***
その日つかさの仕事は夜の八時頃くらいまであった。その時期海外の会社からの受注が嵩み、外国人の対応が多かった。
お昼休み、つかさは同僚の女性社員たち三人に、しずくとのことに関して、どういう反応があるか気になって、口にしてみた。昨夜迷子がいて仕方なく保護した、とつかさが話すと、彼女等は、興味を持って食い付く者がいれば、つかさのお人好しさを軽侮して、あまりよく思わない者がいた。彼女等は、しずくについて、家出した不良か捨て子だろうと憶測した。詳しく聞かなかったからよく分からないとつかさが言うと、彼女等は正気を疑うように訝しげだった。
「交番に連れていけばよかったのに」、と一人が言った。
「そうだよ」、と別の一人。「見ず知らずの子でしょ。いくら可哀想に思っても、関係はないんだしさ」
「アハハ。交番より家が近かったから、それで」
つかさが気後れしたように、苦笑いと共に弁解した。
誰かの反応見たさに嬉しがって話したのは迂闊だったと、後になってつかさには反省された。
アパートにつかさが帰り着いたのは夜九時前で、昨夜とは異なって雨の降っていない夜、また同じ公園のそばを彼女は通ったが、ブランコにしずくの姿はなく、つかさはホッとするようで、それでいて少し残念がるところが、ないではなかった。同僚が言うように本当にお人好しなのだろうと彼女は自身に呆れたが、『残念』という感情があるのは、彼女にとって奇妙だった。
つかさは、オートロックを解除して部屋まで行くと、中に入り、照明を付け、荷物を下ろし、仕事着を部屋着に着替えた。
キッチンのシンクに、昨夜の汚れた食器が二人分残っていた。つかさはけれど、特別情緒に浸ることはせず、冷然とした手付きで、水道の水と洗剤をしみ込ませたスポンジで食器を洗っていった。
「ヒッ!」
つかさは驚倒してビクンと肩を震わせた。ダイニングの壁に黒い影が素早く走り、五百円玉ほどの大きさのクロゴキブリが、長い触角をヒクヒクさせて這い回っているのだった。その油っぽいテカテカした褐色の姿態や異様に早い動きは、多くの者がそうであるように、つかさにとってひどく気分を害するものであり、一人で恐怖心が大きかったが、彼女は勇気を奮い、殺虫剤の缶を持ってくると、部屋が白むほど噴射し、床まで逃げたゴキブリは途中で事切れて動かなくなった。
つかさはホウキで死骸を掃き取ってゴミ箱に捨て、安堵したが、しずくの不在とゴキブリの登場の差異は、何か憤慨すべきもののように感じられた。
その後週末まで、つかさはルーチンばかりの定まった生活を送り、それは無難で、いささか予定調和的で退屈のようだけど、その実気楽だった。
ひょっとすると、一宿一飯の礼のためにしずくが訪問するかも知れないと、数日間何となく予期して待っていたが、彼女は来なかった。それはしかし、悲しいことではなく、むしろしずくがどうにか元の居所で(悩みがあるのだろうが)うまくやっているのだという風に、つかさには想像出来、それで満足だった。
***