幻想の不死鳥、廻る呪い   作:カピバラバラ

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呪術師藤原妹紅

 

「──妹紅は適当に遊んでいて大丈夫だよ。強いて言うのなら、五条悟とはよく関わっておいて欲しいかな」

 

 

羂索から私への命令は、それだけだった。

何をしろ、何かを成せという訳じゃない。五条悟と会うだけで役目は終わってしまっている。

 

故に教師としての仕事を全うしようがしまいが、既に関係の無い話。

 

だが、それでは仁義が無い。元々妹紅は教師の立場に身を置く事が多かった。奥歯を擦り合わせ、自分の中の納得の出来ない感情と向き合う。

 

──前途ある青少年少女達の人生を、道楽によって末広がりで終わらせて良いものか。

 

問えば、自らの覚悟の無さに腹が立ってきた。固く目を瞑って、羂索に再度問う。

 

 

「──それだけでいいのか?何で?」

 

「あ〜…えっとねぇ、これを説明するのに五条家と星漿体の因果、それに伴って引き合わされていく六眼と運命の事とかが…」

 

「文三つ」

 

「友達に呪霊を操れる術式が欲しい!天元を使いたい!六眼は封印したい!OK?」

 

 

──結局は、計画。

悪びれもせず、他者からの略奪を良しとする奴の手を取ったのは事実、怒りを貯める資格も無い。

 

それはそれとして、胸に秘めた誇りはあるのだ。神秘の世界で教鞭を取っていた彼女は、決して欲の為に教育を、教育を受ける子供達を無下にはしなかった。

 

大きくため息を吐き、了承の意を示す妹紅に、羂索は微笑む。

 

 

「六眼か、懐かしいな、いつだったか一人……不手際で発狂させてるんだ。五条悟は大丈夫なのか?」

 

「あぁ、彼の精神性なら耐えられるよ、きっとね…というか今の君相手じゃ見えないと思うよ?実力的にも因果的にも大きくなりすぎてる」

 

「……へぇ」

 

 

腹部を触る。

 

そこには眠っているものがある。それは私の原罪、私の愚かさそのもの。

絶えず燃え盛り、絶えずその呪いの強度を増していく。生命という呪力の根源であり、『生きている』という熱によりそれは自然に炎の形を取る。

私に反転は必要無い、術式も存在していない。

 

それは何故か、何故その様な真似ができる?

──ああつまり、『命』とは呪いであり『死』に歩みを近づける程に呪力を湧かせるものなのだ。

 

不死とは呪いそのもの、不死者である限り、呪霊よりも純なる『呪い』である。

 

 

「……なぁ、羂索」

 

 

──だが、負の感情が呪力の元となるのならば、何故に『生』というポジティブな側面によって呪力が湧いてくるのだろう。

 

この問いには、長い年月を掛けて解答したものだが、翌日には何といったか忘れてしまうほどの、当たり前の事で、

 

 

「お前の計画がもし失敗して、ズタボロになって、もうダメだって…丸まっちまっても」

 

 

私達の未来には、『死』が待ち受けている。どんな超人も怪物も、どんな凡人にも、最期に辿り着くのは『死』という運命。

でも、それでも私達は最期まで足掻き、明日を望み、未来へ手を伸ばす。

 

『死』に近づいていく人間にとって、『死ぬ為に生きる』のではなく、『生きる為に死ぬ』という明日を望み願う行為が、呪力を産むというのなら。

 

『生きる』の裏側に存在する『死』が炉心となり、呪力とはそれ即ち、人間の負の側面でありながら『生きる』を実行する原動力である。

 

──なんて、こんな私の長い人生の中で、これが呪力の定義何じゃないかと思っていたり。

 

 

「そんな事になっても、絶対に私がお前を迎えに行く」

 

「そしたら、私はお前の口の中に」

 

「私の肝をねじ込む」

 

「拒絶しても、死のうとして逃げても、どんな事をしてもな」

 

 

