幻想の不死鳥、廻る呪い   作:カピバラバラ

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完全に腐らせてしまっていた上に、見るに堪えない文章でしたので……手直しも込めての投稿です、申し訳ございません。




月まで届け不死の煙

 

 

 

──平安の世

 

呪術全盛の魔境。

そんな時代に、ある一つの戦いが歴史に刻まれた。

その命燃え盛る不死鳥と、邪知暴虐の顕現である存在との衝突。

それは正に神話の戦い、だが記録として残ったのはその被害を伝えた巻物と、神々しく輝く、一枚の赤い鳥の絵のみ。

 

 

「藤原」

 

「藤原、妹紅」

 

 

山が消し飛び、大地は滅却され、草の根一つない死の大地に人影が二つ。

片や無傷ではあるが服はボロボロに、赤く爛々と輝く瞳を持つ白髪の少女、片や火傷跡は少々残るがすでに治りつつある四本腕の怪人。

地上には壮絶な戦いの跡が見ては取れる、が、既に両者にその面影はない。

 

深く刻まれた断裂跡も、骨にまで届く様な強烈な火傷跡も、両者にとっては左程痛手ではない、といった所か。

 

 

「ケヒッ……。覚えておくぞ、貴様の名前」

 

「いや、普通に忘れといてくれ、二度とごめんだ…こんなしんどい作業」

 

「ここで最期までやり切らんと言うのなら、必ず巡り会う。呪いとはそういう、融通の効かぬものだ」

 

「…はぁ、それじゃ追いつかれるまで逃げ続けるわ。それじゃ…まぁ、次はきっと…」

 

 

 

 

「何千年先かの未来で」

 

 

 

 

そうして白髪の少女は去っていく、もう二度とごめんだといわんばかりのウンザリした表情で。

身体を包み込む炎は鳴りを潜め、体の内側へと。呪術全盛平安の世だとしても、理屈の通らない烈火の所在は、藤原妹紅という存在に掛けられた特別な呪いの為か。

 

怪人も法悦と愉悦が混ざったかのような顔をして、それを見送り──。

それ以降、片方が呪物となるまで会う事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──時は現代。

 

呪術は形骸化し、呪力や儀式は全て『過程』を通じ出力される力でしかなくなった時代。

スーツ姿に身を包み、会社のオフィスで爆睡している白髪の少女はその会社にいる人間なら見慣れたもので、誰も気にすることなく朝の業務を続けている。

 

この会社には暗黙のルールがあるのだ、それが何かと聞かれれば、その白髪の少女の、面倒を見る係を毎月決めること。

 

 

「起きてください、業務時間ですよ~?藤原さん?妹紅せんぱーい?」

 

「んっ…無理だ。後二時間…」

 

「またお風呂さぼって…!あんまり先輩が寝てばかりだと、私が怒られちゃうんです!

 

「ふぁ~ぁ…。眠い…。日曜明けの月曜ってなんでこんなに嫌ったらしいんだ?」

 

 

──御天道様のニヤケ面ってのは悪人よりも憎たらしい。

デスクに顔を突っ伏して寝ていたせいで体がすごく痛い。風呂入ってない、朝飯食ってない、昨日の夜ご飯食べるの忘れた。

続けてそう呟き、自分の不足を相手へ伝える白髪の社員。

嫌なものは嫌だと貫ける人間は、社会では孤立しやすいが、

 

 

「妹紅先輩……昨日またオフィスで寝てたんですか?日曜日にまで会社に来て?」

 

「私の居場所はここなんだよ」

 

「…本当に仕事が趣味な人って居たんですね、そんな生き方じゃ人生の時間を浪費し続けるだけですよ!」

 

「もうっ、ほらシャワー室行きましょう!」

 

「う~…。……連れてってくれ……」

 

 

──藤原妹紅がこの会社で堕落した存在になったのはいつからだろうか?普通の人間が見れば、彼女の怠惰は目に余る。

 

だが、これを許されているのにも理由は確かに存在する。答えはシンプルに、その貢献量であろう。

 

数日、ネジが巻かれたブリキ人形かのように狂ったように仕事をし続けては、数日寝込む。本人は優秀そのものであり任せられない仕事が無いからこそ、常人ならば過労死必定の仕事量をこなしていた。

その代わりに──この有様。

 

 

「あー。ねむ。いたい、臭うよな。あたまかゆ」

 

(見た目に比べて中身が残念過ぎる…!!)

 

「…………なんか、失礼な事考えてない?」

 

 

ボリボリとフケを撒き、手持ちのチリトリでパッパと机と体を拭く。これで身綺麗にしているつもりなのだから、彼女のガサツさは直しようのない欠点だ。

 

彼女がこの会社に席を望んだ理由の十割は、備え付けられたジムのシャワールームだろう。

彼女にとって、食事は二の次、最重要なのは衛生面。

 

それが人間社会に生きる場合での最重要事項。認識は正しく、不潔であればあるほど人間扱いされなくなる。

 

 

「──。行くか」

 

 

足取りは重いが、行かねばならぬ。

藤原妹紅、断固として不潔ババアと指をさされては心の方が持たない。

 

決意新たに、心臓を奮い立てながら一歩一歩向かっていく。

 

 

「………」

 

「めんどくさい」

 

「…………」

 

「脱がなきゃダメか?ダメか…」

 

「────」

 

 

