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かやこに案内され、しずくが応接室の扉のところまで来た時、彼女において、母親のみわことの再会のイメージが急激に膨らみ、緊張感が高まって来、動悸がキツくなり、ためらいが生じた。お互いに清々しい気持ちで顔を合わせられるとは、しずくには思えず、彼女は、強がりと矜持のために、彼女にとって失格者である母親を容認するつもりはてんでなかったし、そのために話し合いは穏和には行かないに違いないと推断された。
母親の方は、だが、あるいは変わっているかも知れなかった。その可能性が、しずくにとって懸念の種であり、母親が仮に、以前は娘を預託せざるを得なかったほど困窮していたのに、情況が好転して、扶養する余裕ができたのだとすれば、しずくは、彼女のもとに帰ることを勧められ、そうなると、彼女は当惑し、動揺するだろう。
しずくにおいては、自分の居場所に相応しくないとして、施設が否定されていたが、それ以前に、実家が否定されていた。実家に戻るというのは、彼女にとって、過去との和解であり、しかしその過去は、もはや彼女において、死に絶えて冷たくなった亡骸同然であり、和解のための機会は損なわれ、失われているのだった。
「しずくちゃん?」
かやこに呼びかけられても、しずくは鈍かった。だが、固唾をグッと吞み込むと、彼女は腹を決めてノブを握り、扉を開けた。
「――しずく!」
応接室の中央にあるテーブルに対し、一対のソファが向かい合って置かれている。そこに座っている、ブラウスとスカートという恰好のみわこが、しずくを見ると、ハッとして立ち上がった。
しずくは黙然と入室し、かやこに二人きりにしてくれるよう頼むと、かやこは頷き、応接室は、母子だけになった。
しずくが正面に来ると、みわこは再びソファに座り、しずくは、彼女の後に座った。テーブルには濃い飴色の麦茶が氷と共にグラスに入っており、グラスはびっしり結露していた。
「毎日暑いね」、とみわこがにこやかに言った。
しずくは答えず、口は一文字だった。
「今日は、どういった用で来たんですか?」
しずくは、実の親に敬語で尋ね、その口調は、しかし敬語なのに、ひどく頑なで、挑戦的で、ふてぶてしかった。
みわこはその感じに半ば気圧され、半ばがっかりし、にこやかだった表情が、シュンとしぼんでしまった。
「どういった用って、わたしたち、冬以来、ずっと会ってなかったでしょ? 夏にあった学校の面談だって、あなた、断っちゃうし。きちんとコミュニケーションしたくて、来たの」
「いいですよ。わざわざ来なくて。わたしはここでちゃんとやっていけてますから」
「しずく。わたし、母親として職員の方々に定期的に実情を聞くの。あなた、学校の成績は押しなべて低くて、それに、何度か施設から脱走して職員の方々に心配をかけたんですって?」
「……」
しずくは沈黙し、気後れを感じた。口にしたばかりの、ちゃんとやっているという話が、一瞬で覆されてしまったためである。だけど、この際彼女にとっては、全てどうでもよかった。
「しずく。たまには家に帰ってこない? わたしさ、まだ収入が少ないけど、資格の勉強して、よりよい仕事に就こうと思って頑張ってるし。勿論、しずくがよければ、だけど」
「自分の都合で追い出したくせに」、としずくは、言った。彼女の口調が変わり、冷淡だったのが、ギラつくようになったようだった。「何で、今更近付いてくるのよ?」
「えっ……」
しずくの変調に、みわこは困惑してうまく反応できず、絶句した。
「あなたが自信喪失せずに一緒にいてくれれば、わたしはここに来ないで済んだのに。お母さんが経済的に豊かじゃなくったって、わたし、多少のひもじい思いくらいは我慢できたのに……!」
しずくは、「もう遅いんだよ」、と叫んだ。そして叫びに伴って、感情が流露して溢れ、彼女の目元に涙がたまり、そしてボロボロ流れた。
母を否定し、施設を否定し、しずくは、世の中さえ否定しようとしていた。孤独に苦しんで悩む彼女の頬に流れる涙は、あまりにも痛ましくて哀切で、救いようがなかった。
みわこはがっくりと俯いて、娘にかける言葉が思い付かず、また、娘の激昂に打ちのめされて、意気消沈しているようだった。
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