羂索に対し、指を指し目を細める妹紅。

所謂──発破。という奴だ。

 

妹紅は不死である事に絶望している。『呪い』でしかない自分自身の醜さにも、共に絶望している。

 

故に、この呪いを広める事は赦さない。

故に、絶対に失敗するなよ。そんな意味を込めて、妹紅は羂索へと宣言したのだ。

 

 

 

「妹紅」

 

「勿論、喜んで受け入れるよ」

 

「君をもう一人にはしないから」

 

「────」

 

 

ならば。

ならばその返答は、余りにも愚かしい。

 

藤原妹紅は生きてはいない。

生き永らえながら、死んでいる屍だ。

 

不死という呪い、不老不死という人類の悲願。

それは、『生きる』事を失わせた。生きるという無限の可能性を生み出す奇跡を、下らない三文芝居に落とし込む最低最悪の行為。

 

──人類が、『生きて死にゆくもの』だとして。

 

──『死に生き歩くもの』の私に可能性は無い。

 

羂索は、自らへの死刑宣告を受け入れた。

愛が、執着が、執念が、何がその決断を迫らせたのかは分からずとも、妹紅は呆然とするばかり。

 

 

「私から君に計画を持ち込んだんだから、代償は覚悟してる。その覚悟すらなく君に会いに来るわけ無いじゃん」

 

「………………」

 

「はぁ、受け入れるなよ…」

 

「逃がさないって言ってるくせに」

 

「……」

 

「……悠仁抱かせろよ、胸が冷める」

 

 

藤原妹紅は、永遠の命を得たと同時に死を失い、生きる事を剥奪された罪人。

藤原妹紅の魂。その燃え盛る様な命が、永遠を持つ烈火の生命の炎はどうしてか、冷たく冷えきっていた。

 

その冷たさは共に歩む存在を赦さない。

その冷たさは隣で歩く存在を赦さない。

その冷たさは、罪の象徴であるのだから。

 

──藤原妹紅は、誰かと温もりを分かち合う事自体を、世界から許されていない。

 

 

「あぅ…ぁぅあ……ぅ…」

 

「……」

 

 

夢を見ているのか、軽くぐずる悠仁の手の中に指を握らせると、緩やかに握り込み寝息を立て始める。

愛い寝顔が、こんなにも愛おしい小さな命が、いつかは死ぬ命は、こんなにも温かいのに、

 

「可愛いな、お前は…」

 

──ああ。

あんまりじゃないか。

 

抱き寄せては、溶けてしまう様な冷たさであって欲しかった。

この冷たさが、未来永劫伝わらないで欲しいな。

 

 

「……」

 

「センチメンタル状態、終わった?」

 

「クソが…最悪…。なんでお前の子なんだよ。一回死んどくか?」

 

「いつにも増して酷くない……?」

 

 

それが【不死】という呪いに縛られ続け、それ故に無限の呪力を持つ、呪いそのものである、藤原妹紅の物語である。

 

熱故に愛を壊し、冷たさ故に愛を殺す。

 

受け止めきれるのは、たった一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もこせーん」

 

「……なんだ?」

 

「もこせんもこせんもこせん」

 

「ぶっとばすぞ五条おい」

 

「はいはい妹紅先生。ちょい込み入った事情でお願いがあるんすけど〜」

 

「……」

 

「お金貸して☆」

 

「はいゲンコツ」

 

 

妹紅の拳が五条の顔面に突き刺さり、そのまま教卓を破壊しながら床に頭を突っ込ませる。

愛ある拳は痛いというが、多分愛も無いしただただ痛いだけのゲンコツだが、それも当たり前。

 

頭蓋に直撃した衝撃に顔を歪め、暴力教師たる妹紅へと五条は睨みつけた。

 

 

「っ、ッ〜!どこがゲンコツなんだよ!このクソ暴力講師が!!」

 

「また冥ちゃんの所で有り金スったんだろ!悪ガキに貸す金は無い!」

 

 