──水のシャワーで身体を洗い流す。

やはり、清潔とは良いものだ。この会社に勤めて三十年余り、ほんとに良い暇つぶしになったなと、心の中で反芻する。

 

藤原妹紅という不死者にとって、何もかもに優先されるのは『居場所』だ。孤独は耐える、空腹も耐える、痛みにも耐える。だが生きる理由が無いのは困る、生きる理由そのものが、藤原妹紅にとっての居場所。

 

 

「おっと」

 

 

身体を洗っている最中、排水溝に流れていく水を眺める視線の先に、暗く蠢く存在が居た。

それは常人が目にすることは叶わないのに、『そちら側』から害を与える存在こと、呪霊。

 

人間の負の感情、それが寄り集まって形を成したもの。故にその所業も醜悪極まりない事が多い。

 

──しまったしまった、昨日祓い忘れてたな、と。呪霊はこういった水場によく湧くもので、本当に仕方の無い存在だとため息を吐く。

 

身体を洗い、清める。不浄を流すならば、流されたモノが澱み溜まる。

現代人は本当に、仕方の無い『呪い』を産むものだ。

 

 

「■■■■…」

 

「すまんな、お前らの言語は何百年たっても理解できない、学ぼうとはしてるんだが…」

 

 

軽く触れるより前に、シャワー室に居た呪霊は弾け飛んだ。

何をするでもなく、藤原妹紅から滲み出た『呪力』の欠片がその結果を生んだ。

 

呪術全盛の時代であってもなし得ない、驚嘆を超え神話の類だと錯覚する御業。それが誰の目も届かない暗いシャワールームで披露されるのは実に──勿体ない。

 

 

「今日は晩御飯食べなきゃな…」

 

「はぁ…」

 

「……」

 

「次は、何をしようか」

 

──そして少女は、その業が退屈しのぎですらないと、欠伸をして髪を洗い続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日は流石に家に帰って下さい!残りの業務くらいなら私達でもやり切れるので!』

 

「……暇だ」

 

 

社会形態が発足して数年目、長い間隠居を続け、漸く現代へと足を踏み入れた妹紅を待ち受けていたのは、高度に発展した現代社会。

 

資本主義故、金があれば手の届く代物が多い。ならばと暇つぶしの一つとして『貯金額を増やす』という遊びを思いつく。

 

それ以来金儲けに打ち込み、死ぬほど、死んでも働き続けて、今に至る。預金残高の下桁は美しく横に並んでいて心地よい。

 

──まぁ、やっていたのは仕事だけでは無い。いろいろ勉強して投資家系統の資格とかも無論、マスター済み。

金を増やすのは実に楽しく、そしてつまらない。金自体には価値がなく、金で動かせる物々に価値があるのだと改めて思い知らされた。

 

 

「……帰って、部屋の片づけでもするか…」

 

 

やることが無さすぎる人間の、やることが無い宣言である部屋の片付け。そろそろ退屈に殺されるな、そう思って、帰路へ踏み出した瞬間。

 

──懐かしい声が、聞こえてきた。

 

 

「やぁ、妹紅」

 

「久しぶりだね〜。元気してた?」

 

 

厳密にいえば懐かしい声でもなんでもない。聞いた事の無い、見知らぬ相手からの声掛け。

 

けれど、声に乗って伝わってくる感情や『久しぶり』という言葉を私に使える時点で、誰なのかという答えは一つ。

旧友かつ旧敵、古い友人の中でも最悪の相手。

 

 

「──。羂索か!」

 

「よく分かったね」

 

「まぁな、お前以外に誰が『久しぶり』なんて言えるかよ。それで、何か用?殺し合いなら受けて立つが」

 

「別に戦うつもりは無いから殺気は抑えて抑えて。今の身体は戦闘能力はないし…それに君相手に勝てるわけないだろう?丁度君の『貯金ゲーム』が飽きてきたころじゃないかと思ってね」

 

「──獄門彊は?」

 

「別の事に使う予定」

 

 

その言葉を聞き妹紅は胸を撫で下ろす。

背後からの声に振り向いた瞬間、特級呪物たる獄門疆へ封印される──なんて、笑うに笑えない。一度閉じ込められた経験があるからこそ、もう二度とごめんだと両手を開き背後に向けて降参のポーズを取った。

 

 

「良かった、またあんなもんに閉じ込められたら脱出するのもめんどくさいからな」

 

 

あの時のことを思い出した妹紅は、苛立ちと共に拳を握りしめると──羂索の目の前の存在から呪力が立ち昇る。

 

空間に迸る莫大な呪力は、呪力を認識できぬもの達にも直感で伝わってしまう程。それら全てが正の呪力である為、半径数百メートルの呪霊は自らの消滅にすら気が付かず消えていく。

 

湧き上がる呪力に裏付けされたその存在感は、金剛力士像、神を彷彿とさせる清らかさを有していた。

 

そしてその呪力には燃え盛る炎が付随され、神々しく美しい豪炎が身にまといつき、敵対するものごと自分自身の全てを燃やし尽くさんとする勢いで輝いていて、

 

 

「相変わらず…美しいね」

 

 

──美しい。と羂索と呼ばれた人物は舌鼓を打つ。

人の負の感情エネルギー、それが呪力だ。決して、彼女が放つような神々しさを纏って良いものではないのだから。

 

 

「じゃあ本当に何の用だ?お前と会うのは私を殺そうとする時位しか思いつかなかったんだが…」

 

