降って湧いてきた科学知識で現代快適生活   作:サカサカ

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サイト公開

 

 

 

 相良直人は、海外の無料ウェブサイト作成サービスの登録画面で、キーボードの上に指を置いたままフリーズしていた。

 

 画面には「サイト名」「メールアドレス」だけでなく、「電話番号認証」「利用者情報の入力」といった項目が並んでいる。さらによくよく規約を読んでみれば、「アクセス元記録の取得」だの「規約違反時の情報提供」だのといった、物騒な文言が踊っていた。

 

「いや待て。これ、最初から住所へ向かって足跡つけてるようなもんじゃね?」

 

 直人は冷や汗をかきながら、そっとブラウザのタブを閉じた。

 

 自分の身元を出さず、第三者に消されにくい形で情報を公開したい。そう考えた瞬間、直人の脳内から、未知の情報技術に関する知識がどばっと引き出された。

 

 暗号化、匿名通信、情報圧縮、分散保存、認証、侵入防止、データ復旧。現在のインターネット技術では実現できない、異常なほど堅牢なシステム群の設計図である。

 

「……マジか。こんなことまでセットになってるのかよ」

 

 だが、直人はすぐに致命的な問題に直面した。

 

 脳内に浮かんだプログラムのコードを、そのまま手元のパソコンのエディタに打ち込んでも、ピクリとも動かないのだ。いや、動かないという次元ではない。

 

 見たことのないプログラミング言語、というだけではなかった。命令の区切り方も、記憶領域の扱いも、演算の進め方も、直人の知るコンピューターとは前提から違っている。既存のCPUへ読ませられる形式ではなかった。コードとデータの区別すら地球式ではない。

 

「これ……本当に人間が作った技術なのか?」

 

 直人は思わずモニターの前で呟いた。

 

 どこかの天才が思いついた次世代規格、というにはあまりにも異質すぎる。まるで、地球とはまったく違う進化を遂げた別の知的生命体が、ゼロから組み上げた計算機体系のようだ。

 

 とはいえ、その答えを誰かに聞くわけにもいかない。直人は出所についての疑問を一旦棚上げすることにした。悩んでいてもサイトは完成しない。

 

 直人がやらなければならないのは、現代の地球のOS上で、この出所不明のプログラムを処理するための「変換層」を作ることだった。

 

 変換層そのものの設計も脳内に存在していた。直人が苦労したのは理論を発明することではなく、目的に対応する未知の知識を引き出し、それを手元のPCと既存OSに合わせてどうにか翻訳し、実装することだった。

 

 それでも、現代のOSの奥深くに別系統の計算機環境を構築する作業は、骨の折れるパズルだった。

 

 丸1日かけて構築された専用の実行環境の上で、未知の情報基盤がようやく産声を上げた。

 

 専用環境が起動すると、システムは既存のネットワーク上から公開利用が許可された分散保存領域と中継経路を選び出し、暗号化したデータを複数箇所へ自動で分散した。直人の自宅回線が、そのままサイトの配信元として露出することはない。利用するのは無償提供されている計算領域や、直人が匿名で確保した最低限の外部サーバーだ。だが、データをどこか1台のサーバーへ保存するという直人の知るウェブサイトとは、最初から構造が違っていた。

 

 裏側のシステムは常軌を逸して堅牢だが、閲覧者側に特殊なアプリや端末は必要ない。表向きは通常のブラウザからアクセスでき、HTMLやPDF、CADデータといった現代で一般的な形式で表示されるようになっている。

 

 サイトの基盤が完成すると、直人はメモ帳アプリを開き、サイトの運用方針を書き出し始めた。

 

 本名、顔、声は出さない。利用者との会話もしないし、質問にも答えない。コメント欄も問い合わせ先もSNSアカウントも一切作らない。技術の出所や、公開の予定を語ることも言語道断だ。

 

 管理人が発信するのは、無機質な技術資料と更新履歴のみ。

 

 直人の本音としては「俺すごいだろ!」とドヤ顔で語りたい承認欲求の塊なのだが、自分が余計な文章を書けば、言葉の端々から生活の痕跡が漏れてしまう。

 

 次に考えるべきは、カネの問題だった。

 

 人類のための完全無償公開、なんて高尚なボランティア精神はない。なにせ、あの簡易版セルを1個作るだけで、今月のバイト代が綺麗に吹き飛んだのだ。次の検証をするためにも資金が必要だ。

 

 将来的な収益源としては、サイト上の広告、材料や工具の通販リンクによる紹介料などを考えている。だが、初期の段階でそれをやると、ただでさえ怪しいサイトが投資詐欺のスパムにしか見えなくなってしまう。

 

「とりあえず、受け取り用の暗号資産アドレスだけを置いておこう。現金化の方法は後で考えればいい」

 

 日本円への現金化には取引所の本人確認が絡むため、下手に行えば足がつく。寄付が集まったとして安全に換金できるかは未知数だったが、今は窓口の文字列を置くだけに留めた。

 

 方針が決まったところで、直人は1番の難題に取り掛かった。

 

 公開する資料の作成である。

 

 脳内にある『超高密度固体蓄電シート』の完全版は、現代には存在しない加工装置や未発見の高純度素材を前提としており、そのまま出しても誰も作れない。だからこそ、第1弾は直人自身が作った「簡易試験用セル」に限定する。

 

 直人が行うのは、設計図の修正ではなく「翻訳」と「編集」だった。

 

 未知の概念を現代科学の用語に置き換え、現代の測定単位に変換する。脳内の技術体系から同じ機能を代替できる現代の材料を探し出し、その市販品の名称や品番を特定していく。

 

