【OP】キッド捏造過去編「鉄屑の王と屑山の聖女」   作:若槻 風亜

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3話

 キッドの縄張り内にあるドルヤナイカの家に着けば、老若男女を問わず大勢のスラム民達が集まっている。

 

 キッド達が来たことに気付いた者たちが誰からともなく道を開けたので、人につかえることなく家の前に辿り着いた。

 

「キッド……っ!」

 

 ぼろ布がかけられただけの出入り口の前で柱にもたれて泣いていたフックの手の少女が、キッドを見つけてふらつく足でその前に来る。

 

「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、あたしのせいで、あたしがケース持っていこうなんて言ったから、ドルヤナイカが……っ!」

 

 前もって状況を聞いていなければ怒鳴りつけていただろうほど詳細がまるで伝わらない自責の謝罪。

 

 何事かを問うにも焦れたキッドは彼女を押しのけて中に入ろうとした。すると、それより早くに腰の曲がった老婆とやさぐれた目の中年男が出てくる。スラム街の医者たちだ。

 

「来たかい、キッド坊。……入んな、もう長くはもたないよ」

 

 老婆はひどく残念そうに言うと、重い足取りでキッドの横を通り抜け、集まっていた者達に「最期くらい静かにさせな」と散らし始めた。

 

 少年の話を聞いた時から覚悟はしていたつもりだったが、医者にはっきりと告げられた言葉は氷を割るようにキッドの足元を揺らがせる。

 

 耐えるように拳に力を入れたのに気付いたキラーが、キッドに静かに声をかけた。大丈夫だ、と目だけでやり取りする横から、やさぐれた目の男はいつもの不愛想な声で簡単に状況を説明する。

 

「ゴウツ達がお前らとは逆側……ドルヤナイカ達が果物を拾いに行った方に出た。そこでこいつが襲われたのをドルヤナイカが助けたそうなんだが、ゴウツが持っていた高そうなケースを持ってきたらしい。それのせいかは知らんが、毒の入った何かを投げつけられたそうだ。走って帰ってきたのが余計にまずかったんだろうな。すっかり毒が回ってる。ここで治すのは無理だ。今は麻薬を打ってるから感覚は鈍ってるだろうが、話は出来る。してこい」

 

「おい待て、麻薬だと?」

 

 少女を連れて通り過ぎようとした男の肩をキッドが掴んだ。周りではキラー達も気色ばんでいる。自身より大柄な4人に睨みつけられても、男は怯えることなく疑問に答えた。

 

「鎮痛剤を使おうとしたらドルヤナイカに拒否された。どうせ死ぬならそんな貴重品使うなってな。麻薬はせめてもの痛み止めだ。もがきながら死ぬ幼馴染が見たかったか?」

 

 問いかけに、誰も答えることが出来ない。ドルヤナイカがそういう女であることを、この場にいる全員が知っている。

 

 それでも、こんなに呆気なく訪れる最期にくらい我儘であって欲しいと思わずにいられない。

 

「早く行け」

 

 不愛想な男の不愛想な命令は、他の誰でもない命の灯を燃やし尽くそうとしている患者のため。去っていく男たちを今度こそ止めず、キッド達は家の中に入った。

 

 いつも周りにあるから鉄の匂いには誰も彼もが慣れ切っている。

 

 それでも家に入ればつんと鼻を刺す臭気。入ってすぐ正面にあるベッドに横たわる真っ青なドルヤナイカの顔を目にした瞬間、血を吐いたのだと、すぐに気付いた。大半は拭き取られているが、所々に跡が残っている。

 

「おい、ドルヤナイカ」

 

 声をかけながらキッドはドルヤナイカの頬に触れた。雨で冷えたはずの指先よりもなお冷たい肌にぞっとする。それでも耐えられたのは、キッドの左右からキラー達が同じようにドルヤナイカに声をかけたから。

 