鬼の形相をして昼休みに妹紅の所へ訪れた五条。その原因は賭け事が原因だ。有り金を奪われたからと、キュルン顔で金を借りたいと申し込んできた。

 

──下世話な事を言うもんだから思わず手がでてしまうのは仕方が無いだろう。いっつもこうだ、コイツに対して無性に手を出したくなる。

 

「歳下の女に金貸してって──。うわぁー…やっぱお前顔良いだけだよなー五条〜」

 

「そうだぞ顔面偏差値、家入はこんなに良い子なのにな〜」

 

「お前も良い子では無いだろ……!?」

 

「はいゲンコツ」

 

「グぁッ!?」

 

家入は良い子に決まってるだろ、とゲンコツをもう一発。昼休みに私と一緒にお昼ご飯食べてくれるし、学校の基本を教えてくれるし、職場のアイツに似てる。

優しい、面倒見がいい、妹紅にとってこれ以上無い良い子である。やはり持つべきものはお世話係。

 

満足気な家入に比べ、五条は妹紅の身の上を調べたが為に、金銭面への厳格さへ言及し、甘なで声で再び挑戦を始める。

 

 

「……お金貸してよ〜。妹紅先生♡」

 

「ダメ」

 

「冥さんより金持ってるって聞いてるよ?俺の本家より金持ってる冥さん──より金持ちってどんな富豪だよ」

 

「はぁ…どこで知られたんだ…いや、冥ちゃんからか」

 

「…冥さんの事、冥ちゃんなんて呼べるのアンタ位だけどな?」

 

 

冥冥、彼女とは『貯金ゲーム』していた時に面識を持った事がある。

 

優秀な呪術師であり、優秀な経営者。互いが互いに利益を生み出す形で商売をした事があり、まさか彼女の顔をここで見れるとは思っていなかった。

 

首を鳴らし、五条への躾を終えた妹紅は席を立つ。煙草をふかしながら向かう先はというと、

 

 

「それに、そもそも私はこれから仕事だ」

 

「──。妹紅先生、仕事仕事って、いつも書類仕事は一瞬で終わらせてますよね?」

 

「それでまだ仕事が残っているのは、依頼側のミスなのでは……?」

 

「ああ、それはな。私は呪術の世界に対しては割と無知だから日々の仕事とは別にやっとく事があるんだよ。このガイド本に従ってる」

 

「…ガイド本?貴方に?」

 

 

妹紅が棚から取り出した分厚いファイル。そのファイルの表紙には、

 

 

『けんちゃんの!今日から始める呪術生活!』

 

「「……何それ」」

 

「私の友人が作ったガイドブックだ」

 

「……もこせんってさ」

 

「もしかして俺らが思ってるより、変人?」

 

「ゲンコ──」

 

「はいはい、申し訳ございません申し訳ございませんって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──とある昼下がり、妹紅は五条、夏油が実習に向かっている間に廃ビルの前に立つ。

目的は、微弱だが目の前のビルから大量の呪霊の気配だ。

 

さんさんと輝く太陽が差し込む様な、綺麗な場所にも呪霊が湧く事実にはかなり驚かされた。現世から離れている間に変わるものは変わると踏ん切りはつけていたが、本当の本当に昔とは大違い。

 

それ程までに、日本という社会は呪霊が発生しやすく、呪いが澱む場所となっている。という事。

 

昔より呪霊はより狡猾に、より邪悪に。単純な強さでは測れない危険度が潜在しているのが現代の呪霊。

 

 

『──あ、そうだ…。君に教師とか長期任務なんて無理だと思うからさ、コレ渡しておくよ』

 

「……」

 

 

貰ったファイルには可愛らしい装飾が施されていて、正にママ友同士の交換日記の様な見た目。

 

可愛くデフォルメされた香織in羂索のイラストが私の日々すべき事をリスト化されている場所を可愛く指示していた。

その可愛らしさには、本来表情を緩ませるべきなのだが、

 

 

「本当に…いつの間にこんなもの…。ていうか絵うま。私もやってみたが…デフォルメ調って奴も学んどきゃ良かったか?」

 

