確か、3年前の春もこんな風に綺麗な桜が咲いていて、オレはそれを窓越しに眺めていた。自己紹介でも特に話せることはなかったし、友達を作ろうとか、将来こんなことをしてみたいといった事も、一切無かった。子供らしい可愛げなんて微塵も無かったと思う。
中学校に入学する頃には、オレは誰かを信じるという事を忘れて壁を作った。顔色も悪かったみたいだし、生気なんてものは失われていた。何をやる気にもなれなくて、強いて言うなら来月は…‥いや、一体
先生の話が終わると、オレは直ぐに息を殺して教室を出た。周りは家族のお迎えとか友達と遊ぶ約束とか部活の話とかしてたけど、関係ない。
誰も待っていない、誰もいない帰り道を歩いている途中で、足が止まった。
理由は自分でも分からなかった。お導きってやつだったのかもしれない。とにかくオレは、帰り道とは違う方に歩いて行った。
本当だったらとっくに家についている時間に着いたのは公園。と言っても、ベンチとテーブル、日除けくらいしかない避難所とかに使いそうなだだっ広い広場だ。
「‥‥‥でっかい。」
余り来たことが無かったから知らなかった。こんなに大きな桜の木があるなんて。
学校のより倍以上はある大きさで、咲いている花も沢山だ。風で全部散ったら、視界が遮られそうな気さえした。
周りに人はいない。オレがここに来るまでの間、この木は1人きりだった。でも、独りではない。
この桜は愛されている。きっと色んな人達が口をそろえて綺麗だと、立派だというだろう。きっと手入れだってしてもらってる。時間が違えば、多くの人に囲まれて、思い出の中に刻まれる。
それがほんのちょっと、羨ましいなと思った。
「いやぁ~綺麗だねぇ~」
「…‥‥‥!?」
一体、いつからそこにいたのだろうか。先程までオレしかいなかったこの場所に、何食わぬ顔…‥‥否、気抜けするような柔らかい顔で少女が立っている。しかもすぐ隣。白いリボンで結った金髪が桜を乗せた風で揺れると「おお~!」と良く分からないテンションの上がり方をする。訳が分からないが着ているのはクラスの女子と同じ制服。まさか____
「そのとーり!同じ1年生で同じクラスだよ!もう覚えた!」
覚えたって、クラスメイトの顔をもう…‥?まともに見れる時間なんてなかったはずだし、オレはまともに前を向いていなかったはずなのに。
しかもオレが口にしていないはずの事に平然と答えている。エスパーなのかとか思ったが、その後の事を考えれば
「‥‥…‥すごいね。」
「でしょでしょ~…‥でも、名前はまだ覚えきれてなくってさぁ~。まずは君から聞こうと思う!さぁはいっ!どうぞ!」
何なんだこの子。クラスメイトの名前を聞くだけで何でそんなに元気なんだ?
「十六夜、昴。」
「へえ~。苗字も名前も初めて聞いたなぁ…‥。」
「元々、ここの人じゃないから。」
「ふーん。引っ越してきたの?」
「うん。」
「じゃあまだ友達あんまりいない感じ?」
「……うん。」
あんまりと言うか、元から皆無だ。そんなものに縁は無い。この時は本気でそう思っていた。だが、
「じゃあさ、私と友達なろうよ!」
その子はにぱぁっと笑いながら、オレに開いた右手を差し出す。手の中には何もない。ただ、中一で指輪を付けているのは珍しいなくらいは思った。というか、それ以外思いつかなかった。それが握手をという行為を求めているという事が、当時のオレには理解できなかったのだ。
「…‥‥オレと?」
「そう!君と!」
友達になろう。
そんな当たり前のような、特別なような言葉を直接言われたのって久しぶり…‥下手したら初めての事だ。故に、なんでそうしたいのか理由が分からない。何で?どうして?たくさんの疑問符が浮かび上がる。
「‥‥変なやつ。」
「変っ!?この私が変っ!?何でェ!?」
「そういう事、言ってくる人いないから。」
「そう、なんだ。…‥‥何かごめん。」
何でそんな顔して謝るのか分からなかった。どうやらこの子は想像豊からしい。
「気にしてない。だから、気にしなくていい。」
「…‥‥うん。ありがと。それで、どうかな?友達、なってみない?」
「‥‥‥名前は?なんて呼べばいい?」
「って事は…‥‥‥!!やったぜ!」
「私は○○○!―――○○○○なんだよ!」
「…‥‥‥やっぱり変だよ。」
「何でっ!?」
______________________
入学式、クラスメイトの自己紹介、明日以降の説明や学校生活上の注意事項、そして席替え(一つ後ろの主人公席になった)。物思いや杞憂に浸っている間に本日の日程は終わり、教室は既に談笑や連絡先の交換など、楽し気な喧騒に包まれていた。内部進学が殆どであるせいか、そのやりとりの多くには気安さと言うか、慣れを感じる。いくら話し上手でもそういう雰囲気と言うのは生み出しづらいものなのだ。
最も、オレは話し上手でもなんでもなく、世間一般からすれば口下手である上に、高等部からの編入であり、何となく疎外感と言うか、決定的な溝がある感が否めないのだが。
まだ時刻は12時前。これからお昼を食べるなり遊びに行くなり、人によっては部活があったりするのだろうがオレの予定は特にない。買い物をしてからあの殺風景な部屋に帰る。あってもその程度だ。
「……少しくらい、話してみるか。」
あの時のような出会いがそう何度もある訳はないのだ。それに、このまま帰ってはあの頃と何も変わりはしない。少しは変わった、変われたはずなのだ。臆するわけにはいかない。
「…‥‥よし。」
1人小さな決意を固め、周囲を観察。出来るだけ近くの席かつ今お邪魔しても大丈夫そうな人に話しかけ「ねえ、今大丈夫?」られました。…‥‥マジ?
