【OP】キッド捏造過去編「鉄屑の王と屑山の聖女」 作:若槻 風亜
キッドたちがゴウツからお宝を奪取する計画を立ててから2週間が経過した。決行日と目したその日は生憎の大雨だが、偵察に出た部下から、ゴウツの館から厳重な警備態勢の一団が出発したとの報告が入る。
「予定通りだ。行くぞ!」
キッドの号令に、キラー、ゴウツに一泡吹かせるならと合流したヒートとワイヤー、そしてそれぞれの部下たちが土砂降りにも負けない声で応じれば、狭い室内は音で震えた。
掘っ立て小屋の作戦基地から出れば、外で待っていた者たちも応じて動き出し、辺りは徐々に騒然とし出す。
「キッド」
最後の確認に基地の入り口で地図を見ていたキッドに、ボロボロのカゴを背負い、穴が開いている薄汚れた白い傘を差したドルヤナイカが近付いてきた。
「今から? 気を付けるんだよ。ケガしないように。あと周りの関係ない人たちは巻き込むんじゃないよ。強いんだからそれくらい出来るだろ? 無駄に人を巻き込むのは相手が怖くて仕方ない弱い奴のやることだよ」
「あーうるせえうるせえ! 今から戦いに行くってのに萎えることばっか言うんじゃねぇよ。お前は果物取りだな? お前こそこっちの方近付くんじゃねぇぞ。流れ弾で死んでも知らねぇぞ」
後ろをついてきてくどくどと注意してくるドルヤナイカに向かってキッドはしっしっと手を動かす。獣扱いするんじゃないよと軽くキッドの手を叩いてから、ドルヤナイカはカゴを軽く上げた。
「分かってるよ。ま、あたし達が行くのはあんた達が行くのと逆の方向だし、そっちに人手が集まってるなら逆側から壁に近付くならむしろチャンスだろ?」
スラムでも数年前から果物を作り始めているが、ドルヤナイカが他数人と向かおうとしているのは『楽園』を囲う高い壁の近くだ。『楽園』からのこぼれ種でスラムより多くの果物や植物が自生している。
『楽園』内ほどでないにしろ、ゴウツの組織の下っ端や違う組織のギャングなども外周の街にはいるため、スラムの人間が行くには普段は中々に危険な場所だ。
しかし、本日は大雨な上にゴウツが逆側に出ていく予定。これほど安全な日はない。にっと笑ったドルヤナイカに、キッドもにやりと笑って見せる。
「は、そりゃそうだな。いつも大量に飯取って来てやってんだ。おれらの分もしっかり取って来いよ」
「はは、分かってるよ」
その後2、3言言葉を交わし、2人はそれぞれの目的地へ向けて仲間たちと歩き出した。
強まる雨は、たった十数メートル先の互いの背中すらもう見せてくれない。
降りしきる雨の中、キッド・キラー・ヒート・ワイヤー達による襲撃は予定通りに始まる。襲撃を予想していたらしいゴウツの一団がすぐさま応戦してきた。銃が使えないため近距離戦が各地で行われる中、キッドはキラー達を率いゴウツが乗っているだろう馬車にまっすぐに接近する。
「おらぁっ!」
護衛達を殴り飛ばし、締め切られた馬車のドアを力強く蹴り開けた。残虐な癖に小心者な男はさぞやガタガタ震えていることだろう。その怯え顔を想像していたキッドは、しかし直後に目を見開いた。
「いねぇ……!?」
ゴウツが乗っているはずの馬車はもぬけの殻で、人どころか物一つ乗っていない。
「おいどういうことだ!? ゴウツの野郎はどこだ!」
一歩踏み込んでいた馬車から降り、キッドはヒートに殴り倒されていた御者の胸倉を掴んで引き立たせる。
涙を流しながら悲鳴を上げた御者は手を振り回しながら「殺さないでくれ」と嘆願してきた。冷静さを完全に失っている男にキラーが刃こぼれした刃を突き付ける。
「死にたくないなら喋れ。ゴウツはどこだ」
キッドが尋ねた内容をキラーがもう一度訪ね直した。次はない、という脅しが言葉にされずとも強く喉に押し当てられた刃から伝わってきたのか、御者はごくりと大きく唾を飲んでから震える声で口を開く。
「ゴ、ゴ、ゴウツ様は、ここにはいない。お、お前ら……いやあなた達が来るのを察していたから、嘘の情報を流して、別の所から出て行った」
ゴウツに一杯食わされた。御者の言葉にそのことに気付いたキッド達の怒りが跳ね上がる。また悲鳴を上げた御者を、キッドはさらに締め上げた。
「どこだ」
その質問が何を示しているのかすぐに分かった御者は今度は脅され直す前に自分からぺらぺらと喋り始める。
「く、詳しい場所は知らない! 襲撃があった場合にバレると困るからこっちの連中は本当のルートは聞かされてないんだ! で、でも、噂じゃ真逆に行ったんじゃないかって」
