朝早くに目覚めたオレは、その天井を見て昨日の事が夢じゃないことを改めて認識すると、いそいそと立ち上がりすぐに着替える。
そして誰も廊下にいないことを確認すると、足音を立てず気配を消して……
「おはよう、ナルトくん」
呆気なくいのいちさんに見つかった。
「えっと、おはよう、ございます」
「ハハハ、気配の消し方は見事だが、こんな早くにどこに行くのかな」
「え、その、これ以上、ここにいたら迷惑が掛かるから……」
俺が化け狐である以上、そんな俺がここにずっと居たらいのにもいのいちさんにも迷惑がかかる。
「迷惑、か。それはどんな迷惑かな」
「……周りの大人達に嫌みを言われたり、石を投げられるってばよ」
「ナルトくん、私は木の葉の忍だ。忍として人には大っぴらに言えないようなこともいくつもしてきた。それこそ石どころか爆弾を投げられたって仕方ないような、そんなことをね」
彼はそう言うとオレの正面にまわって、オレの目線に合わせてしゃがんだ。
「けど、ナルトくんが怖いのは、迷惑をかけることじゃないよね」
「っ……それは」
「ナルトくんが本当に怖いのは、自分のせいで他人に迷惑が掛かること、かな」
その一言に、オレは強く拳を握りしめた。
「……オレだけが傷つくのなら、別にどうでもいいってばよ。オレが化け狐で、それを周りが怖がるのは当たり前で、オレはそれをただ耐えれば良いだけだから」
「……」
「けど、オレが勝手に関わって、そのせいでその人たちまでオレと同じ目に会うのは、それはオレ自身が許せないんだってばよ」
今まで里の大人達から冷たい目を向けられ、時には暴力を受け、それでも耐えてきたのは、そうされることでしか、自分が存在していると認識できなかったからだ。
けど、それが関わってくれた他人にも迷惑が及ぶのは、それはオレ自身も、そしてこのナルトの体が耐えられない。
「だから……」
そう続けようとしたとき、いのいちさんはオレを抱き締めてきた。
「良いんだ、もう耐えなくてもいいんだ」
「え、あ……」
「ナルトくん、君は心底優しい人間だ。君のお父さんとお母さんに、その優しさは似ている。似すぎているくらいにね」
抱き締める力は強くないはずなのに、どうしてかそこから逃げ出すことができない。
「けど、全てを我慢する必要なんかないんだ。たしかに、君を化け狐と見る大人は多いだろう、九尾が出した被害は、それほどまでに恐ろしく、そして沢山の人間が塵芥のように亡くなった」
「なら……」
「けどそれは『化け狐』がやったもので、ナルトくん、君自身がやったことじゃない。だから、理不尽な大人達の暴力から逃げても良いし、他人と関わることを恐れなくても良いんだ」
それに、といのいちさんが続けて
「そんな君の事を、君として見てくれる大人も、君自身は知っているはずだ」
「……三代目のじいちゃん、イルカ先生、テウチのおっちゃん」
「彼らが少しでも、君を化け狐として見たことがあったかい?」
無かった。イルカ先生は最初の頃はぎこちなかったけど、いつ頃からかオレの事をちゃんと正面から見て、叱って、声をかけてくれるようになった。
少なくとも、オレにとってその三人だけが、オレをオレとしてちゃんと正面から見てくれた。
「だから君は君だ。彼らに胸を張って誇れる、そんな人間になればいい」
「……っす」
コクりと頷くと、いのいちさんが笑って立ち上がる。
「そろそろいのちゃんも起きる頃だ、朝食、一緒に食べようか」
「……ありがとう、ってばよ」
「なに、気にしなくていい。それにナルトくん、昨日あのあと三代目様と君の事でお話ししてね。その事も説明しなきゃいけないんだ」
そう言って軽快に階段を下りていくいのいちさんに、どうしてか父親のような姿を覚えるのだった。
「そっか、三代目のじいちゃん、怒ってたんだ」
朝食を終え、いのいちさんからの説明を受けたオレは、やはりじいちゃんはちゃんとオレの事を見ていてくれたという嬉しさがあった。
「でもパパ、ナルトのお金ってそんなに多いの?」
いつの間にか隣に座って話を聞いてたいのの質問に、いのいちさんはかなり微妙な笑みを浮かべていた。
「多いなんてそんなものじゃ効かないな。なにせミナトが遺した遺産は莫大だ。金銭に関しては里の復興費用にほとんど消えてしまったが、知的財産……つまりミナトが開発した術や研究資料、その他諸々を里に貸し出しているんだが、その利益だけでも年間で上忍十数人分の金額になっているんだ」
「じょ、上忍十数人分の金額!?」
あまりの桁にいのは目を飛び出して驚いてるが、オレからすれば
