ラーメン一楽、原作のナルトが足繁く通ったお店であり、そして、オレもよく行くラーメン店でもある。
「一楽か、俺もたまに部下と行くが、たしかにあそこはいい店だな」
「あれ?シカクさんは知ってたんだ」
「まぁな。といっても、普段はあまり外食なんてしねぇから、俺も入るのは久しぶりだな」
意外な事を知った俺は少し驚いたが、今いる場所に気づいて少し足を止めた。
「ナルト?」
いのがその事に気付き何かあったのかと周りを見て、そしてオレが足を止めた理由を察した。
「もしかしてナルト、大通りを歩くのが怖いの?」
そう、一楽に向かうには、火影屋敷からだと大通りを一度通らなければならない。そしてそれは俺にとって、理不尽に石をなげつけられたり、酷いときはリンチされたりするのを黙って受け入れなきゃならない場所でもある。
「……ナルトくん」
「だ、大丈夫だってばよ。けど、三人にも石とかがぶつけられちゃいけないから、俺ってば先に行くってばよ」
「あ、ちょ、ナルト!!」
そういって俺はいのに制止される前に走って大通りへと向かっていく。
「あぁ、もう、ナルトったら!!」
いきなり走って行くナルトの姿を見て、私はパパやシカクさんが何か言う前に追いかける。
意外と足が早いんだな、とそんなどうでもいいことを考えつつも、漸くナルトの背中が見えてきた。
「こら、ナルト、私たちを置いていこうなんて……」
何を考えて、そう言おうとした言葉は目の前の光景で全てどこかへ消えていった。
「何しに来た化け狐!!」
「こんなところに来るんじゃねぇよ!!」
「でていけ!!でていけぇ!!」
まるで処刑される大罪人のように、ナルトに向かって罵声や石を投げつける里の住人たち、それは老若男女、忍だろうが一般人だろうが関係ない。まるで私の知る木の葉の、私が今まで知ろうとしなかった影の部分を見たような、そんな自分の足元が崩れていくような感覚が私を襲った。
「っ!!」
ナルトに視線を向ければ、それを当たり前のように受け入れ、傷付き、血を流すことも全て耐えて、そしてその中で笑っていた。
「いの、これが木の葉の里の1つの側面なんだ」
いつの間にか横に立っていたパパが、まるでどこか遠い目をしてナルトのことを見ていた。
「1つの側面って、そんなことよりパパ、ナルトを助けなきゃ」
「いや、残念ながら助けに行くことができない。それは
「たく、俺達大人のやらかした負債を目の前で見せつけられる、最悪の踏み絵だよコイツは」
悔しそうに歯噛みするパパに、まるで吐き気がすると言わんばかりのシカクさんの言葉に、私はなぜ、と問い詰めた。
「いの、ナルトくんがあぁして先に行ったのは、俺やいのをこの里の悪意から守るっていう理由があるからだ」
「もともと、九尾の暴走の事件があって、里は未曾有といっていいほど、分裂の危機に危ぶまれていた。九尾そのものへの憎悪と不満によってな。
それを、誰かがナルトにその九尾が封印されていることを流すことで、悪い意味で里の中の人間の意識は1つの方向に定まった、いや、定まっちまった」
それは、言わずとも理解できるだろ、と目の前の光景を指差しながらシカクさんはさらに続ける。
「逆に言えば、ナルトを助ける人間はそれだけで自分達の平和な日常を脅かす敵だ、そういう風潮が里の集団的意識となった。
あぁいうふうにナルトを直接迫害はしない人間も、自分達が助ければ自分達も迫害される側になってしまうからって、臭い物に蓋するように無視するのが、彼らにとっての当たり前なんだ」
「ナルトくんを保護していた三代目さま、教師として一人の真っ直ぐな大人としてナルトくんを正面から見ていたイルカくん、そして誰が何を言おうと気にせず信念を貫いている一楽の店主であるテウチさんは、ある意味で例外だった」
そして、それは今ここで見てることしかできない俺達大人二人も、その例外になれない大人なんだと、まさに血を吐くような言葉でパパは拳を握っていた。