真逆。そのたった一単語で、これほど肝を冷やした日はないだろう。
鬼の形相で圧を飛ばされ、御者は泡を吹いて気絶した。それを雑に捨ててから、キッドは大股で走りだす。どこへ、とは誰も聞かなかった。付き従うキラー達は、そちらに誰が行っているのかを知っている。
それぞれの部下にすれ違いざまに指示を出しつつ逆側へと向かっていると、
敵かと警戒したキッド達だが、水を蹴る足音がやけに軽いことからすこし警戒を緩める。直後、スラム街の少年が全速力で駆けて視界に現れた。
少年はキッド達に気付くと一瞬体を強張らせたが、それが誰かを察すると堪えきれなかったように涙を溢れさせてキッドの腹に突撃してくる。
食事は期せずして与えているが、こんな風に飛び込んでくるほど懐いている少年ではない。――それだけで、この少年がこれから放つだろう言葉への不安が大きく煽られた。
そして予感は、現実へと変わる。
「キッドおにいぢゃん、ドルヤナイカおねえぢゃんが……っ!」
振り続ける雨が、嫌になるほど耳の奥に響いた。
ドルヤナイカ達はキッド達が出払った後に何人かで果物取りに向かった。そこは一番果物が多いが一番ギャング達の警戒が強いゴウツの屋敷の近くの壁。
普段であれば夜でも中々近付けないのだが、本日はゴウツの護衛で大勢が出払っている。壁近くまで見回っている者は少ないだろうという予想だ。
ドルヤナイカはそれでも大人数で行くのはすぐに逃げられないから危ないと反対したのだが、他の面々に押し切られてしまった。
せめて強い雨に紛れられるようにと種類は違えど揃えた白系統の傘とカッパの集団は、警戒と共に果物の木の下に到達する。
各々雨具を避けるとあっという間に散開して落ちている物や生っている物を次々に持っていたカゴに入れていった。選別は後でやる。多少ダメでも切れば食べられるものだってある。今はとにかくたくさん拾わなくては、とスラム街の住人たちの動きは素早い。
その一員として、ドルヤナイカも背負ってきていたカゴに集めては入れ集めて入れ、自分のカゴが一杯になってしまった者の分も、「使えそう」と拾われた果物以外の物も一緒に回収してやった。
今来ている面々で一番体が大きいのも力が強いのもドルヤナイカだ。出来る者が出来ることをする。スラム街で協力を根付かせるために自身が続けてきていたことを、ドルヤナイカはこの時も実践していた。
「ドルヤナイカー、あたしの分も入れてー」
上着の裾につけた輪を
そんな彼女の左腕は肘から下がない。今そこにあるのは鉄屑製の筒にごつめのフックがつけられた、義手とは言い難い義手。幼い頃ギャング相手にスリを行っていたのだが、ある時バレて腕を切り落とされてしまったのだ。
死にかけた彼女は、偶然にも『楽園』から追放された年老いた医者がいたおかげでギリギリで命をつなげた。その老医者はすでに亡くなっているが、彼への感謝から、彼女は今はスリなどの危ないことはやめている。
「いいよ。あんたのカゴの方もいれてやろうか?」
「あれくらいなら持てるよ」
二人の視線が向くのは少女が元居た場所に置いてきていた小さめのカゴ。他の面々が別の場所に移動しているのでカゴだけが取り残されてしまっている。
「ちょっと見えないけど、結構みんな拾えたかな? そろそろ戻った方がいいかな?」
はっきりしない視界の先をどうにか見ようと少女は手を目の上に当て少し体を前傾させた。かろうじて見える程度の影の動きを同じく目で追ってから、ドルヤナイカは「そうだね」と同意する。
「あ、ちょっと。ひとっ走り向こうにいるみんなに帰るって声かけて来てくれるかい?」
近くにいた少年に声をかけると、少年は「分かった」と元気よく返事をして駆け出した。いくら大雨でもここで大声を張り上げるわけにはいかない。
ドルヤナイカもそちらとは別の方に声をかけるために歩き出し、少女は自分が置いてきたカゴを持ってくるべくそちらに向かう。
木のすぐ脇に置いていたカゴを左腕のフックで器用にひっかけ、さあ戻ろう、と姿勢を戻した。
その瞬間、少女は木の向こうからバシャバシャと水を激しく蹴る音、そして「急ぎやがれ!」「お待ちください!」という声が微かに聞こえてきたことに気が付く。
まさかギャングに気付かれたか、と慌てて駆けだそうとした。しかし、それより早くに木の向こうから現れた何かにぶつかられる。