 きつく閉ざされたドルヤナイカの瞼が、その声に応えてゆっくりゆっくりと開かれた。焦点が合ってなさそうな双眸は、しかしキッド達を捉えたようで、「みんな」と弱々しい声が動きの鈍い唇からこぼれる。

 

「……ご、めん……どじ、った……」

 

「馬鹿、謝るな」

 

 力を振り絞って少しばかり浮いた手をベッドの横に膝をついたキッドが取り握りしめた。少しでもこの熱が彼女に伝われたいいと、彼女が握りしめられない分を込めるように、強く。

 

「あいつ……から……奪、たの……ある……?」

 

 もう視線を動かす気力もないのか、ドルヤナイカはぼんやりとキッド達の方を向きながら尋ねる。

 

 それがゴウツから奪ったという例の「億万長者の元」だと気付き、後ろに控えていたキラー達が揃って左右を見回した。最初に壁際のぼろぼろのキャビネットの上にそれがあることに気付いたワイヤーが、ささっとそれに近付く。

 

 一同が引かれるように視線をそちらに向ける中、ワイヤーがキャビネットの上の開いたケースから取り出した見たこともない果実を手に戻ってきた。

 

 ぱっと見はブドウのような形状だが、房に稲妻のようなものが付いたヘタが巻き付いたような形状はそれが既知の果実でないことを伝えてくる。

 

「まさかこれは……悪魔の実か!?」

 

 キラーが驚きながら予想を口にすれば、名前と能力者の存在だけは知っている一同がざわめいた。

 

 食べれば間違いなく能力者、売れば確実に一攫千金。ゴウツが億万長者だと謡っていた理由をこの時キッド達は初めて理解する。

 

「それ……さ……売って……」

 

 ドルヤナイカが話始めると、ざわついていた面々は反射のように静かになった。続く言葉は安易に想像できる。「売ってみんなのために使って」だろう。ドルヤナイカはそういう女だ。

 

 荒い呼吸を繰り返して言葉が止まってしまったドルヤナイカを見つめ、キッドは深く眉根に皺を刻んで皮肉気に口元を歪めた。

 

 聖女のような振る舞いなど、もっと早くに止めてやればよかった。どれだけ喧嘩になっても、仲違いすることになっても、もっと我儘にふるまえる彼女でいたなら、こんな風に死ぬことなんてなかっただろうに。

 

 ああそれでも、そんなドルヤナイカは彼女じゃないと思ってしまう浅ましさよ。

 

 視線を下げかけたキッド。まるでそれを留めるように、呼吸を整えたドルヤナイカが続きを口にする。――キッド達4人が目を見開くことになる言葉を。

 

「売って、あんたの好きに使って」

 

 向けられた言葉の主はキッド。およそドルヤナイカが言うとは思えない言葉に声を失っていると、ドルヤナイカは力なく笑った。

 

「ごほっ。……むかし、さ、言ってただろ? おれは……いつか、海賊になって、海に出、るんだ、って。あの時……無理だ、て、言っちゃったけど、さ、ホントはそんな、こと……思って……なかったんだ……。でも、あんたが海に……出たら……キラー達も、みんな、ついていっちゃうの……分かってたから……」

 

 だから、とドルヤナイカは一筋涙をこぼす。

 

「出来るって……言えな、かった。ひとりで、立ってられる自信が……なか、たん、だ。……ごめん、キッドも、キラーも、ワイヤーも、ヒートも……ごめ……っ!」

 

 一度堰を切った涙は止まらない。こんなに泣いている彼女を見たのは久しぶりで、キッドは慌ててその涙を大きな手で拭う。

 

「べっ、別に気にしてねぇよ! 本気で出ていきてぇならとっくに行動してる。今こうしてここに残ってんのはおれの意思だ。勝手に自分のせいにしてんじゃねぇよ」

 

 でも、とまだ涙を流すドルヤナイカを「しつけぇ」とキッドは声だけ怒った調子で黙らせる。本気で怒っていないことは、未だに涙を拭う手の温かさが彼女に知らしめていることだろう。