「ナルト、あんた……」
ようやく、この二日で私がナルトに対して生まれていたモヤモヤの正体が、少しだけ分かった気がした。
別にナルトのことをどう思っているとかはない。もともと話も殆どしないアカデミーのクラスメイトで、どちらかといえば大人しい印象だった。そういう意味では、同じくクラスメイトで、サクラが入れ込んでるサスケくんと似た分類だと思う。
けど、イメージで言えばハリネズミのようなサスケくんに対して、ナルトはなんていうか、自分と相手の距離を無理矢理に巨大な壁で囲って近づけさせないというような感じだった。
その理由を私は朝、ナルトが勝手に家から出ていこうとした時に知った。人様の家で助けられて、それで何も言わずに消えようとはいい度胸だと問い詰めてやろうと思ったが、隠れて聞いたナルトとパパの会話で、それがナルトの優しさからだと気づいた。
ナルトは自分がここにいることで、他の里の人間から私たちまで攻撃されることを危惧していた。それも、自分自身が傷付くことは全て無視して。
私は自分を恥じた。何が山中家の次代当主だ、何が相手の心を読むことに特化した忍の一族だ、目の前にいるクラスメイトの心の中を勝手に勘違いして、勝手に決めつけた。
ナルトが普段からあまり他人と関わらないのは興味がないからじゃない、関わった人間が傷付くことを恐れているからだ。
この二日間もそうだ、やたらと低い自己肯定感に、過小評価する場面が多く、人との繋がりを求めてるように見えながら、どこか一歩、踏み出すことを躊躇してるような視線。
あれはナルト本来の性格じゃない。むしろ三代目様と話してたときのような、自らぐいぐいと話しに行くような姿こそが、本来のナルトの素であり、けど、それを表に出すことができないほどに追い詰められ、耐え続けているのが今のナルトを作り上げているんだ。
「……いの、分かっていると思うがここに踏み込むには勇気も、覚悟も必要だ。パパやシカクには、立場や色んなしがらみがあって、踏めなかった一線だ」
「……パパ、山中家の家紋の意味、私もちゃんと分かってる」
『萩』の花言葉、それは『前向きな恋』。けど、それだけじゃない。
「『柔軟な心』相手に接し、そして友や仲間を『想う』こと」
私はナルトのことを良く知らない、いや、知ろうとして来なかった。だから本当の意味でナルトのそばにいれるかは、まだ分からないかもしれない。
けど、だからって目の前で少しだけ親しくなった人間が、目の前でいじめられ、耐えることしか許されないその背中を許せるほど、私の『想い』は寛容じゃない。
「……スゥ……ハァ」
踏み込むのは怖い。踏み込んだら最後、もう絶対に後戻りも後悔することも許されない。そういう闇に背筋には冷や汗が流れる。
けど、ナルトに新たに石が投げつけられようとした瞬間、私は迷わず、当たり前のように踏み込んでナルトの前に立つ。
「いの!?」
ナルトの驚きの言葉と同時、私の顔に石が直撃する。
「……いい加減にしなさいよ、アンタたち」
痛かった。石がぶつかったところからは血が流れ、その血が目に入ってさらに痛い。けど、そんなことは関係なかった。
「アンタら大人でしょ、子供を守る立場でしょ、化け狐だかなんだか知らないけど、良い大人がみっともない真似してるんじゃないわよ!!」
私の叫びに、大人達の表情がみるみる憤怒に変わっていく。
「化け狐を庇うのか!!ソイツのせいで、オレの友人はむごたらしく死んだんだぞ!!」
「そうだ!!オレの家族も!!」
「許せない、許しちゃいけないのよ!!」
まるで怨嗟の坩堝のような罵声と怒声に、少しだけ心が痛い、けど、私の背中にいるナルトは、それ以上の痛みを抱えて、耐えている。
「なら逆に聞くけど、アンタたちにナルトが直接被害を出したの?」
「なんだと!?」