「そうだねぇ…強いて言うなら……君がもう忘れてしまってそうな約束を果たしにきたかな」

 

「──新しい暇つぶし、欲しくはないかい?」

「……」

 

「期間はざっと二千年の暇つぶしだけど」

 

「……二千年か〜。よし分かった、乗ってやる」

 

 

炎は収束し、再び儚い少女の身体へとおさまっていく。

これもまた、彼女が有する力の一部に過ぎなくとも、今の力の奔流を見て『藤原妹紅』が唯の少女、唯の不死者であるとは口が裂けても言えない。

 

世が世ならば、神とさえされる圧倒的な力。

呪術の世界において、神とは最も呪いの受け皿として機能を果たす、いわば生まれからして『呪いの愛し子』である。

 

 

「…ふふ、良かった」

 

 

──羂索は心の中で幸せを享受する。

彼女との会話、そして『約束の成就』。

 

それは、自分の希望であり、未来であり、現代語に翻訳すれば『青春』であった時代への回帰、そして藤原妹紅という少女との悲願の成就を意味する狼煙であるからで、

 

 

「喜ばない理由は無いだろ、シケた面して、素直に喜んだらどうなんだ」

 

「──。仰せのままに。ならば君も喜んでくれよ?二千年先の焼け野原で、君はもう一人じゃない」

 

「藤原妹紅──私が、君を一人にはさせないよ。退屈はもう、お互いに懲り懲りだろう?」

 

「…何気持ち悪いこと言ってんだ」

 

 

告白のような艶めかさ、美麗な声を上げ、気品と歓喜に満ちた宣言を言い放つ羂索の顔が今回はどのようなものか、そう振り返って見ようとする、どんなにやけ面を、悪辣な面をしているものかと──。

 

 

「ブホォッ──!?」

 

「え?何々、何か顔にでもついてた?」

 

「おま…な、なんで妊婦なんだよ……!てかまた女!?懲り懲りって何処が懲り懲りだ馬鹿!わ、笑わせんじゃねえって……」

 

「ん~」

 

 

彼女は、羂索は愛おしそうに、お腹をさする。そこに眠る生命へ、そこで育まれる存在に、真摯で清らかなこの世の『愛』を注ぎ込むように。

 

 

「ゲホッゲホッ!?マジで!やめろ!」

 

 

仕草の一つ一つが真剣で、それが余計に笑いを誘う。よりにもよって、この怪物が妊婦になり腹を愛でる──ああつまり、愛を共にした伴侶が居るという事で、単に目に映る情報を超えた『愉快さ』が藤原妹紅の横腹部を刺激していた。

 

 

「あ、この後私の家寄ってかない?それでさ運命の相手に会ってくれないかい?たぶん腰抜かすと思うから」

 

「う、運命の…。…羂索の…運命の…ゲホッゲホッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、夫の虎杖仁です」

 

 

誘われるままに御自宅に案内してもらい、羂索家を訪れた藤原妹紅は、何処にでもありそうで街単位で見ると──割と高級めな一軒家に足を踏み入れた。

 

待ち受けていたのは『どうも、夫の虎杖仁です』という、あまりにも、あまりにも自分にしか刺さらない笑いのツボ。

今、彼女が顔を固め口の端をピクピクとさせている理由を理解出来る者は、この場所へと招いた羂索のみ。

 

 

「あ、あぁ…丁寧にどうも、藤原妹紅だ」

 

 

一言、一言告げたい。

そう瞼をストレス反応で往復させ、それはそうとして『面白い』が過ぎる現状へ一言があるとするのなら。

 

──お前、本当に気持ち悪いよ。

の、文句の一言。

 

 

「香織のご友人でしたか。…妻に貴方のような友人が居るとは知りませんでした……。妻は滅多に友人関係を築かないもので、わざわざ今晩は妻の為、足を運んで頂きありがとうございます」

 

「大丈夫…っ。うん、飯、奢られに来ただけだから……っ…」

 

「あぁ、晩御飯位なら食べていって下さい、妻も喜びますので。…美人な方には、ワインが映える…と思うかい?香織」

 

「も〜仁さん?私の前で妹紅ちゃんの事美人なんて言わないでよー。…ワイン、か。いいんじゃない?」

 

「ぐっ…──」

 

「あ、あはは。ごめんごめん」

 

 

──羂索は、基本的に掴み所の無い傍若無人な人間であり、行動の意図を察するのにも一苦労な相手。

 

腹に潜めているのがどれほど黒いものか、それがどんな目的を以て行われるのか、全てを解読するのは、本来至難の業である。

だがしかし、今この瞬間だけは瞬時に理解出来る。確実に、コイツは己を笑い殺そうとしているのだと。

 

 

「有難く…お邪魔させて貰うよ、仁さん…今晩は宜しく頼む…」

 

「うん、ゆっくりしていって…特に香織は今妊娠中だから、色々話す事もあるだろうし、私は席を外しておくよ」

 

「気遣い出来るいい旦那さんじゃん。なんでアンタみたいなのが……ゲホッ…。失言だった」

 

「妹紅も何かと我慢できないタイプだよね。とりあえずは二人で話したいから、ごめんね仁さん。今日はハブっちゃう」

 

「はいはい、何かあったらすぐ呼んでね、香織」

 

 