「ええと、この謎の絶縁素材の代わりになるのは……あ、大手通販サイトで売ってるこの品番の耐熱エポキシ樹脂でいけるな」

 

 何日か、学校とアルバイト以外の時間をすべてつぎ込み、直人はパソコンの前に齧り付いた。完成したのは、数十ページにも及ぶ文書と図面のデータ群だ。

 

 資料作成と並行して、直人は追加の試験セルを複数作り、条件を変えながら検証も続けていた。

 

 掲載するのは、複数セルを並行して得た数回の完全充放電と、数十回の部分充放電データ、容量低下の有無、高負荷放電時の温度、連続放電試験のグラフ、そして破壊試験後の写真のみだ。脳内の知識から算出される設計上の理論値や、何万回という耐久寿命の推定値は知っているが、直人は未検証の数値を自分の実験結果として偽装するつもりはなかった。

 

 サイトの冒頭には、短い説明文だけを置いた。

 

 『本サイトは、再現可能な技術資料の公開を目的とする。

 掲載内容に関する質問、問い合わせ、個別支援には対応しない。』

 

 管理人名は、無難かつ無機質な『Administrator』の略で、『Admin_N』とだけしておいた。Nは直人のNだ。そこまで分かる人間などいないだろうと、本人は気軽に考えていた。

 

 そして、すべての準備が整った。

 

 画面の右下には、『公開する』というボタンが光っている。

 

 これまでは自分の机の上にしか存在しなかった技術だ。しかし、このボタンを押せば、自分以外の誰かが実際に作れるようになる。

 

 世界中の電池産業がひっくり返り、資源価格が乱高下し、軍事利用される可能性だってある。一度公開された情報は、二度と消すことはできない。得体の知れない恐怖が、直人の背筋を撫で上げた。

 

「やめるか……?」

 

 直人はマウスから手を離しかけた。

 

 しかし、目の前のモニターに映る、自分が何日もかけて作り上げた緻密な資料を眺めていると、どうしてもそれを無かったことにはできなかった。自分の脳内にある圧倒的な技術が、誰にも知られないまま一生を終えるのは耐え難い。

 

「……まあ、どうせ最初は誰も信じないだろ」

 

 最後は、強烈な承認欲求が勝った。

 

 直人は勢いよくマウスの左ボタンをクリックした。カチッ、という小さな音が、自室に響いた。

 

 公開直後。

 

 アクセス数は、当然ながら0だった。

 

 10分待っても0。直人はあらかじめリストアップしておいた電子工作系の掲示板や、海外のオープンハードウェアのフォーラムに、サイトのURLを投下した。

 

 システムが発行した、意味のない英数字の羅列からなる長いアドレスだ。独自ドメインなど取れるはずもなくそのままにしたが、客観的に見て強烈に怪しい。

 

『市販材料で製造可能な固体蓄電セルの設計資料を公開しました。再現試験用の簡易構造です。』

 

 投下して何分か経った後。サイトのアクセス数が「1」に増えた。

 

 直人はガタッと椅子から身を乗り出した。しかし、その最初の閲覧者は、ものの何秒かでページを離脱してしまった。続いて来た2件目、3件目も同じだ。

 

 掲示板のレスには、早速容赦ない言葉が並び始めた。

 

『長すぎ。3行でまとめろ』

『素人の妄想論文キタコレ』

『AIに書かせただろこれ。日本語おかしいぞ』

『そのホムセン材料でそんな容量出るわけないだろ。物理法則舐めんな』

『URL怪しすぎだろ。絶対ブラクラか詐欺サイトじゃん』

 

「舐めてんのはお前らの方だろ! ちゃんと図面読めや!」

 

 直人は顔を真っ赤にしてキーボードを叩き、反論のレスを書き込みかけた。

 

 しかし、エンターキーを押す寸前でハッと我慢し、文字をすべて消去した。管理人は一切の反応を見せない。それがルールだ。表向きは完全に沈黙を保ちながら、直人は机を叩き、レスを全部読んでいた。

 

 同じ頃。

 

 都内の大学院で材料工学を専攻する修士1年、倉田圭介は、研究室の隅でスマートフォンを弄っていた。

 

 教授から押し付けられた雑務の息抜きに、いつもの電子工作系掲示板を眺めていたのだ。

 

『市販材料で製造可能な固体蓄電セルの設計資料を公開しました。再現試験用の簡易構造です。』

 

 その書き込みを見たとき、彼もまたよくあるトンデモ科学の類だろうと鼻で笑った。

 

 しかし、なんとなく怪しい文字列のリンクを踏んで表示されたサイトのPDFファイルをスクロールしていくうちに、彼の手はピタリと止まった。

 

 数ページ読んだところで、倉田はスマートフォンを置き、自席のパソコンから同じアドレスを開き直した。

 

 材料の選定には妙な一貫性があり、保護回路の設計は異常なほど現実的で無駄がない。測定方法のプロトコルも具体的で、何より「こういう条件で作ると失敗する」というエラーケースまで詳細に記載されている。

 

 一部の理論や数式は、異常だった。記号の意味は分かる。式の前後も読める。それなのに、途中の変形がなぜ成立するのかだけが理解できない。だが、少なくとも彼が理解できる範囲においては、明確な「誤り」が見当たらないのだ。

 

 彼はスクロールする指を止め、材料一覧のページを食い入るように見つめた。

 

「炭素粉末、この品番の金属箔、それに……このセラミックパウダー。全部、研究室の備品か、通販で明日には届くやつじゃないか……?」

 

 気づけば彼は、PDFファイルを自分のローカルフォルダに保存していた。

 

 周囲の学生たちが帰宅の準備を始める中、倉田は1人、モニターの光に照らされた顔で静かに呟いた。

 

「……作るだけなら、できるな」

 

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