ドルヤナイカ達と違って大きくも重くもなれなかった体は、正面から来たそれにいとも簡単に吹き飛ばされた。咄嗟に伸ばしていた指先が触れた衣服の滑らかさを脳が認識したのは、ばしゃりと大きな音を立てて地面に倒れこんだ後のこと。カゴの果物も水音を立てて落下しごろごろと転がっていく。
痛みに喘いだのは一瞬。すぐに少女は顔を振り仰いだ。そしてそのまま、言葉を失う。
彼女の視線の先にいるのは、今日ここにいないはずの男。
「うおおお誰だぁ!? 襲撃か!? ……ああん? 何でスラムのゴミがこんなところにいやがる」
少女の前に今立ちふさがるのは片手を横に伸ばしもう片手を懐に突っ込んだ男。
だが少女がぶつかったのは、恐らくその後ろで叫び声をあげた男。先程ぶつかった直後にい入れ替わった気配がした。
護衛に守られるように立ち、嫌味っぽく高そうな服に身を固め大事そうにアタッシュケースを抱えた大柄の男こそ、この島のギャングのボス。ゴウツ・Q・バーリだ。後ろにも精鋭なのか数人の護衛もいた。
スラムの男たちの襲撃を恐れているらしいギャングのボスはケースを抱きしめて青ざめていたが、そこにいるのが少女一人と気付いてすぐに顔色を取り戻し、逆に残虐な顔をする。
「ああ、また人の物取りに来やがったのか。卑しいドブネズミ共が。おい、邪魔だから殺せ」
ゴウツが何の感慨もなく命じれば、後ろにいたゴウツよりさらに大きな男が斧を構えて進み出た。豪雨で銃が使えないのは幸運なのか不幸なのか。かつて斧で腕を切り落とされた恐怖を思い出し、少女は全身を竦ませる。
「嫌……っ!」
頭を抱え目をぎゅっとつぶり、少女は一瞬先の恐怖から逃げるように身を丸める。しかし斧が振り下ろされるより早く
「うおおおおおおおおおっ!!」
空気を震わせる雄叫びが響いた。
斧を振り上げた不安定な姿勢だった護衛は顔面に飛んできた重量のあるカゴにバランスを崩し、斧の重量も併せて背後のゴウツと別の護衛を巻き込んで後ろざまに倒れる。
その勢いでゴウツの手に持たれたケースも高く跳ね上がり、間もなく音を立てて地面に落下した。
「おおおおおらあああああ!!」
再びの雄叫び。飛び込んできた声の主であるドルヤナイカは、剣を閃かせようとしていた別の護衛に向けて渾身のラリアットを食らわせ地面に叩き伏せる。
「ドルヤナイカこれ!」
少女が咄嗟に拾ったアタッシュケースをドルヤナイカに投げ渡した。
ああ、と返事をして受け取ったドルヤナイカは、それを武器にして棍棒を持っていた護衛と打ち合い、三合後に額から横殴りにしてさらに地面に沈める。これで動ける相手はいなくなった。
「そういう意味じゃ……あっ、それ捨てないで! 持っていこう!」
ケースを捨てようとしたドルヤナイカを留め、ケースを拾う際にまた膝をついていた少女はさっと立ち上がり走りだす。まだ足は震えているが、勇気は立ち向かう背中に貰った。
ドルヤナイカも走りだし、すぐに少女に並ぶ。そちらに顔を向け、少女は笑顔を彼女に向けた。
「助けてくれてありがとう、ドルヤナイカ。やっぱりあんたって最高にかっこいい」
「どういたしまして。……ところでこのケースどうするんだい? 結構頑丈な鍵かかってるみたいだから開けられないよ?」
「と思うでしょ? でもほら、昔取った杵柄っていうのがね」
にやりと笑って少女が見せたのは小さな鍵。それがケースのカギだと察し、ドルヤナイカはあんぐりと口を開ける。
「あっきれた。あんたあの状況で
「そんなつもりじゃなかったんだけど、久々にいい生地触ったからつい手が動いちゃって」
てへ、と舌を出して笑う少女に、ドルヤナイカは呆れた息を吐きだした。
「まったく……。まあ、そういうことなら戻ったら開けてみようか。他のみんなはもう逃がしてるから、さっさと逃げるよ」
分かった、という少女の返事を機に二人は走る速度を上げる。
その瞬間、ドルヤナイカの耳には何かが風を切る音が聞こえてきた。それが少女の後頭部にぶつかる直前、反射的に伸ばされたドルヤナイカの手が差し込まれる。球状の何かはその手に当たった瞬間弾け、中から液体が溢れだした。
「ドルヤナイカ!?」
「大丈夫だよ! 走りな!」
足を止めそうになった少女の背中を腕で押し、ドルヤナイカもまた走る速度を緩めずその場を後にする。手にかかった液体は服で拭い、降りしきる雨に晒して流し続けた。
それが何の意味もなかったと彼女たちが知るのは、スラム街に帰ってきた後のこと。