ハブる等、流行遅れの言葉を使う羂索に笑顔を返し冷蔵庫から注文通りのワインを取り出して、それから食卓に作り置きの食事を並べた後、自室へと戻っていく虎杖仁。

 

優しい旦那だ、この料理も自作だろう。気遣いも出来るし夫婦仲も悪くない、こんな一軒家に住めるなら稼ぎも良い。

 

──あらゆる加点要素が、女の見る目が死んでいる一点で打ち消されるのだが。

 

 

「ぶはぁっ……お前…マジで、殺す気か…!?」

 

「どんだけツボってんの……そんなに今の私の事が面白い?」

 

「何から何までキショオモロすぎるぞ馬鹿が、今度M1行ってこい、優勝もぎ取れると思うからさ…!」

 

「手厳しいねぇ」

 

 

本当に最悪だ、最悪中の最悪、コイツが人間そのものを弄ぶ性質なのは分かっていたが、度を超えすぎだと糾弾する。

 

人から人の脳へと移り変わり、擬似的な不老を実現する羂索にとって妊娠など目新しいものでは無いし、それは藤原妹紅にとっても同じ。

 

 

「──魂を見て分かった…!」

 

 

最悪なのはそこじゃない。

コイツ、羂索は、まさか。

 

──宿儺の片割れ、その産まれ変わりの子孫との間に子を産んでいた。そう結論付けるに値する、気持ちの悪い魂の『色』が、羂索の腹の中には浮かんでいる。

 

呪物を媒介に特別な揺り籠を作っているのだ、もしもこの産まれ落ちる赤子に宿儺を宿らせようものなら、『檻』となる程の人体改造。

 

 

「アイツとはもう会わないって言ったのにさ、これじゃ再会がいたたまれなさ過ぎるって…!」

 

「…嫌だろ、お前なんかにおしめを変えられる両面宿儺って絵面」

 

「いーや?この子を宿儺にするつもりは無いよ、あくまで器だ、それよりも妹紅、どうだい私の夫は」

 

「どうだい…って言われてもなぁ…」

 

「いい男だろ?目的と計画が根本にはあるけど、この体を手に入れた後は私の感性で『ビビーんッ!』と仁さんにアタックしまくったんだよ」

 

「…くっ…。…わ、分かった、分かったからその乙女顔辞めろ…!頬を染めるな馬鹿、なんで如何にも夫婦生活幸せ満喫中です──って主婦の顔が上手いんだ」

 

 

机に頭を軽く叩きつけ、コン。とこ気味良い音が鳴る。冷静さを保つ行為に羂索はクスり、と笑い、それはそうと妹紅の無礼を指摘した。

 

 

「人の純情を笑うもんじゃないよ、妹紅…それにここに来てもらった理由もダラダラ話す以外無いからね」

 

 

──純情。

この存在が口にするには、あまりにも不適切な言葉である。

面白さが優位に立っていなければ嫌悪感で、腹の子諸共焼き尽くしていただろう。

 

 

「純情…クソッ!本当に…お前嫌い…ふぅ…ぐふっ…ふふ…」

 

「──。ふう。酒出せよ酒……旧友に乾杯の一つもなしか?」

 

「私は妊婦だよ?お酒は厳禁」

 

「……妊婦かぁ。その子の名前は?」

 

「虎杖悠仁……それがお腹の子の名前。以後宜しく」

 

「ぶふぅッ!…くっ…その顔で腹さするの……二度とするな……」

 

エプロン着て台所から惣菜持ってくる姿も、並べられた料理のサランラップを事一丁寧に捲って、分別されたゴミ袋に丸めて捨てる仕草も、羂索という存在には欠片も似合わない。

 

こんな京楽を全うするかと聞かれれば、ああそうとも、普通に、真顔でする相手。

 

──「真面目にやれ」と抗議の意を示してからなんとか「頂きます」と気持ちを切替えて、

 

「はい茶碗、ご飯は自分でよそってね」

 

「ありがと」

 

「何年振りかなぁ、こうやって話を交わしてご飯つっつきあうの」

 

「…あ〜…丁度前の御前試合辺りじゃないか?」

 

「まぁ、多分それくらいになるかな。今でも思い出せるさ……君とお酒を交わしあった日々。あの退屈が覆る予感…!」

 

「──ふうむ。覆るて、なんでさ、私はお前好みの奴でも無いだろ?停滞を望み、前身せず、何時になっても死ねないから、いつか訪れる死を待つだけの存在」

 

この存在は、羂索という存在は、藤原妹紅の様な『停滞』の化身を毛嫌いする筈だ。

 

毎日毎日、一歩ずつ理想へと歩む。どんな偉人も凡人も、死ぬことだけは出来る世界で理想へと進んでいく。

そういった志を持たない人間を、尽く毛嫌いしている筈。

 

──生きてる。って実感。それが手の中に収まりきるまで、中身の足りないおもちゃ箱に好きなだけ好きな玩具を詰めるように生きる。

それすら出来ない人間なんてものは、唯風に靡く葦である。要は、虚無主義者が嫌い。

 

「…………」

 

「宿儺の方がよっぽど『覆る』が似合ってると思うが」

 

「あぁ、確かに宿儺は最強だ、君の前だと『揺るぎない』とまでは言い切れないけどね……『呪力の可能性』という点に限っては君を超える逸材は居ない」

 

「それは君自身が一番理解してるだろう?藤原妹紅、いや…幻想の不死鳥」

 