羂索手書き、という文言一つで台無しである。

 

毎日のデイリータスク、教師としての心得、呪術の教え方、etc──。

これを四級術師に渡せばそう遠くない未来で、準一級にはなれるだろうと製作者の手腕を認める。認めたくはないけれど。

 

 

「さて」

 

 

妹紅に回される依頼は『窓』という呪術世界の情報機関を通じて羂索が管理していた。

無茶無謀、というよりは、知識の問題で出来ない依頼は回ってこない。

 

にしても、すんなりと呪術高専へ就任できたり、機密情報を扱う『窓』に手を加えたり、羂索は何処まで手を伸ばしているのやら。

 

 

「や、闇より……えーっと?」

 

『闇より出でて闇より黒く』『その穢(けが)れを禊(みそ)ぎ祓(はら)え』

 

「…なんでこんなルビ振りまで丁寧に書いてんだよアイツ…!読めるっての!」

 

 

ここまで懇切丁寧で気遣ってくれてると、逆にキモイものだ。──なんで優しさまでキショくなるんだアイツ。

 

悲しいキモさを抱えた羂索に追悼の念を送りつつ、妹紅は呪力を働かせ『帳』を降ろす。

 

「──。よし……お、お〜!これが帳?認識阻害、設定した対象物以外の断絶…」

 

「こんな便利なモンがあったとは。もっと早く知りたかったな…これがあれば野営も呪霊退治も楽だったのに」

 

暗い膜、否幕が降りてビルの周囲を取り囲んだ。外と中を遮る結界、天元のお陰らしいが、縛りも可変できるとは凄まじい優れもの。

 

妹紅が隠居を始める前はこれほどの精度の結界を、『誰でも』扱える等夢のまた夢、その夢を成し得ているのは、褒めたたえるしかない。

 

 

『まずは外から中を見えなくする、そして外と中を隔てる結界として意義を持たせて張ってみよう』

 

 

──次はここだよ。と、可愛いマスコット羂ちゃんが指さし棒を持って指示してくれている。

有難くはある、が、

 

 

「……」

 

「…なんか、嫌だな」

 

なんか、とても嫌だった。

 

「まぁいいか、取り敢えず肩慣らしでも…っと!お邪魔します」

 

 

ヤクザキックをビルの硬く閉ざされた扉にぶちかまして侵入。

階段を上がり、ビルの四階へ目指し登る。このような手間も本来は必要ないが、基礎の練習をサボっては将来立ち行かない。

 

中の様子はというと、廃ビルの窓から日差しが差し込み、設置されているソファーはボロボロで苔むしていて相当な年月を感じさせられて、呪霊が住むには最適な場所だというのが分かる。

 

 

「……」

 

「呪霊〜?」

 

「呪霊いるか〜?」

 

 

先程は気配を感じたのに、中に入ると途端に感じなくなった。ということは、結界内へと身を隠したか。

 

 

「えーっと」

 

 

頭を巡らせながら、昔と今の呪霊の違いは凄まじいとソファーにぼふんと腰掛けた。

 

──妹紅が活動していた頃。

野生の熊とか、分類としてはそこら辺に近い呪霊しか居なかったし、『野生の熊レベル』を超えると皆自立して生き始める。──つまり雑魚呪霊も巣を作るようになったのか?

 

そう思い、羂索のガイドブックを開き呪霊関連のページをペラペラと確認してみると──。

 

 

『呪霊にも格があるよ!まぁ復習でしかないけど、一応頭を使ってくる呪霊からは二級、術式を持っていたら一級認定か特級、それ以外は雑魚』

 

『昔とは違い、弱い呪霊は一定の住処を作るようになった。そこへ侵入するという事はその呪霊の領域に踏み込むという事』

 

『気配を察知出来なくなったら、そこは生得領域内だと考えていい、君はその対策は覚えているかな?』

 

『出来たら□に✓を入れておこうね』

 

 

