カーテンの隙間の向こうでは、淡い紅色に染まった花弁が風に乗って少しずつ散っていく。その様は美しくも儚い。そのことから桜は、慰霊・鎮魂、狂気や妖しさ、命の輪廻や無常を意味することもあると、昔誰かが言っていた気がする。
鈍痛のする頭を抱え、布団から這い出しながら窓を開ける為に右手を伸ばすが、その手は鍵どころかカーテンにすら届かずに二度は空ぶった。
ああ、そうか。それもそのはずだ。
寝る前に包帯を解いたままであることに気が付くと、まだ整理しきっていない段ボール箱の中を漁って手早く巻いて形作る。手を開いたり握りしめたり、順に指を畳んだりして動きを確認すると、ようやくカーテンの隙間から窓を開錠し、一気に外の空気をこのワンルームに迎え入れる。
上には黒いタンクトップしか着ていないとはいえ、思った以上に冷えた風を浴び、ブルっと体が震え鳥肌が立つ。それもそのはず。まだ日が昇ったばかりの春の朝なのだから。
今日は余り早く家を出る必要もないというのに、無駄に早起きしてしまった。しかし、今二度寝してしまえば寝過ごしてしまいそうな気がしなくもないので、このまま起きてしまうことにする。
暑いシャワーを浴びて髪や髭といった身支度を整えると、朝食の用意を始める。越してきたばかりなので冷蔵庫や棚の中は空いているスペースが多いが、朝食を作るのには十分だ。
片手鍋で作ったトマトとレタスのスープを椀に注ぎ、両面焼きの目玉焼き二つをフライパンで焼いておいたトースト二枚それぞれに乗せて塩コショウを掛ける。マグカップにインスタントコーヒーを淹れれば、中々に洒落た朝食だ。
「いただきます。」
作ったのも食べるのも1人だけだが、これを省いて食事をする気には中々なれない。左手で手刀を切ると、スープを口に運び、トーストを咀嚼する。偶にはパンの朝食もいいものだ。普段の朝は米を食べることが多いが、喫茶店やホテルのモーニングのような気になれるという魅力がある。
食パンとスープはまだ残っているので今夜の夕飯なり明日の朝食になりするとしよう。アレンジとか付け合わせはスーパーに行ったときに考えればいい。
食器を洗って冷ました鍋を冷蔵庫に入れ、部屋を簡単に掃除。布団を畳み、余った時間で最後のダンボールを片づけておく。
中学の制服が詰襟だったという事もあり、ネクタイを結ぶのに手間取ったが、動画や鏡を見ながらどうにか形を整える。
「変じゃない、よな‥‥?」
誰もいないのに、まるで鏡の向こう側にでも聞いているかのような独り言。鏡に写る自分はただの高校生にしか見えないはずだが、朝の事を思うと人前でやらかしてしまいそうだ。
まあ、出来るだけ触らせない努力とかはするが。
真新しい上着を着て殆ど物の入っていない鞄をもち、スニーカーを履く。元栓も蛇口も閉めたし施錠もした。まあ、大したものは何もないんだけど。
「‥‥‥行ってきます。」
誰もいなくなった部屋を出て鍵を閉め、歩き出す。
オレの知らないこの街で、オレを知っている人は殆どいないと思う。しばらくしたらホームシックとかになるのかと思ったが、正直そんなことは無い気がする。
だって、もうあそこにオレの居場所はない。やるべきことも十分にやったはずだ。オレが居なくてもどうってことない。だから、いい。良いんだ。
今日から本格的に新生活が始まる。切り替えよう。
ああ、そうそう。今更だけど自己紹介を。
オレは
以上。
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玲峰大学の附属校であり、中等部・高等部のある一貫校という世間一般で見れば優秀な部類である教育機関。元々住んでいた街から離れており、生徒への支援制度が充実しているという事で受験。どうにか合格し、今日から高等部に編入することになったという訳だ。
高等部の入学式(進級・編入式?)までまだ時間があるにもかかわらず、既に新高校1年生やその家族と思わしき人たちが多く来ており、校門の立て看板で写真を取ったり友人と談笑しているのが多くみられる。
オレの場合、地元を離れて来たので友達もいないし家族もいないので写真を取ってもらう人もいなければ撮る必要も余り感じない。写真に写る事自体がは好きではないというのもあるが。
ともかく、さっさと中に入って教室なり式の席順なりを確認しておく方がいいだろう。
校門周りの人の間を潜り抜け集合場所を目指しつつ、出来る限り敷地内の様子や生徒達を観察する。実はここを受験することを決めたのはかなりギリギリのタイミングであり、支援制度が充実していて中学から離れている程度の理由だったりする。オープンキャンパスももちろん来ていないし試験以外で来るのは今日が初めてだ。
改めて考えなくても無謀極まりない進路決定をしたのものだと、自嘲気味に乾いた笑いが零れる。
「まあ、いいか。」
今日からは玲峰の生徒なのだ。なるようになれば、それでいい。少なくとも前よりは地に足付いた生活ができるはずだ。平凡で、何ともない生活が。
だから、これからが楽しみだ。
オレは、
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知らない大勢の人達に囲まれ、やけに長い校長や来賓の話を眠くならない程度に聞き流して入学式を終え、教員の指示に従いつつ自分のクラスに向かう。
オレの席は窓際の後ろから二番目。所謂”主人公席”の前だ。
廊下側の席が一番都合が良いのだが、基本的に新クラスの席は名前順。オレの苗字は
「…‥‥上手く
朝もついうっかりやってしまったし、気を付けないと面倒な事になる。
意識意識、集中集中。…‥‥‥はぁ。
「改めて、皆さん初めまして。このクラスを担任になりました、
はいはい、斉藤先生ね。選択科目の教科書販売は来週ね。そもそも何にしたっけ?書道ではなかったような…‥‥美術か?
必要な情報を頭に入れつつ我ながら器用に(当社比)担任の話を聞き流しながら、手元に配られた資料をペラペラとめくる。ロクに下調べをしていないせいか新鮮味を感じる…‥‥‥あ、学食も購買もあるんだ。偶に弁当作りをサボって行ってみるのも面白いだろう。
‥‥‥一緒に食べる友達は出来るだろうか。出来れば同性を所望す______
「…‥‥‥では、
「‥‥‥へ?」
”名前と…‥趣味とか部活とかでお願いしますね”と付け加えられたそれは、死刑宣告に近しい。
お、終わった…‥‥‥。
オレ友達出来ないかもしれない。
部活はロクにやって無かったし、趣味‥‥‥マトモな趣味あったかなオレ?
あ、え、ええぇ‥‥‥…‥どうしよう。
「はい。では次の人お願いしまーす。」
やばい、前の人らの全然聞いてなかったし何も考えられてないんだが。しかしここでグダついても余計に印象が悪くなってしまう。ここは意を決して席から立つ‥‥‥!
「えー‥‥十六夜 昴です。‥‥趣味というか、料理はする方です。よろしく。」
もうどうにでもなりやがれ畜生。
「…‥‥‥‥嘘、でしょ‥‥‥?え、えええ…‥!!?」
え、今ドン引きされた?誰?そんなにダメな自己紹介だったのか?