【OP】キッド捏造過去編「鉄屑の王と屑山の聖女」   作:若槻 風亜

1 / 3
1話

 

 物心ついた頃から、ユースタス・キッドの視界に映っていたのは鉄屑の山だった。世界政府非加盟国らしく荒れた小さな島国には、ストリートチルドレンが溢れており、キッドもまたその内の一人だ。

 

 折れ曲がったパイプを片手に、握りしめた拳を振り回し、鬱屈した気持ちを晴らすように暴れている内に、18歳になった今では街の不良グループのボスになっていた。

 

 悪友たちと競い合うように縄張り争いをし、ちょっかいをかけてくるギャングたちとやり合う。つまらなくはないが、胸の奥に燻る何かが晴れるほどの面白さもない。

 

 今日も今日とて眉間に深い皺を刻んで、キッドは海辺で水平線を睨みつける。そんな時のキッドには、数少ない例外を除けば部下も他の人間も恐れて近付かない。その例外の内の一人が

 

「いた! キッド!」

 

 遠慮なくキッドの後頭部を殴りつける、この声の主だ。

 

「痛ってぇな! 何しやがんだドルヤナイカ!」

 

 殺意も敵意もないため気付けなかった。

 

 殴られた場所に手を当てながら振り向けば目に入る、間もなく身長200センチに届こうとするキッドより少しばかり小さいだけの女性。

 

 キッドの幼馴染、ヴィクトリア・シルトン・ドルヤナイカだ。

 

 ドルヤナイカは腰に手を当て、恐れることなくキッドを睨み返していた。

 

「何しやがんだじゃないよ。あんた荷物の配給の時来いって言ったの忘れたでしょ? 散々言ったのにこの耳は飾りかい!」

 

「痛ってぇっつの! 馬鹿力で耳引っ張んじゃねぇよ! 忘れてたんじゃなくて部下に任せただけだ。何でおれがわざわざガキやジジババに飯渡してやらなきゃなんねーんだよ。取って来てやってんのはおれだぞ。無視してもいいのにわざわざ人やったんだ。文句言われる筋合いはねぇよ」

 

 男顔負けの腕力・握力・胆力で耳をつねってくる手をどうにかどける。すっかり赤くなった耳をさすりながら、彼女の主張をもキッドは退けようとする。

 

 この国の住民は、まるで王のように島を支配しているギャングたちとその周囲はそこそこに豊かだが、そこから離れた者たちは日々を困窮して暮らしている。

 

 当然キッドが暮らすこの街もその例に漏れない。初めてカレーうどんを食べた時はあまりの贅沢品に全員がっついて食べ――いややめよう。悪い記憶が蘇る。

 

 ともあれ、食料に困窮する日々であったので、戦えるようになってからはキッドはギャングたちを襲撃し食料品などを奪うようになっていた。

 

 当然ながら自分のためなのだが、取りすぎる時も多々ある。それを配ろう、と言い始めたのはドルヤナイカだ。

 

 他人のための善行など反吐が出ると最初はキッドは反発した。

 

 だが幼少期からを振り返り、「傷だらけで死にかけた時治療してくれた」「ご飯を分けてくれた人がいたから子供の頃生き延びることが出来た」を延々と語られた挙句、なお反発して拳に訴えたのを返り討ちにあったことで納得せざるを得なかったのだ。

 

 当時はまだ2つ年上のドルヤナイカの方が大きく力も強かったため、悔しい思いをした。

 

 ちなみにキッドがドルヤナイカの背を抜かしたのもここ2年ほどでようやくだ。この島の人間は基本的に体躯が大きくなりやすいが、キッドもドルヤナイカは特に大きい。この環境でよくこうも育ったものだ、と大人たちには会うたびに感心されている。

 

「だから来いって言ってるの! みんなあんたが取って来てくれたご飯のおかげで生きていられるって感謝してるんだよ。お礼が言いたいから来て欲しいって言われてるんだ」

 

「そんなうすら寒いもんが待ってんならなおさら行かねぇ。お前が上手くいなしとけよ、『屑山の聖女』サマよ」

 

 キッドやキラーなどの各不良グループのボス達やギャング達に引けを取らず、逆に御する強さ。

 

 この廃れた国の、更に薄暗い場所で生まれたとは思えないほど他者を思いやる心。

 

 彫りの深いはっきりとした顔立ちの美しさ。

 

 それらから、いつしかドルヤナイカは「屑山の聖女」と呼ばれるようになっていた。本人はそう呼ばれることに居心地が悪そうだが、キッドはそれなりに納得している。

 

