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つかさと二宮は、それぞれ同じ大学・同じ学部の生徒だった。
大学では学生は個人の主体性が重視される。講義は自身で選択して受けなければいけない。受ける講義の必要数は決まっているが、その種類には、必修のものとそうでないものがある。従って、学生は計画的に卒業まで、就職活動を加味して勉学に努めなければいけない。うまく出来なければ、単位取得に追われて、留年したり、優良企業の選考に間に合わなかったりする。
大学生活は、教員免許を取得する場合などを除けば、割に余暇が多い。小中高のように、朝から夕までみっちり講義があるということはまずない。講義が午前・午後だけという日がしばしばある。
つかさは、親が一人だけという事情があり、家庭への依存心が比較的薄く、むしろ早く自主独立しなければという強迫意識があり、余暇が多い場合でも、遊蕩にかまけることはなく、時間が空けばアルバイトし、学費や生活費などの足しにした。
一方で二宮は、決して堕落しておらず、怠惰の嫌いがあるものの、親や教授の指示には従順になれる気質だったし、テニスサークルに入るほど活動的で健康的だったし、必要経費を賄うためにアルバイトだってちょろちょろしていたが、どの行動だって、その時の思い付き以上の動機がなく、将来に向けての計画や希望といったものが欠けていた。
彼自身のその、この先どうしたいかはっきりしないという煮え切らなさや、一廉の大人になることを無意識に回避したがる幼稚さは、大学卒業後の彼の短期離職に繋がった。大学での自由さや身軽さと、なりたてほやほやの社会人に付随する、拘束される不如意さや、目上の人間からの圧力や、意識の高い同期との競争意識や劣等感との落差が激しく、彼は就職して程なく適応障害になり、しかし離職すると、ケロッと快復したのだった。
つかさは、確かに後のことについて真剣に彼と話し合いすることを遠慮していたところがあるが、そうだとしても、彼の定かではない進路は不安だったし、無批判に容易に受け入れられるものではなかった。
――たっぷり湯のはった浴槽に肩まで浸かるつかさは、ぼんやり白い湯気の中で、ふと、身寄りがなく、人間性のさもしくなった自分がやけに寂しい人間に思われて、くやしさに似た感情から、目頭がジワッと潤んできた。週末が明ければまた始まる労働生活と、それが伴う種々の不快事が想像され、誰かにすがりたくなり、自然と二宮の面影が浮かんだが、彼はやはり信頼出来る人物ではなかったし、パートナーとして、彼がよくなるように相談などでテコ入れすべきかも知れないなどと考えると、気持ち悪くなり、微かに嘔気が込み上げてくるのだった。
このようにしてつかさには、負の思いが濛々と湧いてきて、精神的に弱ることがあるのだが、彼女はそういう時、(健気に自制するのだけど、)母の遺産に手を付けてやろうかという邪念が、よぎらないではないのだった。
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