「……可能性かぁ」

 

 

言われてみれば、そう。

呪力の本質は何であるかを最も身に染みて、骨に染みて、魂に染みて味わっているのは自分しかいない。

 

とするのなら、呪力の可能性は確かに、自分が最もキッカケを掴んでいる。魂を縛り付ける不死の呪いは、未来を描く燃料でもあるのだから。

 

 

「肉体が全て燃え尽き、肉と称せるものも骨と称せるものも全て失っても、魂からその身を復活させる、完全なる不老不死……この世界で最も呪力の核心に近い存在が君だ」

 

「お前も似た様なもんだろ。脳ミソ入れ替えれば一個人の意識として不滅、私にも試した癖に」

 

「アレは不思議だったよねぇ〜…魂に関連する私の術式と、最早魂そのものが術式に関係する君との融和、またやってみる?」

 

「……もう二度と癒着した脳ミソを引き剥がす痛みは味わいたくないって」

 

羂索との出会いに関しては、そう多くを語ることは無い。何か特別な事情がある訳でもなく、普通に、ただただ普通に旅先で出会っただけだから。

 

妹紅は、藤原と名のある通り藤原家の出。といっても家の世話になった期間は短く、退屈を紛らわす為に旅に出て数週間。

 

初めて出会った時は──性別もどっちだがよく分からないし奴だったし、興味もなかった。

そんな奴が泣いていた、いや笑い泣いていたから気になって、居候としては助けるのが恩義に報いるものだと。

 

赤い門の外で泣き叫ぶ訳でも無く、ただただ退屈そうな目をしてぽたぽたと雫を垂らして笑っていた、それが今目の前で妊婦になっている奴の過去だ。

 

執着が始まったのは──別れの時に名前を教えなかったのも、原因だったのかもしれない。

十年、百年、仕舞いに現代。

ストーカーに次ぐストーカー、自分の心の器の広さにも少しは感謝して欲しい所。

 

つまりはやべぇ奴。そんな烙印を押して当然なのがコイツ。正直妊婦の見た目で笑かされてはいるが、本当に一ミリも関わりたくない。

何度かストーカー中に殺されかけたし、殺された。泣きながら攻撃してくるもんだからびっくりしたり、領域内でボコボコにされたりもした。

 

でもまぁ、私の不老不死は魂そのものに由来している。術式を焼き切れる領域展開なら殺せると思っていただろう羂索の、私が普通に生き返った時の顔は面白かった──、

 

「ちょっと。何思い出し笑いしてんの」

 

「ふふっ。いやなに、別に」

 

「別にじゃないでしょ別に、じゃ。ともかく、妹紅だけでもいいから飲んどきなよ」

 

雪肌のように白い少女と、額にツギハギが付いた妊婦の奇妙な晩餐。

眉目秀麗、雪魄氷姿。美しい、に関する言葉を並び立てて尚釣り合わない少女は、一口グラスに口をつけ、現代の技術が濃縮された一滴を味わい尽くす。

 

「……美味いな」

 

「二千年の暇つぶしに関しては、またこの子が産まれてから話すよ…今日は、ゆっくりしていってくれ」

 

「……分かったよ、それじゃお前は烏龍茶だけど…」

 

互いにグラスを、コップを向け合う。

過去を辿れば、陶器であった器も時代の流れと共にガラス細工に。そして今は、プラスチック。

 

乾杯と名のつくソレをして、酔っ払う中加減を間違え何度も壊してしまった記憶が蘇る。

中に注がれた酒が地に落ちて、割れた破片が手を切り裂いて、ああなんて、楽しい世の中だと。

 

──世は常、無常だというけれど、ああそれでも、私たちは生きている。

 

そんな余興が無くなって悲しいのか、どうなのか、

 

 

「「乾杯」」

 

 

───いや。

 

美味い酒が零れる方が、嫌だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──十四年と数ヶ月後。

 

 

とある大企業、その会社のビル中で、社員全員が震撼する事件が起きる。

オフィスのデスクに突っ伏したまま、紙パック牛乳を啜り、起こされながらも眠っている可憐な白髪の少女。その手には退職届が握られている。

 

藤原妹紅その人の、引退の時間だ。

 

 

「えぇぇぇっっ!?藤原先輩辞めちゃうんですかぁ!?」

 

「あぁ、婚期を逃した仕事人間も、そろそろお役御免って事だよ」

 

「…藤原先輩、この会社務めて何年でしたっけ?」

 

「あ〜…まぁざっと四十年位だったか?端数は覚えてない」

 

(どう計算しても五十六歳以上が確定してるよね??見た目若すぎない?)

