呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける   作:ハネケン

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1-4 賭け勝負

 

 朝日が基地を染める三日目の朝。石畳の一角で、クロコとブレッドが木剣を交えていた。

 二人の剣技は拮抗していたが、クロコは持ち前の加速でブレッドの懐を強引にこじ開ける。

 

「っ……!」

「悪いな。体が変わっても、腕は俺の方が上のようだ」

 

 打たれた腹を押さえて倒れるブレッドに、クロコは勝者の笑みを浮かべる。

 

「本当に生意気な奴だな、お前は」

 

 ブレッドが悔しげに笑ったその時、冷徹な声が水を差した。

 

「……ここにいたのか。二人とも」

 

 現れたのは副司令アールスロウだ。彼は静かな足取りで近づくと、クロコへ端的に告げた。

 

「演習場へ来い。少し、君の実力を測らせてもらおう」

 

 実技場。アサシンに破壊された木窓は既に修復され、冷ややかな静寂が支配している。

 中央に立つクロコに、アールスロウは淡々と問いを重ねた。

 

「君はこの三日で、兵士たちを二度も打ち負かした。率直に聞く。この基地に、君より強い者はいると思うか?」

「……今のところ、心当たりはないな」

「剣で負けた経験は?」

「未熟な頃はともかく、ここ数年は皆無だ」

 

 アールスロウは長剣を模した木剣を抜き放ち、クロコへ切っ先を向けた。

 

「では、俺と勝負しろ。ルールは単純だ。俺が君に攻撃を十発当てる前に、君が俺に攻撃を一発当てれば、君の勝ちだ。逆に俺が勝つには、君の攻撃を一発も当たることなく、君に十発攻撃を当てる必要があるわけだ。君が負けた場合はトイレ掃除一週間だ」

 

 クロコは耳を疑い、ブレッドは血相を変える。

 

「……は? そんな勝負、いくらなんでも」

「ブレッド。君は何を根拠に『できない』と決めつけている?」

 

 アールスロウの冷徹な視線に、ブレッドがたじろぐ。クロコは殺気を孕んだ笑みを浮かべた。

 

「ふざけんな。自信はある。……だが、俺が勝ったらどうする? あんたの負けだ、代償を払ってもらうぞ」

「いいだろう。俺が負ければ、君の要望を一つだけ叶えてやる」

 

 クロコはニヤリと牙を剥いた。

 

「なんでも一つ、か。いいぜ。その傲慢な鼻っ柱、へし折ってやる」

 

 二人は間合いを詰め、静かに対峙する。

 クロコの真紅の瞳が獲物を射抜くように光り、アールスロウは冷徹な眼差しで、獲物を観察するように相手を静かに見つめた。演習場の空気が、張り詰めた糸のように鋭く震える。

 

「来い」

 

 アールスロウの静かな合図に、クロコは踏み込んだ。

 一瞬、影が走る。クロコの踏み込みは音もなく、最短距離で懐をえぐる。

 

(速い――!)

 

 アールスロウはそれを紙一重で回避し、即座に木剣を薙ぎ払った。風を切り裂くような轟音が響く。クロコは仰け反って回避するが、重心が乱れる。

 

――ビュゥンッ。

 

 間髪入れず、追撃の二撃目。クロコは無理矢理に身体を戻して避けるのと同時に、アールスロウの死角へ回り込んで突きを放つ。

 だが、アールスロウは木剣を回転させるだけでその軌道を流し去った。まるで水面を滑るような受け流しだ。

 クロコはバランスを崩し、反応が遅れる。アールスロウの三撃目が、逃げ場のない速度で襲いかかる。

 

――ビュゥンッ。

 

 乾いた風音が、クロコの喉元をかすめた。

 

「まずは、一発だ」

 

 アールスロウが冷たく宣告する。

 

「なっ……! かすっただけだろ!」

「今の一撃、もし真剣であれば君の頸動脈は断たれていた。死んでいた、ということだ」

 

 アールスロウは表情一つ変えない。

 離れた場所で見ていたブレッドは、背筋を伝う冷や汗を拭うこともできずにいた。

 

(なんだこのレベルは……)

 

 クロコは再び木剣を構えた。その瞳には、先ほど以上の殺気が宿っている。

 アールスロウは凪のような静けさでそれを受け止める。

 

――クロコが動いた。

 初動を上回る加速。肉眼では捉えきれない踏み込みに、アールスロウはカウンターの斬撃で応じる。

 火花を散らすような音の乱舞。木剣同士が交錯する響きは、もはや二人の打ち合いの域を超えていた。まるで戦場そのものがここにあるかのような、十人以上が入り乱れる殺気。

 

 アールスロウの剣は無駄がなく、クロコの呼吸を完璧に読み切っている。対してクロコは、先読みされる苦境を、力任せの速度でねじ伏せようと足掻く。

 

――その時、アールスロウがクロコの連撃を流した。

 体勢を崩したクロコに、アールスロウが踏み込む。至近距離からの鋭い一撃。

 

ヒュゥンッ。

 

 空を切る音と同時に、クロコの姿が陽炎のようにかき消える。

 一瞬で背後に回ったクロコ。アールスロウが即座に振り返るが、その視界からクロコが再び消失する。

 

(なに……ッ!?)

