呪いで美少女になった少年兵、剣一本で戦場を駆ける   作:ハネケン

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1-5 初任務

 

 ゴォーン、ゴォーン。

 教会から昼の鐘が、冷たく澄んだ空気に響き渡る。

 クロコとブレッドが歩く基地の廊下は、どこか殺伐としていた。入軍から十日が経過した今、クロコの眼光は以前よりも刃のように研ぎ澄まされ、その切れ味に周囲は神経をすり減らしている。

 そのせいでほぼ一日中顔を合わせているブレッドは心労気味だ。

 

「おい、クロ」

 

 たまらずブレッドが溜息交じりに声をかける。

 

「いつまでアールスロウとの一戦を引きずってんだ」

「……別に、気になんかしてねえよ」

 

 クロコの返答は、乾いたナイフのようだった。

 

「ウソつけ。顔にも行動にも、全身から『悔しい』って滲み出てるぞ」

「うるせえ! あいつより早く強くなってやるってだけだ」

「おいおい。おまえが倒すべき相手はアールスロウさんじゃなくて、グラウド国軍だろ?」

「あいつのせいで俺は昨日まで、基地中のトイレを磨き上げさせられたんだぞ! しかも兵士連中に『頑張れ、トイレのお嬢さん』なんて囃し立てられて……絶対、許さねえ!」

 

 激昂するクロコに、ブレッドは苦笑いを浮かべる。

 

「災難だったな。だが、そんなに力んでちゃ自滅するぞ。焦りすぎだ」

「……………………チッ」

 

 クロコは苛立ちを噛み殺し、ふんと横を向いた。

 

 ほぼ同じ時刻。

 基地の司令室で、アールスロウが届けられた書類に目を落としていた。

 

「緊急援軍要請か」

 

 その声は、鋼のように冷たく、静かに響いた。

 

 一時間後。

 兵士たちの喧騒で満たされた食堂の一角で、クロコとブレッドは昼食をとっていた。クロコは馬肉のステーキを無造作に切り分け、ブレッドはパイを口に運ぶ。

 そこへ、一人の兵士が歩み寄ってきた。短い金髪に、大きな鼻が特徴的な男――ロブソンだ。

 

「ブレイリバー、セインアルド。招集だ。司令室へ来い」

「招集? ああ、分かった」

 

 ブレッドが慌ただしく立ち上がる。ロブソンが背を向けて去ったのを見送り、クロコが眉をひそめた。

 

「アイツ、どっかで見た気がする」

「ロブソンだ。入軍試験の時、おまえと戦うはずだった奴だよ」

「ああ、アサシンに惨敗した奴か。生きてたのか」

「勝手に殺すなよ。重傷でも命に別状はなかったんだろ」

 

 ブレッドの言葉を耳に入れながら、クロコは再び不機嫌な表情を浮かべる。

 

「よりによって呼び出しがアールスロウか……何の用だ」

「行ってみれば分かるさ」

 

 クロコは重い腰を上げ、出口へと向かった。その眼差しは、再び荒れ狂う戦場を求めているように見えた。

 

 司令室。山積みの書類を無機質に処理していたアールスロウは、不躾なノックの音に目を上げた。

 

「入りたまえ」

 

 扉が乱暴に叩き開けられる。その勢いで、室内には冷たい風が吹き込んだ。

 

「アールスロウ、何の用だ」

 

 鋭い眼光を突き刺すようにして、クロコが入ってくる。

 

「……俺は別に、君と争うつもりはないんだが」

 

 アールスロウは溜息を隠そうともせず、呆れた表情でペンを置いた。

 

「なんだと……!」

「おいクロ、お前、いったい何しに来たんだよ」

 

 遅れて入ってきたブレッドが、頭を抱えるようにして突っ込む。ようやく冷静さを取り戻したクロコが、苛立ちを抑えて問いかけた。

 

「……で、何の用だ」

 

「では要件だ。一時間前、ウォーズレイ基地より緊急援軍要請が届いた。君たちにはその一員として出向いてもらう」

 

 援軍、という言葉にブレッドが目を見開く。

 

