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誰かの飲んだアルコールの臭気がうっすらにおう、空気の少し淀んだ電車の中まで、梅雨の湿気はベタベタと体中にまとわりついてくるようで、つかさは心地が悪く、早く帰宅して入浴したかった。
ガタゴトと電車が揺れ、アナウンスの機械めいた声が次に停止する駅を告げ、一駅一駅と、つかさのアパートの最寄り駅まで近付いていく。
降車する者がいれば、乗車する者がいる。同じ座席に座っていた者が、あるいは対面の座席に座っていた者が、立ち上がり、開閉するドアのところに行って降車し、新たに乗客が数人入ってきて、空席ばかりの車内のどこかに腰を下ろす。
ある駅で、つかさの前に、彼女と同齢くらいでスーツ姿の女性が座り、ふと二人は目が合った。というよりはむしろ、つかさが無意識に見てしまっていて、その気配に誘引される形で、相手はつかさの方に目を向けたのだった。肩ほどまであるミドルヘアー。小さい唇とキツネ目。綺麗であると同時に、どこか性格のキツさを窺わせる面立ちだった。つかさにおいて、彼女に対して親近感が湧かないではなかったが、相手が怪訝そうに眉をひそめたので、彼女はハッと我に返り、さりげなく目線を逸らし、お腹の辺にあるスマホに下ろした。
薄紫のカバーのスマホには通知があり、チャットの連絡が、同じ会社の者から来ていて、それは、彼女が関わっている海外の会社の連絡があったという旨の知らせと、その概要だった。
つかさはその内容に目を通すだけ通すと、チャットを閉じた。そして彼女は、いささか気まずい思いで目を瞑って寝た振りを決め込むと、その内最寄り駅のアナウンスが聞こえてきた。
――アパートは駅から徒歩にして十五分ほどの距離がある住宅街の中にたっており、駅の地下通路より出てきたつかさは、また傘を差して歩きだした。降りしきる雨。濡れたアスファルトの路面に、街路灯の明かりがぼんやり反射している。誰もいない空っぽの部屋が、しじまと共にくたびれた住人の帰宅を待機していた。つかさの脳裡に、電車で偶然対座した女性の姿がよぎった。不躾に見ていたつかさが悪いけれど、相手に軽くしかめ面されたことは、彼女にとって少し残念で、悲しいことだった。
すでに時間は十時に近かった。住宅街の複雑に交差する細い通りには、絶えてひと気がなく、皆すでに家の中で快適に過ごしているようだった。
アパートまでの道に、公園があった。ドッジボールが出来るほどそこそこ面積のあるところだった。ブランコ、滑り台、ジャングルジム……ふつう備わっている遊具は一通り揃っており、つかさは何げなく公園の方を見、今更こういったところで遊ぶのは気恥ずかしくて出来ない、などと慨然と思っていると、そこに、珍しい人影のあるのが見えた。彼女は、あまり素性のよくない輩がブラブラしているのかも知れないと踏んだが、彼女のイメージにあるものとは異なる像が、ブランコの二つある椅子の片方に座っていた。
つかさは立ち止まり、気になってその方を窺ってみた。
水色のフード付きのレインスーツをまとうその誰かは、小柄で、小さい手で椅子の両側のチェーンを握っており、そういった特徴から、つかさには女性だろうと推測された。
学童という気がし、だけど、このあまり健全ではない時間と空間に、十歳前後の児童がいるのはひどく奇異だった。
距離があって、その人相はまるで分からないが、かろうじて頬の膨らみと、フードからはみだす長い髪だけが、つかさに見える気がした。レインスーツが防ぎ切れない雨粒が、あるいはフードから滴る雨粒が、顔に降りかかり、頬を伝って落ち、自然と泣き顔が連想された。
いったい誰がそこにいるのか、そして何しているのか、つかさは知りたいと思ったし、更に言えば、何か無視できないものが、あの水色のレインスーツの人物にあるようで、好奇心ではない、何かハラハラさせるものに、彼女は引き寄せられていた。
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