 そもそも、キッドたちにとっての「聖女」は、彼らを拾って死なない程度に育ててくれた女性のことだった。

 

 その女性は元々ギャングの愛人だったが、些細なことで捨てられ、『楽園』と呼ばれる壁に囲まれた島の中央街から追い出されてスラムにやってきた。

 

 『楽園』育ちのお嬢様らしい温厚で暢気で世間知らずで間抜けで――優しい女性だった。死ぬその瞬間まで子供たちを優先して暮らすような姿は、キッドには「自分はこんな風には死なない」という克己心を、ドルヤナイカには「他者のために懸命に戦える人になりたい」という理想を植え付けた。

 

 そして理想のままに育ったドルヤナイカ。幼い頃は人を助ける姿はバカにされてばかりだったが、まっすぐに貫く姿はいつしか人々の心に光を注ぎ、今では彼女の影響で助け合う街の者が増えてきている。

 

 ――ドルヤナイカを害そうとする輩を、キッドたちが見つけるたびに喧嘩と称して排除しているのもその要因の一つだが、キッドたちは言わないしドルヤナイカも気付いていない。

 

「だからそれやめろってば。むずむずする! 顔出すくらい減るもんじゃないんだからいいじゃない別に」

 

「い・や・だ・って言ってんだよ」

 

「わ・が・ま・ま・言・う・ん・じゃ・な・い・よ」

 

「こ・っ・ち・の・セ・リ・フ・だ」

 

 いつのまにやら正面から両手を組み合いぐぎぎと押し合う2人。徐々に盛り上がっていく筋肉から、それがじゃれ合いの域を超えつつあることが伺える。

 

「またやってるのかお前ら」

 

 そんな彼らに横から呆れたような声がかけられた。2人からは同時に力が抜かれ、声の主に視線が向けられる。近付いてきていたのは予想通りキラーだ。

 

「今度はどうした?」

 

 口元を隠す破れかけの布を触りながらキラーは尋ねた。

 

 キッドとドルヤナイカの小競り合いは子供の頃より周囲から「いつものこと」と言われるもので、当然幼馴染のキラーは他の誰より見慣れている。幼馴染の中で一番年上ということもあり、過熱しすぎる前に宥めるのはいつもキラーの仕事だ。

 

「「こいつが悪い!」」

 

 尋ねられた途端に同時に口から出た同じ言葉。キラーはいつものことかと声を立てて笑う。特徴的な笑い声がコンプレックスなキラーだが、笑わないどころか笑った相手をキラーより先に黙らせに行く2人相手には気にもならなかった。

 

「ああそうだ、キラーこれやるよ。作った」

 

 腰に下げた袋から取り出した何かをキラーに投げ渡す。難なくキャッチしたキラーは、手に収まったものに改めて視線を向けた。

 

「マスク?」

 

 渡されたのは顔の半分を覆うサイズの金属のマスク。軽く薄い金属だが薄汚れているので、恐らく『楽園』から捨てられたものを加工したのと予測できる。「作った」という言葉通り、形を整えるために何度か打ち付けた後が表面に残っていた。

 

「どうしたんだ急に?」

 

「その布、2回前くらいにやりあった時に切れたのに、この間の時も気にしながらつけてたじゃねぇか。何かよく分からねぇが顔隠してぇんだろ? 気になったから作った。布に気を取られて負けましたなんて許さねぇからな」

 

 この布は、キラーが自身の笑い声を封じる意味合いで付け始めたものだ。キッドたちから離れ別の街を縄張りにするようになってから、揶揄(やゆ)する声が増えその相手に思い知らせることが増えたのだが、数が多くなれば煩わしさが勝つのが道理。

 

 コンプレックスと面倒くささからだと、話す機会がなかったのでキッドにも説明していなかったのだが、つけていたい、という心情だけは察してくれたらしい。

 

 最後のセリフが一番キッドとしては重要なのだろう。それでも、幼少期は相手を(おもんぱか)ることも知らず暴れるだけだったことを思えば随分な成長だ。

 

 兄のような気持ちが湧いてついついジーンとしてしまう。これも全ては隣でキッドの良心となり続けたドルヤナイカのおかげだろうか。

 

 手の中のマスクを見下ろし、キラーは布の下でふっと笑う。

 

「そういうことなら、ありがたく貰うぜ。すまねぇな。布は基本的にガキどもの服に回してやってるんだ。おさがりだけじゃ賄えなくてな。ありがとうキッド」

 