 

 そんなやり取りをしていると、不意にキラーが他2人を誘いかけて踵を返した。

 

 おい、とキッドが声をかけるが、振り向いたのはキラーだけだ。ヒートとワイヤーはキラーが応対すると分かっているので、視線だけは投げるが足を止めない。

 

「二人で話せ。……キッド、そろそろ縄張り遊びも十分だろう。おれ達はお前についていく。後はお前の決断だけだ」

 

 そう言うと、3人は玄関の布の先へと姿を消す。

 

 残されたキッドはそちらに投げていた視線を、再度ドルヤナイカに戻した。

 

 顔は青白く、息は逆に静かになってきている。もう終わりが近いのだと察して、キッドは一度歯噛みしてから緩く顎の力を抜いた。

 

「……いつか、海に出たいとは思ってた。こんな狭くて息苦しい島で終わりたくねぇと思ってた。けどなドルヤナイカ、お前のせいじゃねぇ。おれの覚悟が足りなかっただけだ。それさえ足りてりゃ、お前にぶん殴られてもおれはお前とキラー達を連れて海に出てたぜ。――なあ、今更だけどよ」

 

 涙でまだ湿っている頬をそっと撫でる。先程よりも、体はさらに冷たくなってきていた。

 

「海、行こうぜ。ここじゃない島を渡って色んな所冒険すんだ。他にも行きたい奴いたら連れてってよ、海賊団結成してよ、全部の海に名前を轟かせてやんだ」

 

 言いながら、キッドは驚く。絶対に叶わない夢を語る時、きっと自分の顔は引きつり声は強張るだろうと思っていた。

 

 けれど頬は自分でも自覚するほど穏やかで、声は驚くほどに柔らかい。自分がこんな表情と声を出せたのかと衝撃すらある。

 

 それはドルヤナイカも同じだったようで、もう満足に動かない目を少しばかり見開いてから、ふふ、と小さく笑った。

 

「あ……たの、そんな……かお……はじめて……みた……。あー……あ、いきたかった、なぁ……」

 

 行きたかった。生きたかった。どちらにも聞こえて、キッドの頬が揺れる。握っていたドルヤナイカの手が微かに震えた。

 

 ほっぺ、と途切れ途切れに聞こえたので、キッドは自分も身を寄せつつ少しだけドルヤナイカの手を持ち上げ自身の頬に手を当てさせる。

 

「ひろい……うみ……みてきて……ね……ぜんぶの、うみ……。むかし……むりって……いっちゃったけど……きっと、キッドなら……なれる……か……ら……」

 

 僅かばかり残っていた力が、その瞬間に途絶えた。虚ろな目からは光が消え、体温は完全に失われ、微かだった呼吸は完全に姿を消す。

 

 死んだ。ドルヤナイカが。

 

 少しの間、キッドは動くことが出来なかった。

 

 それでも、大事な幼馴染が、親友が、亡くなった直後としてはあまりに早くキッドは立ち上がる。目に灯るのは燻ることを知らない激しい怒り。

 

 最後に一度握りしめた手を離すと、キッドは強い足取りでドルヤナイカに背を向けた。

 

 外に出ると、近くで待っていたキラー達とすぐに合流する。遠くでこちらを眺めていた者達は、キッドが出てきたことでドルヤナイカの最期を悟ったらしく、破裂したように泣き始めた。

 

「おい、それ寄越せ」

 

 雨と涙の音が周囲を満たす中、キッドは厳しい表情で手を差し出す。ワイヤーは持ってきていた悪魔の実を、躊躇することなくすぐさまキッドに手渡した。手に収まったそれに一度視線を落としてから、キッドは自身の顔の横に実を持ち上げる。

 

「おれは今からこれを食う。その後ゴウツたちの屋敷を襲撃して、この国のギャング共根絶やしにしに行く。ついてこれねぇってんなら今ここでおれと決着つけろ」

 