またもや可愛いらしく、『マスコットけんちゃん』が指さし確認を求めていた。

瞼をピクピクさせて、深呼吸。使うべきでない精神を使って疲弊はしたくない。

 

 

「──。本当に腹立つなコイツ」

 

「…生得領域か、仕方ないな…チェックチェックと」

 

 

チェックを入れて、どうするか。

妹紅は既にその術を知っている、というより常用している。

──発動するは、領域展延。

 

 

「───」

 

「なんだ、後ろに居たのか」

 

「繝壹繧縺ョ譁…■■■!!!!」

 

 

異形の見た目をした化け物、肉腫の塊のような醜悪な身体から、人間の殺意と憎悪が凝り固まったものだと分かる。

自殺者でも居たんだろうな、そんな呑気な感想を抱いていた妹紅へ触腕が伸び、心臓目掛けてその手を貫こうと──。

 

 

「喋れなくて知能無し、それ以外の雑魚か、チェックチェックと…」

 

 

──するより前に、展延に触れた瞬間燃え尽き、炭となった。

最下級の呪霊への無作為な浄化ではなく、明確に『祓う』意志を持った事による神炎。

 

呪霊を包み込んで、熱さも感じない瞬時の滅却により、獄炎は呪霊を取り込んでいく。

 

 

「…肩慣らしにはならないけど、ありがとな…さ〜て次々っと」

 

 

戦闘とは呼べない、ただの一方的な虐殺が始まる。触れることすらできず、ただひたすらに燃やし尽くされるだけの時間が、哀れにも呪霊に訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、術式持ちが……あぁちょい、動くなバカ」

 

「ギャギィッ…!!」

 

 

妹紅の右手が呪霊を貫いて、そのままビルのコンクリート柱に突き刺す事で呪霊を壁へと縫い付けている。

呪霊が暴れれば暴れる程傷は開いてしまうが、それでも何とか逃げようとジタバタと頑張っているものの──効果無し。

 

当の本人である妹紅は抵抗されている事実すら理解していなさそうに、首を傾けて呪霊へと質問を投げかけた。

 

 

「…言って分かるかなぁ、えっと、術式…持ってる?」

 

「ギッ……ガギャァァァッッッ!!!!」

 

 

咆哮がビルに響き渡る。

だが、ただの叫び声では無い。それは確かに破壊力を持ち周囲に襲いかかっていき、妹紅が探索を進め登っていた六階部分が爆発したかのように吹き飛ぶ。──呪力をただぶつけただけでは無い、破壊力。

 

 

「ギャヒッ…!」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべる呪霊。

これ程の爆発だ、勿論呪霊を貫いて縫い付けていた妹紅が無事な筈──、

 

 

「…呪力だけの仕業じゃない、なるほどこれが術式持ち。判別は案外簡単だな?宿儺ぐらい分かりやすくあって欲しいけど……」

 

「ギャッ!?」

 

 

呪霊の、そんな期待を打ち壊して、部屋内のホコリと煙が晴れた後、全くの無傷であった妹紅を目にしてしまう。

余裕綽々、必死の抗いを一笑に付すかのような佇まいに、呪霊に僅かに存在していたプライドという名の知性は蹂躙される。

 

格下を見るような視線、でもない、瞳の中に何も映っていない顔。今の抵抗が、まるで無かったかのように振る舞うのを見て、呪霊は叫び声をあげ凶爪を振りかざして、

 

 

「『術式持ちが生得領域の主である可能性が高い』…よいしょっ」

 

 

──無常にも、そのまま縦真っ二つ。

裂かれ、割られ、何の言葉も何の呪いも吐けずに、祓われていった。

 

 

「これで終わりかな?…うん、領域も解除されてる……後は帳を壊してっと、チェック入れとくか」

 

「妹紅さんっ!」

 

「うん?おぉ、アンタか…どうした」

 

 

現場へ乱入してきたのは、妹紅を担当する『窓』の女性。見るに、汗だくであり息を切らしていた。

大慌てでやって来たのが一目でわかる、急がせたのは、先程の爆発が原因か。

 