 

 アールスロウの瞳に動揺が走る。クロコは上空へ跳躍し、重力を乗せた全力の叩きつけを放っていた。防御は間に合わない。

 仕留めた――そう確信した刹那、アールスロウが紙一重で身を捻(ひね)る。

 

 空振りの衝撃でクロコの姿勢が完全に露呈した。

 

――ビュゥンッ。

 

 アールスロウの追撃がクロコの脇腹を容赦なく射抜く。クロコは宙を舞い、地面を無様に転がった。

 

「……ッ、くそっ……!」

 

 痛みに顔を歪めるクロコを見下ろし、アールスロウは冷徹に言い放つ。

 

「これで二度、君は死んだ」

「次は……次は必ず当ててやる……!」

 

 クロコは地を這うようにして立ち上がり、再び獰猛な笑みを浮かべる。その瞳には、敗北の色はなく、獲物を狙う獣の飢えだけが燃え盛っていた。

 

 窓から差し込む光が強まり、基地に正午の気配が満ちる。勝負が始まって三十分。演習場から木剣の打ち合う音は消え、クロコの荒い息遣いだけが異様に響いていた。

 

「これで君は九回、死んだな」

「ハァ……ハァ……っ……」

 

 床に手をつき、全身を震わせるクロコ。アールスロウは冷徹に告げる。

 

「チャンスはあと一回。次で最後だ」

「……あと一回あれば、十分だ。……俺が、ただやられていただけだとでも思ったか?」

 

 クロコが鋭く頭を上げ、眼光を放つ。アールスロウはその瞳を静かに分析した。

 

「そうか。七回目以降、君が守勢に回ったのは俺の動きを観察するためだったか」

「分かってたなら……! なら、あんたの癖はもう、全部丸裸なんだよ!」

 

 クロコの真紅の瞳が、獣のように燃え上がる。アールスロウはわずかに眉を寄せた。

 

(全ての策を出し尽くしたはずだ。だが、その眼……。何を狙っている)

 

 クロコが突進する。間合いの限界で急停止し、左右へ揺さぶる。幻惑的な足運び。クロコが消え、右に現れ、即座に背後へ。アールスロウは紙一重で防ぎ続ける。

 

(次は上か!)

 

 クロコが跳ぶ。狙いは定か。空中で刃を横に振り抜き、アールスロウの隙を突く。

 ――バキッ。

 

 アールスロウが木剣で受け止める。だが、それはクロコの策の「入り口」に過ぎなかった。

 

「――っ、これで……っ!!」

 

 クロコは空中で木剣を弾き飛ばす勢いでアールスロウの剣を叩き、反動を利用して体を浮かせたまま懐へ滑り込む。常軌を逸した空中機動。アールスロウの表情に、微かな驚愕が走る。

 

 勝機、到来。

 アールスロウの剣は左へ弾かれ、無防備な右脇。クロコの剣が届く。

 

 だが、その一瞬が遠かった。

 木剣が届くよりも早く、アールスロウの蹴りがクロコの腹部を容赦なく射抜いた。

 

「ぐっ……!」

 

 体勢を完全に崩したクロコに、追撃の木剣が空を裂く。

 ゴッ――と鈍い音を立て、クロコの身体は床を転がった。

 

「……終わりだ」

 

 アールスロウの声は、静寂そのものだった。

 床に突っ伏したまま、クロコは指先を白く握りしめ、言葉にならぬ悔しさを噛みしめる。

 アールスロウは見下ろしたまま、冷淡に宣告した。

 

「君の負けだ」

 

 

 クロコは床に伏したまま、唇を噛み締めていた。その背中に、アールスロウの淡々とした声が降り注ぐ。

 

「これまでの君なら、己の力を過信し、自ら破滅を招いていただろう。今日はその傲慢さを砕くための時間だ」

「……今の体じゃなきゃ、負けなかった」

 

 悔しさに震える声。アールスロウは歩みを止めず、出口へ向かいながら冷酷に言い放つ。

 

「認めるよ。元の体なら、俺と互角以上に渡り合えたかもしれない。だが、事実は一つ。今、君は敗北したということだ」

 

 クロコが言葉を詰まらせる。アールスロウは出口で立ち止まり、振り返った。

 

「一つ忠告しておこう。ここの司令官、ガルディアは俺の十倍強い」

「……なっ!?」

「強くなりたいのなら、俺の部屋に来い。暇があれば稽古をつけてやる。剣の技量において、今の君は俺より数段下だ」

 

 背中を向けて去っていくアールスロウ。その姿が完全に消えた瞬間、クロコの叫びが演習場を震わせた。

 

「誰がお前なんかに教わるかぁァッ!!」

「クロ、落ち着け……」

「クソッ、クソッ……! 絶対だ、絶対に今より強く……強くなってやる……ッ!」

 

 拳が床を叩き、血が滲む。その瞳には、敗北の影など微塵もなかった。あるのは、ただ純粋で飢えた闘志のみだ。

 

 廊下を歩くアールスロウの口元には、先ほどまでの冷徹さとは違う、微かな笑みが浮かんでいた。

 

(……想像以上だった。あと一歩、踏み込みが甘ければ俺の方が飲まれていた)

 

 彼はかすかに高揚する鼓動を感じながら、冷たい廊下に消えていった。

 

 

 

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