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ブランコの椅子に座っている『誰か』が、そばまで来たつかさの気配を察してゆっくりと顔を上げた。
よく見えない暗がりに、つかさの目がだんだんと慣れ、やがておぼろげに見えるようになってきた。
「やっぱり、女の子だった」
自分に聞かせるように、つかさが呟いた。ブランコに座っているのは、つかさが推測したように、少女なのだった。
比較的大きい瞳に、微かに、遠い街路灯が反射している。少女は目鼻立ちが整っているように見えたが、イマイチはっきりしなかった。
「何か用?」
少女が敵意露わに尋ねた。
つかさはその調子に尻込みしたが、「あなた、まだ子供でしょう?」、と善意のつもりで尋ね返した。「ここで何してるの? 雨、いっぱい降ってるのに」
その質問がよくなかったのか、少女は顔をしかめた。
「お姉さん、ひょっとして”施設”の人?」
「施設って?」
つかさは飲み込めず、きょとんとして聞き返す。
すると少女は「違うんだ」、と一人納得するように言った。つかさはやはり、事情が読み取れずきょとんとしている。
少女はよいしょ、とブランコの椅子より立ち上がると、「お姉さん、お金持ってない?」、と冷たい態度を一転させ、馴れ馴れしく聞いた。つかさと比べ、彼女の背はまだ子供らしく、低かった。
「お金? 何で?」
つかさが不審に思って聞き返す。
「お昼からずっと食事してないんだよね。お腹減っちゃってさ」
少女は悪びれのないすっきりした、しかしどこかぎこちない笑みを湛え、つかさに頼んだ。
つかさは唖然として言葉が出なかったが、その間に少女の状況について、出来る限り想像してみた。
少女は、ひと気のない雨の夜の公園で、何かするでもなくブランコに一人で座り、レインスーツで雨を凌ぎ、じっとしていた。外は雨が降ってジメジメして気持ち悪いし、女の子が夜の公園に一人ぼっちでいるのは、さぞ心細いことだろう。少女には、通うべき学校は、庇護して貰う家族は、帰るべき家は――あるはずなのだが――きちんとあるのだろうか。あるとすれば、どういうものなのだろうか。あるいは、あまり気分のいいことではないが、ないのだろうか。ないとすれば、どういう事情でないのだろうか……。
「――わっ!」
つかさは肝を冷やして声を上げたが、少女が不意に、ピョンとつかさの傘の範囲に跳ねて入ってきたのだった。
二宮ぐらいしか許していないパーソナルスペースに入ってこられ、また雨水が飛び散ってきて、つかさは思わず少し退いた。気まずいくらい近々に少女はおり、彼女の感覚は、常人のものとは違うようだった。
「ヘヘッ」、と少女は悪戯っぽく笑った。「びっくりした?」
「当たり前じゃん」、とつかさは険相で返した。「やめてよね。仕事用の靴に泥が付いちゃうから」
少女の振る舞いは、つかさにとって端的に不愉快だったが、彼女は再び驚かされることになった。すなわち苦言の後、少女はその場でしゃがみ込み、汚れることをいとわず、素手でつかさの靴をゴシゴシ拭い始めたのである。
つかさは仰天し、ちょっとしたきっかけで関わることになったこの少女の素性に、ますます関心が高まり、だが同時に、彼女に対する得体の知れない恐怖に、背筋が寒くなるようであった。
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