「援軍部隊って……俺たち、まだ入軍したばかりですよ?」

「承知の上だ。だが現在、この基地は先週の奇襲事件の爪痕が深く、情報管理もままならない。兵力を大きく割くのは致命的なリスクだ」

 

 アールスロウの瞳が、凍りついた湖のように静かに光る。

 

「故に、少数精鋭の部隊を構成する必要があった」

 

 クロコが腕を組み、不敵に笑う。

 

「人数は?」

「五人だ」

「……たったの五人かよ」

「残り三人はすでに呼んである。じきに来る」

 

 アールスロウが言い終えるか否か、再びノックの音が響いた。

 招き入れられたのは、対照的な二人の兵士だった。

 一人は身長二メートル近い巨躯。跳ねた赤髪と、どこか気だるげで鋭い眼光を持つ男。

 もう一人は十四、五歳ほどだろうか。身長百五十センチに満たぬ小柄な体躯に、柔らかな灰色の髪。陶器のような整った顔立ちの少年だった。

 二人は揃って見事な敬礼を決める。

 

「フロウ・ストルーク、クレイド・アースロア。招集を受け参りました」

 

 その顔を見た瞬間、クロコの表情が凍りついた。

 

「……あ」

 

 同時に、入ってきた二人もクロコを指さし、声を上げる。

 

「おい! いつかのトイレコンビじゃねえか!」

 

 クロコの声に、赤髪の巨漢が憤慨した。

 

「誰がトイレコンビだ! この……いつかの変態女!」

「誰が変態女だ!!」

 

 怒号が司令室にこだまする。横で灰色の髪の少年が、心底うんざりした様子で呟いた。

 

「……下品な呼び方はやめてよ」

 

 ブレッドが慌てて割って入る。「まあまあ、二人とも落ち着けって!」

 その混沌とした光景を、アールスロウは深い沈黙の中で眺めていた。内心の呆れを鉄仮面の下に隠し、淡々と口を開く。

 

「……紹介しよう。赤いのがクレイド・アースロア、灰色の髪がフロウ・ストルークだ。クレイド、フロウ。こちらが先週配属された新米、クロコ・ブレイリバーとブレッド・セインアルドだ」

「こいつらが精鋭か?」

 

 クロコは値踏みするように、赤髪と銀髪の二人を睨みつけた。

 

「無名だが、実力は折り紙付きだ。基地内でも三、四番手の実力者だよ」

「三、四番手って……あんたは何番手なんだ?」

「俺はおそらく二番手だろうな」

 

 アールスロウが淡々と告げると、クロコの眉がピクリと跳ねた。

 

「あんたに次ぐ実力者……つまり、こいつらが俺より格上だって言いたいのか?」

「戦場での経験値が違う。君はまだ、本物の死線を潜っていないからな」

 

 クロコが舌打ちをこらえるなか、銀髪の少年・フロウが冷ややかに呟く。

 

「自信過剰なのは結構だけど、命を落とすのが早まるよ」

 

 さらにクレイドが、巨躯を見下ろしながら鼻で笑った。

 

「自信だけなら、今のうちに捨てとけよ」

「なんだと……!」

 

 一触即発の空気に、ブレッドが慌ててアールスロウへ話を振る。

 

「精鋭は五人だと聞きましたが、あとの一人は?」

「間もなく来る」

 

 その言葉と同時に、司令室の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「サキ・フランティス、召集を受け参りま……あっ! すみません、ノックを忘れました!」

 

 慌てて頭を下げるのは、十二、三歳ほどの少年だった。跳ねた黄色い髪に、緑色の瞳。あどけなさが残る容姿に、クロコが目を丸くする。

 

「あ、お前……!」

「クロコさん!」

 

 サキの瞳がぱっと輝く。ブレッドは(ああ、基地を案内してくれたあの子か)と合点がいった。

 

アールスロウが全員を見渡す。

 

「サキは実戦経験こそ浅いが、剣のセンスは天才的だ。若いが、この任務で実地経験を積ませる。……サキ、今回の任務は君にとって命取りになりかねない。覚悟はいいか」

 

「はいっ!」

 

 サキが力強く敬礼する。アールスロウは静かに頷き、空気を変えた。

 