 強い双眸で告げれば、誰一人として身動きのひとつもしなかった。むしろ、早く食え、とばかりに同じくらい強い視線が突き刺さってくる。

 

「そうかよ。ああ、待たせたなてめぇら。キラーの言う通り縄張り遊びは終わりだ。――おれについてこい!」

 

 言下、キッドは悪魔の実にかじりつく。凄まじい吐き気を催す不味さに、しかしキッドは耐えて全てを食べ尽くした。

 

 これは命。

 

 これは道標。

 

 これは手段。

 

 これは力。

 

 これは未来。

 

 ドルヤナイカが託した、その全てだ。

 

 瞬間駆け巡る、自身の内に新たに芽生えた力の鼓動。

 

 使い方は、すぐに分かった。

 

 直後周囲に起こった異変と轟音にキラー達も集まっていた者達も衝撃を受けてざわめき出す。

 

 かくして、つなぐ鎖を(良心)無くした獣は、解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 雨の中を屋敷に戻ったゴウツは、シャワーと着替えを済ませ豪奢に飾り付けたエントランスへと向かう。

 

 そこにはすでに多くの部下が集まっており、各々手には武器を持っていた。銃火器や火薬類も、今は使えないが用意だけは万端のようだ。エントランスの隅に山のように置かれている。

 

「ボス、準備完了しました」

 

 階段下から部下の一人が声をかけてくると、他の部下たちもゴウツに気付き口を噤んで彼を見上げてきた。広い踊り場まで降りてくると、ゴウツは声を張り上げる。

 

「野郎ども、目的は悪魔の実の回収。それと、各街のゴミどもの始末だ。俺が寛大にも見逃してやったというのに盗みを働くなんて恩知らず共は生かしちゃあおけねぇ。ジジイババアだろうがガキだろうがまとめてぶっ殺せ!!」

 

 大音声で冷酷な指示が出されれば、応じて部下たちが大声を返した。次なる「行け」という指示を出すべく延ばされ手と開かれた口は、しかし目的を果たす前に止まる。

 

「――何だ?」

 

 外がいやに騒がしい。

 

 大雨の音でかき消されがちだが、悲鳴が、喚声が、そして何か金属がぶつかるような音が聞こえてきた。ゴウツが玄関に目をやり、誰かが扉を開けよう近付く。

 

 その瞬間、扉がまるで爆破されたように粉々に吹き飛ばされた。

 

 だが扉を粉砕したのは火薬ではない。衝撃音と悲鳴が響く中、ゴウツたちの視界に入ってきたのは、鉄が寄せ集まった巨大な塊だ。それが、まるで攻城兵器のように扉を打ち破ったのだ。

 

「ジキジキの実の能力!? ちくしょうっ、食いやがったな!!」

 

 最初に冷静になったのはこれが悪魔の実の能力だと気付いたゴウツ。叫ぶと同時に外から次々に鉄塊が飛んできて、部下達が次々に潰されていく。

 

 屋敷内に悲鳴と混乱と血の臭いが溢れる中、スラム街の住人だろう男女が飛び込んできて、冷静さを失ったゴウツの部下達を順番に囲んで袋叩きにし始めた。

 

 中にはたった一人で一瞬にして数人を蹴散らす者も何人か混じっており、部下はひとりまたひとりと倒れていく。

 

「ちっ」

 

 一旦撤退しようとゴウツは数人の護衛と共にすぐさま踵を返し階段を駆け上がり始めた。

 

 だが半ばまで登ったところで、進行方向に鉄柱のような形に形成された鉄塊が突き刺さる。

 

「ひぃぃっ!?」

 

 進路を妨害されたゴウツが慌てて足を止めると、文字通り一人の男が飛んできた。

 

 ガシャンッ、と大きな音を立てて突き刺さった鉄塊の上に降り立ったのは赤い髪の大男。

 

 どうやって、と一瞬思ったものの、この男がジキジキの実を食べたのだとすぐさま理解したゴウツは、磁気をまとってこの鉄塊に自身を引き寄せさせたのだと判断する。

 