「いの、オレの父ちゃんは四代目だってばよ。その研究内容なんて、大金叩いてでも得たいって人間は多いはずだってばよ」
「特にミナトは忍としての実戦も凄かったけど、新術もかなりの数存在してるからね。中忍になれば有料で禁術の閲覧もできるようになるから、複数の忍がそれを見るためにね」
その言葉にとんでもなさを感じたのか、いのは驚きでオレの事を見てきた。
「てことは……ナルトって本来ならボンボンだったわけ?」
「言い方が酷いってばよ」
「ごめんごめん、でもさ、そんな四代目の遺産を、どっかの誰かが勝手に持ち出したのよね。大丈夫なの?」
「当然、大丈夫なわけがない。事は三代目様と四代目のミナトの二人への背任行為と同じだ。現在、シカクが四代目直属だった人間を使って調べているから、多少時間は掛かるだろうが犯人検挙は問題ないだろう。問題は、ナルトくんのほうだ」
そう言うといのいちさんがこちらに改めて向き直る。
「ナルトくんは、犯人が捕まるまでの間、奈良家、秋道家、そして我が山中家の三つで保護することになった。すでにシカクからもチョウザからも許諾は貰えている」
「シカマルとチョウジの家も?」
「うちだけで保護するという案も無くはないんだが、ほら、うちはいのちゃんも居るからね。同じ屋根の下で男の子を長期間預かるのは……ね?」
その言葉にオレもいのも納得した。
「それにシカクもチョウザもミナトとクシナの同期だ。彼らの息子ならという意味と、そもそもナルトくんはシカマルくんとチョウジくんとは友人だって話だからね」
「なるほどね~」
「けど、それだとその二人にも迷惑が……」
そう続けようとした瞬間、いのがポカリと頭を軽く殴ってきた。
「卑屈すぎよアンタ、私もシカマルもチョウジも、アンタを助けたからって別に迷惑だとかそんなこと思うわけ無いでしょうが」
「け、けど……」
「けどもなんでもない!!次また同じことを言ったら、本気で殴るからね」
理不尽な、と思ったが裏表のないいのがそう言うのなら、と一応は納得した。
「えっと、じゃあ……しばらくの間、よろしくお願いしますってばよ」
「うん。それじゃあナルトくんの方は何かあるかな」
いのいちさんはニコニコと笑っているが、特に思い付くものは……
「ナルト、変に気を使って何もない、は無しよ」
「いや、でもいの、今は何も思い付かないっていうか」
「別にどんな小さいことでも良いのよ。両親の話を聞きたいとか、そんなことでも」
それは、たしかに本編では出てこなかったような四代目のエピソードは聞いてはみたいが、と思った時に1つだけ思い付いた。
「あ、なら1つだけお願いが……」
「ん?どうかしたのかい?」
「あの……オレの忍術を見て欲しいんだってばよ。それで、何が悪いのか教えて欲しいんだってばよ」
割と切実に、できればすぐにでも知りたい内容だった。
原作と違い、オレはナルトのチャクラを小分けにするやり方をマスターし、それを使って変化の術や分身の術を卒業レベルまではできるようになった自負はある。
けど、どうしてもオレだけの忍術というものが作れず困っているのだ。
「下忍になれたとしても、マトモな術が無かったら戦うことなんてできないってばよ」
「それは……そうだね」
「でも下忍の状態で術を持ってる人間なんてそうそう……」
「オレが知ってるだけでもいの、シカマル、チョウジ、キバ、それにサスケは持ってるってばよ」
ジトリとした視線を向けてみれば、いのは明らかに視線をそらしていた。
「うーん、ならどんな術が使いたいのか、そこを知ることからかな」
「えっと、1つは父ちゃんが使ってたっていう忍術、もう1つは分身の術の上位互換なんだけど」
オレはあえて螺旋丸とも影分身とも言わずに伝えた。
「ふむ……ミナトの術か。となると……」
そう言うといのいちさんは少し考え、ニッコリと笑った。
「うん、そう言うことなら火影屋敷に向かうのが良さそうだね」
「えっと……つまり?」
「どっちもかなり難しい術ではあるけど、そこにあるはずだよ、ナルトくんが欲しい術が」
「けどパパ、勝手に禁術を持ち出すのはダメなんじゃ……」
「たしかに普通はね。けど、ナルトくんはミナトの実子だ、ミナトの術を息子のナルトくんが見ることは禁じられていない。屁理屈に近い理屈だけど、山中家や奈良家の秘伝忍術と同じさ」
それに、といのいちさんが優しそうな笑みを少しだけ悪いものに変える。
「三代目様に責任が無かったとはいえ、ナルトくんに勝手に苦労させたんだ。その代償としては三代目様もダメとは言えない筈だよ」
「……いの、いのいちさんが超怖いってばよ」
「大丈夫よナルト、私も同じことを思ったから」