「それでは任務を言い渡す。北東のウォーズレイ基地が、国軍の猛攻に晒されている。君たちは援軍としてただちに現地へ向かえ。緊急の事態だ、準備ができ次第、出発だ」

「了解しました!」

 

 四人が息を合わせて敬礼する。

 クロコも一瞬迷いを見せたが、やがて鋭い眼差しを前方に定め、遅れて敬礼を返した。

 

 小型の馬車が、フルスロックの街を駆ける。

 車体を引くのは、グラウド国特有の品種改良種『リスハワード』。全長四メートルを超す巨躯の馬が、石畳を力強く蹴り上げていた。

 

 車内は六人が座れる程度の広さだが、対面式の座席には五人の緊張感が満ちていた。

 

「改めて、よろしくね」

 

 フロウの柔らかな挨拶に、クロコは眉をひそめて吐き捨てる。

 

「まさか、サキや『トイレコンビ』と一緒に行くことになるとはな」

「……誰がトイレコンビだ! 大体、お前だって変態女だろうが!」

 

 クレイドが身を乗り出し、激昂する。

 

「誰が変態だ! そもそも俺は男だ!」

 

 フロウが不思議そうにクロコの華奢な体つきを視線でなぞる。

 

「どう見ても女にしか見えないけどな」

 

 場に微妙な沈黙が流れる。ブレッドが小さく溜息をつき、口を開いた。

 

「……まあ、少し特殊な事情があってな」

 

 ブレッドは、クロコが呪いによって現在の姿に変えられてしまった経緯を、淡々と説明した。

 

 一通りの説明を終えると、クレイドが興味深げに頷く。

 

「呪いか。世の中、変わった話もあるもんだな」

「ずいぶんあっさり信じるんだね」

 

 フロウが呆れたように言うと、ブレッドは苦笑した。

 

「無理もない。俺たちだって信じていなかったんだ。……まあ、だからクロはこんな有様になっちまったわけだが」

 

 クロコは窓の外へと視線を逸らす。その横顔には、言いようのない孤独が張り付いていた。

 

「別に、信じてもらおうなんて思っちゃいない」

 

 しかし、予想外の声が飛んだ。

 

「ボクは信じます。クロコさん達がそう言うのなら!」

 

 サキが力強く断言する。続いてクレイドも、大雑把な笑みを浮かべた。

 

「俺はハナから疑っちゃいねえよ。顔を見りゃ分かる」

「……突拍子もない話だけど」

 

 フロウが静かに付け加える。「君たちが嘘をついているようには見えない。僕も、信じてみることにするよ」

 

 不意を突かれ、クロコは呆然と仲間たちを見回した。

 

「……礼を言うよ」

 

 ブレッドが心からの笑顔を見せる。クロコは気恥ずかしそうに頬をかき、再び窓へと顔を向けた。

 

「……好きにすればいいさ。どう思われようと、俺には関係ない」

 

 その言葉に含まれる照れくささを、一同はあえて追及しなかった。

 

「さて、改めて仕切り直そうか」

 

 ブレッドが明るい声で切り出す。

 

「俺はブレッド。こっちは相棒のクロコだ。――俺はクロって呼んでる」

「ボクはサキ、サキ・フランティスです!」

「クレイド・アースロアだ。よろしくな」

「僕はフロウ・ストルーク。フロウと呼んで」

 

 自己紹介を終え、ようやく車内の空気が和らぐ。

 

「そうだ、おい、クロコ! おまえトイレコンビって言うの止めろよな」

「言わねえよ、名前は覚えた。……てめえこそ、二度と変態女なんて抜かすなよ」

 

 にらみ合いながらも、どこか憎めない空気。フロウが二人の間に割って入る。

 

「まあまあ、落ち着いて。せっかくのチームなんだから、仲良くしようよ」

 

 馬車はフルスロックの石門を抜け、広大な草原へと踏み出した。

 車窓を流れるのは、風に揺れる緑の絨毯だ。時折、水色の花畑が色彩を添え、遠方には森が防波堤のように横たわっている。穏やかな旅路の光景だが、目的地が戦場であることを思うと、その青はどこか冷ややかに見えた。

 

「そう言えばサキ」

 