「お……っ、おい、てめぇの目的」

 

 尊大で臆病な男は一度ひっくり返りそうな声をなんとか抑えて目の前の赤髪の男との交渉を試みようとした。金が目的ならいくらでもあると言ってやるつもりだった。

 

 だが、喋り始めた言下に左右の護衛が眉間を鉄屑に撃ち抜かれて死んだ。

 

 視界の左右に血しぶきが飛び、ゴウツは凍り付きそうな喉をどうにかして震わせる。

 

「撃てぇぇぇ!!」

 

 声を裏返しながら叫んだ言葉に、すでに銃を回収していた何人かが赤髪の男に向けて銃口を向けた。しかし、鉄の筒など向けても無意味(、、、、、、、、、、、、)

 

「てめぇらの武器を寄越しな」

 

 赤髪の男が腕を振り上げると、ゴウツや部下達の銃が何かに引っ張られるように宙に浮き上がり、次々に赤髪の男の手元に集まっていく。

 

 全ての銃器が集まると、そこには機械の獣が現れた。

 

「ひっ、ひぃぃぃ……っ!」

 

 ついにゴウツは腰を抜かす。尻であとずさりするが、後ろで同じように腰を抜かしている別の護衛のせいでそれ以上後ろに進めない。

 

「まっ、ままま、待ってくれ! か、金ならやる! 金ならいくらでもやる! 『楽園』に住みたいなら屋敷をくれてやる! お前が招きたい奴も全員いいぞ。女が欲しいなら何人だって連れてくる!」

 

 分かりやすい命乞いに、赤髪の男はゴウツを睨みつける。燃え盛る双眸にはただ、殺意だけが溢れていた。

 

「喋るんじゃねぇ。てめえの未来はどう足掻こうが決まってんだよ」

 

 ガチャリ、と鉄の獣から音がする。数多の銃口はゴウツたちに向けられ、全ての引き金には小さな鉄屑が当てられているのが目に入った。脅しかける声にゴウツは「嫌だ」「助けてくれ」と何度も懇願するが、赤髪の男の心には届かない。

 

「慈悲は望むな。俺の良心は死んだ。お前たちが殺した」

 

 言下、赤髪の男の指先が鳴らされ、引き金がもれなく引かれる。直後屋敷内に響き渡った折り重なるような発砲音は、後にぐちゃぐちゃになった死体だけを残した。

 

「他の奴らも全員殺しておけ。おれは別のギャング共を潰してくる」

 

 何の感慨もなく、赤髪の男は来た時と同じような移動法で玄関へと向かい外に出ていく。背後の屋敷からは、応じた部下たちが最早戦意のないギャング達の命を奪う音が連続していた。

 

 

 

 

 

 

 『楽園』は一晩にして崩壊する。反抗する者は老若男女問わずに口無しとなり、反抗しなくともギャングであればそのほとんどが制裁を受けた。

 

 そして、雨が上がり日が昇ろうとする頃、ようやく争いの音は途絶え、スラムの者達は全員が『楽園』近くの壁の近くに集められる。

 

 不安がる者で場がざわつく中、彼らの前に鉄屑の山を築いてキッドがその頂点に立った。人外の能力に衝撃が広がる中、キッドが口を開く。

 

「てめぇら聞け!」

 

 大音声が響き、辺りが波が引くように静かになった。

 

「おれは海に出る。船調整するのと旅に必要な金と食料以外は置いていくから、後はてめぇらの好きにしろ。譲り合うも奪い合うも勝手にやれ」

 

 示された先が『楽園』の中だと気付き、多くの者が色めきだつ。我先にと駆けだそうとした者達もいたが、それはキラーをはじめとしたキッドと共に襲撃に加わった部下達に留められた。

 

 だが何よりも彼らの心をその場に留めたのは、続くキッドの言葉だっただろう。

 