 

「はぁっ…ふぅ…ご無事でしたか、良かった…ビルの上部が吹き飛んだ時はどうなるかと…」

 

「…あ。しまった、建物壊す前に祓っとけば良かったな…すまん、窓の人……これって補修費は必要か?」

 

「大丈夫ですよ、元々放棄予定のビルですから…お怪我も無さそうで良かったです」

 

 

宛てがわれた窓の人間はとても呪術に関わっているにしては優し過ぎて、古い知識が染み付いた妹紅へも分かりやすく、伝わりやすいように任務時の諸注意を説明してくれた。

 

──面倒見が良い子は好きだ、大好きだ。めちゃくちゃ贔屓している自覚はあるが、抑える気は全く無し。人に頼ってばかりの人生、これからも変える気は無い。

 

 

「これで任務終了ですね!お疲れ様です!」

 

「お疲れ様、あぁそれと領域の主は知性ありの術式持ち、それ以外は全員二級の呪霊だったよ。報告書はこんな感じか?」

 

「確認致しますね…えっと…はい、はい……はい!これで大丈夫です、この後はどうしますか?」

 

「あ〜…そうだな、今日はガキ共との体育もあるし高専に帰るよ、お疲れ様〜」

 

「なら、私が運転するので車で帰りましょうか、妹紅さん」

 

「あぁ、頼む」

 

 

ちらりと窓の人の様子を確認してみると、途中低級の呪霊に絡まれたのか、ほっぺたに軽く、引っ掻かれた様な赤い線があった。

彼女の髪を手で払って、その頬に触れる。仕事とはいえ、彼女なりの献身に返事を返すべきだと、妹紅は手元に呪力を集める。

 

 

「え?ひゃっ…ぁ、あの…妹紅さん…?」

 

「……」

 

 

────。

似ている。黒髪に、及びはしないが端正な顔。

羂索が選んだというのならば、なんともまぁ、悪趣味な。

 

 

「妹紅さ──っ、温かい…?」

 

「すまん、見間違えだった、何も無かったよ…帰ろうか」

 

「え、ちょ、妹紅さん……妹紅さん?その、何したか教えてくれません!?妹紅さーん!?なんか治ってますけどコレ──!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──呪術高専東京校。

ジワリと、運動を外でしていれば湿気が肌に張り付く六月の昼下がり。

 

妹紅が東京校の講師になってからというものの、東京校の出費は爆増していた。

 

詳細を言うだけで、凡人はぶっ倒れそうになる額である。一ヶ月で億超の高級車が何台も吹き飛んでいるようなもの。

その原因はというと、

 

 

「ふんッ!!」

 

「ゴホッ…!?」

 

 

──修繕費、である。

 

 

「傑ッ!クソ…『蒼』!!」

 

 

周囲の空間を集約し始めた蒼い光が、グラウンドの地面と校舎の壁、生えていた草も木もその光の中心へと巻き込んで、破壊の限りを尽くしながら妹紅へと迫る。

 

 

「それ何度も打つの辞めとけ、夜蛾さんが泣く」

 

 

しかし──膝蹴りを入れ、胸ぐらを掴み頬を繰り返し叩いていた夏油を投げ捨てて、蒼い光へと突撃。そのまま拳を蒼い光の中へと差し込むと、巻き上げられた瓦礫含め直線上を貫ききって、蒼い光を霧散させた。

 

 

「拳で───っ。なんなんだよマジで!」

 

「私の貯金も無限じゃないんだからな?将来払いしてもらうぞ?」

 

「ほぼ無限にあるみたいなもんだろ!もこせん!」

 

 

瞬時に近づかれ、ギリギリの反応のままに振りかぶった右ストレートは、妹紅の右半身に当たる。

がしかし、芯をずらされ、そのまま滑り妹紅の背後へ腕が飛んでいった錯覚をする程に、完全に威力を逸らされた。

そして妹紅が拳を握り締めると狙いは頭へ。

 