 

「…なんだ、また変な顔して」

 

「い、いやぁ…藤原先輩ならどんな男にでも言い寄られると思ってたんですけど…」

 

「はっ、五十過ぎのババアに結婚してくれなんて申し込む奴なんかいないさ」

 

(その見た目で……?? )

 

 

世はまさに大男女平等社会だというのに、人をジロジロと見てはステータスをラッピングする

辞めると言ったなら辞めるし、行き遅れといえば行き遅れだし、五十過ぎのババアは五十過ぎのババアでしかない。

 

すっかりお世話係の板が着いた後輩に、頬をツンツンとされながら、彼女の老いを感じとる。

ほうれい線とは罪のものだ、プルプルの変わらない肌でこの言葉を呟いても、嫌味にしか聞こえないのだが。

 

 

「…互いに、ババアだな」

 

「うるっさいですねぇ!この人鏡見たことあるかなぁ!?」

 

「……そうだ、社長さんとは話し合って決めたんです?藤原先輩、社長さんとよく話し合いを…」

 

「ん、その事何だけどな……決めたんだ」

 

「……決めた。ぅう…そうですか、寂しくなりますね…藤原先輩の面倒を見る係なんて、後期になってから一生私でしたし…」

 

「あぁ、本当に助かったよ…ありがとうな、友里恵…楽しい毎日だった、これで心置き無くアイツに社長の座を渡せる」

 

「そうですね、これで藤原先輩も………え?ん?今なんて言いました?」

 

 

目を丸くして、お世話係たる友里恵は妹紅の発言を振り返る。──社長の座を渡す?座を受け取る、なら理解出来るけれど、渡す?

 

疑問は頭の中で膨らむばかり、今なんと?と繰り返して聞きたくとも、妹紅は人差し指を立て友里恵の唇に置いて、

 

 

「アイツと話し合って、完全に社長の座を明け渡した。私はもう、『元』社長だ」

 

「…………」

 

「え…」

 

「藤原先輩って………その……え?」

 

「経営権も譲渡したし、そこら辺諸々税理士にぶん投げたから後は退社するだけ。それじゃ、お疲れ様だ……皆これからも頑張ってなぁ〜……失礼します…」

 

足早に部屋を出ていく妹紅の背中、その肩を掴もうとしてひょいと逃げられた。

ひょうきんな顔を晒す友里恵は、遠ざかる妹紅へ困惑の目を向けるも、それよりは真っ先に口にしたい事があった。

 

「ちょっと待って下さい!あの!色々聞きたいことが多すぎて口が回らないんですけど──!」

 

「ともかく、十年間ありがとうございました──っ!引退の理由だけ聞いちゃダメですかー!!」

 

「馬鹿。こんなババアが定年間際に引退なんて理由は一つだろ。さっきはああ言ったがな、受け取り手が見つかったんだ」

 

「──だから、こちらこそお疲れ様、ありがとう、だな」

 

「────」

 

 

今日この日から、一般会社員藤原妹紅は姿を消す。その代わりといわんばかりに。

──『呪術師』藤原妹紅が、晴々しいデビューを後輩に見送られ、飾り立てられる。

 

果たして、彼女の様な変人の受け取り手は一体誰なのか。

藤原妹紅をよく知る世話係は、その後一生を共にするパートナーの身を案じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──少し、時は遡り。

虎杖悠仁、それが羂索の命名によりこの世に生まれ落ちる一つの生命の名前。

 

 

「────」

 

 

あの日以来、妹紅は羂索と虎杖仁の家庭に度々お邪魔していた。

普通、妊娠中の嫁とそれを介護する夫の間に第三者が加わる等嫌悪感があって然るべきだが。

 

 

『妹紅さんなら、信頼できますよ』

 

『ほらね?あ、別に私が何か言った訳じゃないよ?仁さんが妹紅の事気に入ってくれただけ』

 

『──マジかよコイツら…』

 

 

との一幕もあり、無事居候化。

とにかく仁さんの手作り料理が美味いのなんのと、居場所が無くて心がひもじかった身からすれば、嫌がられないのならこちらも嫌がる理由は無い。

 

結果的に虎杖悠仁を出産した後も立ち入りを許可されていた。

 

 

「香織、おやすみ」

 

「うん、おやすみ仁さん…」

 

「……」

 

 

私は今、暖かな家庭と同時に地獄を脳内へと叩き付けられている。御祝いに来ただけの筈が、今最も死を実感しそうだ。

 

領域展延を脳に施して尚、余りの酷すぎる絵面は中和されずに脳ミソを一万回程は破壊されていた事だろう。

 

羂索と仁さんの仲良しシーンをまざまざと見せつけられて、いや狸寝入りで覗き見して、

 

 

「妹紅さんはお酒で寝ちゃったみたいだから、起こしたら帰すね」

 

「分かったよ、今晩から悠仁を交代し合って面倒を見るんだったけど…今日は大丈夫なのかい?」

 

「うん、ありがと…大丈夫だから今日はゆっくり寝ておいて」

 

「…それじゃ」

 

 

そして扉を閉める前に、幼子の虎杖を抱えながらハグをして、オキトキシンハグと言われる効果を毎晩試しているのか、毎回毎回三十秒以上のハグを──────ガンッ!と、そこまで状況を説明し、頭を拳で打ち付ける。

 

「……」

 

 

落ち着け、落ち着け、落ち着け。

脳内の領域展延を解けば一瞬にして肉塊になってしまうような光景に耐える。アイツの気色悪い家庭展開が終わるまで耐えなければ。

 

こんな見たくもない愛の育み合いの、根本からねじ曲がっているおぞましい関係に、愛おしさを感じてしまえば、脳破壊は完了。

 

慣れは怖い。元妻の死体を乗っ取って妻のフリをする羂索と、それを承知して受け入れる仁さんのラブラブシーンにも慣れた。ああそうだ、狂気具合といえば、若干仁さんが優勢か。

 

 

「それじゃ、本当におやすみ、仁さん」

 

「あぁ、おやすみ香織」

 

 