「だが、今日だけは奪うな。今日だけは隣にいる奴と分かち合え。――それを、てめぇらの聖女への手向けとしろ」

 

 その言葉に、ドルヤナイカが死んだことを知らなかった者達がざわめき出す。そのざわめきの中、キッドは鉄山を下り、部下達も壁の役割を終えた。

 

 だが、今度こそ走りだす者はいない。

 

 泣き叫ぶもの、崩れ落ちるもの、呆然として立ち尽くすもの、理解出来ずに動けずにいるもの、祈るように手を握り合わせ跪くもの。

 

 反応はそれぞれだが、彼らの心の中でドルヤナイカがどれほど大きい存在だったかがよく分かる。

 

 それを尻目に、キッドはその場を後にした。ひとりにしろ、と言われたので、キラーすらもその後には続かない。

 

 

 

 数日後、ゴウツが回収していたものの中でも一番キッドの趣味に合った船を幾分か改造し、共に海に出る希望者たちが集まった所で、キッドたちは出航の日を迎える。

 

 船に乗り込んだ船員たちがはしゃいだ様子で港に集まった者たちに手を振る中、同じく船の端に来たキッドはフック手の少女の姿を見つけた。泣き腫らした双眸は、しかし決意に満ちて真っ直ぐにキッドを見上げている。

 

 ギャングたちの掃討後、改めて顔を合わせた際にも涙が止まっていなかった少女は、繰り返しキッドに、あるいはドルヤナイカに謝り続けていた。

 

 それを受けてキッドが最後に抱いたのは怒りではなく、呆れだった。

 

『おれが「てめぇのせいだ」と責めりゃあ救われんのかよ』

 

 問いかけた瞬間少女は目を見開き、乱暴に目をこすり無理やりに涙を止めていた。

 

 許されたいわけじゃない。救われたいわけじゃない。ただ報いたい。

 

 そう決意を口にした姿に、亡き幼馴染が重なった気がした。

 

「おーいキッドー! その船名前はー?」

 

 ギャングたちから奪ったカメラをバシャバシャ鳴らしていた男が大きく手を振って尋ねてくる。

 

 そういえば聞いていなかった、と船員たちの視線も見送りの者たちの視線も全てがキッドに集まった。一拍の間を開け、キッドは船を持つとなった時から決めていた名前を大音声で告げる。

 

「ヴィクトリアパンク号」

 

 それが誰の名であったか、知らぬ者はない。

 

 その瞬間に集まった者たちの目を潤ませた涙は、しかし間を置かず告げられた言葉にあっという間に取り払われた。

 

「おれはこいつで、誰よりも広い海を見る。そして」

 

 いつか口にした夢。いつの間にか口にしなくなった夢。それでもずっと、心の内にあり続けた夢。

 

「おれは、海賊王になる」

 

 堂々たる宣言は港に響き渡った。

 

 一瞬の空白。

 

 直後、船の上からも港の上からも歓声が破裂する。島を一日で塗り替えた変革の導き手の言葉は、その姿を見知る者たちに疑いや嘲りを生ませることなく真実として浸透した。

 

「行くぞ野郎ども! 出航だ!!」

 

 号令と共に、ヴィクトリアパンク号は海を走り出す。

 

 船の駆り手はこの(のち)南の海で暴れ回り、偉大なる航路で「最悪の世代」と謳われ「超新星」の一人に数えられることになるユースタス・"キャプテン"キッド。

 

 その冒険が、今始まった。

 

 

 

 

 のちにこの島で発行されることになる絵物語、「鉄屑の王と屑山の聖女」は南の海の一部で人気を博し、その収入はこの島が変わっていく一助となるのだが、それはまた別のお話である。

 

 




お読みいただきましてありがとうございました!

2年ほど前にキッドの過去編が書きたくて書いた話になります。
多分本編では書かれないだろうなぁと思いつつ、ワンチャン次の再登場時に過去編がお出しされる可能性も期待してたり……まあワンピの推しはバギーなんですがね(˘ω˘)

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