声をかけてくれたのは右隣の席の
「はい、暇してますけど…‥?」
「そっか、良かった。私は
「十六夜 昴。よろしく、上守さん。で、こちらの方は‥‥‥?」
右斜め前の席に座っているマゼンタメッシュの黒セミロングの女子がさっきから頬杖をついてオレを見ている。雰囲気こそアングラなものを放っているが、どこか身構えているような、探っているような感じだ。
「あの、何か…‥‥?」
「やっぱ聞いたことない名前だなーって。アンタ編入生でしょ?」
「そうですけど‥‥」
「あたしは
「ああ、よろし「はい、これラリンのQPコード。交換しよ。」あ、はい。」
「私もいいかな?」
「どうぞ。」
何だかんだで近くの女子二人と連絡先交換できたことに内心驚きと嬉しさを覚えるが、やはり黒藤さんの目線が気になる。いつの間にか上守さんもオレの事をじっと見ているし、時折二人でアイコンタクトを取っている。
「あの、何か…‥?」
「あっ!?ご、ごめんね?深い意味はないんだよ!うん、ないない!!ねっ、墨ちゃん?」
「自白しちゃってんでしょ、その反応。」
何か用事でもあるのかと思って聞いてみただけなのだが、何だこの慌てよう?
黒藤さんも呆れるくらいには、上守さんは純粋というか素直らしい。
「はぁ‥‥‥。面倒臭いから、いくつか聞くから直ぐに、正直に答えて欲しい。てか答えろ。」
「別にいいですけど、何ですかね?」
え、何この人怖。いきなり強引だし目つき鋭いんですけど?本当に何だ?編入生にはこういう洗礼みたいなのあるの?何か緊張してきたし、冷や汗でてきた。
「じゃあ早速だけど、アンタさ___」
「っ‥‥‥!」
「―――――
「男ですが何か?」
何を言っているのか?何を言っているんだ?何を言ってんの?どゆこと?
オレの何処をどう見たら女に見えるんだ?
「‥‥‥やっぱり、男の子みたいだよ?喉仏もあるし…」
「‥‥‥でもちょっと色素薄めだし細く見えるし唯の認識阻害かもだし名前も男の子でも女の子でもありえそうだし可愛い服似合いそうだし___」
「それ全部墨ちゃんの願望じゃないかな!?」
「ッ…‥‥‥チッ。」
…‥‥小声でよく聞こえないが舌打ちされたのは分かった。男というだけで舌打ちされるなんて初めて‥‥‥ではないな、うん。割とあるかも。
上守さんと黒藤さんは小声の会話を一旦終えたようで、上守さんは困ったような笑みを浮かべ、黒藤さんはどこか苛立った、というか不満げな様子だ。どうしてだろうか?