ハグの最後には、お互い既に慣れたものなのであろう、お、おや、おやすみのキス───────ガンッガンッガンッガンッ!!と、拳で、全てを忘れようと懸命に努力する。こんなもの記憶してたまるか、脳ミソを新品に取り替えねば、と。

 

 

「……?今何か物音が……」

 

「あ〜…大丈夫大丈夫!気にしないで?ほら引っ込んだ引っ込んだ!私以外の女の介抱なんてさせたくないし!」

 

「…ふふっ、そうだね……」

 

 

その後にまた少しの間スキンシップを重ねて、香織in羂索が妹紅の居るリビングにもどる。

 

 

「……何してるの、妹紅」

 

「反転回してる」

 

「君には必要無いだろ…それとなんでそんな血塗れなの?」

 

「聞くな、それと虎杖貸せ」

 

「はいはい、よちよち…眠ってるからゆっくりね?」

 

「…あぁ」

 

 

渡される虎杖を優しく抱き抱えた。

私の両腕に、小さくて温かい命が存在している。「ぁう…」と小さく寝言を言う虎杖のほっぺたは、モチモチとしていて非常に触り心地が良い。

 

子を持てないのが当たり前の肉体だからこそ、羨ましいというかなんというか。

目を擦り、僅かに滲んだ涙を拭き取る姿を羂索は笑うことはせず、

 

 

「可愛いでしょ」

 

「すまん、羂索…お前一旦顔見せないでくれ」

 

「なんで!?」

 

「…クソ……この子今からでもうちの子にならないかな…」

 

「君の子になったとして、結局は寿命の差で泣くだろ?別れが辛い癖に。それで何度泣いてんのさ」

 

「……数えられん」

 

「どうなるか分かってるじゃないか。ほら、もう返す!悠仁はうちの子だもんね〜」

 

「……」

 

 

可愛らしいお母さんが、小さなわが子のほっぺたをつんつんしてるだけなのに、どうしてこんなにも邪悪に見えるんだろう?──原因は一目瞭然か。

 

 

「さて、計画について、だったね…本当はね、二千年の暇つぶしなんて君に興味を持ってもらう為の建前なのは謝っとく」

 

「…ぁ゛?」

 

「ふふっ…大丈夫だよ妹紅、凡そ二千年なのは間違いじゃない。これから作るのは平安の世を超える呪術全盛の時代だからさ」

 

「全てが荒れ果て、混沌と化す世界の中でも、君ならば暇しない、というだけだ」

 

 

悪びれもなく前提を覆して自分の意見を通す所は変わらない。過去の記憶はいつも通りに、羂索という存在の最悪さを示している。

怪訝な顔で見つめると、妹紅に対し含み笑いを返し、

 

 

「まずは妹紅、君……今の呪術界のこと、何も知らないだろう?」

 

「……そうだな」

 

 

羂索から聞かせてもらうまで『呪術師』の三大名家とかも一切知らなかった。今の藤原妹紅は現世から隔離された様な生活をしているせいで、世間に疎い。

 

 

「私が一から教えても良いんだけどね、せっかくなら君の暇つぶし程度に遊んでおいで」

 

「つまり全部現場で学んでこいって事か、面白そうだな、それ」

 

「そう、まっ…君が気に入るような子が大勢生まれてるから退屈しないさ。……あと計画に関わる重要な事だけ先に。天元の事、覚えてる?」

 

「あぁ、あの婆さんがどうした?」

 

「アイツまだ生きてるんだよね」

 

「……ほう?」

 

 

天元といや、暇つぶしも兼ねて結界術を教えてた女だ。特筆すべき点は執念じみた勉強意欲だったが──生きているとなれば、羂索のような成り代わりの不死か。

 

今思えば、平安の頃に出会ったとはいえあまりにも結界術の基礎が出来すぎていた。

 

 

「擬似的な不死の術式で、星漿体っていう身代わりで身体の変質を抑えてるんだけど…」

 

「──。実質的な年齢ってどれぐらいだ?」

 

「私と同じぐらいだよ。身代わりの周期が五百年だから約千五百歳」

 

「うっわぁ…。ジジババ共が…」

 

「──本質的に、君に年上だの年下だの、そういう概念は存在しないだろう?」

 

「気にしなくていい、輪廻転生が術式概念に混ざっている時点で、時代の前後なんてものは些細な事だ」

 

「藤原妹紅として言ってんのが、分からない訳じゃ無いよな」

 

「…勿論」

 

「妹紅。──私は強欲だ!ふふっ、だからね、望むものをどっちとも手に入れたい」

 

「願いが叶えば、君の退屈も癒える。そして私は私が見たい世界を、君は君が出会いたい相手と会える」

 

 

両手を広げ、おおげさに。

無邪気な子供が手に取った玩具を、まるで使い方を理解せず好き自由に叩いて壊して──それが、楽しいからといった様子で、

 

 

「──君の悲願を」

 

「蓬莱山輝夜を!この世界に引きずり落としてあげよう!その後は……全てが終わったその後は…永遠の時間の中で、君は退屈なんて言葉が愛しくなるくらい…」

 

「──面白い人生になると思うよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤原妹紅は、狂乱とも言える羂索の提案に心を踊らせてしまった。引き受けていい筈の無い、数多の人間の数多の幸せ、その可能性達を摘み取る計画。

 

人ならざる存在が、人々を穢す行為は傲慢そのもの。

 

──けれど、けれども。

承諾してしまった。何故か、あの馬鹿げた計画に、人の善意を貪り、人間性を失い、ただ己の欲望でしかない願いを叶えようとしているだなんて。

 

そうとも、自分は自分以外に興味が無いのだ。善の心も悪の心も無く、ひたすらに虚無。

 

蓬莱山輝夜。藤原妹紅にとって醜く生き続ける理由なんて、彼女の存在があるが故。それ以外はどうでもいい、どうなってもいい。──浅ましい性根だ。なんとも、身の丈を弁えない愚か者な事か。

 

輝かしい『生きる』を毎日繰り返す民衆と、惰性にしか過ぎない『生きる』を繰り返す妹紅。その『生きる』にどれほど隔たりがある?