 

「はいゲンコツ」

 

 

拳が五条の術式の壁を突破し、その頭から重低音が鳴り響く。骨と脳に響く素晴らしい打撃と言えよう。

まだカウンターを狙っているのは流石と言った所か。だが、攻撃を喰らいながら次の一手を繰り出すのにはとある前提が必要だ。

 

──そう、まずは命中する攻撃に耐えなくては。

 

 

「ごぁッ…」

 

「よいしょっと」

 

 

五条悟の無下限呪術、無限を操るその凄まじい術式は、いわば永遠に端へ到達することの出来ない空間をバリアの様に展開している。

 

しかし更にもう一発、振り下ろされるゲンコツは術式に対する対策、『領域展延』での削り合いに発生する筈の異音すらついていけない速度で、つまりはマッハで、五条の腹部へと振り抜かれる。

 

──パンッ!!

と、いった破裂音は、藤原妹紅の身体能力が人外の領域に達している証拠。音と共に五条は校舎へと吹き飛ばされ、教室の壁は崩壊し、呪力強化する間も無かったのか廊下側の窓へと突き刺さる。

 

 

「ぐぅおぉぉぉ……いっ……てぇ……」

 

「家入〜打撲患者二名〜!」

 

「うっわ、最強のお二人さんボコボコじゃん…笑」

 

 

『蒼』で巻き上げられた土に汚されながら、ベンチに二人共並べられ、家入の他者への反転の練習台となる。

──無下限呪術は凄まじい術式だ。基礎が上がれば上がるほど、どうしても抗えない『術式性能の差』は強者の間に挟まってくる。

 

封印系では無い限り、特別警戒する必要も無いけれど、五条悟自身の才能も相まって光り輝くダイヤモンドの原石を幻視する程。

 

二人を治療する家入に目線を送れば、体育の授業中だというのに妹紅と同じ銘柄の煙草を加え、煙を立てていた。

人体を『正の呪力』によって治療する術式反転は、脳機能を酷使する。煙草との相性は最悪だから辞めておけと、日常生活でも注意をした筈だが、

 

「──。こら家入、反転回す時ぐらい煙草は止めとけ。頭をぶん回しながらやるんだから、血流が滞る嗜好品は抑えろって」

 

「えー……先生はやってるじゃん」

 

「私はヤバくなったら全部ぶっ壊して直してるからいいの」

 

「──。それ本当?」

 

 

実の所、妹紅は他者への反転も施せる。が、羂索に口止めをされていて、生徒の皆へは見せていない。家入にはそのコツだけでも家入に教えている。

 

同じく喫煙癖が治らない妹紅は、体の内側を全て作り直しているから大丈夫なのであって、「真似すんなよ」と付け加えたが、いつかはやりそうな雰囲気を家入は醸し出していた。

 

 

「どうだ〜クソガキ共。世間の広さの味は酸っぱいだろ。あ、今は血の味だな」

 

「「……」」

 

「くっくっく、年季の違いだ。そう悲観することでも無いさ」

 

「年季って…妹紅先生って今お幾つなんですか…」

 

「ん──。んーと…まぁ、五十八……?」

 

「「「五十八!?」」」

 

(…術式じゃねぇよな?)

 

(若すぎないか……?)

 

(何処のエステ行ってたらそうなるの…??)

 

 

三者三様の反応を見せ、同時に嘘だと疑いを持った目線を向けられる。当たり前だが、遠くから見れば可憐な少女にしか見えない妹紅の自己申告なんて信じて貰える訳も無く、

 

 

「あぁ、色々あってな…。おい五条、お前六眼に戦闘を頼りっきりだったろ、近接戦の詰めが甘い、私の呪力の起こりも見えてない筈」

 

「あ、それそれ。なんか俺の目に仕組んだ?ピッカピカで全く見えねぇんだけど」

 