「あの、これはどういう…‥‥?」
「…‥‥‥別にいい。気にしないで。」
気になります、とバカ正直に言うわけにもいかず、喉元まで出かかった言葉を飲み込んで首を縦に振る。しかし、気に入らなかったのか黒藤さんはそっぽを向いてしまい、こちらから顔が見えなくなる。女の子って難しい。
「あはは‥‥‥十六夜くんごめんね?本当に気にしないでいいから。」
「はぁ‥‥。」
「所でなんだけど、十六夜くんって中学はどこだったの?」
「
「とはら?聞いたことないなぁ…‥‥。」
「まあ‥‥‥ここだから。」
「ふむふむ‥‥‥えっ、遠くない?」
地図アプリで何処にあるのかを見せると、上守さんは信じられないといった様子だ。
「こんな遠くから来る人って聞いたことないかも。これ、どうやって通うの?まさか富原から通ってたり…‥‥?」
「いや、引っ越してきたから徒歩だよ。あ、商店街近くの安いアパートなんだけど。」
富原と玲峰はかなり離れており、通い続けるとなると定期券を使うにしても時間的・金銭的にも厳しい上に、あそこに残る理由も必要もない。学校側からの支援を受けられるとの事で、引っ越してきた方がメリットが多かったのだ。
「あ!友達の家近いから知ってる!商店街近いから買い物しやすくていいね。」
「そうそう。越してきてからそんなに経ってないけど、結構安めだから助かってる。」
場所が変わってもオレの口下手は変わらないが、どうにか会話出来ている。上守さんのお陰な気がするけど思ったより話せている。途中からは黒藤さんも会話に入り、選択授業や玲峰の教師についてなど学生らしい話題について会話した後、用事があるとのことで二人は先に教室を出た。
「それじゃあ、先に帰るね。十六夜くんまた明日!」
「じゃあね…‥‥‥これで何で‥‥‥」
「ああ、また明日。…‥‥‥はぁ。」
2人の姿が見えなった時、溜息が出てしまったが決して嫌な思いをしたという訳ではない。どうにかクラスメイトと連絡先を交換し会話できたという安心感と達成感、初対面の女子二人との会話による精神的な疲労によるものだ。数瞬だけ目を閉じていると、自分の席に近づいて来る人が。
「いきなりあの二人の近くの席なんて、お前すげーな。ツイてるぜ、全く。」
鼠色の短髪の男子。少なくとも見た目はオレよりがっしりとしており、運動部か何かで体を鍛えているのが見て取れる。名前は確か、
「遠山って言ったけ?」
「そうそう。
「ああ。呼びやすいので呼んでくれ。」
「じゃあ昴で。俺は和樹でいいぜ。」
「分かった。よろしく、和樹。」
「おう!よろしく!でさ。この後暇?飯行こうぜ!‥‥
「空いてるけど、いきなり混ざるのは「ようし!じゃあ行くぞ!」えっいやその、」
「遠慮すんなって!越してきたばっかなんだろ?男子高校生にピッタリないい店を教えてやるよ!」
「他の二人?はいいのか____」
「和樹の言う通りだぞ、十六夜。一緒に食おう。」
「一緒にご飯食べればその内仲良くなってくもんだからねー。」
「よし!じゃあ行くぞ!」
ここまで言われたら最早断るのは無粋だろう。早速同性の知り合いが出来たことに感謝して、同伴させていただくのが良さそうだ。
・「‥‥じゃあ、えーと、お供させていただきます?」
「はははっ!何だそれ!」
この後、比較的リーズナブルな焼き肉屋に連れて行ってもらい、色々食べて話して3人と仲良くなる事ができた‥‥‥‥はずだ。
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「お腹、全然減らない…‥‥。。」
時刻は17時過ぎ。日が傾き始め、多くの家が夕食の準備を始めていると思われる頃、オレはまだ慣れていない街中を散歩していた。
いざ夕飯の用意をしようとすると、昼間に和樹、達人、圭と食べた焼肉がまだ胃に残っており全くお腹が減っていなかった為、こうして腹を空かせるべく運動しているという訳だ。何時もなら腹七分目あたりで済ませるのだが、自制できなかったらしい。一応3食何かしらは口にしろという約束しているのでどうにか食べれるように動かなければならない。
「…‥‥でも、楽しかったな。」
誰かと食事をするというのは精神的な健康や食欲増進にも良いという位だし、そういった機会は重要なものであると改めて認識する。
楽しく食事してからの運動。満腹で夕飯を食べられなくなってしまった以外は結構健康的だなと思いながら歩き続けていると、いつの間にかそれなりの距離を走っていた様で周囲にビルや人が増え、ビルの隙間から夕焼けが見えてくる。