 落ちる寸前の布を外し、不格好だが丁寧に作られたマスクを付け直す。いやにしっくりきたことによくサイズが分かったなと驚いたが、喧嘩中に顔を掴まれることもあるので、感覚で覚えていたのかもしれないと思い至ると驚きも引っ込んだ。

 

 そんな二人のやり取りを横で見ていたドルヤナイカは、「男というのはやはり不思議だ」とキッドとキラーの顔を見比べる。

 

 現在4つの街でそれぞれの不良グループのボスとして日々縄張り争いを行うキッド、キラー、ヒート、ワイヤーの4人は、抗争時以外に顔を合わせれば特に喧嘩することもなく普通に会話に興じられる。

 

 キラーに至っては、縄張りの境目とはいえこうしてキッドの縄張りに堂々と足を踏み入れ、キッドもそれを普通に受け入れているという状況だ。以前それが不思議で聞いてみたのだが、

 

『おれはキッドの下でもいいんだが、キッドが何もせずに下につかれるのは嫌だと言うんでな』

 

『当たり前だろ。ボスってのは強ぇー奴がなるんだよ』

 

との回答。ヒートとワイヤーも別段相手に殺意や敵意があるわけでもないので、この4人の争いは悪友同士のじゃれ合いのようなものだ。ギャングを相手取る時は協力出来ているので、他人に大きく迷惑をかけない限りは、ドルヤナイカは彼らの喧嘩に口を挟まないようにしている。

 

「ところで何か用でもあったのか?」

 

 マスクの件で自分の用件が済んだことに満足していたキッドが、ようやくキラーがここに来た理由を聞いていないことに気が付いた。用がなくても来るとはあるが、ある時に来る方がキラーは圧倒的に多い。

 

「ああ、うちの部下が掴んできた情報なんだが、また物資船が来るそうだ。それと、詳細は分からないが、一昨日くらいに上陸した商人の船がギャング共に襲われたらしい。何か貴重なものを持っていたそうなんだが、それが何かはよく分からん。ただ、ゴウツの奴が『これでおれは億万長者だ』と叫んでいたと言っていた」

 

 ゴウツ・Q・バーリ。この島一番のギャングファミリーのトップの男で、欲しいもののためなら誰が傷付こうが死のうが構わないという凶暴な男だ。

 

 世界政府非加盟国らしい法外行動で外の船を襲うこともしばしばある。しかし、その情報が外に出ないように人は見逃さず殺害もしくは販売し、船すら回収・解体・改造し証拠を隠滅する徹底ぶりは、悪辣さ故というよりは小心者故にだろう。『楽園』内外問わず護衛をそばから外さないことは誰もが知る話だ。

 

 そんな男が、億万長者を確信して叫ぶほどの代物。興味が湧いたキッドはにやりとあくどい笑みを浮かべた。

 

「へぇ……そりゃ面白れぇな。何かは知らねぇが、そいつをいただけば大層な金が手に入りそうだな」

 

 口にした直後、キッドはハッとしてドルヤナイカを振り向き指を突き付ける。

 

「言っておくが全額街の奴らのために使うなんてことしねぇからな!」

 

「あ、全額じゃなければ使ってくれるんだ? 今1ベリーたりとも使わないとは言わなかったもんね? さっすがキッド。あんたならそうしてくれるって信じてたよ」

 

 先んじたつもりが揚げ足を取られてしまった。反駁(はんばく)しようとしたキッドの言葉はにっこりと圧がかかる笑顔に封じられる。

 

 聖女と呼ばれようが彼女もスラム育ち。食料だろうが金だろうが、外部とほとんどまともに取引も出来ない状況では、奪えるところから奪い、利用出来るものを利用しなくては生きていけないことをよく知っている。

 

 正直搾取される側に立たされるのは面白くないので、キッドの眉根の皺はさらに深くなった。だが、他の人間ならまだしも、幼馴染で親友でもあるドルヤナイカには流石のキッドも弱い。

 

 歯噛みしながら彼女から視線を逸らす。それが了承だと察しドルヤナイカの笑顔からは圧が消えた。

 

「おいキラー、共同戦線だ。そのお宝奪うまでは協力体制でいくぞ」

 

「了解だ。まずは情報を集めよう。大金を持ってくる商人はこの国を警戒してやってこないはずだ。売るなら必ず持ち出すはずだから、そこを狙おう」

 

「余計な怪我人出すんじゃないよー!」

 

 去っていく幼馴染2人の背中に声をかけて見送ってから、ドルヤナイカは彼らとは別の方へと歩き出す。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。