 クレイドが不意に口を開く。

 

「お前、クロコと面識があったみたいだが、いつ知り合ったんだ?」

「……あの、グロウブたちに絡まれていたところを、助けてもらったんです」

 

 クロコは目を細め、記憶を探るように呟く。

 

「グロウブ……? ああ、あのデカい黒髪の野郎か」

 

「……そんなヤツもいたな」と付け加えるが、それは十日前という、今のクロコには遥か遠い過去のような出来事だ。

 

「あの野郎、まだ懲りてなかったのか」

 

 クレイドの瞳に、獲物を狙う猛禽のような光が宿る。

 

「同じ隊にいた頃、さんざんシメてやったのに。隊を変えて同じことを繰り返してたとは……!」

 

「でも、最近はすっかり大人しいですよ。女の子に負けたのがショックだったのか……恥ずかしかったんでしょうね」

「じゃあ、当分は平気そうだね」と、フロウが柔らかな笑みを浮かべた。

「次はねえぞ。また何かあったら言え。今度は二度と立ち上がれないように完璧にシメてやる」

 

 クレイドから漏れた僅かな殺気に、車内の空気が一瞬だけ引き締まる。

その空気をブレッドが切り替えた。

 

「今の話はおいといて。ウォーズレイ基地ってのは、実際どんな場所なんだ?」

「一言で言えば、情報のハブ(仲介役)だね」

 

 フロウが知識を紐解くように語り始める。

 

「北部の前線基地『クラット基地』は、バブル山脈のせいで本部との直接連絡が極端に困難なんだ。その通信を中継するために建設されたのがウォーズレイ基地だ」

 

 クロコは腕を組み、鋭く問い返す。

 

「つまり、そこが敵に落とされたらどうなる?」

 

「クラット基地が『孤立』する。あそこは北部守護の要だ。孤立すれば敵にとって絶好の標的になる。クラットが落ちれば、我が解放軍の北の防衛線は崩壊し、国軍が一気に全領土へ雪崩れ込んでくるだろうね」

 

 サキが不安げに付け加える。

 

「国軍はこれまでクラット基地の攻略に何度も失敗してきました。だからこそ、ウォーズレイを落として分断を狙っているんです」

 

 ブレッドが渋い表情を浮かべる。

 

「情報中継が主なら、まともな防衛設備も整っちゃいねえだろうな。敵の猛攻に耐えられるのか?」

「期待薄だね。だからこそ、各所に必死の援軍要請を出しているんだろう」

 

 フロウの冷徹な分析に、クロコは荒れる戦場を予感し、拳を握りしめた。

 

 クレイドがふと思い出したように、フロウへ視線を向けた。

 

「なあ、国軍の例の『瞬神の騎士の再来』。あいつが攻めてくる可能性はあるか?」

「確かに『瞬神の騎士の再来』がいる基地もウォーズレイ基地に近いけど、一番近いのはラージロウ基地だから、おそらく侵攻してるのはそこだよ」

「瞬神の騎士の再来……? 何だそれ」

 

 ブレッドの問いに、フロウは手短に言葉を紡ぐ。

 

「一年前に突如現れた、国軍の天才剣士さ。初陣から破竹の勢いで功績を積み上げ、『瞬神の騎士』の異名を継ぐ者として恐れられている。僕たち解放軍にとって、喉元に突きつけられた刃のような天敵だよ」

 

 その言葉に、クロコが反応した。鋭い眼光を漂わせ、その名を咀嚼するように呟く。

 

「瞬神の騎士、か……」

「戦う機会はねえよ。今回の戦場は別だからな」

 

 クレイドが肩をすくめて笑うが、フロウは諭すように付け加えた。

 

「覚えておいて損はないよ。いつか必ず、その刃と剣を交える日が来るはずだから」

「……生きて帰れればの話だな」

 

 クロコは窓の外へ視線を戻し、退屈そうに小さくため息を吐いた。

 

「三日か。目的地まで何もねえなんて、退屈で死にそうだ」

 

 しかし、その平穏は唐突に終わりを告げた。

 出発して二日目の昼。のどかな風景の中を走っていたはずの馬車が、凄まじい振動に襲われた。

 

 

 

 

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