元々同年代よりは体力がある為か、散歩程度では腹が空くどころか大した疲れすらないが、流石に何かしら胃に入れないと体に悪い。帰ったら残ったスープを流し込んで寝てしまおうか。昼に贅沢をした分の節約と思えば大したことは無い。マイバッグも買っていくものも無い事だし、適当な道で部屋に戻るとしよう。明日から授業が始まるし、もしかしたら部活動の体験くらいはするかもしれないしこの辺で____
「_____こんにちは。」
喧騒の中、背後から聞こえたなんてことない言葉。女性の声だが、一体だれにかけたかも分からない当たり前の挨拶。だがオレは、知らないその声が誰に向けて言ったものか、嫌な寒気と共に直感した。
半ば無意識に右袖を捲り上げようとした左手は、ひんやりとした感触と共に押さえられ、手の甲が彼女の指先になぞられる。視界に入っていないとはいえ全く反応することが出来なかった事、そして突如として感じた慣れない感覚に驚いたのか、オレはワンテンポ遅れて素早く体を180度回転させる。
「あれ、びっくりさせちゃった?」
纏められていても腰上まで届く程に淡い金髪が伸びているのは分かるが、黒いキャップを目深に被り、マスクを付けている為その表情はうかがい知れない。
「…‥‥‥始めまして。どちら様?」
「さぁ、どちら様だと思う‥‥って何処行くの待って待ってってばねえ!?」
敵意も感じないのでその手のお誘いか何かと判断し、人混みに紛れてその場を去ろうとしたのだが上手くいかなかったようだ。
「…‥何です?用が無いなら帰りますけど。」
「ある!あるからちょっとだけ付き合って!お願い、この通り!」
さっきの悪戯っぽい態度は何処へやら、両手を合わせて頭を下げながら必死そうな声で頼み込んでくる姿に、オレも流石に心が揺らぐ。まあ、何かしらの用がありはするようだ。
「分かったよ。んで、君は誰?用件は?」
「私は‥‥‥”ユウ”でいいよ。で、君は?」
「十六夜 昴。昴でいいよ。」
「分かった。じゃあ、昴_____」
ユウと名乗った彼女はオレに一歩近づいて右手を掴もうとするが、一瞬躊躇する素振りを見せて左手をしっかりと両手で握りめる。そうして、
「さっきも言ったと思うけど、
「っ‥‥‥‥!?」
オレも咄嗟の出来事で有ることに加えて、ユウの力が思った以上に強かったために姿勢を崩してしまう。
一体何のつもりなのかは分からないが、不味い。ユウはオレの両手を握っているから受け身を取れない。それどころかこのままではオレの重さと勢いを加えたまま後頭部から固いタイルに倒れこむことになる。オレは咄嗟に両手で掴まれている左手を引き込み、右手を彼女の背中に回して抱き寄せて、自分が下になる事で最悪の事態を防ごうとする。
「大胆だね。でも、大丈夫。」
覚悟していた固い感触と衝撃は無く、代わりにひんやりとして粘度のある何かが頭に触れる。次第にその何かはオレの顔を、首を、手を覆っていき、見上げる形となったビルや通行人たちの姿は完全に見えなくなり、視界は暗く淀んでいて水の中にいる時のものに近い。浮遊感も感じる。
タイルの下、いや中か?何といえばいいのか分からないが、オレとユウはどこかに沈んだようなものらしい。
「どう?凄いでしょ?」
咄嗟に抱き寄せた為、オレの胸元に顔をうずめる形となった彼女が、ズレたキャップとオレとの隙間から見上げるようにしながら悪戯っぽく言う。
「これは、君の‥‥‥‥?」
「んん~そんな感じ。強いて言うなら
「は?それどういう「まだ」…!」
聞き捨てならない言葉を問い詰めようするも、ユウが人差し指で唇を押さえて遮る。
「
「!?何で、それを…‥‥!?
何で?だって、それはアイツの‥‥‥
「残念だけど、
「えっ?ちょっと付き合ってって言ってた「だからちょっとだよ。」これっがそれなのか!?」
「もしかして、寂しくなっちゃった?」
「…‥‥‥まさか。」
「ふふふっ。‥‥えい。」
気の抜けるような声と共に、オレの身体は勢いよく押し出される。どうすればいいのか分からないまま、手足をバタつかせるが意味は無く、ドンドン離れていく。
「待ってくれ!君は何なんだ!?オレはどうなるんだ!?何をしてほしかったんだ!?」
必死に叫ぶが、そもそも聞こえているのか分からない。何も分からないまま、オレはどうなるんだ?
そしていつの間にか頭上の先が明るくなる。この空間に入って来た時とは逆だ。恐らく、出口。
「そういえば入る時も沈み込む感じだったから、出る時ってどういう感じなん、だァァあああ!!??」
景色が変わると同時に浮遊感が消え、身体が重さを取り戻したかの様に引っ張られる。
どうやら、出入りは落ちるようにするものらしい。せめて着地の用意を……!
「畜生がぁ‥‥‥っ!覚えてろよテメェぇぇええ!!」
「うん。覚えてるよ、ずっと。‥‥‥またね、昴。」