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誕生日のお祝いのあった週末が明け、つかさの勤める会社では、仕事量が多かった。七月はボーナス月であり、従業員の士気は高く、利益向上に意欲的であり、つかさはだけど、課された業務を淡々と無難にこなしていった。就職活動する際、彼女には、事業の安定性や労働条件に対するこだわりがあったが、出世欲はあまりなく、自活できるほどの報いがあれば十分だった。彼女の勤務する中堅商社は、彼女にとってその点で申し分なかった。
夜の九時過ぎ。
時差のある海外の会社とのやり取りなどの残業が終わり、オフィスにはまだ従業員が残っていたが、つかさはオフィスビルの自動ドアより出てきた。白シャツの上にジャケット、ひざ丈のスカートという恰好だった。夏の日脚は長いとはいえ、夜の九時にもなれば辺りは真っ暗だし、緩い勾配の付いたオフィスビルの立ち並ぶ大通りには、すでに人通りは少なく、照明で明るい窓より、消えて真っ暗の窓の方が多かった。オフィスビルの正面に停まっているタクシーがあったが、運転手の男が、車のそばで気怠そうに喫煙していた。
つかさは歩道の手前まで行き、ムシムシした梅雨時期らしい空気の中、手のひらを持ち上げて雨の具合を確かめた。日中激しく降っていた雨は、降り方が弱まっていた。彼女はこぢんまりした黒い傘を広げ、坂になっている通りに出ると、駅に向かってのぼっていった。
会社にいる同期の女性社員などは、自身の夢から、あるいは親などの催促から、結婚を望む者が多く、けれど、大半がキャリアのためにある程度の期間は勤続するつもりのようだった。つかさは恋人がいると周知されており、いつ結婚するのかと、結婚する前提でよく質問され、内心ではそのつもりはほとんどなかったが、あえて吐露する必要はなく、考え中などと答えてお茶を濁していた。
つかさは、会社では決して孤立しておらず、周りの者とつかず離れずの関係でいたが、やはり明るく打ち解け合うのは、障害があって難しかった。
つかさは常にマイペースで、後悔や未練が過去にあるのでなければ、同時にまた、未来に対して志があるのでもなかった。
彼女には『現在』という一本のラインしかなく、彼女はその上をただ辿っていくばかりだった。それは、気楽といえば気楽だったが、場当たり的で安易であり、またしばしば創造性に欠ける点で退屈に思われた。つかさにおいて、親が二人揃って元気で明るく長生きして欲しかったと残念に思うことはあったし、(二宮とは違う)いい人と結ばれて温かい家庭を成したり、キャリアを積み重ねて昇格したり出来るかも知れないと想像することがあったが、その願いや望みは淡く、すぐに日々の生活の空隙に埋もれて消えていくのだった。
くたびれた大人たちばかりの乗る電車に揺られ、座席に座るつかさは、ただぼんやりと、正面の窓に映る像に目をやっていた。地下を走る電車の窓は真っ暗であり、その暗い窓に、彼女の少し傾いた姿はよく見えるのだった。
結婚にしろ、昇進にしろ、そういったことに熱を上げられる会社の者たちが、つかさには、充実しているように思えて、羨ましかった。表向きは彼等に同調するものの、彼女には、そういったビジョンが皆無で、何時間後とか、明日とか明後日とか、来週とかいった後のこと、未来のことは、積極的に向かっていくというよりは、ただ勝手にやってくるだけのものであり、彼女はただ迎えるだけだった。そういう風にして、彼女は夥しい時間の累積である人生というものを、淡々と虚心に進むのだった。
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