全貌を語り終えると、室内には奇妙な沈黙が流れた。

 

 先に沈黙を破ったのは、ガルディアの豪快な爆笑だった。

 

「ハッハッハ! 女になる呪いだと? こいつは傑作だ!」

「……笑い事じゃねぇよ」

 

 クロコが忌々しげに毒づくが、ガルディアの目は獲物を見つけた狩人のように輝いている。

 

「面白い。その呪い、俺の方でも調べてやろう。男に戻れば、お前は今の何倍も強くなるんだろう? 期待しているぞ」

 

 アールスロウは怜悧な瞳でクロコを値踏みし、静かに頷いた。

 

「秘密裏に処理すべき問題ですね。……ですが司令官、彼らの入軍理由を再確認する必要があるのでは?」

 

 ガルディアは手を組み、重心を前へ傾ける。その表情から笑みが消え、歴戦の指揮官の顔へと変わった。

 

「ああ。試験用の建前には興味がない。面接官には話さなかった、お前たちの『本当の入軍理由』を聞かせろ」

 

 空気が凍りつく。それは試験ではなく、解放軍の戦士として相応しいかという、魂の選別だった。

 

「……個人的な興味だ。教えてくれるか?」

 

 アールスロウは横目でガルディアを伺い、先ほど脳裏を過った記憶を噛み締めていた。

 ――スロンヴィア虐殺。国軍が農民を村ごと焼き払った、あの地獄の光景を。

 

 ガルディアの視線は鋭く、獲物を狙う猛禽のそれだった。嘘や隠し事は通じない。部屋の空気が重厚に圧し掛かる中、ブレッドがわずかに息を呑む。だが、クロコは一歩も引かなかった。彼女はその紅蓮の瞳で、司令官を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「……理由は決まっている。俺たちは、光を求めているんだ」

 

 迷いのない言葉に、ガルディアが不意を突かれたように眉をひそめる。

 

「光、だと?」

「俺たちの故郷はスロンヴィアだ。その後、六年間『アークガルド』で暮らした」

 

その名が出た瞬間、二人の司令官がピクリと反応する。

 

(血と略奪の町……アークガルドか)

 

 アールスロウが冷徹な瞳を細める。クロコは淡々と、だが絞り出すように語り続けた。

 

「あそこには生きる以外の価値などなかった。誇りも、名も、存在意義も――すべてが暗闇に塗り潰されていた。俺たちが何者であっても、誰にも認められない。そんな泥濘のような日々だった」

 

 クロコは拳を固く握り締める。

 

「解放軍が勝てば、俺たちの生き様が証明されるはずだ。自分がこの世界に存在していいのだと、認められる。俺たちの光はそこにある。希望そのものなんだよ」

 

 静寂が部屋を支配する。ガルディアは微動だにせず、クロコの内なる炎を見定めていた。

 

「……復讐は考えないのか?」

 

 問われた瞬間、ブレッドの肩が微かに震える。しかしクロコは、氷のように冷たくも強い口調で切り捨てた。

 

「復讐に何がある? 憎しみの果てに光なんてあるものか。俺たちが欲しいのは過去を呪うことじゃない。『明日』という希望なんだ!」

 

 一瞬の沈黙の後、ガルディアはゆっくりと瞼を閉じた。思索の時間が過ぎる。

 やがて、彼は満足げに口角を上げた。

 

「なるほど……『希望』か。答えてくれてありがとう。お前たちがどういう生き物か、少しだけ理解できた気がする」

 

 司令室を退出した二人は、長い廊下を歩いていた。

 

「ふぅ、終わったな……。正直、心臓が止まるかと思ったぞ」

 

 ブレッドが大きく息を吐き出す。クロコはどこか晴れやかな顔で、夕闇に沈みゆく基地の先を見つめていた。

 

「始めっから問題なかったんだ。オレは男だし、実力的にもなんの問題もなかったんだからな」

「いや、しかし現実問題けっこう厳しかったと思うぞ」

 

(……ま、こいつのトラブル体質は一生治らんだろうな)

 

 苦笑するブレッドを横目に、クロコは真紅の瞳を熱く燃やす。

 

「全ては今から始まる」

 

 少女の姿で戦場を駆ける、過酷で熱き戦記。その幕が、今まさに上がった。

 

 

 

 

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