「もしナルトが悪戯したりして他人に迷惑をかけていたなら、私だって何も言わない。けど、ナルトがそんなこと、少しでもした?自分から何かを傷付けたり、壊したりした?」
少なくとも私は知らない。ナルトが悪戯をしようとしたり、何かを自ら壊したりしたなんて話は、一切聞かないし、そもそもここまでひたすら悪意を向けられながら耐え続けているナルトが、そんなことをするわけがない。
「化け狐だのなんだの、過去の怨みで今生きてる人間の足引っ張るんじゃ、ないわよ!!」
私のその一言の叫びに、目の前の大人達は何かを言いそうで、しかし言葉が見つからずに歯ぎしりしてるだけだった。
「……まったく、子供が目の前で勇気をだして前に出てるってのに、俺ら大人が足踏みしてたら良い笑い者だな、いのいち」
「そうだな、けど、いつだってこれからを変えるのは新しい世代だ。俺達の役目は、それを見守り支えることだ、シカク」
そしてさらに私の目の前にパパが、シカクさんが背中を向けて立ちふさがる。
「『影真似の術』!!」
シカクさんが印を構えた瞬間、その影がナルトに石を投げてた大人達の動きを縛りあげる。
「てめぇら、全員児童暴行及び傷害の現行犯だ……今の今までは黙認するしかなかったが、全員逮捕・拘束だ馬鹿野郎!!」
「な、なんで!!そいつには化け狐が!!」
「九尾の事件からもう十年以上経ってる、だいたいの人々はそれぞれにその事を良くも悪くも折り合いを付けて、今の生活をしている。だが、君たちがしてるのはただの憂さ晴らしであり、八つ当たりだ。
九尾に直接その石をぶつけるのならともかく、当時生まれたばかりの彼にそれを向けるのは、ただ自らを正義だと狂った思想で行動するだけの犯罪者と同じだと知れ!!」
普段は大声をあげないパパの鋭い一言に、周りの大人達がざわめき立つ。
「いいか!!ナルトへの暴行等の犯罪行為や事実無根の悪評をあげる人間、また九尾の一件を理由にした差別があった場合、一般人だろうが忍だろうが、暗部だろうが我々上層部の人間だろうが、全員等しく犯罪者として拘束する!!これは三代目火影、ヒルゼン様からの勅令だ!!」
「三代目様は過去については問わないと仰った。が、今回以降同じようなことが起きれば、その者は犯罪者として扱うとも仰った!!」
さらに、とシカクさんは目を見開いて宣言する
「この場を借りて公表する!!うずまきナルト、彼の父親は四代目火影、波風ミナトである!!そして、ミナトは九尾との交戦の際、その九尾を実の息子であるナルトへと自らの命を懸けて封印した!!」
「つまりナルトへの九尾を一件とした暴力行為、差別行為は四代目火影への背任行為と同義!!それでも何か言いたいのなら……まずは我々が相手になると覚えておけ!!」
四代目の実子、その一言は今まで怨嗟を向けていた大人達に冷や水をかけるには充分すぎる威力で、ほぼ全員が沈黙していた。
「……なんで、なんでオレのことを庇うんだってばよ」
ナルトはまるで今の全てが分からないというように震えていて、そしてその瞳のなかから雫が自然とこぼれそうになっていた。
「オレは、化け狐で、里の嫌われもので、だから、だから……」
その顔を、私は自然と胸に抱き締めた。
「大丈夫よ、ナルト。アンタは一人ぼっちじゃない。私たちが側にいるから」
「あ、あぁ、でも……でも……」
「言っとくけど、私もパパたちも絶対に逃がしてあげないし、逃がすつもりもないから」
だから、
「だから、泣きたかったら思う存分泣きなさい。もう耐えなくてもいいの、誰からも逃げなくていいんだから」
その一言に、ナルトの何かが決壊し、まるで産声をあげるような涙の声が響く。その声に、私はただひたすらその頭をゆっくりと撫でる。
(あぁ、そっか……私、ナルトのこと、好きになったんだ)
生まれてはじめての本気の恋は、同い年で、手の掛かるスレた弟のような、誰よりも優しい心をもった、そんな面倒で健気な男の子でした。