 

 

「────」

 

 

──ああ、それでも。

──呪いは未だ、廻っている。

 

 

「…はぁ」

 

 

結局、妹紅は一級術師という肩書きを背負い呪術高専東京校へと移動。

特別公認教師として、今年の生徒の面倒を見る事になったのだが、

 

 

「よぉ!もこせん!」

 

「もこせん言うなもこせんって」

 

「今日飯行かねー?昼どうせ暇っしょ」

 

「いや、仕事がだな…」

 

「アンタに任せられる仕事の種類はこっちで把握してんの、もう終わってんでしょ?付き合ってよ〜もこせん」

 

「はぁ…分かったよこのガキ大将…」

 

 

自分はそこまで頭が回る方では無い、羂索の指示に従うだけ従って、『五条悟』という学生に教鞭を取る予定だったのだ。

 

五条悟──六眼と無下限呪術の抱き合わせ。世界の愛し子にして生まれた瞬間から一段、呪術世界のレベルを底上げした男。

五条悟が生まれた瞬間は、妹紅でさえ肌を逆撫でされるような感覚に陥る程。

 

呪力というものは元来、人間の体から発せられる負のエネルギーの事だ。

個々人の痩せやすさや、筋肉の付きやすさ、血圧や健康度等、呪力を操る事自体にも個人差が付き纏う。

 

そして六眼、コレは原子レベルの呪力操作を可能にし、尚且つ呪力というエネルギーを力に変える過程のロスをゼロにすることが出来る天からの贈り物。

無下限呪術は分類を『術式』と呼ばれ、脳に起因する『エネルギーの出力方法』。

呪力を血液、呪力操作を心臓と血管とし、脳の命令によって術式は発動される。

 

呪力による単純な身体能力とは一線を画す世界への干渉を行う。それが『術式』であり、無下限呪術とはその頂点の一角とも言えよう。

 

 

『アンタが俺らの教師〜?』

 

 

そんな初日、赴任してすぐ喧嘩を売られた。

五条悟は生意気なガキだ。それはそう、生まれた時から最強なのだから、人への配慮等という『弱者』の防御術を学ぶ必要がない。

 

 

『コラコラ悟、冗談はやめてあげなよ…可愛いお嬢さん、迷子になってここに迷い込んで来てしまったんだね、帰り道は分かるかな?』

 

『……』

 

 

──ついでに前髪野郎も舐め腐ってきやがった。

別に舐められる事自体はどうでもいい、頭に手を置かれ本当に子供扱いされたのも、正直どうでもいい。

 

堪忍ならんのは、そう。

 

 

『授業?お前が何教えてくれんの?俺ら最強なのに──」

 

 

井の中の蛙大海を知らず。

ああつまり、身の程知らず、という点だ。

 

 

『こんのクソガキ共!廊下に立っとけ──ッ!!』

 

『ぉぐッ──!?』

 

『…っ!悟…!?術式を解くなんて油断が過ぎ──ガハッ…!』

 

『はーいもこせーん私降参でーす…クズ二人に巻き込まないで下さーい』

 

 

生徒は三人。五条悟、夏油傑、家入硝子。

五条悟が蹴り飛ばされたのを見て即座に降参した家入硝子はともかくとして、夏油傑はそうはいかないようで、

 

 

『──術式の発動が遅い』

 

 

理由が何であれ、親友を蹴り飛ばされたのだ、目線を妹紅へと戻し『術式』を発動しようとした瞬間、顔面に往復ビンタを貰い受ける。

 

──教師としては、なんと言うべきか。

領域展開も展延も使えないのに最強だかなんだかニヤニヤしているのが非常に気に入らない。

そんな至極私的な理由で暴力を振るう先生なってしまったが、クソガキには丁度良い躾だと言えよう。

 

最強を名乗るなら両面宿儺と戦ってから宣言しろ、無茶振りにも程がある要求を心の中で告げて、意識を今へと戻す。

 

 

「…なぁ〜……羂索〜…これも計画の内でいいのか…?いいんだよな?」

 

「まぁ…いいか、暇な時間が無くなるのはいい事だしな…この忙しさもいつか退屈になる、てかなってる…」

 

「あ〜?なんか言った?てかもこせん!早く来いよ!!」

 

「分かってるって!!」

 

 

階下の五条に声を返す、アイツはそりゃもうデカいクソガキだから相手すんのも大変なんだよ。

まぁ──あの姿は───うん。どことなく、輝夜に似てるかも、しれない。

 

 

 

「……」

 

 

「……はぁ…」

 

 

「もこせ〜〜〜〜ん!」

 

 

「次に妹紅先生って呼ばなかったら腹キックな」

 

 

「えぇ…?」

 

 

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