「今言った『色々』が原因だ。よし、今度からは普通に六眼の機能性だけで戦え、呪力の起こりと流れを先読みできる点で有利を取ってきたお前の課題その一。それじゃ今回の体育は終了する」

 

「げげげげゲェーッ……!?」

 

 

超絶イケメンが台無しの、舌を全力で突き出して歪ませた顔からは、妹紅からの課題が如何に無茶振りなのかを表していた。

元来、生まれた時から備わっている機能の遮断。使わないから苦労する、のではなく、使わないようにする事自体に苦労する。

 

けれど彼自身、新たな壁と向き合えない時間が長く退屈していたのか、憂鬱そうな表情の裏には微かな喜びが満ちていた。

 

 

「安心しろ、お前は間違いなく強くなれる。誰の手にも届かなくなるまでな」

 

 

絶望する五条の傍で、次に夏油が手を挙げた。自分には何か無いのかと、妹紅の顔を伺う様子は初日とは大違いで愛らしい。

 

 

「…妹紅先生、私に対しては何かあります?」

 

「んー。お前に関しては体術の基礎は出来てる、呪力出力もそこそこ。呪霊操術の強み、物量の攻めは上手いが……呪霊同士の組み合わせはまだまだ。下手に殴って蹴っての方が強いだろお前」

 

「……はい」

 

「呪霊操術をもっと研究しろ、結界術は後々教えられても術式は個人で伸ばすしかない。あとはそうだな……。切り捨てる所は切り捨てろ、必要な選択だけ取れって感じ」

 

「───」

 

 

煙草の先を向けられて、煙に咳き込みつつ夏油は思索する。

呪霊操術は文字通り、取り込んだ呪霊を操り攻撃を行える術式だ。手数は手持ちの呪霊の数だけ増える、尚且つ本来縄張り争いによって共存不可能な呪霊同士を掛け合わせて攻められる。

 

術式を持つ呪霊の同時併用。凄まじい術式ではあるが、思考しなければいけない事も当然膨大。

無数の手数、無限の選択肢、それ故の多忙と運用の高難易度。

 

 

「五条のサポートに行くのか、自分主体の近接戦にするのか、呪霊操術主体で戦うのか、遠距離に徹するのか。戦術が中途半端だ」

 

「それをちゃんと選んでから戦え、もう少しマシになるぞ?コレは全員に言っとくがな、縛りも術式も、呪力の使い方も戦闘の仕方も『何を捨てて何を選ぶか』だから」

 

 

治療を受けながら顎に手を置いて悩む夏油へ、妹紅は断言した。選択肢の多さは強みでもあるが、戦場においては弱みへと転落しやすい。

一時の悩み、一瞬の隙、決断できない戦術。そこに足を引っ張られて、呪術師に待ち受けているのは──『死』。

 

なまじ強者であるからこそ、夏油傑は格上に対し五条よりも脆弱である。妹紅の指摘に、より深く頭を悩ませる。

 

 

「もこせんがマトモな事言ってる…!?誰の受け売りだよそれ」

 

「はいもう、ゲンコツは確定として、まぁ…知人(宿儺)にな、やり方が上手い奴がいてな。それを見て語ってるだけさ、つまり年季、冥冥にも詳しく聞いとけ」

 

「年季かぁ……」

 

「それじゃ、私はもう帰るから…後は家入にちゃんと治してもらって夜蛾さんへ頭下げておけよ〜…お疲れ様でした…」

 

 

──あー疲れた疲れた。仕事引退していなかったら、この後に業務作業する羽目になっていたのか。

 

そんなイフ、想像するだけでも鳥肌が立つ。不死鳥らしくサブイボが足にびっしりと。

元々、妹紅とて退屈で仕事しか趣味が無いだなんて考えてた時期もあったが、この疲弊を趣味にするにはいささか高尚が過ぎるか。

 

──趣味: 仕事。年齢五十八 未婚(計画上は結婚予定)。現在、若者相手に経験差でイビリ中。

 

 

「……」

 

「うん」

 

「…………」

 

「………考えるのやめとこ…」

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