(1)
***
つかさに連絡先のメモを渡されたしずくは、つかさの部屋からの帰路、ふと立ち止まって、ポケットに突っ込んであるそのメモを取り出し、改めて見てみた。彼女のIDは、TSUKASAというローマ字表記の名前と、数字の組み合わせだった。
つかさに微かに親近感のあったしずくには、最早、特に嬉しいといった感情はなく、取り出したメモを参照してみずから買ったスマホに登録するなどせず、いささか雑にクシャッとまたポケットに突っ込むと、首だけで後ろを振り向き、つかさのアパートの方を見るともなしに見た後、正面に向き直り、トボトボと歩きだした。
しずくが忌み嫌っている施設の代替として、彼女はつかさにちょっと期待してみたのだが、結局、つかさはその若すぎる年齢や、住居の規模や、収入などの要件から、新しい保護者として認められるには不足が多く、彼女の期待は脆く散った。
しずくは、彼女が本来帰るべきところである実家に対し、以前三者面談の希望を邪慳に拒んだものの、密かにアプローチがあることを、つかさに対するものとは別に、期待していた。
だが、待てど暮らせど、実家にいる母親の、例えばまた面談したいなどといった要望は施設に届くことはなく、自分から会いたいなどと言えない気位、ないしは対抗意識のあるしずくは諦念し、不本意だが、孤独に沈淪するしかなかった。
しずくは、ずっと居場所を求めていた。切実に求めていた。元々そこに安住していたはずの母親のところから、事情によってはじき出され、施設に預託され、しずくは、施設のことが、あまり好きになれなかった。施設は、善意にもとづく福祉の機関であるが、彼女には、施設でのルールやマナーや、倣うべき価値観は、きれいごとの押し付けにしか感じられず、鬱陶しく、家庭での虐待や経済的困窮などの苦しい、生々しい事情で来ざるを得なかった子供たちに対して、その善意は、空々しくて安っぽい、間に合わせのものでしかなかった。
かといって、しずくが施設の全てを忌み嫌っているということはなく、彼女にとってそれなりに信の置ける存在が施設にあり、例えばかやこは、素行不良のために毛嫌いする者の多い職員たちの中では、比較的寛容で理解力があったし、同室のゆうきは、彼女が苦手とする勉学に堅実に努め、施設に暮らす子供として避けることの難しいコンプレックスや悩みに打ち負けずに明るい展望を持っていて、たびたび憎まれ口を叩いたり、無視したりしたが、素直に尊敬できる相手だった。
けれど、そういった数少ない好人物のために、施設での不如意さ、居心地の悪さを耐え抜こうと思えるほど、しずくはまだ強くなく、年少者らしい自由への憧れと醜い現実への憎悪から、どうすれば脱することができるのかについて、執着するのだった。
***